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第6章

第十九話 郷に従うババァ

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「ところでケインはどうしたんだい。ああいった堅苦しい場面なら、ケインが出てくるところだろうに」
「人をさりげなくディスるのはやめてくれない? 俺は総長オヤジから指示を受けただけだ。そのあたりは知らんね。ともあれ、これでようやく家に帰って寝られるよ。……ここだけの話、今なら歩いたまま寝られる自信がある」
「そんな自信知るかい。寝こけても置いていくよ」

 何気ない会話をしながら帰路に着く二人であったが、不意にアマンに緊張が走った。どうしたとラウラリスが彼の視線を追うと、ある一団が曲がり角から現れる場面であった。

 アマンの緊張も無理はない。何せ一団の中央にいるのは先ほどまで二階席より会議の動向を見守っていた国王陛下であった。

「ラウラリスちゃん……どうか失礼のないようにね」
「人をなんだと思ってるんだい」

 アマンの小声の注意に不満を抱きつつも、ラウラリスは彼の動きに従って壁際によると首を垂れる。

 これといった規則があるわけでもないが、城や屋敷などで貴族階級の人間と鉢合わせした場合、平民が道を譲るというのは一般的な作法だ。

 郷に入っては郷に従う程度の常識はラウラリスも持ち合わせている。特に相手が王族であれば尚更だ。特権階級との柵を嫌うということは、余計な軋轢を望まないということでもある。

 視線を下部へ向けながら、足音と気配が近づいていく。やがて王とその護衛や側近たちの視界が収まるのだが、王のものと思わしき足がラウラリスたちの目の前で止まった。

(おい、なんか止まったんだが)
(俺に聞かないでくれよっ)

 ラウラリスと顔を下げたまま目を向けてアマンに無言で訴えるが、返ってきた視線の反論は非常に頼りないものであった。

「……双方、おもてをあげよ」

 男の声が耳に届く。もう一度アマンに目を向けると今度は頷きが返ってくる。二人はゆっくりと顔を持ち上げた。

 間近でラウラリスの瞳に映り込んだエフィリス王は、精悍な顔つきであり実年齢よりも若々しく見える。

「自己紹介の必要はないな。先ほどの会議ではご苦労であった。この国の平和は其方らの双肩に掛かっているといっても過言ではない。誠心誠意励んでくれ」
「はっ。粉骨砕身で事にあたる所存です」

 いつものノリの軽さは微塵も含まれず、アマンはお手本のような礼儀を持って王に答えた。ラウラリスも一応、彼に倣って同じ形で一礼をする。鷹揚に頷きを返すエフィリス王は会議室の二階から見せていた険しい威厳は薄れ、人当たりの良い笑みを浮かべていた。

「時に、そちらのご令嬢は『剣姫』でよろしいだろうか」
「……………」

 この国の礼儀作法には未だに疎いラウラリスはどう返して良いか困る。

 助け船を出したのはアマンだった。

「国王陛下。失礼ながら彼女は此度の登城が初でありまして。この城の作法には些か疎くございます」
「おお、そうだったか。いや申し訳ない。慣れた者を相手にするように接してしまったな」

 アマンの取ってつけたような丁寧語はともかくとして、王の態度が庶民を前にここまで柔らかいのが意外であった。

「家臣一同や城への参上機会が多い者と同じ感覚で接していたようだ。今は非公式の場、楽にしてもらって構わんよ。こちらの許可を待って発言する必要もない」  
「……お気遣い感謝します」

 ラウラリスが知る王族皇族と話す場合の作法では、側近の許しを待ってから発言しなければ不敬とされるものが多い。ただ少なくとも、エリフィス王に関しては、非公式の場であればその作法を守る必要はないようだ。

 とはいえ、今の己は『獣殺しの刃』の客人であり、己の粗相が獣殺しかれらの責任問題に発展するのは本意ではない。

「国王陛下。申し訳ありませんが私はあまり『剣姫』の呼び名を好ましく思っておりません。もしお呼びしていただけるのであれば是非『ラウラリス』と」
「ではラウラリス殿と呼ばせてもらう」

 まさか初対面の王様に『殿』をつけられるとは思っていなかった。たかだか流浪フリーの賞金稼ぎには破格の扱いだ。

「意外かね。だが貴殿の活躍は私の耳にも届くほど。その上、私が知る中で最上の使い手たる『彼の男』に迫る腕前と聞く」

 彼の男──名は伏せてあるが、直近の出来事を考えればシドウの事を指しているに違いない。あえて伏せたのは、シドウの特殊な立場ゆえか。

「たとえ我が国に忠誠を抱かずとも、類稀なる能力と優れた人格を有するものであれば尊敬の念を惜しまん。これは我がエリフィス王家に受け継がれる伝統だ」
「お褒めに預かり光栄です、国王陛下」

 ラウラリスはほんの僅かばかりに入っていた肩の力を抜くと、改めて国王をまっすぐに見据えた。

 なるほど、どことなく自らを討ち果たした勇者の面影を見る。三百年も経過すればさまざまな血脈も混ざっているだろうが、少なくともラウラリスにはそう感じられた。

 ただそれ以上に──。

「実は、貴殿に声をかけたのは故あってのこと。本当は後ほど使いの者を寄越すつもりであったが、こうして直に会えたのは僥倖だ」
「……それで、故とは?」

 僅かに間を置いてから聞き返すラウラリスに、エフィリス王は「うむ」と顎に手を当てた。

「私には息子が一人いるのだが、ラウラリス殿の話をしたら是非とも顔を合わせたいと願ってきてな」
「王子様が私に……ですか」

 意外な願いにラウラリスが首を傾げると、エフィリス王は苦笑する。

「どうやら『剣姫』活躍の噂はあの子の耳にも届いていたようでな。此度の会議のこともありふとこの口から貴殿の名が口から滑った拍子に強く食い付きてきたのだ」

 この国の世情についてはラウラリスも多少なりとも把握している。エフィリス王の息子──王子は今年で十代を少し超えた年頃だ。『剣姫』の活躍がどのように王子に伝わっているかまでは分からないが、武勇の類に憧れる年頃であるのは想像に難くない

「やがては我が後を継ぐ者であるが、今はまだ可愛い我が子だ。親としてあの子の願いは叶えてやりたい。だが貴殿は我が配下に在らず。強制はできんが、子を持つ父親の願いだ。一度、あの子にあっては貰えんか。無論、断ってもらっても構わん。この返答如何で私が今後、貴殿への態度を変えることはないと宣言しよう」
「………………………」

 視線を逸らし周囲を見渡すと、側近たちの纏う空気は案外と柔らかい。受け入れて当然という空気はほとんどなかった。王の言葉通り、ラウラリスが否と答えても問題ないようだ。
 少し考えたラウラリスは答えを決めた。
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