転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
118 / 160
第6章

第三十三話 褒めるババァ

しおりを挟む

 
「王子の相手はご苦労だったな。君を探している最中に陛下たちとすれ違ったが、陛下と王子はとても満足げであったよ。王妃は少しばかり機嫌が悪そうであったがな」
「私としても中々楽しめたよ。面白いもんを拝ませてもらった」

 王子への指南という、当初の予定とは違う流れになりはしたが、ラウラリスとしても有意義な時間を過ごせた。

「しかし、あの王妃さんは中々苛烈だね。出会い頭に私に張り手ビンタをかましてきたよ。避けなかったら今頃、三日四日は取れないアザが出来てたね」

 ラウラリスは肩を竦めてから、自身の頬を撫でた。

「王子絡みで、特に運動に関わる事になるとあの方はいささか敏感なところがあるのは認めよう。だが、あの方が単なる親バカでないことだけは言わせてもらおう。普段の王妃は知的で思慮深い方だ。王子相手にも、要所では厳しくあり、そして優しい母親であらせられる」

 王妃として迎え入れられるだけの要素を持ち合わせているのだろう。

「あの方は王国発祥初期に、王家から別れた侯爵家の血筋だ。流石に血は薄れているが、侯爵家は幾度か王の伴侶も輩出している」

 加えて、今代の王妃は呪具に関する才能もあり、今現在は王の伴侶という立場になりながらも呪具開発部の責任者としても活躍している」

「王妃のおかげで、呪具の研究はますます盛んになった。初代国王の妻セルシアの再来と呼ぶ者もいるそうだ」
「血筋も能力も、文句の付けようがないって完璧王妃様か。そりゃぁ凄い」

 ラウラリスは感嘆の溜息を漏らしながら、懐かしい名前に想いを馳せる。

 呪具使いの姫セルシア・エンデ。

 ラウラリスを討ち果たした勇者の仲間の一人であり、数々の呪具を携えた亡国の姫君。

 己を討ちに現れた勇者の傍にいる姿を、目を瞑れば今でも鮮明に思い出すことができる。

 ある側面では、勇者以上にラウラリスの記憶に深く刻まれていた。

 ──どこまでも深く暗い、憎悪の感情。

 人に恨まれるのには誰よりも慣れているはずのラウラリスであっても、あそこまでの憎しみを向けられた記憶はあまりない。

 現世に蘇りラウラリスの前に立ち塞がった実父の魂。この世ならざる場所で三百年も溜め込み続けた怨嗟を吐き出していた。前世の今際、セルシアがラウラリスに向けていた憎悪もそれに匹敵していたかもしれない。ようやく二十代を迎えたかどうかの年頃の娘が抱くにはあまりにも強烈であった。

(私が滅ぼした国の姫様だ。こちらにも事情・・があったにせよ、恨み心頭なのは当然だわな)

 エンデ王国は、当時に最も呪具の研究が盛んであり、帝国も同盟を結んでいた。軍事転用は言うに及ばず、日常生活においてもエンデが開発した呪具の恩恵を、帝国も強くあずかっていた。

 その同盟を一方的に破棄して攻め滅ぼし、一族郎党のほぼ全てを皆殺しを命じたのは、悪虐皇帝ラウラリスに他ならない。

 本来であれば、その際にセルシアも見逃すつもりはなかった。他の血縁や家臣が総出で逃したのであろう。セルシアの生存を把握したのは、勇者が台頭してきた頃になってからだった。

(勇者と結婚したって記録にはあったが、幸せになってくれたようで何よりだ。私が言えた義理じゃぁないがね)

 ラウラリスの記憶に残るほどの強大な恨みだ。帝国を滅ぼした程度・・で晴れるか少しだけ心配であった。獣殺しの刃に残された資料によれば、夫婦仲は良好で子沢山だったようだ。そのうちの一人が王家から分離し新たなお家として立ったわけである。 

 ラウラリスは王都に辿り着くまでの道程で、かつての部下たちが辿った軌跡を知るに至った。そして王都ここに辿り着いた今は、勇者たちの軌跡を知った。彼らの存在が今日の平和に至ってると思うと、胸の奥がじんわりと暖かくなる。

「聡明な母がいてあの王子は幸せだ。単に甘やかされただけのお坊ちゃんじゃぁああはならない。将来が実に楽しみだよ」
「君の目から見て、王子はどうだ?」
「ありゃぁ逸材だ」

 間を置かずに告げられたラウラリスの評価に、シドウも少しだけ驚きを見せる。たとえ相手が誰であろうとも、気安く世辞を述べるような正確ではないのは、彼女を少しでも知る者であれば当然の認識であったからだ。

「随分と褒めてくれるな。王子には聞かせられないが、あまり剣術には向いていないというのが指南役を務めた者たちの総合的な評価だったはずだが」
「普通に鍛えてりゃぁな」

 並の鍛錬法、並の指導者では駄目だ。それではアベルの持つ素養を殺してしまう。あの少年に求められるのは、今は筋力をつけることでも剣術を学ぶことではない。

 全身の筋肉や稼働を連動させる感覚。武の道に行きた者が鍛え抜いた先にようやく手にかける領域を、一番最初に覚えること。

 全身連帯駆動の鍛錬とは武術の逆算。最初に完成形を得ることから始まる。

「一芸に特化はできないが、万能を極め・・・・・りゃぁ一芸を超える・・・・・・だろう。いっそのこと、あんたの部下から手頃なやつを指南役につけた方がいいんじゃないかい? というか、あんたのことだから気が付いてたんだろ、これは」
「あまり買い被ってくれるな。とはいえ、もしやと可能性の一つとしては考えてはいた」
「…………」

 シドウの同意に、ラウラリスはあからさまに嫌そうな顔になった。

「人に聞いておいて、その反応は失礼ではないのかな?」
「なんでだろうね。意見の合致はいいんだが、素直に喜べない」

 普段であれば自分の慧眼をちょっとだけ誇るようなセリフの一つも出てくるところなのに、相手がシドウであると素直に喜べないのである。反論しようにも、同一意見であるために余計なことを口にすると己の論を否定する事になってしまう。それがどうにももどかしい。

「つって、問題はあのお母様が許してくれるかどうかだが」
「以前に陛下に具申したことはあるが、王妃に跳ね除けられたよ。剣術云々の話以前に、王妃が獣殺しの刃を快く思っていというのもあったが」
「そうなのかい?」
「王の権限によって阻まれたが、過去に一度だけ予算を半分に削られそうになったこともあるくらいだ」
「そりゃぁ大変だ」

 事実上の解散宣告だ。下手すれば獣殺しの刃がなくなっていただろう

「王妃も正式に輿入れしてから獣殺しの刃の存在を知らされたが、その時から反応は芳しくなかったからな。もっとも、これは彼女に限った話ではない。歴代の王妃も、闇の組織である獣殺しの刃が王直属である事に難色を出す者もいたそうだ。予算半分の事件は前代未聞だったがね」

 清廉潔白だと思っていた結婚相手が、裏で後ろ暗い組織の元締めをしていると知れれば、仕方のないことであろう。それにしても、王妃の辣腕は過激であったのは間違いない。
しおりを挟む
感想 656

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。