転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
139 / 159
第6章

エピローグ 三百年前の過ち

しおりを挟む

「王妃様、謁見に時間がかかりました事をお許しくださイ」
「構いません。あなた方の多忙は私が一番存じていますから」

 奇しくもラウラリスがケインに呼び出されていた同日同じ頃に、アイゼンは主である王妃の元に参上していた。

 王妃の部屋にいるのは、部屋の主とアイゼンのみ。小間使いメイドの類も排除し、室内にいるのは二人だけだ。だが問題はなかった。なぜなら王妃とともにあるのは、国内最強格の実力を有した騎士なのだから。

 アイゼンが王妃の元に参上したのは、先日に行われた作戦の報告を行うためである。

 既に概要は王妃に伝えられていたが、仔細については近衛騎士隊隊長であるアイゼンが直々に伝えることになっていた。少し間が空いたのは、実働員であり最大目標であるパラスの確保した当人ということで、各所への報告書の作成で手間がかかったからである。

「まずはお疲れ様でした。此度はあなたの尽力が大きかったと聞いています」
「もったいなきお言葉、恐悦至極にございまス。ですガ、私一人であればこれほどの成果は得られなかったでしょウ。部下たちの奮闘もありますシ、何よりも心強い人物がおりますれバ」

 労いに頭を下げながらも、アイゼンは王妃からの褒め言葉を小さく首を左右に振った。

「……例の剣姫けんきですか」

 剣姫けんきラウラリスは謎の多い女だ。

 ある時期から唐突に名がで始めると、各地で起こった事件の解決に多大な貢献をしている。しかし、王妃の力をもってしても名が出る切っ掛けとなった危険手討伐以前については、まるで出てこなかった。

 初対面時の対応は、思い返せばあまりの失態だった。我が子可愛さのあまりに冷静さを失ってしまった。王どころか王妃である己を前にし、僅かたりとも気圧されぬ胆力の持ち主。

 夫である王は彼女に対して一定の信用を既に抱いているようだが、王妃としては警戒を抱かざるを得ない相手である。 

「率直に聞きましょう。あの女を目の当たりにして、どう感じましたか?」 
「手綱を握るのハ、まず不可能な類でありましょウ」
「はっきり言うのですね」
「心の内には揺るがぬ芯を持っている故ニ。その信条と相反しない限りハ、良好な関係を結べるかト」

 裏を返せば、抱く信条と相反する行いを現せば、彼女は相手が誰であろうとも──それこそ一国家が相手でも躊躇いなく牙を向くと、アイゼンは語った。

「我が王妃様直属近衛騎士隊の隊員たちが総出になって挑めバ、ようやく手傷を負わせられるといったところでしょウ。噂に違わヌ、あるいはそれ以上に卓越した剣技の持ち主でス」
「あなたがそこまで……」

 近衛騎士隊の隊長が発した忌憚のない称賛に、王妃は眼を細めた。己が最も信を置く武人から出た言葉を疑う余地はない。隊員たちは王妃が見定めアイゼンが認めた者が属する国内屈指の精鋭部隊だ。思っていたよりも遥かに高い評価に彼女は驚きは隠せなかった。

「問いましょう。あなたであれば彼女に勝てますか?」
「怖ながラ、無傷は難しくとも十中八九の勝利は揺るがぬかト」

 王妃直属近衛騎士隊隊長が兜越しに淡々と述べる言の葉は、絶対なる自信の裏返し。万が一に剣姫が王国に剣を向けたところで、打倒できる確固たる意思表明。

「とはいエ、私を除けバ、あの女傑に勝ちうるのはかの獣狩りを率いる男を置いて他にはありませン。私の知る限リ、ではありますガ」
「シドウ・クリュセですか。……王の贔屓も困ったものです」

 獣狩り──獣殺しの刃は、代々の王が直轄する諜報組織。王より直々に『無法の許可』を得たその影なる権力は、非公式な組織でありながらも国内最高峰と言っても過言ではない。

『無法の許可』は、王の権威がまだ行き届いていないエフィリス建国初期──旧帝国滅亡した時期であれば有用であっただろう。だが、王の権威が行き届いた昨今の治世では明らかに過剰な強権だ。国内上層部でも彼の組織を嫌う者は少なくはない。

「どうにかするにしても今は・・いいでしょう。アイゼン」
「ハッ、こちらニ」

 名を呼ばれたアイゼンは王妃の求めているものを察し、両手で掲げて彼女の前に差し出す。
鎧に覆われた手に乗せられていたのは、札の形をした呪具であった。

 受け取った王妃は不備がないかを確認し頷くと、表面をなぞると光が宙に舞う。やがては円形に輪郭を取ると、ここではないどこかを映し出した。

 それは、所持者の視界を『記録』し、他者に見せるための『映像再生』の呪具。国内に数えるほどしかない貴重な呪具であり、存在自体も極秘事項とされている。

 アイゼンは王妃の指示によりパラス確保の作戦が開始されてからずっとこの呪具を使い、その一部始終を記録し続けていたのだ。

(随分と剣姫けんき殿を意識してらっしゃるようダ)

 王妃の傍で膝をつくアイゼンは、内心に抱く。

 平時であれば、王妃はアイゼンの報告だけで納得していた。自身が王妃様より信頼を得ているという自負がある。ただ今回に限って、己に貴重な呪具を持たせる次第だ。る。おそらく、当人は無自覚であろうが、ラウラリスという少女周りに限ってどこか反応が過剰であった。

 果たしてそのことについて指摘をするべきか。

 アイゼンが小さく答えに迷っている最中、映像はパラスに遭遇した時点──亡国の騎士と対峙した頃に差し掛かっていた。

 映し出される過去のラウラリスは、一刀の元に騎士の一人を両断していた。

「──────」

 その光景を目の当たりにした途端、王妃が剣呑な空気を醸し出す。

 映像を見据える目は大きく見開かれ、呪具を持つ手は小刻みに震えている。開いたもう片方の手は、首元から下がっているペンダントをキツく握りしめ、皮膚が破れて血が滲み出しそうなほど。彼女がこのような反応を表したところを、アイゼンはいまだかつて見たことがなかった。

 やがてラウラリスがパラスの半分を潰し、アイゼンに後を任せて部屋を去ったところで、映像が止まる。

 王妃はずっと無言を貫いたまま。けれども、胸中に荒ぶる激情を飲み込み、押さえ込んでいる様が、傍のアイゼンにもヒシヒシと伝わっていた。

「──アイゼン」
「ハッ」

 今日こんにちまで幾度も名を呼ばれてきたが、これほどまでに感情が含まれていない呼ばれ方は初めてであった。役割を失い殆ど動かなくなった喉奥が凍りつくような感覚に陥る。

 だが──。

「あなたの忠誠はどこにありますか?」
「我が身はあなた様──セルディア王妃殿下に捧げておりますれバ」

 アイゼンの抱く忠誠心に一点の曇り無し。王妃に『アイゼン』という名を与えられた日から変わらず。一度命じられればたとえ誰であろうとも全力を持って剣を向ける覚悟があった。

「その言葉、信じさせてもらいましょう」

 ──バギンッ!

 ガラスが割れるような音が響く。根源は他の誰でもない、王妃の手にあった呪具を割り砕かれ、破片が床にこぼれ落ちた。破片が手のひらに突き刺さり、血が滴り落ちるも、王妃は痛みに表情を歪める素振りすら無かった。

 溢れ出すほどの静かな激情は、今はなりを顰めていた。だがそれは決しておさまったからではない。一片たりとも外に漏らさんとし、内側では先ほど以上の激しい感情が暴れていた。それが貴重であるはずの映像再生の呪具を握りつぶしたのだ。

「アイゼン。あの剣姫けんきの戦う様を見て何を感じました?」

 先ほどの問いかけと近しく、けれども非であるのはアイゼンにも分かった。

 しばしの時間を要し、剣姫が亡国の騎士を切り捨てた瞬間に思いを馳せながら言葉を作る。

「年齢に削ぐわぬ濃密な殺気を放つ様ニ、驚きを隠せませんでしタ。まるデ、戦場を生き抜いた老獪な兵を思わせまス」
「他には?」
「他…………ですカ」
「いえ、無いなら構いません」

 顔の見せぬ兜を傾げるアイゼンに王妃は首を左右に振ると、血濡れた己の手を見ながら口をひらく。

「これは果たして千載一遇せんざいの好機か、あるいは絶無僅有きんゆうぜつむの危機か」

 胸元の首飾りペンダントをなぞりながら、王妃は譫言うわごとのようにぼやく。

「普通に考えればことわりの埒外。けれども、あれ・・が私の想像通りであるならば──なるほど、『亡国』などという愚かな集団に敵愾心を向けるのも道理」

 王妃の言葉を、アイゼンは何も理解できない。

 理解しようとも思っていなかった。

 先ほども彼自身が述べたように、アイゼンの忠誠は王妃殿下に捧げられている。たとえどのような命令であろうとも、一度下されれば身命を賭して果たすまでであった。

あなた・・・が何者であれ、いかほどを成そうとも、私は『三百年前の過ち』をただす。必ずや、あの時の清算を果たしましょう」

 深い決意を宣言した王妃の胸元で、首飾りペンダントが爛々と光った。
しおりを挟む
感想 656

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。