94 / 160
第6章
第十話 ババァの悪い癖
しおりを挟む
全身連帯駆動・壱式。
帝国時代には『烈火のグランバルド』が用いていた身体運用であり、四つの『式』の中で最も攻撃力に特化している。
その秘訣は、動作によって筋肉に生じる発条の伸縮を途切れさせず連続で稼働し、『溜め』と『解放』を絶え間なく繰り返していくこと。一撃目の溜めを二撃目、三撃目と繋げて加算し、肉体が限界を迎えるまで力の蓄積は際限なく続いていく。
種火から始まり、絶え間なく燃料を焚べられて燃え続けた一撃は、膂力に特化した巌のような弐式の防御をも焼き尽くすような業火となる。もし勢いに乗ってしまえば、誰にも止めることができなくなる。
「いやはや、相手の土俵に付き合っちまいのは悪い癖だねぇ」
「悪い」と自称しながらも、彼女の頬は緩んでいた。
至近距離での撃ち合いは、まさしく壱式における基本であり最大の手札だ。同じ壱式の使い手がぶつかり合えば、より激しく燃え盛った方が相手を呑み込む。
結果的に呑み込まれたのはラウラリスの方だ。威力の上昇に躰が追いつかず、弾かれる形で間を置くしか逃れる術が無かった。
ラウラリスも詳細な経緯は不明だが、獣殺しの刃に『壱式』が受け継がれているのは以前にケインが戦っている様を見て知っていた。ならば総長たるシドウがさらに高い水準の壱式を用いるのも当然である。
分かっていながらも、ラウラリスはあえて正面から戦いを選んだ。獣殺しの刃の総長がどれほどの実力を有しているか、深く実感するために。
(それで負けてりゃ世話ないが)
所詮は手合わせであり、どちらかが打ち倒された訳でもない。けれども、壱式の完成度という点においては確実にシドウの方が格上。手加減を廃し全力で立ち会ったところで、五分五分に持ち込めるかすらどうかというのがラウラリスの客観的な評価だ。
一抹の悔しさは間違いなくあるが、これも良い機会とラウラリスは前向きに捉えた。
転生を果たし若返ってからというもの、肉体の掌握を進めている最中でもさほど苦戦することは無かった。好敵手と呼べる実力者とも出会ったがそれにも勝利してきていた。
心のどこかに、慢心があったのは否定できない。手合わせの範疇とは言え、相手の得意分野にあえて付き合っていたのがいい証拠だ。もしこれが実戦であったら、今頃ラウラリスはこうして呑気に歩いてもいられなかっただろう。
自戒の意味も込めて、今回の敗北は甘んじて受け入れよう。
「ご要望の資料はこちらとなります」
どさりと、重い物が置かれる音に、反省の思考から意識を切り替えラウラリスは眼を向ける。
テーブルの上に資料が積み重なっており、運んできたのは一人の女性。ケインと共にラウラリスがシドウの執務室に向かう最中に声をかけていた人物だ。
クリンと名乗っていたが組織の性質上、本名かどうかは不明だ。
ラウラリスは今、資料室にいる。一緒にいるのはクリンだけであり他に人の姿はない
シドウとの立ち合いの後、ラウラリスは直接資料室には案内されず、先に済ませる用事があると告げたケインと共に彼の執務室に赴いた。
部屋にはクリンが待っており、ケインは彼女としばらく話をした後、クリンにラウラリスの対応を任せるように命じたのだ。
ケインもあれで機関の中では高い位置にいる人間。実行部隊として表に出る以外の仕事も何かと多いのだろう。ラウラリスに拘っていられないのは仕方がないことだ。
「ありがとうよ。何かあったら声をかけるから楽にしといとくれ」
「いえ、お気遣いなく。あなたの対応が自分の任務となりますので」
資料を運び終えた後、ラウラリスの背後で立ったまま待機するクリンに声をかけるが、彼女は素っ気なく返すと変わらずに立ったまま。ケインの代役というだけでなく、部外者が妙な行動を取らないかの監視役でもあるのだろう。
「悪いね。忙しいだろうにこんな小娘の我儘に付き合わせて」
「ケイン執行官の御命令ですので。それと。他に必要な資料がありましたら別途にお申し付けください。すべての要望を叶えられるとは限りませんが、可能な限りであれば聞き入れるようにとも言伝をいただいてます」
こりゃ弄りがいなさそうだ、とクリンの反応を残念がるが、本題は別にあるのを忘れてはいない。ラウラリスの目の前に積み上がっているものこそ、彼女がわざわざ王都くんだりまで足を運んだ最大の理由だ。
テーブルの上には、うず高く資料が重なっている。『亡国を憂える者』が活動を始めて二十年近くに、獣殺しの刃が調査した全てがここにある。果たしてどのような奇怪な情報が残されているのだろうか。
「んじゃまぁ、取り掛かろうかい」
手をパンと叩き、己に喝を入れると一番上に乗っていた資料本に手を伸ばした。
帝国時代には『烈火のグランバルド』が用いていた身体運用であり、四つの『式』の中で最も攻撃力に特化している。
その秘訣は、動作によって筋肉に生じる発条の伸縮を途切れさせず連続で稼働し、『溜め』と『解放』を絶え間なく繰り返していくこと。一撃目の溜めを二撃目、三撃目と繋げて加算し、肉体が限界を迎えるまで力の蓄積は際限なく続いていく。
種火から始まり、絶え間なく燃料を焚べられて燃え続けた一撃は、膂力に特化した巌のような弐式の防御をも焼き尽くすような業火となる。もし勢いに乗ってしまえば、誰にも止めることができなくなる。
「いやはや、相手の土俵に付き合っちまいのは悪い癖だねぇ」
「悪い」と自称しながらも、彼女の頬は緩んでいた。
至近距離での撃ち合いは、まさしく壱式における基本であり最大の手札だ。同じ壱式の使い手がぶつかり合えば、より激しく燃え盛った方が相手を呑み込む。
結果的に呑み込まれたのはラウラリスの方だ。威力の上昇に躰が追いつかず、弾かれる形で間を置くしか逃れる術が無かった。
ラウラリスも詳細な経緯は不明だが、獣殺しの刃に『壱式』が受け継がれているのは以前にケインが戦っている様を見て知っていた。ならば総長たるシドウがさらに高い水準の壱式を用いるのも当然である。
分かっていながらも、ラウラリスはあえて正面から戦いを選んだ。獣殺しの刃の総長がどれほどの実力を有しているか、深く実感するために。
(それで負けてりゃ世話ないが)
所詮は手合わせであり、どちらかが打ち倒された訳でもない。けれども、壱式の完成度という点においては確実にシドウの方が格上。手加減を廃し全力で立ち会ったところで、五分五分に持ち込めるかすらどうかというのがラウラリスの客観的な評価だ。
一抹の悔しさは間違いなくあるが、これも良い機会とラウラリスは前向きに捉えた。
転生を果たし若返ってからというもの、肉体の掌握を進めている最中でもさほど苦戦することは無かった。好敵手と呼べる実力者とも出会ったがそれにも勝利してきていた。
心のどこかに、慢心があったのは否定できない。手合わせの範疇とは言え、相手の得意分野にあえて付き合っていたのがいい証拠だ。もしこれが実戦であったら、今頃ラウラリスはこうして呑気に歩いてもいられなかっただろう。
自戒の意味も込めて、今回の敗北は甘んじて受け入れよう。
「ご要望の資料はこちらとなります」
どさりと、重い物が置かれる音に、反省の思考から意識を切り替えラウラリスは眼を向ける。
テーブルの上に資料が積み重なっており、運んできたのは一人の女性。ケインと共にラウラリスがシドウの執務室に向かう最中に声をかけていた人物だ。
クリンと名乗っていたが組織の性質上、本名かどうかは不明だ。
ラウラリスは今、資料室にいる。一緒にいるのはクリンだけであり他に人の姿はない
シドウとの立ち合いの後、ラウラリスは直接資料室には案内されず、先に済ませる用事があると告げたケインと共に彼の執務室に赴いた。
部屋にはクリンが待っており、ケインは彼女としばらく話をした後、クリンにラウラリスの対応を任せるように命じたのだ。
ケインもあれで機関の中では高い位置にいる人間。実行部隊として表に出る以外の仕事も何かと多いのだろう。ラウラリスに拘っていられないのは仕方がないことだ。
「ありがとうよ。何かあったら声をかけるから楽にしといとくれ」
「いえ、お気遣いなく。あなたの対応が自分の任務となりますので」
資料を運び終えた後、ラウラリスの背後で立ったまま待機するクリンに声をかけるが、彼女は素っ気なく返すと変わらずに立ったまま。ケインの代役というだけでなく、部外者が妙な行動を取らないかの監視役でもあるのだろう。
「悪いね。忙しいだろうにこんな小娘の我儘に付き合わせて」
「ケイン執行官の御命令ですので。それと。他に必要な資料がありましたら別途にお申し付けください。すべての要望を叶えられるとは限りませんが、可能な限りであれば聞き入れるようにとも言伝をいただいてます」
こりゃ弄りがいなさそうだ、とクリンの反応を残念がるが、本題は別にあるのを忘れてはいない。ラウラリスの目の前に積み上がっているものこそ、彼女がわざわざ王都くんだりまで足を運んだ最大の理由だ。
テーブルの上には、うず高く資料が重なっている。『亡国を憂える者』が活動を始めて二十年近くに、獣殺しの刃が調査した全てがここにある。果たしてどのような奇怪な情報が残されているのだろうか。
「んじゃまぁ、取り掛かろうかい」
手をパンと叩き、己に喝を入れると一番上に乗っていた資料本に手を伸ばした。
141
お気に入りに追加
13,878
あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。