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5巻

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 そして、一際目につくのが時折にすれ違うハンターだ。ある程度、栄えている街であればどこにでもハンターギルドの支部は存在する。当然、そこを拠点に動くハンターが街を歩く姿は日常的な光景だ。だが、だとしてもハンターの数がいささか多いように感じられる。
 どことなく、ラウラリスが今の姿になって初めて訪れた辺境の街を思い出す。
 あの街は、治安を守っていた警備隊の代替わりが起こり、その際のゴタゴタで治安が大幅に悪化していた。色々とあった結果、ラウラリスが警備隊の若者達を鍛え直して事なきを得たわけだが。
 ラウラリスが訪れたこの街にも、似たような雰囲気がただよっていた。
 街並みを眺めながら進むことしばらく、ラウラリスはハンターギルドへ赴く。最初に手配犯のチェックを行うのが新たな街を訪れた際のルーチンだ。今回は流れこそ同じであったが、目的が少しばかり違っていた。
 それ以前に、表に比べてギルド内部の空気がかなりの剣呑けんのんさを帯びていた。一触即発とまではいかずとも、ギスギスした雰囲気が肌に触れる。

「なかなかに愉快なことになってるみたいだねぇ」

 もちろん張り詰めた空気にも気がつきつつも、ラウラリスは呑気のんきに呟く。ギルドに足を踏み入れた途端、方々から様々な視線が集まるのも気にせずにズンズンと奥に進む。
 向かった先は、犯罪者の手配書が貼り出された掲示板。
 だが、彼女がこれまで見てきたものとはいささか毛色が異なっていた。
 通常、手配書には犯罪者の人相書きと共に罪状が記されているものだが、掲示板の中央に大きく貼り出されている手配書には、人相が描かれていなかった。
 ただ、罪状と報奨金の記載はあった。
 ――連続殺人犯。
 報酬は、これまたかなりの額だ。以前に銀級シルバー相当の手配犯にかけられた報奨金を見たことがあるが、それよりもさらに高い。もしかしたら金級ゴールドに匹敵するのではないだろうか。そうそうお目にかかれない額である。
 ちらりと周囲を見回すと、付近にいるハンターの幾人かも同じ手配書に視線を向けていた。手配書の時点でかなりやばい仕事なのは間違いないが、そのリスクを加味してもかけられた賞金は魅力的だ。当てればまさに一財産。
 その他の手配書もざっくり確認したラウラリスは、掲示板から離れた。

「ねぇお嬢さん、ちょっと良いかな?」

 横合いから声がかけられる。そちらを見やると、今のラウラリスよりも若干年齢が上だろうか、一人の若者が小さく手を振っていた。
 色々と気になる点はあるが、まずラウラリスが聞いたのが。

「おたく、男なのか? 女なのか?」
「……いの一番にそれを聞いてきた人は、ほとんどいないかなぁ」

 本来なら少しばかりミステリアスな空気を出していそうな人物であったが、ラウラリスのデリカシーをどこかに置き忘れた発言で全てがぶち壊されてしまった。
 ラウラリスの言葉通りに、その人物は中性的な外見の持ち主であった。非常に端整で、男と言えば男に見えるし、女と言えばやはり女に見える顔立ちだ。声色も声が高い男にも、少しばかり低い女性にも聞こえる。躰つきから判断しようにも、上半身はゆったりとしたローブで覆われており、下半身も小道具を収納するポーチがかぶさっている。首にも装備なのかただの装飾かは判断できないがチョーカーが巻かれていた。
 軽い咳払いをして気を取り直す人物。己の持つ雰囲気で相手の気勢をごうとしていたのが、逆に自分ががれた形だろう。

「で、どっちだい」
「……それはご想像にお任せするとして、少し話をしない? なんならおごらせてもらうよ」

 おごり発言に、ラウラリスの目がきらりと光った。

「お、いいねぇ。タダ飯には素直にあずかる主義だ」
「じゃぁ行こうか。オススメの料理を出してくれる店を知っているんだ。私の名前はアイル。よろしく」


 ――およそ三十分後。

「あ、今のやつもう二皿追加しとくれ」
「まだ食べるの!?」

 ラウラリスが近くを通った店の店員に注文を告げると、正面に座った人物――アイルと名乗ったハンターは悲鳴交じりに叫んだ。最初のアンニュイな雰囲気はどこへやらである。


 だがそれも仕方がない話である。
 ラウラリス達が座ったテーブル席の上にはうずたかく皿が積み上がっており、確実に四人、五人前以上の料理が少女の胃袋の中に収まっているのだ。加えてまだ食べるというのだからアイルの悲鳴も納得だ。

「いや助かったよ。こっちに着いたばかりで小腹がいててね。どこで飯を食うか迷ってたんだよ。オススメというだけあってなかなかだ。この街にいる間は贔屓ひいきにさせてもらおうか」
「小腹!? 小腹でこれだけ食べてるの!? どんな胃袋してるのさ!!」
「成長期だからしょうがない」
「あんたが異常なだけだよ!!」

 さらにしばらくして、ようやくラウラリスは食べる手を止めた。

「ふぅぅぅ、食べた食べた。タダ飯となるといくらでも食べられちまうから困る」
「絶対に困ってる顔じゃないねそれは」

 ご満悦の様子でお腹をポンポンと叩くラウラリスに、アイルは悲愴感を帯びた顔つきでツッコミを入れる。彼(彼女?)の財布に無視できない被害が出たのは想像に難くないが、ラウラリスに『おごる』などと発言したのが悪いのである。

「『剣姫けんき健啖家けんたんか』とは話に聞いてたけど、度が過ぎてるじゃないか」
「なんだ、私のことは知ってたのか」
「でなければ、わざわざ声をかけたりはしないよ」
「そうかい。おごりを餌に私を誘うのは良い手段だった。おかげで話を聞く気になったよ」

 はぁ……と、ため息をつき、店員が下げた高く積み上がった皿を一瞥いちべつしてもう一つため息。首を横に振り、やっと調子を取り戻したアイルが口を開いた。

「噂に名高い剣姫けんきがこの街に来たってことは、やっぱりあの手配犯を追ってるってことでいいのかな?」
「近頃この街を騒がせている連続殺人犯、か。大局的には平和なご時世だが、小さなところじゃ物騒な話ってのはあとを絶たないもんだな」

 やれやれ、と嘆息するラウラリス。
 この街の領主は評判も良く、市民の声もよく聞いてくれる善人だという話だ。だが、そんな良き領主の治める街で今、不穏な事件が発生していた。
 それがあの手配書であり、ラウラリスが口にした連続殺人事件だ。
 ――ことの始まりは二ヶ月ほど前にさかのぼる。
 ある男が自室で殺されているのを家族に発見された。
 街でそれなりに大きな商店を経営している人物で、家族の話によれば特別に誰かから恨みを買うような男ではなかった。店も悪質な経営を行っているわけでもなかった。
 それを皮切りに、同様の手口で幾人もの人間が殺害され始めたのだ。皆、この街では名の通った人物ばかりである。中には護衛を雇っていた者もいたようだが、残念ながら護衛対象ごと殺害された。
 事態を重く見た領主はギルドに掛け合い、人物像は不明ながらその連続殺人犯を高額の賞金首として手配したのである。だが結果はかんばしくないらしい。今もギルドの掲示板に手配書が貼り出されているのがその証拠である。

「聞いた限りじゃ、もう五人は死んでるって話だが」
「少し古い情報だね。四日前に六人になったよ」
「そりゃぁご愁傷様しゅうしょうさま

 おかげで報奨金がまた上がったようだ。
 それはともかくとして。

「私の狙いを知って声をかけてきたってことは、あんたも狙ってんだろ?」
「まぁね。……私達だけじゃない。手配犯の賞金目当てで、隣かその隣の街にいたハンター達も、ここに集まってきてる」
「無理もないか。これだけでかいヤマじゃぁね」

 かくいうラウラリスとて、このデカい事件ヤマを目当てで訪れた一人である。

「で、ハンターじゃないとはいえ、競争相手である私に声をかけたのはどういう意図だい」
「わかってるくせに」

 食後に運ばれてきたお茶を一口すすり、アイルが改めて本題を切り出す。

「ここは手を組まないかな剣姫けんき。もちろん報酬は二人で山分け……はちょっと図々しいか。四と六でどうかな。もちろん六はそちらで」
「これまた謙虚じゃないか」
「噂じゃぁ馬鹿なオカルト集団やら、ドラゴンやらを一人で締め上げている猛者もさ中の猛者もさだよ。競争相手になるくらいなら、へつらってでも仲間に引き入れた方が得策に決まってる」

 わざとらしく肩をすくめるアイル。演技半分であるが本気も半分といったところか。たとえ六と四で報酬を分け合っても、元の額が相当なものだ。特別に損をする分け方でもない。

「最初は一人で追っていたんだけど、なかなかに難航していてね。そうこうしているうちに新たな犠牲者が出ちゃって。殺された人物に特に思い入れがあるわけじゃないけれど、かといってこれ以上死人が出るのも気持ちが良くないからね」
「ちなみに、私がお前さんと組むメリットは?」
「あなたよりも二週間は早くこの街に来ていた。それだけ多くの情報を持ってる。最初から調べるよりかは効率が良いはずだよ」
「なるほど、考えがないわけじゃないのか」
「相手は剣姫けんきだ。手土産もなく話を持ちかけるような馬鹿はしないよ」

 顎に手を当てて微笑むアイル。ラウラリスとはまた違った意味で他者を魅了する笑みだ。これだけでコロリといってしまう人間は多いだろう。

「で、どうかな?」
「…………良いだろう。今回の相手はそこらの木端こっぱな悪党とはわけが違う。人手があるに越したことはない」
「じゃぁ決まりだね。頼りにさせてもらうよ剣姫けんき
「ラウラリス。一緒に仕事をする以上は名前で呼んでほしいもんだ」
「うん、ラウラリス。よろしくね」


 協力関係を結んだ翌日。
 ラウラリスとアイルは早速に調査を開始した。
 まずは直近に殺された男についてだ。

「食材も情報も、新鮮なうちに仕入れるのが調査の鉄則だ」

 とはラウラリスの談。場所は事前にアイルが調べていたので、聞き込みをすることもなく真っ直ぐに現場に赴いた二人であったが、そうすんなりと事は進まなかった。
 殺害の現場は被害者の自宅。住宅街から少し離れたところにあり、なかなかに大きな一軒家だ。事件から五日が経過しているというのに、付近には人の数が多かった。一般人もいたが、目を引くのは顔も知れない手配犯を追うハンターと、鎧姿の騎士だ。
 鎧の意匠はラウラリスにも見覚えがあった。

「あの鎧……献聖騎士まで出張ってるのか」

 シャクシャク。

「ここまでの大事おおごとだからね。現場の調査は治安維持の警備隊が担当してて、献聖騎士達はハンター達が荒らさないように見張ってるのさ」

 献聖教会の保有する騎士団は、信徒の守護が最大の職務だが、支部を置いている以上、街の治安維持にも貢献している。連続殺人ともなれば出張ってくるのも納得だ。
 今も家の出入り口を塞ぐ二人の騎士とハンターが言い争っている。少しすると顔をしかめたハンターがきびすを返して去っていった。追い返されたようだ。

「領主が手配書を回してる割には、連携が取れてないように感じられるね」

 シャクシャク。

「案外そうでもない。全てとは言えないけれど、荒っぽいやり方をするハンターもいるからね。それなりに知識や手順を持った人間が先んじて調査をしてから、判明した事実に関してはギルドと共有してるよ。でなければ手配書を回した意味が本当になくなってしまうから」
「そんなもんかい」

 シャクシャク。

「……あの、さっきからずっと気になってたんだけど。何食べてるのさ」
「まだ朝飯を食ってなくてね。適当な出店で買ったやつだよ。これがなかなかに美味い」
呑気のんきかよ」

 ラウラリスの抱えた紙袋の中には果物が満載で、その一つを手で掴むとむしゃむしゃとかじっている。割と意地汚いことをしているように見えて、ラウラリスが行うとどことなく気品がにじみ出てくるから不思議で仕方がない。

「あんたも一つ食べるかい?」
「いや結構。私はもう一人で済ませたから」
「そうかい。んじゃ、行くか」

 ラウラリスは手に持っていた果物の最後の一欠片を口の中に放り込むと、現場の入り口を封鎖している献聖騎士の元へと向かった。

「ちょっと、だから中に入るのは無理だって!」
「まぁ見てな。相手が献聖教会ってんなら、当てがないこともない」

 アイルが止めるのも構わずにラウラリスは歩を進める。
 やはり途中で献聖騎士が彼女の前に立ち塞がった。

「お勤めご苦労様。ちょっと中に入れてくれやしないかな」
「こちらの調査が完了するまでは、誰であろうとも立ち入りを許可できない。申し訳ないが、退散していただこう」
「まぁまぁそう言わずにさ。追い返すのはこいつを見てからでも遅くないはずだ」

 と、ラウラリスは自身のふところいじると、一つの浮き彫りレリーフを取り出した。
 最初はラウラリスにいぶかしげな視線を向けていた献聖騎士だったが、彼女の持つレリーフを一目見た瞬間に表情が硬直した。

「…………それを改めさせていただいてもよろしいか?」
「構わないよ」

 気軽なラウラリスとは対照的に、騎士の片割れが恐る恐るといった具合でレリーフを受け取り改めて見る。すると、強張っていた表情が驚愕へと変化していく。

「――さか――機卿――の」

 二人の騎士は小声で会話をしていたが、やがてラウラリスに目を向ける。

「……私達だけでは判断をしかねる。ここの指揮官に判断をあおがせていただきたい。このレリーフはお借りしても?」
「そちらさんの気が済むまで存分に確認しとくれ」

 騎士の片方はラウラリスに頭を下げてから、急ぎ現場の中に入っていった。
 心なしか慌てていた騎士の背中を見送ると、アイルがラウラリスにささやくように問いかける。

「あの……浮き彫りなのかな。なんなのさ。見せた途端に、明らかに態度が激変したんだけど」
「前に教会のお偉方にちょっとした伝手つてができてね。献聖教会の絡みで何かあればって、餞別せんべつに渡されたもんだ。他人の権力を振りかざしたりするのは性に合わないが、このくらいならさほど筋を外してないだろ」

 ほどなくして、騎士が僅かに装飾がった鎧姿の男を連れてくる。

「剣を背負った少女があのレリーフを」
「そうか……ご苦労。お前達は職務に戻ってくれ。あとは私が対応する」

 男はラウラリスにレリーフを返す。

「お待たせしました。それで、どのようなご用件で」
「ちょいとばかり中を調べさせてもらいたくてね。なに、こういうのは初めてじゃない。ずぶの素人しろうとよりかはオタクらの邪魔にはならないはずだ。本当に邪魔だったら遠慮なく追い出してくれても構わない」
「……わかりました。私の権限において許可します」
「助かるよ。面倒をかけて悪いね」
「いえ、これも女神の思し召しでしょう」

 騎士は胸に手を当てるとラウラリスにうやうやしく一礼をし、中へと促した。一部始終を見ていたアイルは、流れについていけずに目をパチクリさせる。
 一時の相方の背中を軽く叩いて正気を促してから、ラウラリスは手に持っていた紙袋を手近の騎士に渡した。

「騒がせて悪かった。こいつは詫びだ。二人で食べな」

 ラウラリスは手を振ると民家の入り口をくぐる。その後ろをアイルが慌てて追うのであった。
 ――袋を受け取った騎士は困った顔になり相方を見るが、そちらも同じく困り顔だ。
 とりあえず小腹がいていたので、二人で食べることとなった。


 得た情報の精査に数日を要したのち、ラウラリス達は先日よりも前に殺された人物の調査に乗り出していた。
 とはいっても、その人物が殺されたのは半月近くも前。既に現場は調べ尽くされており新たな情報は出にくいと考えられていた。殺された場所をラウラリスが生で見れば何かしらが判明する可能性もあったが、今回はそちらは後回しだ。

「ここが、殺されてた男の行き付けの店か」
「無理だと思うなぁ。この手のお店は余程のことがない限り――たとえ客が死んだとしても、ほとんど情報は漏らさないよ」

 ラウラリスが赴いたのはとある酒場だ。街の中でも高級品を扱う商店が並ぶ通りに構えており、周囲と同じくこちらの店も出す酒はなかなかのものだ。ただそれだけに客を選ぶタイプの店でもあった。美味い酒とツマミが出てきて、なおかつ秘密も守られる。だからこそ、こういった高級酒場というのは後ろ暗い商談を行うには最適だ。
 ゆえに、面白い情報を聞ける可能性は非常に高い。

「私以外にも話を聞きに来た奴はいたのかい?」
「そりゃぁね、でも、教会の騎士もハンターも一見さんはお断りって頑として譲らない。力ずくで聞き出そうとした奴らもいたらしいけど、そんじょそこらのハンターじゃ相手にならないような用心棒を雇ってるって。実際に返り討ちに遭った馬鹿なハンターも多いと聞くよ」
「力ずくか……ま、できないこともないんだろうけど」
「そりゃぁ剣姫けんきならできちゃうでしょうけど」

 ラウラリスは顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。
 やがて、何かを思いついたのか小さく頷くと、店に向かって歩を進めた。
 今度はアイルも慌てない。慌てないが、先日の献聖騎士のあれこれを思い出し不気味さを感じながらアウラリスの背中に声を投げる。

「……まさか、また当てがあったりしちゃうわけ?」
「献聖教会の時とは違って確信はないがな。ちょいと試したいもんはある」

 あるにはあるんだ……と今度は何が出てくるのか興味半分、恐れ半分といった具合でラウラリスに続くアイルであった。
 店に入るなり、いの一番に感じられたのは鋭い視線だ。カウンターでグラスを磨いているバーテンダーも、中でたたずんでいる黒服の男も、無遠慮に入店してきたラウラリス達へ強い警戒を抱いて見据える。

「……申し訳ありませんが、当店では一見様はお断りさせていただいております。誰かしらの紹介がおありでしたらご案内いたします」

 威圧感を発しつつも表面上は丁寧な物腰で黒服の男がラウラリスに対応する。たたずまいこそ紳士的だが、整った服の奥に秘められた肉体はかなり重厚だ。なるほど、確かにその辺りのハンターでは束になっても敵わない。それこそ銀級シルバーでも出張ってこないと相手にならないだろうが……

「いや、直接的な紹介ってわけじゃぁないんだがねぇ」

 威圧的な相手など、ラウラリスにとっては慣れ親しんだものだ。にこりと笑ってふところから何かを取り出す。アイルは最初、またあのレリーフを取り出したのかと思ったが、今度は金属製のプレートのようだ。

「こいつがその代わりにならないかい? 知り合いから渡されたもんなんだが」

 プレートを受け取った黒服は険しい視線でラウラリスを一瞥いちべつし、改めて手元に視線を向けると僅かばかり動揺を見せる。程度の差はあれど、まさにレリーフを受け取った献聖騎士と同じ反応であった。
「嘘でしょ?」とアイルが目を見開く中、黒服はバーテンダーにプレートを見せる。
 黒服ほどの動揺はないものの、バーテンダーは小さく頷いた。

「お待たせいたしました。どうぞ中へお入りください」

 当初の威圧感は霧散し、黒服はプレートを返すとラウラリス達にうやうやしい一礼をする。
 ラウラリスは黒服に軽く手を振ると、揚々とした足取りで進みカウンター席に座った。アイルも恐る恐るそれに続く。

「ご注文は何にしましょうか」
「おすすめの酒を私とこいつに。美味いツマミもあれば一緒に頼むよ」
「かしこまりました」

 ラウラリスの注文とも言えない注文を受け取り、バーテンダーは準備に取りかかる。
 テーブルに顎肘を立て楽しそうに様子を見守るラウラリスの耳元に、アイルがささやきかける。

「私達は殺された男の情報を聞きに来たんだけど……」
「せっかく良い店に来たんだ。酒の一つも飲まなきゃ失礼ってもんだろ。安心しな、今回は私がおごってやる。この前の礼だ」

 そうこうしているうちに、バーテンダーはラウラリス達の前にそれぞれグラスを置くと酒瓶の中身を注いだ。

「どうぞ、ご賞味ください」
「いただくとするよ」

 ラウラリスはグラスを手に取ると、まずはいろどりを観察し次に香りを楽しむ。それからゆっくりとした動作で縁に口をつけると、緩やかにグラスを傾けた。口内にスルリと入り込んだ味わいを舌で楽しみ、広がる風味に酔いしれ、音もなく喉を通り過ぎる酒精を感じとる。
 グラスの縁から離れた唇に残る酒の残り香を、ペロリと舐める。

「……良い酒だ。酒の楽しみ方ってのを思い出させてくれる」
「『レヴン商会』の販路で仕入れた十年物で、当店自慢の一品でもあります。これはお得意様の中でもごく一部のお方にしか出したことはありません」
「良いのかい? そんな上物をこんな小娘に出しちまって」

 グラスを揺らし、残った酒の揺らめきを楽しみながらラウラリスは問いかける。

「お客様であれば、出すに相応ふさわしいと」
「そうか。……この街にいる間は通わせてもらうよ」
「ありがとうございます。かの有名な剣姫けんきにご贔屓ひいきいただけるとあらば、当店の語り草にもなるでしょう」
「なんだい、私のことを知ってたのかい」
を持つ者は限られています。その上、身の丈ほどの剣を背負う淑女ともなれば、考えるまでもないかと」


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