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第6章
第五十三話 元皇帝の予感
しおりを挟む「……お前に一つ、話しておきたい事がある」
「なんだい。もったいぶってからに」
「これは機関内でも一部の者にしかまだ伝わっていない極秘事項だ。だが、俺の権限においてお前にだけは伝えておこう」
ケインは少し改まった様子で口を開いた。
「パラスはお前のせいでしばらく口を聞けない状況だ。が、今はこれについてはいいだろう。奴が持ち去ろうとしていた資料と薬の現物は無事に確保できたからな」
施設については現在進行形で、同盟が合同で捜査中。まだ発覚していない拠点が無いか、その手掛かりを探るために調査班が結成されて今も動いている。
「現時点で判明した情報を検証したところ、調査班から一つの報告が上がってきた。まだ全ての調査は終わったわけでは無いが──」
「──『パラスの研究そのものは既に完成していた』ってか?」
「…………」
まるで最初から答えが分かっていたかのようなラウラリスの先取りに、ケインは喉を唸らせた。彼女のことであればもしかしたらという予感めいたものがあったのかもしれないが、本当に言い当てられればやはり反応の一つは漏れ出るというものだ。
「あんたはもうちょいと、腹芸を身につけたほうがいいよ。前にも言ったけど、案外分かりやすいからねぇ」
「余計なお世話だ。それよりもどうして──」
「私のことはいいだろうさ。それよりも話を続けな」
くつくつと笑いを含ませながらも、ラウラリスは追求を断ち切った。実は根拠を聞かれてもケインには答えようが無いのだ。なぜなら、それはラウラリスの前世に関わるものであったからだ。
ラウラリスが皇帝時代に潰した、薬物による国家の侵略にまつわる研究。これはある意味では完成していた。
つまり、他の先行きがなかった研究とは違って『到達点』があるのだ。
もしパラスが──当人の認識如何はともかく──旧帝国の遺産を模倣していたとすれば、研究の超えて実用の域に至っていても何ら不思議ではなかったのだ。
もっとも、ケインが切り出すまでは、ラウラリスにとって可能性の一つとして憂慮するに留まっていた。もちろん、外れて欲しいという願望も込みでだ。
施設内の設備からして、既に薬物──洗脳薬の量産体系についてもほぼ完成していた。またパラスの資料には、洗脳薬の服用から具体的な指示を刷り込むための運用法についても詳しい記述があり、低く見積もっても最終調整の段階にまで進んでいたのは間違いないというのが、調査班からの報告であった。
「良かったじゃないか。やばい薬が出回る水際で阻止できたんだ。同盟の初作戦としちゃぁこれ以上にない成果だ。以降は何かとやりやすくなるだろうよ」
ラウラリスは拍手を交えながら称賛するが、ケインの表情は明るいものではなかった。
「あまり浮かない顔をしてるね」
「……パラスの研究は成功し、洗脳薬の量産もその流通路も確立していた。薬が本格的に出回っていれば、これまでに類を見ない被害が出ていた筈だ」
だがそれだけに、どうしても腑に落ちない点が出てくる。
「ならどうして、パラスはさっさと事を起こさなかった?」
「あんたの気掛かりってのは、つまりはそこか」
ケインの指摘する通り。同盟は亡国に動きを悟られぬよう、細心の注意を払いながら水面下で準備を進めてきた。おかげで製造施設や各地の流通拠点への奇襲は成功し、亡国は後手に回ることとなった。
「今回の作戦は成功と称してまったく間違ってはいない。だがそれは、研究が未完成である事が大前提だ。薬が出回った後では意味がなかった。これでは、あまりにも俺たちに都合が良すぎる」
人間というのは、物事がうまく進みすぎると逆に不安を抱く生物だ。だがケインの抱いているこれは、単なる杞憂では無い。亡国側に、決して看過できない不穏が見え隠れしていた。
「しかし、だとすれば理由はなんだ? 流通路も確保できている以上、亡国にとっては足踏みをする理由などほとんどなかった筈」
正直な所、ラウラリスも把握しかねていた。はっきり言って意味がわからない。
この情報はいずれ、同盟の各組織に知れ渡ることになる。施設や拠点の調査には獣殺しの刃の他にも各組織から人員が派遣されているからだ。
答えの無い問題というのは非常に、これで厄介な代物だ。受け取り手の認識や置かれている状況によっていくらでも解釈ができる。こうした曖昧なものを放置しておくと、後々にさらに大きな問題を引き起こす事もある。ひどい場合は、仮に明確な答えが出たところで吹き出した問題が治るとは限らないところだ。
(この嫌な感じ。私が亡国の奥に感じてるものと根は同じなのかもしれないな)
ラウラリスは当初、『亡国を憂える者』が単なる暴力組織としか認識していなかった。だがいくつかの事件を経るうちに、過去の帝国の遺産と類似点が多すぎるとのではないかと言う推測。これを確かめるために、王都に足を運び獣殺しの刃の本部に保管される記録まで閲覧するまでに至ったのだ。
事情が事情であるが故にケインやシドウには未だ伝えていない、ラウラリスの抱く予想があった。すなわち。
(『亡国を憂える者』は、本気になればいつでも王国を転覆させるくらいは可能なのかもしれない。パラスの件もこいつに通ずるもんがある)
亡国がこれまで扱ってきた研究してきたものは、そのほとんどは先行きはなくとも人の制御の範囲が行き届くものに限定されていた。
だが、かつての帝国が研究してきたモノの中には、絶大な効果を発揮しつつも敵味方問わずに甚大な被害を及ぼすというものも少なからず存在していた。
(だってのに、亡国が起こした過去の記録にはそんなもんは無かった。旧帝国が残した資料があるってんなら、そいつらを使えば王国なんぞ数年足らずで壊せる)
残念ながら、亡国の信者や構成員たちは我が身を顧みず、『虚構の皇帝』に文字通りの身命を捧げた忠誠を誓っている。彼らを使えばそうした破滅の研究を行使するのも容易い筈だ。
ならばなぜそうしないのか。
ラウラリスはここで一つの仮説を立てた。
──亡国を憂える者というのはそもそも、皇帝の復活を目論んで生み出された組織ではない。 信者たちの大半はおそらく、心の底からかつての皇帝を望んでいるのだろう。
だが、元々あった無害な宗教団体を過激な思想組織に変貌さ、旧帝国の研究資料をもたらした『何か』には、もっと別の目的があるのではないか。
ラウラリスを持ってしても、これに対する解答をいまだに導き出せていなかった。
答えの出ない思案に軽い蓋をしたラウラリスは、やれやれと肩をすくめた。
「今のうちに、落とし所ってのを考えておく必要があるか。ケイン、ちょうど良い言い訳はあるのかい?」
「『薬がばら撒かれる秒読み段階であった』が妥当だが──これで果たして納得を得られるかどうか」
「そのあたりはほら、上手く誤魔化しなよ。悪の秘密結社の得意分野だろ」
「非公式ながらこれでも一応、国家直属の諜報組織なんだがな」
憮然と答えるケインに、ラウラリスはケラケラと笑った。
来るべき苦難の予感を胸に抱きながらも、それを強く跳ね返すように。
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