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第6章
第十話 ババァの悪い癖
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全身連帯駆動・壱式。
帝国時代には『烈火のグランバルド』が用いていた身体運用であり、四つの『式』の中で最も攻撃力に特化している。
その秘訣は、動作によって筋肉に生じる発条の伸縮を途切れさせず連続で稼働し、『溜め』と『解放』を絶え間なく繰り返していくこと。一撃目の溜めを二撃目、三撃目と繋げて加算し、肉体が限界を迎えるまで力の蓄積は際限なく続いていく。
種火から始まり、絶え間なく燃料を焚べられて燃え続けた一撃は、膂力に特化した巌のような弐式の防御をも焼き尽くすような業火となる。もし勢いに乗ってしまえば、誰にも止めることができなくなる。
「いやはや、相手の土俵に付き合っちまいのは悪い癖だねぇ」
「悪い」と自称しながらも、彼女の頬は緩んでいた。
至近距離での撃ち合いは、まさしく壱式における基本であり最大の手札だ。同じ壱式の使い手がぶつかり合えば、より激しく燃え盛った方が相手を呑み込む。
結果的に呑み込まれたのはラウラリスの方だ。威力の上昇に躰が追いつかず、弾かれる形で間を置くしか逃れる術が無かった。
ラウラリスも詳細な経緯は不明だが、獣殺しの刃に『壱式』が受け継がれているのは以前にケインが戦っている様を見て知っていた。ならば総長たるシドウがさらに高い水準の壱式を用いるのも当然である。
分かっていながらも、ラウラリスはあえて正面から戦いを選んだ。獣殺しの刃の総長がどれほどの実力を有しているか、深く実感するために。
(それで負けてりゃ世話ないが)
所詮は手合わせであり、どちらかが打ち倒された訳でもない。けれども、壱式の完成度という点においては確実にシドウの方が格上。手加減を廃し全力で立ち会ったところで、五分五分に持ち込めるかすらどうかというのがラウラリスの客観的な評価だ。
一抹の悔しさは間違いなくあるが、これも良い機会とラウラリスは前向きに捉えた。
転生を果たし若返ってからというもの、肉体の掌握を進めている最中でもさほど苦戦することは無かった。好敵手と呼べる実力者とも出会ったがそれにも勝利してきていた。
心のどこかに、慢心があったのは否定できない。手合わせの範疇とは言え、相手の得意分野にあえて付き合っていたのがいい証拠だ。もしこれが実戦であったら、今頃ラウラリスはこうして呑気に歩いてもいられなかっただろう。
自戒の意味も込めて、今回の敗北は甘んじて受け入れよう。
「ご要望の資料はこちらとなります」
どさりと、重い物が置かれる音に、反省の思考から意識を切り替えラウラリスは眼を向ける。
テーブルの上に資料が積み重なっており、運んできたのは一人の女性。ケインと共にラウラリスがシドウの執務室に向かう最中に声をかけていた人物だ。
クリンと名乗っていたが組織の性質上、本名かどうかは不明だ。
ラウラリスは今、資料室にいる。一緒にいるのはクリンだけであり他に人の姿はない
シドウとの立ち合いの後、ラウラリスは直接資料室には案内されず、先に済ませる用事があると告げたケインと共に彼の執務室に赴いた。
部屋にはクリンが待っており、ケインは彼女としばらく話をした後、クリンにラウラリスの対応を任せるように命じたのだ。
ケインもあれで機関の中では高い位置にいる人間。実行部隊として表に出る以外の仕事も何かと多いのだろう。ラウラリスに拘っていられないのは仕方がないことだ。
「ありがとうよ。何かあったら声をかけるから楽にしといとくれ」
「いえ、お気遣いなく。あなたの対応が自分の任務となりますので」
資料を運び終えた後、ラウラリスの背後で立ったまま待機するクリンに声をかけるが、彼女は素っ気なく返すと変わらずに立ったまま。ケインの代役というだけでなく、部外者が妙な行動を取らないかの監視役でもあるのだろう。
「悪いね。忙しいだろうにこんな小娘の我儘に付き合わせて」
「ケイン執行官の御命令ですので。それと。他に必要な資料がありましたら別途にお申し付けください。すべての要望を叶えられるとは限りませんが、可能な限りであれば聞き入れるようにとも言伝をいただいてます」
こりゃ弄りがいなさそうだ、とクリンの反応を残念がるが、本題は別にあるのを忘れてはいない。ラウラリスの目の前に積み上がっているものこそ、彼女がわざわざ王都くんだりまで足を運んだ最大の理由だ。
テーブルの上には、うず高く資料が重なっている。『亡国を憂える者』が活動を始めて二十年近くに、獣殺しの刃が調査した全てがここにある。果たしてどのような奇怪な情報が残されているのだろうか。
「んじゃまぁ、取り掛かろうかい」
手をパンと叩き、己に喝を入れると一番上に乗っていた資料本に手を伸ばした。
帝国時代には『烈火のグランバルド』が用いていた身体運用であり、四つの『式』の中で最も攻撃力に特化している。
その秘訣は、動作によって筋肉に生じる発条の伸縮を途切れさせず連続で稼働し、『溜め』と『解放』を絶え間なく繰り返していくこと。一撃目の溜めを二撃目、三撃目と繋げて加算し、肉体が限界を迎えるまで力の蓄積は際限なく続いていく。
種火から始まり、絶え間なく燃料を焚べられて燃え続けた一撃は、膂力に特化した巌のような弐式の防御をも焼き尽くすような業火となる。もし勢いに乗ってしまえば、誰にも止めることができなくなる。
「いやはや、相手の土俵に付き合っちまいのは悪い癖だねぇ」
「悪い」と自称しながらも、彼女の頬は緩んでいた。
至近距離での撃ち合いは、まさしく壱式における基本であり最大の手札だ。同じ壱式の使い手がぶつかり合えば、より激しく燃え盛った方が相手を呑み込む。
結果的に呑み込まれたのはラウラリスの方だ。威力の上昇に躰が追いつかず、弾かれる形で間を置くしか逃れる術が無かった。
ラウラリスも詳細な経緯は不明だが、獣殺しの刃に『壱式』が受け継がれているのは以前にケインが戦っている様を見て知っていた。ならば総長たるシドウがさらに高い水準の壱式を用いるのも当然である。
分かっていながらも、ラウラリスはあえて正面から戦いを選んだ。獣殺しの刃の総長がどれほどの実力を有しているか、深く実感するために。
(それで負けてりゃ世話ないが)
所詮は手合わせであり、どちらかが打ち倒された訳でもない。けれども、壱式の完成度という点においては確実にシドウの方が格上。手加減を廃し全力で立ち会ったところで、五分五分に持ち込めるかすらどうかというのがラウラリスの客観的な評価だ。
一抹の悔しさは間違いなくあるが、これも良い機会とラウラリスは前向きに捉えた。
転生を果たし若返ってからというもの、肉体の掌握を進めている最中でもさほど苦戦することは無かった。好敵手と呼べる実力者とも出会ったがそれにも勝利してきていた。
心のどこかに、慢心があったのは否定できない。手合わせの範疇とは言え、相手の得意分野にあえて付き合っていたのがいい証拠だ。もしこれが実戦であったら、今頃ラウラリスはこうして呑気に歩いてもいられなかっただろう。
自戒の意味も込めて、今回の敗北は甘んじて受け入れよう。
「ご要望の資料はこちらとなります」
どさりと、重い物が置かれる音に、反省の思考から意識を切り替えラウラリスは眼を向ける。
テーブルの上に資料が積み重なっており、運んできたのは一人の女性。ケインと共にラウラリスがシドウの執務室に向かう最中に声をかけていた人物だ。
クリンと名乗っていたが組織の性質上、本名かどうかは不明だ。
ラウラリスは今、資料室にいる。一緒にいるのはクリンだけであり他に人の姿はない
シドウとの立ち合いの後、ラウラリスは直接資料室には案内されず、先に済ませる用事があると告げたケインと共に彼の執務室に赴いた。
部屋にはクリンが待っており、ケインは彼女としばらく話をした後、クリンにラウラリスの対応を任せるように命じたのだ。
ケインもあれで機関の中では高い位置にいる人間。実行部隊として表に出る以外の仕事も何かと多いのだろう。ラウラリスに拘っていられないのは仕方がないことだ。
「ありがとうよ。何かあったら声をかけるから楽にしといとくれ」
「いえ、お気遣いなく。あなたの対応が自分の任務となりますので」
資料を運び終えた後、ラウラリスの背後で立ったまま待機するクリンに声をかけるが、彼女は素っ気なく返すと変わらずに立ったまま。ケインの代役というだけでなく、部外者が妙な行動を取らないかの監視役でもあるのだろう。
「悪いね。忙しいだろうにこんな小娘の我儘に付き合わせて」
「ケイン執行官の御命令ですので。それと。他に必要な資料がありましたら別途にお申し付けください。すべての要望を叶えられるとは限りませんが、可能な限りであれば聞き入れるようにとも言伝をいただいてます」
こりゃ弄りがいなさそうだ、とクリンの反応を残念がるが、本題は別にあるのを忘れてはいない。ラウラリスの目の前に積み上がっているものこそ、彼女がわざわざ王都くんだりまで足を運んだ最大の理由だ。
テーブルの上には、うず高く資料が重なっている。『亡国を憂える者』が活動を始めて二十年近くに、獣殺しの刃が調査した全てがここにある。果たしてどのような奇怪な情報が残されているのだろうか。
「んじゃまぁ、取り掛かろうかい」
手をパンと叩き、己に喝を入れると一番上に乗っていた資料本に手を伸ばした。
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