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第6章
第七話 総長とババァ
しおりを挟む地下への階段を降りると、上の寂れた様子から一転して慌ただしい雰囲気に溢れていた。
職員らしき人員が行き交い、書類を抱えた者が慌ただしく通路を駆けていったり、中にはケインと同じコートを纏う者ともすれ違う。そして誰もがラウラリスの顔を見るなり怪訝な顔をして通り過ぎていく。あからさまに部外者の体なのだ。仕方のないことだ。ケインがいなければ即効に摘み出されていただろう。
「あまりキョロキョロするな」
「っと、悪い」
好奇心はあれど、ラウラリスとて場の空気を読む。言葉に従い、今度はケインの背中だけをじっと眺める。それはもう、穴が開くほどに真剣に拝む。ケインが若干、居心地を悪そうにしているが、キョロキョロするなと言われたので仕方がないのだ。
「ケイン執行官っ」
背後から声が投げかけられ、駆け寄ってくるのは女性だ。ラウラリスを一瞥するが、何かを言う前にケインが声を発する。
「そいつは無視してくれ。総長からの許可はとってある。それより今は所用だ。後で俺の部屋に来てくれ。改めて対応しよう」
「分かりました。では、後ほどお伺いいたします」
女性は頷いてからケインに一礼し、足早に去っていった。
「実に多忙だねぇ執行官殿。部屋に呼び出して何をするのやら」
「無駄口を叩いてないでさっさと行くぞ」
ラウラリスの戯言を投げやりに流し、先を進むケイン。
向かった先にあったのは、一つの扉。
扉の前に立った瞬間、ラウラリスの肌がわずかにヒリついた。気の所為──と切り捨てるのは難しい感覚。ラウラリスが扉を見据える中、ケインが口を開いた。
「残念だが、お前の申し出を全面的に受け入れることはできなかった」
「何かしらの条件が追加されるのは承知してたよ」
ただ、ラウラリスが受け入れ難いと判断していたならば、ケインはこの本部に連れてくる前に伝えていたはずだ。
「掲示された条件は、あるいはお前にとっては好都合かもしれんな。詳細は後で聞いてくれ」
「さっさと教えてくれりゃぁいいのに」
「俺の口から告げるより、もっと適任者がこの先にいる」
ケインは扉をノックした。
「件の女をお連れしました」
「入れ」
返ってきた言葉に「失礼します」と断りを入れ、ケインは扉を開い中へと入りラウラリスも続いた。執務室のようで奥には机が置かれており、座っていた部屋の主は立ち上がり来訪者を出迎える。
「失礼します」
「ケイン、ご苦労だった」
待ち構えていたのはそろそろ老齢に差し掛かろうという年齢の男だ。
(こりゃぁ驚いた)
ラウラリスは表情を変えず、だがその裏側では驚きを抱いていた。男は顔に皺を蓄えていながらも、首から下の肉体は、服の上からでも判別できるほどに見事の一言。躰だけを見れば三十代手前かと思えるほど。ラウラリスの目から見て、これほどまでに完成された肉体を拝んだこと、今世では無かった。
「彼女がそうか。なるほど……」
生え揃った顎髭を撫でながら男は興味深そうにラウラリスを見据えた。顔たちはどことなく好好爺な雰囲気ではあるが、瞳の奥にはラウラリスの微細な感情の揺れを見逃さんとする鋭さが秘められている。
「おっと、初対面の淑女に向ける目では無かったな。シドウ・クリュセ。国王陛下より獣殺しの刃の総長を拝命している者だ。以後、お見知り置きを」
恭しくお辞儀をして見せるシドウと名乗った男。
部屋に入ってから、ケインが僅かばかりの緊張を纏っていた。彼ほどの者が敬意を表す相手。目の前にいるこの男こそ、獣殺しの刃を率いる存在なのは確かだ。
アクリオとはまた違った意味で油断のならない人間というのが、ラウラリスの第一印象であった。
無法を持って無法を制するために設立された暗部の長だ。真っ当な人間が率いることなどできやしない。一癖か二癖ほどないと務まらないのであろう。
「ラウラリス。無所属の賞金稼ぎをやってる」
「君のことはケインから聞いている。まだ若い身でありながら全身連帯駆動を習得している猛者であるとも。事実であるなら、是非とも我が機関に勧誘したいものだが」
「悪いが、どこかを拠り所にするつもりはなくてね。他を当たってくれ」
「残念だ。うちの先鋭であるケインのお墨付き出すほどの実力者。仲間になってくれればとても心強いのだがね」
「お墨付きねぇ」とラウラリスが目を向けると、当人は気まずそうに余所を向いた。
「総長、話を進めましょう」
「そうだな。わざわざ御足労頂いたのだ。世間話で時間を取らせるのはよろしくない」
ケインに促され、シドウは軽く咳払いをした。
「さて、ラウラリス君の要望についても既に聞き及んでいる。なんでも獣殺しに保存されている『亡国を憂える者』についての資料を閲覧したいと」
「獣殺しの記録した資料が、一番客観的で正確だと思ってね」
情報を正確に記録するというのは単純のように見えてその実、かなり難しい作業だ。
なぜなら、記録とは後に誰かが読み解くために存在する。その過程で、記録者にとって都合の悪いものは排除される傾向がある。わざわざ自身にとって不利なものを残す者はいないだろう。記録の主導が『国家』であれば尚更だ。
この世に存在するであろう様々な国家に残される歴史のほとんどは、大半の真実と一握りの虚実が混ざっている。国家にまつわる歴史上の汚点は、そのまま民から国への不審につながるからだ。
シドウはラウラリスの言葉に頷いた。
「君の見解は正しい。獣殺しの刃に保存されている情報の中には、国にとって大きな不利益を被るものも存在している。だが、それを言い換えれば、不利益を被る資料の保持を許可されているという意味でもある」
公的に存在してはならないということはつまり、公的に存在してはならないものを保存するのに最も適しているということ。これは利益不利益に関わらず記録を残しているという見方もできるのだ。
「ケインは個人的な借りとしているようだが、獣殺しの刃としてもラウラリス君の活躍は大いに助かっている。君の貢献に報いたいという気持ちはある」
「しかし」とシドウは首を横に振った。
「今言ったように獣殺しの刃の持つ資料は物によっては劇薬だ。恩があるとはいえおいそれと部外者に見せられる物ではない」
「けど、条件を満たせば許可が降りるって話だ。おたくのケインが勿体ぶって話してくれなかったがね」
「その通り。ラウラリス君が条件を満たすのであれば、獣殺しの総長たるこの私の権限において、資料閲覧の許可を出そう」
悠然と、シドウは声にほのかな威圧すら篭った宣言をするのであった。
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