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第7章
第三話 休めババァ
しおりを挟む手紙を受け取ってから二日後。
ラウラリスは王城を訪れていた。こうして足を運んだのは同盟が発足して以来だ。作戦の打ち合わせは獣殺しの刃の地下本部か、王都のどこかで用意された会合場所だった。公にできない場での会議は、少なくとも作戦開始までは気密を保つための措置である。
勤め人に案内されたのは城の中にある庭園。その手の事には一過言あるラウラリスの目から見ても非常に管理が行き届いており、厳かでありながらも落ち着いた雰囲気がある。まるで外からの喧騒から切り離されたような清浄があった。
「本日は急な呼び出しに応じていただき感謝します、ラウラリスさん」
「そう畏まられると困りますよ。特にあなたのような立場にある方からだと尚更ね」
庭園の一角に設けられたテラスにで、ラウラリスは己を呼び出した張本人と対面していた。
──セディア・エフィリス。
この国王カイン・エフィリスの妻であり、王妃という立場にある女性だ。
彼女とはすでに一度、顔を合わせたことがあったが、その時は決して穏やかとは言い難いものであった。
ラウラリスに届けられた手紙は、その時のことを謝罪するため、もう一度話がしたいと言う内容であった。
「あの時は無礼な態度をとってしまって大変に申し訳けありませんでした」
「謝罪には及びませんよ。あなたの立場であればむしろ当然のことでしたし」
セディアが言っているのは、ラウラリスが彼女の息子に請われて剣術指南を行った時の話だ。もっと幼い頃は体も弱く、外を元気に歩き回れるようになったのはここ数年。そんな彼に、ある種過酷とも呼べる指導を行なった事が、母であるセディアの逆鱗に触れたのである。
だがあれから少しばかりの時間が経過し、王妃も冷静になったのだろう。そこに息子が改めて事情を説明し道理を解き、母親を説得したのだ。
ちなみに、今のラウラリスは完全に他所行き口調である。一国の王妃様相手に普段の口ぶりで対応するわけにはいかないと、流石に彼女も弁えていた。
「しかし、こんなにも早くお会いになれるとは意外でした。文には特別に期限を設けてはいなかったのですが、早くても一週間──あるいは一月は先になると思っていましたし」
セディアも、ラウラリスが対亡国同盟の一端であるのは以前から知り得ていた。
同盟には、王妃が保有する『近衛騎士隊』も参加している。加えて、同盟発足から最初に行われた大規模作戦では、王妃の懐刀とも呼ぶべき近衛騎士隊の隊長がラウラリスと肩を並べて戦っているのだ。むしろ、王城内に勤めるそこらの役人よりも遥かに事情には詳しいだろう。
「その辺りはまぁ。確かに忙しいですが、明日の我が身がどうなるか分からん仕事をしていますので、なるべくなら早めの方がいいと思いまして」
ほとんど建前には近かったが、完全に嘘というわけでもない。戦場の最前線では、不測の事態が常に起こりうるもの。文字通り一騎当千の使い手であるラウラリスも例外ではない。その事については常に心の片隅に留めている。
「幸い、『上』に確認を取ったら、驚くほどにあっさり許可が降りましたよ」
実はラウラリスとしても、こんなに早急に話が進むとは思っていなかったのである。
──本来であれば、ラウラリスは対亡国同盟内における貴重な戦力の一つ。個人としての武勇では自他ともに認める最強格。そんな彼女を無駄に遊ばせて良い道理は存在していない。
とはいえ、常識離れした戦闘力を有していながらも、ラウラリスは間違いなく人間だ。あるいは非人間的とも呼べる体力を有しはしているが、それも無限ではない。休息する間もなく動き続ければ疲労も溜まっていくのは必然である。
同盟が発足し、最初の大型拠点制圧を行なってからというもの、ラウラリスはひっきりなしに現場に出て戦い続けていた。一つの作戦が終わり、急速一日を挟んでまた別の作戦に出るという日々が続いていた。同盟が発足してから、己がそのような立場になることは覚悟していた。
そんなラウラリスに『待った』を掛けたのが獣殺しの刃である。
機関としても、ラウラリスという戦力がいかに強力かは理解している。あるいは、同盟に参加しているどの組織よりも実感しているだろう。
だが同時に、ラウラリスは換えが効かないほどの武勇を持っている。もし万が一にどこかの拍子に戦線を離脱するような事態に陥れば、それこそ同盟にとって計り知れない損害だ。
故に、早急にラウラリスを休ませるタイミングを見計らっていた。
問題は、どのような口実で休ませるかである。
単に口で言ったところでラウラリスが聞き入れるはずもない。彼女は己が動けば同盟側に余計な被害が出ない事を理解しており、現場も痛いほどに味わっていた。そんな中で『休め』と言ったところで聞き入れるのは難しい。
そこに来て、ラウラリスから来た『王妃からの呼び出し』の知らせである。
この申し出は、ある意味で渡りに船であった。王妃からの要請であれば大義名分としては十分。これを機に、機関はラウラリスに一週間の休息を命令したのである。精神的にはともかく最低でも体力に関しては万全にするようにとのことだ。
(つって、まさかこんなに長い期間も休まされるだろうね。大方、ケインやシドウ辺りが押し通したんだろう)
ラウラリスはこの辺りの事情を察しながら、どうせならこの一週間をありがたく使わせてもらおうと決めていた。
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