転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
138 / 161
第6章

第五十三話 元皇帝の予感

しおりを挟む


「……お前に一つ、話しておきたい事がある」
「なんだい。もったいぶってからに」
「これは機関内でも一部の者にしかまだ伝わっていない極秘事項だ。だが、俺の権限においてお前にだけは伝えておこう」

 ケインは少し改まった様子で口を開いた。

「パラスはお前のせい・・・・・でしばらく口を聞けない状況だ。が、今はこれについてはいいだろう。奴が持ち去ろうとしていた資料と薬の現物は無事に確保できたからな」

 施設については現在進行形で、同盟が合同で捜査中。まだ発覚していない拠点が無いか、その手掛かりを探るために調査班が結成されて今も動いている。

「現時点で判明した情報を検証したところ、調査班から一つの報告が上がってきた。まだ全ての調査は終わったわけでは無いが──」
「──『パラスの研究そのものは既に完成していた』ってか?」
「…………」

 まるで最初から答えが分かっていたかのようなラウラリスの先取りに、ケインは喉を唸らせた。彼女のことであればもしかしたらという予感めいたものがあったのかもしれないが、本当に言い当てられればやはり反応の一つは漏れ出るというものだ。

「あんたはもうちょいと、腹芸を身につけたほうがいいよ。前にも言ったけど、案外分かりやすいからねぇ」
「余計なお世話だ。それよりもどうして──」
「私のことはいいだろうさ。それよりも話を続けな」

 くつくつと笑いを含ませながらも、ラウラリスは追求を断ち切った。実は根拠を聞かれてもケインには答えようが無いのだ。なぜなら、それはラウラリスの前世に関わるものであったからだ。

 ラウラリスが皇帝時代に潰した、薬物による国家の侵略にまつわる研究。これはある意味では完成していた。

 つまり、他の先行きがなかった研究とは違って『到達点・・・』があるのだ。

 もしパラスが──当人の認識如何はともかく──旧帝国の遺産を模倣していたとすれば、研究の超えて実用の域に至っていても何ら不思議ではなかったのだ。

 もっとも、ケインが切り出すまでは、ラウラリスにとって可能性の一つとして憂慮するに留まっていた。もちろん、外れて欲しいという願望も込みでだ。

 施設内の設備からして、既に薬物──洗脳薬の量産体系についてもほぼ完成していた。またパラスの資料には、洗脳薬の服用から具体的な指示を刷り込むための運用法マニュアルについても詳しい記述があり、低く見積もっても最終調整の段階にまで進んでいたのは間違いないというのが、調査班からの報告であった。

「良かったじゃないか。やばい薬が出回る水際で阻止できたんだ。同盟の初作戦としちゃぁこれ以上にない成果だ。以降は何かとやりやすくなるだろうよ」

 ラウラリスは拍手を交えながら称賛するが、ケインの表情は明るいものではなかった。

「あまり浮かない顔をしてるね」
「……パラスの研究は成功し、洗脳薬の量産もその流通路も確立していた。薬が本格的に出回っていれば、これまでに類を見ない被害が出ていた筈だ」

 だがそれだけに、どうしても腑に落ちない点が出てくる。

「ならどうして、パラスはさっさと事を起こさなかった?」
「あんたの気掛かりってのは、つまりはそこか」

 ケインの指摘する通り。同盟は亡国に動きを悟られぬよう、細心の注意を払いながら水面下で準備を進めてきた。おかげで製造施設や各地の流通拠点への奇襲は成功し、亡国は後手に回ることとなった。

「今回の作戦は成功と称してまったく間違ってはいない。だがそれは、研究が未完成である事が大前提だ。薬が出回った後では意味がなかった。これでは、あまりにも俺たちに都合が良すぎる」

 人間というのは、物事がうまく進みすぎると逆に不安を抱く生物いきものだ。だがケインの抱いているこれは、単なる杞憂では無い。亡国側に、決して看過できない不穏が見え隠れしていた。

「しかし、だとすれば理由はなんだ? 流通路も確保できている以上、亡国にとっては足踏みをする理由などほとんどなかった筈」

 正直な所、ラウラリスも把握しかねていた。はっきり言って意味がわからない。

 この情報はいずれ、同盟の各組織に知れ渡ることになる。施設や拠点の調査には獣殺しの刃の他にも各組織から人員が派遣されているからだ。

 答えの無い問題というのは非常に、これで厄介な代物だ。受け取り手の認識や置かれている状況によっていくらでも解釈ができる。こうした曖昧なものを放置しておくと、後々にさらに大きな問題を引き起こす事もある。ひどい場合は、仮に明確な答えが出たところで吹き出した問題が治るとは限らないところだ。

(この嫌な感じ。私が亡国の奥に感じてるものと根は同じなのかもしれないな)

 ラウラリスは当初、『亡国を憂える者』が単なる暴力組織テロリストとしか認識していなかった。だがいくつかの事件を経るうちに、過去の帝国の遺産と類似点が多すぎるとのではないかと言う推測。これを確かめるために、王都に足を運び獣殺しの刃の本部に保管される記録まで閲覧するまでに至ったのだ。

 事情が事情であるが故にケインやシドウには未だ伝えていない、ラウラリスの抱く予想があった。すなわち。

(『亡国を憂える者』は、本気になればいつでも王国を転覆させるくらいは可能なのかもしれない。パラスの件もこいつに通ずるもんがある)

 亡国がこれまで扱ってきた研究してきたものは、そのほとんどは先行きはなくとも人の制御の範囲が行き届くものに限定されていた。

 だが、かつての帝国が研究してきたモノの中には、絶大な効果を発揮しつつも敵味方問わずに甚大な被害を及ぼすというものも少なからず存在していた。

(だってのに、亡国が起こした過去の記録にはそんなもんは無かった。旧帝国が残した資料があるってんなら、そいつらを使えば王国なんぞ数年足らずで壊せる)

 残念ながら、亡国の信者や構成員たちは我が身を顧みず、『虚構の皇帝』に文字通りの身命を捧げた忠誠を誓っている。彼らを使えばそうした破滅の研究を行使するのも容易い筈だ。

 ならばなぜそうしないのか。

 ラウラリスはここで一つの仮説を立てた。

 ──亡国を憂える者というのはそもそも、皇帝の復活を目論んで生み出された組織ではない。 信者たちの大半はおそらく、心の底からかつての皇帝を望んでいるのだろう。

 だが、元々あった無害な宗教団体を過激な思想組織に変貌さ、旧帝国の研究資料をもたらした『何か』には、もっと別の目的があるのではないか。 

 ラウラリスを持ってしても、これに対する解答をいまだに導き出せていなかった。

 答えの出ない思案に軽い蓋をしたラウラリスは、やれやれと肩をすくめた。

「今のうちに、落とし所・・・・ってのを考えておく必要があるか。ケイン、ちょうど良い言い訳はあるのかい?」
「『薬がばら撒かれる秒読み段階であった』が妥当だが──これで果たして納得を得られるかどうか」
「そのあたりはほら、上手く誤魔化しなよ。悪の秘密結社の得意分野だろ」
「非公式ながらこれでも一応、国家直属の諜報組織なんだがな」

 憮然と答えるケインに、ラウラリスはケラケラと笑った。

 来るべき苦難の予感を胸に抱きながらも、それを強く跳ね返すように。
しおりを挟む
感想 656

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。