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第6章
第三話 旧交を温めるババァ
しおりを挟む国の中心地であることもあり、王都ラムダは国内で随一の賑わいを見せている。商いの為に訪れるものや、それらを持て成すための施設。そうした施設を目的に来訪する観光客も非常に多い。
名所で言えば中央に建つ王城であったり、また国のあらゆる書物が収められているとされている壮大な図書館が代表的だ。だが、見どころは何も内側だけに留まらない。
王都から出て徒歩で二時間ほどの距離には大きな山が聳え立っている。
エイオン山と称される名で知られており、地理学者の見解によれば遥かな古に起こった噴火によって隆起し出来上がったとされている。
山そのものも名所の一つであるが、この場所にわざわざ足を運ぶものたちの目当ては、中腹にある荘厳美麗な建造物にあった。
献聖教会──献身の女神を信奉し、人々の救済を活動目的としている。
エイオン山の中腹にはその総本山があるのだ。
「話には聞いてたが、こりゃ確かに豪華だな。王城よりも立派じゃないか?」
そして総本山を始めとした献聖教会が祀っている献身の女神は、感心したように呟きながら大聖堂を見上げていた。彼女の周囲にも、同じく迫力ある建築を拝む為にやってきた観光客。あるいは、遠方よりやってきた献聖教会の信者たちだ。
山そのものは王都に向かう最中にも見えてはいた。前世の頃から変わらずに聳える山を目にした時は懐かしさが込み上げてきたものだ。だが、中腹に献聖教会の総本山があることは以前芋聞かされていたが、王都に入ってしばらくまですっかり忘れていた。
滞在している宿に、ケインからラウラリス当ての手紙が届いた。内容は、申請から許可が降りるまでは日数がかかる旨だ。ラウラリスとしては早急にお願いしたいところだが、同時に非常に重要な案件でもある。急がば回れとの言葉もある通り、ここはケインに従いおとなしく待つことにした。
で、せっかく時間ができたのだから、王都を存分に堪能しようと思い立ったところで、献聖教会の事を思い出したのだ。
総本山というだけあり、献聖教会の信者たちは一生に一度はこの場所を訪れたいと願っているという。更に、ただ純粋に観光目的でやってくる者たちもおり、王都からは馬車での定期便が出ていたり、山の麓には飲食店や宿泊施設も存在している。もっとも、運営しているのは教会の人間であり営利目的はほとんどない。よって求められる必要最低限のものであり、王都のそれらと比べるべくもない。
登山道は整備されており、長々とした階段が続いている。登った先にある大聖堂は、一部は開放されており、一般人でも中に入ることもできる。
内装も、建造に携わった職人の技が伺える。広々とした玄関ロビーの一番奥には、剣を携えた首なしの女性の像が鎮座していた。
崇拝化された自身の姿を眺めながら、ラウラリスは顎に手を当て首を傾げる。
「しかし、王都の近くに本山があるってのがわからんねぇ。別に国教ってぇわけじゃないのに」
国そのものが推している場合を除けば、宗教の中心地たる総本山は王の膝下である王都よりも遠い場所に建てるもの。こうも目と鼻の先にある事例は見たことがない。民衆の崇拝が国より別の偶像に傾いてしまえば統治が困難になる。
「初代教皇の遺言により、彼女の遺体をこの地に埋葬したこと。その申し出を当時の王が快く承諾してくれた事を発端に、我が教会の本山が出来上がったと伝承にはあります」
「っと、こりゃぁご丁寧にどうも」
背後から投げられた解説に、ラウラリスが礼を述べながら振り返ると、彼女にしては珍しくいささか驚いた顔になった。
「お久しぶりです、ラウラリスさん」
恭しく頭を下げたのは、献聖教会のシンボルが刻印された甲冑を纏う女性だ。教会が保有する守護組織──献聖騎士団に属する女性騎士。
名をデュラン・セインク。若い身でありながら、部隊の一つを任される身であり、見合った実力の持ち主とラウラリスも認める人物だ。
「デュランじゃないか! こいつぁ驚いたよ。元気にしてたかい?」
「ええ。ラウラリスさんも息災のようで」
「息災かどうかはちょっと疑問だが、五体満足には違いないよ」
二人は旧交を温めるように握手を交わした。献聖教会の後継問題に関わる事件で行動を共にしたことがある、再会はそれ以来であった。
「ラウラリスさんのご活躍は聞き及んでいます。……あなたにとってはいささか不本意なところもあるかもしれませんが」
「まったくだ。こちとら気ままな一人旅をしたいってのに、どうしてこうも行く先々で面倒に巻き込まれにゃならんのさ」
デュランの苦笑気味な言葉に、ラウラリスはうんうんと頷きながら不平不満を漏らす。半分以上は自身のお節介気質が原因であることから目を逸らしながら。
「もしこの後にご予定が無ければ、お時間を頂けますでしょうか。ラクリマ様もきっと、ラウラリスさんとお会いしたいと思っていますでしょうし」
「あんただけじゃなくて、ラクリマさんもこっちにきてるのか」
ラクリマ・ピーズリ。献聖教会を支える三つの派閥の一つ──献聖騎士団を率いる枢機卿であり、今世においてラウラリスと互角に立ち会える数少ない猛者である。
ただ、彼女の構える拠点は王都から離れた位置にあるはず。枢機卿である彼女が本山に足を運ぶのは不自然ではないが──。
「今日明日中は暇だからね。ラクリマさんには是非とも挨拶しておきたい」
「よかった。ではご案内いたします」
デュランに連れられて、ラウラリスは聖堂の更に内部へと進む。
「巡回中の警邏がラウラリスさんを確認し、私のところに報告しにきたんです。献聖教会──特に騎士団の中で、ラウラリスさんは非常に有名ですから」
献聖教会が亡国からの襲撃を受けた際、ラウラリスの貢献によって被害が最小限に食い止められ、事件解決にも大きく関わった。彼女自身の武勇もあり、容姿が知れ渡るのは当然の流れだ。
「王都にはどのようなご用件で?」
「観光が半分であとは野暮用だよ。その野暮用ってのが先延ばしになりそうだったんでね、観光を先にしちまおうって次第さ」
ふと、ラウラリスは思い出した。
「さっきの話の続きだがね。初代教皇がこの地に遺体を埋葬するように願ったらしいが、何か理由でもあるのかい?」
「いえ、詳しい理由について、教会にも残されておりません。ただ、献聖教会の尽力は、洗練後に荒れた国土の復興に大いに貢献しておりました。教皇の遺言を当時の王に伝えたところ、埋葬の許可のみならず、このエイオン山を献聖教会に譲渡されたとあります」
献聖教会初代教皇は、かつては四天魔将の一角『湖月のアディーネ』。ラウラリスの献身によって成り立つ平和の為に、献聖教会は作られた。この事実を知るのはラウラリスを除けば歴代の教皇のみだ。
きっと初代教皇は、少しでもラウラリスの没した地の近くに遺体を埋めて欲しかったのだろう。しかし、すでに教皇の地位にある己が表立ってそれを伝えるわけにもいかず、せめてもとエイオン山を指定したのだ。
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