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第7章
第一話 高まる緊張感
しおりを挟む「こりゃぁあんまりよろしくないねぇ」
すでに馴染みの場所となった図書館地下──獣殺しの刃の本部──の資料室に、ラウラリスはいた。
──『対亡国同盟』が発足し、すでに三ヶ月ほどが経過していた。
同盟に参加した思惑はどうあれ、さまざまな方面での強い影響力や販路を持つ各組織が相互にもたらす情報は、まさしく値千金の価値があった。それらを獣殺しの刃が不眠不休で精査することで、これまで露見していなかった亡国の隠れた潜伏先が次々と明らかになっていった。
発覚した亡国の拠点には各組織から選りすぐられた戦力が派遣され、制圧作戦が次々と展開されている。これまでにない規模と速度で拠点を制圧され、亡国は建て直す余地もなく着々と弱体化は進んでいた。
一方で、懸念の通り同盟及びエンデ王国側にも、少なくない被害が出ていた。
これまでにない大攻勢に亡国側も必死な抵抗を見せ、実行部隊として動いていた各組織の人員は言うに及ばず、一般市民に対しても負傷者や死者が発生していた。
亡国の潜伏が街中であった場合、可能であれば避難勧告を出すが、やむなく奇襲を仕掛けることもある。そうした場合には市街戦に陥り、逃げ遅れた一般市民に害が及んでいる。あるいは自暴自棄に近しい蜂起を起こし、無差別に破壊行動に及ぶ信者たちも現れている。そうした場合、同盟側の準備が及ばずに双方に被害が出ることもあった。
ただし、献聖教会やハンターギルド。同盟に参加している武力を保有している組織は、各地に展開している支部や教会に、同盟が発足されてから常に臨戦体制に移行するように指示がなされていた。同盟の成立は組織の上層部や選出された戦闘要員にのみ伝えられていたが、そうでない一般職員や人員にも、不測の事態には積極的に対処するように指示がされていた。これにより、亡国の信者たちが暴走した場合に最寄りに存在するギルドや教会が出動し被害が抑えられる場面も多くあった。
けれども、これらの迅速な対応が行われることに、何も知らされていない各組織の従業員や職員。あるいはそれらを目撃した一般人も不穏な気配を感じ始める者が出始めていた。
もっとも、これほどまでの大規模な作戦をいつまでも秘匿できるはずがないのは、最初から想定済みの段階であった。
ある程度の成果──あるいは被害が重なった頃を見計らい、国は『亡国を憂える者』に対しての強行手段に出ている事実を発表。国全体が厳戒態勢に突入していることを国民らに伝えた。
亡国を憂える者が行う犯罪行為により被害が出ていることは、国民の多くが知っていた。しかし、実際に被害を被った当事者を除けば、大半にとっては対岸の火事に過ぎない。
もとより、平和が長く続いた世である。身近に危機が迫っている感覚が肌に触れない限りは、どこか他人事感が抜けないものがほとんどであった。
しかし、王国が発した宣言により、彼らもいよいよ気がついたのだ。亡国を憂える者は決して遠くの存在ではなく、隣に迫りうる危険なのであると。
「こんなことすりゃぁ、普通は暴動やらなんやらが起こりそうなもんだが、その辺りはさすがだわ。エフィリス王家、ちょっと舐めてたよ」
ある種の国民を巻き込むような発令に不平不満は各所で出ている。けれども『爆発』するまでには至っていないのは、今は耐える時であると皆が理解していたからだ。
これはひとえに、歴代の国王たちが臣民たちに対して、真摯に対応し誠実な政治を行なってきたからに他ならない。為政者側の人間であったがゆえに、ラウラリスはこれがどれだけ偉大なことかを実感できていた。
ただし、それもいつまでも続けるわけには行かない。一度宣言を発したからには、必ずケリを付ける必要がある。加えて、長引けば長引くほど、何かしらの形で国民たちの不満が暴動に発展する可能性は高くなる。そうなれば、王国の今後の統治にも多いな影響を及ぼす。
亡国を憂える者の根絶。これをもってしてしか、国民を安心させることはできないのだ。
「だってのに、ここまで手掛かりがないってのはどういうことだい」
椅子に腰掛けたラウラリスは腕組みをしながら、険しい表情を浮かべていた。彼女の前にある広いテーブルには、大量の本や資料が散乱している。獣殺しの刃が保有していた資料に加えて、対亡国同盟が行なった作戦に関する報告書。押収した証拠品にまつわる分析などが乱雑に積み上がっている。
ラウラリスも最初の作戦を経てから、幾度となく亡国の拠点制圧に参加していた。本人の希望により、最も戦力が必要になりうる場所に重点的に派遣されており、個人の規模としてはおそらく同盟内で屈指の成果を挙げていた
また、どの組織にも属していない身軽さもあり、想定を超える抵抗や被害が出た作戦に、後続の助人として動き回っていた。今日もそうした『作戦』を終えた翌日だ。
本音を言えば、しっかり休息を取り体力の回復に努めたいところ。自覚はなくとも心身に感じられない疲労が溜まっている可能性が否めないのは、ラウラリスも承知していた。ただ、それを推してでも動かなければならない事情があった。
ラウラリスの奮闘を含め、同盟に参加した多くの組織の尽力によって、決して無傷とは言い難いが着実に成果は出ていた。この作戦によって『亡国を憂える者』は大幅に弱体化し、規模も収縮。立て直しには長い時間を要するのは確実である。
けれども作戦が進行していくに伴い、上層部は焦りを抱き始めていた。
多くの亡国関係者を摘発し拠点施設を調査しているというのに、亡国の最高指導者──盟主と思わしき人物の情報が全く出てきていないからだ。
これだけ大規模かつ違法な組織を維持するためには、間違いなくそれらを統括する立場の人間が指示を出す必要がある。拠点の大幅弱体化に並びに、この盟主の正体を探り、身柄の確保に漕ぎ着け、『亡国を憂える者』という組織に致命打を与えることが、今作戦における最大の目標であった。
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