上 下
88 / 151
第6章

第三話 旧交を温めるババァ

しおりを挟む
 
 国の中心地であることもあり、王都ラムダは国内で随一の賑わいを見せている。商いの為に訪れるものや、それらを持て成すための施設。そうした施設を目的に来訪する観光客も非常に多い。

 名所で言えば中央に建つ王城であったり、また国のあらゆる書物が収められているとされている壮大な図書館が代表的だ。だが、見どころは何も内側だけに留まらない。

 王都から出て徒歩で二時間ほどの距離には大きな山が聳え立っている。

 エイオン山と称される名で知られており、地理学者の見解によれば遥かな古に起こった噴火によって隆起し出来上がったとされている。

 山そのものも名所の一つであるが、この場所にわざわざ足を運ぶものたちの目当ては、中腹にある荘厳美麗な建造物にあった。

 献聖教会──献身の女神を信奉し、人々の救済を活動目的としている。

 エイオン山の中腹にはその総本山があるのだ。

「話には聞いてたが、こりゃ確かに豪華だな。王城よりも立派じゃないか?」

 そして総本山を始めとした献聖教会が祀っている献身の女神ラウラリスは、感心したように呟きながら大聖堂を見上げていた。彼女の周囲にも、同じく迫力ある建築を拝む為にやってきた観光客。あるいは、遠方よりやってきた献聖教会の信者たちだ。

 山そのものは王都に向かう最中にも見えてはいた。前世の頃から変わらずに聳える山を目にした時は懐かしさが込み上げてきたものだ。だが、中腹に献聖教会の総本山があることは以前芋聞かされていたが、王都に入ってしばらくまですっかり忘れていた。

 滞在している宿に、ケインからラウラリス当ての手紙が届いた。内容は、申請から許可が降りるまでは日数がかかる旨だ。ラウラリスとしては早急にお願いしたいところだが、同時に非常に重要な案件でもある。急がば回れとの言葉もある通り、ここはケインに従いおとなしく待つことにした。

 で、せっかく時間ができたのだから、王都を存分に堪能しようと思い立ったところで、献聖教会の事を思い出したのだ。

 総本山というだけあり、献聖教会の信者たちは一生に一度はこの場所を訪れたいと願っているという。更に、ただ純粋に観光目的でやってくる者たちもおり、王都からは馬車での定期便が出ていたり、山の麓には飲食店や宿泊施設も存在している。もっとも、運営しているのは教会の人間であり営利目的はほとんどない。よって求められる必要最低限のものであり、王都のそれらと比べるべくもない。

 登山道は整備されており、長々とした階段が続いている。登った先にある大聖堂は、一部は開放されており、一般人でも中に入ることもできる。

 内装も、建造に携わった職人の技が伺える。広々とした玄関ロビーの一番奥には、剣を携えた首なしの女性の像が鎮座していた。

 崇拝化された自身の姿を眺めながら、ラウラリスは顎に手を当て首を傾げる。

「しかし、王都の近くに本山があるってのがわからんねぇ。別に国教・・ってぇわけじゃないのに」

 国そのものが推している場合を除けば、宗教の中心地たる総本山は王の膝下である王都よりも遠い場所に建てるもの。こうも目と鼻の先にある事例は見たことがない。民衆の崇拝が国より別の偶像に傾いてしまえば統治が困難になる。

「初代教皇の遺言により、彼女の遺体をこの地に埋葬したこと。その申し出を当時の王が快く承諾してくれた事を発端に、我が教会の本山が出来上がったと伝承にはあります」
「っと、こりゃぁご丁寧にどうも」

 背後から投げられた解説に、ラウラリスが礼を述べながら振り返ると、彼女にしては珍しくいささか驚いた顔になった。

「お久しぶりです、ラウラリスさん」

 恭しく頭を下げたのは、献聖教会のシンボルが刻印された甲冑を纏う女性だ。教会が保有する守護組織──献聖騎士団に属する女性騎士。

 名をデュラン・セインク。若い身でありながら、部隊の一つを任される身であり、見合った実力の持ち主とラウラリスも認める人物だ。

「デュランじゃないか! こいつぁ驚いたよ。元気にしてたかい?」
「ええ。ラウラリスさんも息災のようで」
「息災かどうかはちょっと疑問だが、五体満足には違いないよ」

 二人は旧交を温めるように握手を交わした。献聖教会の後継問題に関わる事件で行動を共にしたことがある、再会はそれ以来であった。

「ラウラリスさんのご活躍は聞き及んでいます。……あなたにとってはいささか不本意なところもあるかもしれませんが」
「まったくだ。こちとら気ままな一人旅をしたいってのに、どうしてこうも行く先々で面倒に巻き込まれにゃならんのさ」

 デュランの苦笑気味な言葉に、ラウラリスはうんうんと頷きながら不平不満を漏らす。半分以上は自身のお節介気質が原因であることから目を逸らしながら。

「もしこの後にご予定が無ければ、お時間を頂けますでしょうか。ラクリマ様もきっと、ラウラリスさんとお会いしたいと思っていますでしょうし」
「あんただけじゃなくて、ラクリマさんもこっちにきてるのか」

 ラクリマ・ピーズリ。献聖教会を支える三つの派閥の一つ──献聖騎士団を率いる枢機卿であり、今世においてラウラリスと互角に立ち会える数少ない猛者である。

 ただ、彼女の構える拠点は王都から離れた位置にあるはず。枢機卿である彼女が本山に足を運ぶのは不自然ではないが──。

「今日明日中は暇だからね。ラクリマさんには是非とも挨拶しておきたい」
「よかった。ではご案内いたします」

 デュランに連れられて、ラウラリスは聖堂の更に内部へと進む。 

「巡回中の警邏がラウラリスさんを確認し、私のところに報告しにきたんです。献聖教会──特に騎士団の中で、ラウラリスさんは非常に有名ですから」

 献聖教会が亡国からの襲撃を受けた際、ラウラリスの貢献によって被害が最小限に食い止められ、事件解決にも大きく関わった。彼女自身の武勇もあり、容姿が知れ渡るのは当然の流れだ。

「王都にはどのようなご用件で?」
「観光が半分であとは野暮用だよ。その野暮用ってのが先延ばしになりそうだったんでね、観光を先にしちまおうって次第さ」

 ふと、ラウラリスは思い出した。

「さっきの話の続きだがね。初代教皇がこの地に遺体を埋葬するように願ったらしいが、何か理由でもあるのかい?」
「いえ、詳しい理由について、教会にも残されておりません。ただ、献聖教会の尽力は、洗練後に荒れた国土の復興に大いに貢献しておりました。教皇の遺言を当時の王に伝えたところ、埋葬の許可のみならず、このエイオン山を献聖教会に譲渡されたとあります」

 献聖教会初代教皇は、かつては四天魔将の一角『湖月のアディーネ』。ラウラリスの献身ぎせいによって成り立つ平和の為に、献聖教会は作られた。この事実を知るのはラウラリスを除けば歴代の教皇のみだ。

 きっと初代教皇アディーネは、少しでもラウラリスの没した地の近くに遺体を埋めて欲しかったのだろう。しかし、すでに教皇の地位にある己が表立ってそれを伝えるわけにもいかず、せめてもとエイオン山を指定したのだ。
しおりを挟む
感想 656

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。