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第7章
第六話 ババァの指導再び
しおりを挟むところ変わって、王妃とともにラウラリスが赴いたのは城の中庭だ。
ひらけた中央にはいつかの様に、ラウラリスと王子アベルの姿。遠巻きには城支えの兵士や騎士。そしてテラス席には王妃だ。
「ラウラリスさん、またこうしてご指導頂けて光栄です」
「私もだよ、王子」
──王妃セディアの願いとは、もう一度アベルを指導してほしい。
そしてその様子をこの目で直に見てみたいというものであった。
まさかあの激情を発していたセディアからその様な申し出が出てくるとは思っていなかったが、ラウラリスとしてもあの王子の事は気にかけていた。
「母上に頼み込んだ甲斐がありました。あれから毎日欠かさず、教えの通りに剣を振ってきました。その成果を是非ともあなたに見て欲しくて」
王子アベルは、体格や顔たちそのものはさほど変わりはない。歳の割に華奢な体躯に、先入観がなければ少女と見紛うばかりの整った美貌。よくよく見なくとも、造形はまさしく母親譲りだ。これは将来、罪を多く作りそうな気配を漂わせている。
だが、以前と変わらぬのは見てくれに限った話だ。醸し出す雰囲気は別人であった。
模造剣を腰に帯びて佇む姿の安定感たるや。地を踏み締める足から根が生えているかの様であり。それでいて無駄が省かれ必要十分な筋力だけで立っている。
これにはラウラリスも驚きを隠せなかった。彼女がアベルに教えたのは、全身連帯駆動における、基礎中の基礎の切っ掛け程度に過ぎなかったはず。それが、目の当たりにするだけで成長を感じさせるほどにまでなったのだ。
「ふふふ、さすがに『こいつ』で相手をするのは失礼か」
頬を綻ばせたラウラリスは一度王子の前を離れると、手にしていた模造剣を兵士に渡し、預けていた鞘に入った愛剣と持ち変える。小さく息を呑んだ王子の前に再び立つと、長剣を肩に担いだ。
「ありがとうございます、ラウラリスさん」
「お礼を言うのは──終わってからだ」
次に声が発されたのは、アベルの眼前。前置きなしに、王子の目の前でラウラリスは長剣を後ろへ構えていた。
──ゴッッ!
強烈な薙ぎ払いに、王子の躯が弾かれた様に吹き飛ばされ、地面を転がった。
ここまでは以前にアベルへ指導を行った時と同じ流れ。
そしてここからが違っていた。
何度か地面を転がったアベルは、その勢いを利用して跳ねる様に起き上がり、即座に剣を構えたのだ。
「ほほぅ、心構えはちゃんとできている様だ。結構結構」
「はぁ……はぁ……はぁ……お、お陰様で」
朗らかなラウラリスに対して、アベルは大きく息を切らせながらも嬉しそうに言った。
アベルは不意打ちに近いラウラリスの動きに反応を見せ、長剣が身に届くより早く腰から模造剣を引き抜き、防いでいたのだ。もちろん、ラウラリスの今の一撃は手加減に大幅な手加減を加えたものであったが、それでも以前であれば防御も間に合わず躯を打ち据えられていたに違いない。
おそらくはできるであろうと、ラウラリスも当たりはつけていたが、それでも感心させられる。
関心を抱きつつも、ラウラリスはテラス席に座るセディアに目を向ける。王妃は黙してこちらを見据えるまま。初めて会った時であれば、王子が吹き飛ばされた時点で怒髪天とばかりに怒りを露わにして止めに入ったであろうに。
つまりは、このまま続けても構わないようだ。
ラウラリスは頭上で長剣を旋回させると、ぴたりと正面で構えて切先をアベルに向けた。
「存分に打ってきな。成長の程、この目と身をもって確かめてやる」
アベルは荒れた動悸を深く深い呼吸で整えると、
「──行きます!」
一息に地を蹴った少年が駆け出す。
少し前までは目を瞑ってさえ避けられそうだった動きとは打って変わった、思い切りの良い踏み込み。そこから流れる様な剣の振り下ろしを、ラウラリスは長剣の側面で受け止めた。
真剣な表情のアベルは力では敵わない即座に悟ると、下手に張り合おうとはせずに後ろに下がり、別の角度から剣を打ち込んでいく。ラウラリスは長剣の傾きを変えながら的確に防いでいった。
──ブォンッ。
アベルの攻撃の間隙を縫い、ほとんど前触れのないラウラリスの長剣が大きく風を巻き起こしながら振るわれる。アベルは焦りの表情を抱きながらも反応を示し、模造剣で受け止める。堪えきれずに数歩下がるものの、衝撃の大半は模造剣で流しており、即座に体勢を取り戻す。
「いい反応速度だ」
「攻めの時そこ反撃に備えよ、でしたよね!」
「そうだ。そのままの調子で来い!」
「はい!」
アベルは時々ラウラリスに弾き飛ばされながらもその都度、果敢にラウラリスに挑んでいく。額に汗を流し、地面の泥に塗れながらも、心底楽しげだ。
かつてのアベルであれば数分も持たずに疲れ果ててしまったであろうに、今の彼は水を得た魚の様に嬉々として剣を振い続けていた。
傍目から見ればアベルががむしゃらに攻めている様でありながら、心得がある者が見れば驚嘆の念を抱かずにはいられないだろう。
未熟の域からは出なくとも、繰り出される剣の動きには『理』の片鱗が含まれていた。踏み込んだ足から生じた力が、躰を通し腕を介し、模造剣の切先へと伝わっていくのがわかる。
(男子三日会わざればとはよく聞くが、実際のところ大したもんだよ、この王子様)
アベルの剣を捌きながら、ラウラリスは内心に掛け値なしの称賛を抱いていた。
元々、下地があるのは分かっていた。
体力不足故に体全体の筋力に偏りもなく、なまじ特筆した才能がないが故に、体の動作に下手な癖がついていなかった。極端な例えをすると、前世において全身連帯駆動に至る前の幼いラウラリスに近い状態であったのだ。そこに加えて、アベルは皇帝ラウラリスを討ち取った『勇者アベル』の子孫だ。才能の一欠片を宿していても不思議ではない。
これらの要素が揃っていたからこそ、ラウラリスはアベルに全身連帯駆動に至る切っ掛けを与えたのである。とはいえ、この短い間でこれほどまでの成長を遂げるとは思いもしなかった。
『素質』の一点だけを抜き出してみれば、今世で出会った体得者たちの中で随一かそれに近しいであろう。
(十全に育てば──ケインといい勝負になるかね)
アベルを派手に吹き飛ばしながら、ラウラリスな想像中で愉快なたらればを思い浮かべた。
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