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第6章
第四十三話 面倒くさくなってるらしい
しおりを挟むラウラリスの呪具から発せられた合図を受けて、別働隊であるケイン・ヘクトらも行動を開始していた。
「せーのッ──ふんっっっ!!」
鋭い気迫と共にヘクトが振り下ろした斧槍が、頑なに閉じられていた門を閂ごと粉砕した。
「病み上がりにしては調子が良さそうだな」
「冗談。これでも結構一杯一杯だよ。いちちち……」
手近に迫っていた敵を切り捨てたケインが声をかけると、斧槍を地面に突き刺したヘクトは顔を顰めながら自身の肩に手を置く。泣き言を漏らしながらも、戦闘慣れした人間が数人がかりでもビクともしなかった門を一撃で破壊できる辺りは流石であろう。
彼らの周辺では、門を守衛していた亡国の勢力と、ケインとヘクトが率いる獣殺し、傭兵の混成部隊の激しい戦闘を繰り広げていた。
傭兵は対人戦に特化したプロ集団だ。この場にいるのは、レヴン商会が独自に契約を結んだ精鋭。中には、わざわざハンター組合を脱退してから契約を結ぶものもいる。戦乱が無くなって久しくなった世ではあるが、やはりこうした人間を相手にする職というのは無くならないのである。
獣殺しの刃の構成員は、表向きには王国の騎士という立場。作戦に参加する上でもその身分を名乗っていたが、全員が一律に黒塗りのコートを纏っており誰がどう見てもまともな騎士には見えないであろう。ただし、それに異を唱える者は誰もいなかった。触れれば火傷する手合いが同盟に混ざっている事を察してのことだ。
ラウラリス達が隠密性を重視しているのに対し、こちらの部隊にはそうした制約はない。むしろ騒がしく攻め立てるのが役割であった。派手に動いてこちら側に注意を惹きつければ、それだけラウラリス達の部隊が楽に動ける。
亡国の中にはそうした目論見を看破するものもいるだろうが、だからと言ってこうも大立回りを見せつければ無視のしようがない。放置すれば甚大な被害が及ぶのは明らかだからだ。
「しかし本当に残念だったね。愛しのラウラリスちゃんじゃなく僕なんかと組まされてさ」
「その話題をいつまで擦るつもりだ。誰が愛しのだ阿呆」
クキクキと首を鳴らし調子を確かめながら斧槍を引き抜くヘクト。彼の軽口にケインは険のある視線を向ける。切れ味のある眼差しながらも、向けられる当人にはさほど効果もなくむしろ忍び笑いが返ってくる始末だ。
この話題は王都で合流してからというもの何度も繰り返されている。ヘクトからしてみれば、口にするたびにあからさまにケインがしかめ面を浮かべるのが楽しくて仕方がないのだろう。
「ラウラリスちゃんは強い男が好みだからねぇ。あの近衛騎士の隊長さん、ちょっとしか見てないけど、立ち振る舞いからして雰囲気がヤバいもん。おたくの総長さんとは何回か顔を合わせたことがあるけど、結構いい勝負するんじゃない?」
「ノーコメントだ。それよりも、無駄口を叩いて死んでたら本当に笑い話だぞ」
「この程度が相手なら、無駄口叩きながらでも問題ないよ」
己に迫っていた剣を斧槍の一振りで弾き飛ばし、空手になった剣の持ち主の胸ぐらを片手で掴み上げると力任せに投げ飛ばした。彼に追撃しようと構えていた亡国の一員は、飛んでくる人間を避けられず巻き込まれて昏倒する。
万全とは言い難くとも、全身連帯駆動・弐式によって発揮される超馬力は常人のそれを遥かに超えている。武器を合わせても百キロを超えない人間など、片手で持ち上げるなど容易いことである。
「君こそ、ラウラリスちゃんのことが気になりすぎて剣が疎かにならないか心配だよ」
「いい加減しろ! しつこいぞ貴様!」
激昂しながら、ケインは亡国の構成員が振るった剣を叩き割り持ち主の胴に蹴りを見舞っていた。しかもヘクトを睨みつけながらの片手間。喰らった相手は少し哀れであった。
「これでも僕なりに心配してるんだよ。真面目なくせに煽り耐性が低い君が、いつそれでやらかすかが」
「調子に乗りすぎた挙句に全身をバキバキにされた奴が言っても何の説得力ないわ!」
「それを言われちゃうと本当に何も返せないんだよな」
これでも王国が威信を掛けて召集した同盟においての大事な初戦。失敗は許されない最初の一手にも関わらず、ケインとヘクトは雑に会話を続けてた。本来であれば誰かしらが苦言を告げるところであるが、それができない理由は二つ。
一つは、両者がそれぞれの部隊を率いる隊長格であること。そしてもう一つは、何よりもこの二人が言葉を投げ合っている最中であっても、向かってくる亡国の戦闘員達を容赦なく叩き伏せていからだ。ふざけ合っている様に見えて、一番の戦果を上げているなら文句を言いたくても言えないだろう。
程なくして、門の辺りにいた亡国の人員は全てが無力化された。
正面から挑んだけあり乱戦となり、同盟側にも少しばかりの負傷者は出ていたが死者は出ておらず、ほぼ完勝と言っても差し支えないだろう。
ただ、これは前哨戦に過ぎず、本番は中に入ってからだ。
「手筈通りだ。中には一般人が紛れている可能性が高い。やむを得ない場合を除いて、できる限りは殺すなよ」
門の近くに構えていたのは、亡国の構成員の中で戦闘に特化した人員。少なくとも素人の一般人が剣を振り回している様子はなかった。
だが、建物の中であれば突発的に亡国の構成員と遭遇することもあるだろう。その中には、連れ去られ薬物によって洗脳され強引に信者にされた一般人もいると考えられている。
とはいえ、どれほど一般人が紛れているか。そうした者達と亡国の信者や構成員を区別できるほどの情報はない。故に、拠点内に攻め入る場合はなるべく不殺で敵を無力化する様に同盟部隊には命じられていた。
これは何も人道云々に収まらない。今後にも同盟が亡国打倒を掲げる上で、民衆に対して悪感情を及ぼさない様にするために必要な事でもあった。
「その辺りはご心配なくだ。ちゃんと、得意な人員を選んでもらったからね。それよりも、さっきの繰り返しじゃ無いけどさ。真面目な話、やっぱりラウラリスちゃんのことが気になってる?」
改めて指摘されてケインはムッとなるが、ヘクトからは揶揄う気配は無い。どうやら当人が思っている以上に態度に出ていたのだろう。
ケインは息を吐くと、偽りない本音を漏らす。
「……あの女が妙な事をやらかさないかが、気掛かりといえばいちばんの気掛かりだ。相手が王妃付きの近衛隊ともなればな」
「あぁーー……自分の中で結論出たらほとんどノータイムで実行しちゃうからねぇ。慣れてないと本当に付いていけないだろうなぁ」
決断力がありすぎるというのも問題だ。本人の中では歴然とした筋道があろうとも、周りの人間がついていけるとは限らない。ケイン達は実際にそれらを味わってきただけに実感がこもっていた。
「万が一にあいつが突拍子も無い事をやらかしたら……今回は、あの隊長殿に請け負ってもらうほかあるまいが。そうなった時の後を考えると、少しばかり気が重い」
身近にいれば気を揉むが、かと言って目の届かぬところで暴れられるとそれはそれで気になって仕方がない。全くもって面倒な女だと、ケインは内心にぼやいた。そして、ヘクトに「今日のこいつ、ちょっと面倒くさいなぁ」と生ぬるい視線を向けられていることに気がついていなかった。
「とは言え、あいつにばかりかまけていても仕方がない。近衛騎士の隊長殿にあの女の制御は任せて、俺たちは俺たちの仕事をするぞ」
「了解。他の部隊の活躍も期待しつつ、僕らも頑張りましょうか」
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