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第6章
第三話 甘味を堪能するババァ
しおりを挟む再び面倒な輩に遭遇することもなく、無事に表通りに戻ることができたラウラリスは、少年を伴ったまま手近な飲食店に入った。
「……えっと」
「ぼさっと突っ立ってないで座りな。店員の迷惑だろ」
案内されたオープンテラスの席に腰を下ろしたラウラリス。訳も分からず戸惑う少年に座るよう促す。彼がおずおずと席に付いたところで、店員がメニューを持ってくる。気を見て適切に対応してくれる良い店のようだ。
「その……支払いは僕がっ」
「子供にたかるほどに侘しい懐具合じゃないよ」
ラウラリスは渡されたメニューに一通り目を通すと、店員に注文をする。一瞬、店員がギョッとした顔になるものの、持ち前の営業スマイルを取り戻して頷き戻っていった。
しばしの沈黙。ラウラリスは肩肘をつき人の行き交う光景を眺めている一方、少年はどこか居心地が悪そうであった。この店は女性向けの料理が多いようで、テラスにいる客はほとんどが女性。あるいはちらほらと男女二人がいる程度だ。
やがて店員がお盆に菓子を乗せて戻ってくるのだが、一回では終わらなかった。幾度も往復するたびに、デザートが並べられていく。
「こ、こんなに食べられませんけど……」
「何を勘違いしてるんだい。こいつぁ全部私の分だ。あんたはあんたで好きに注文しな。子供が遠慮するんじゃないよ」
「へ?」と目を見開く少年を他所に、ラウラリスは眼前のデザートたちの一つを口に含むと、頬に手を当てて感激。そのまま優雅とも言える所作で次々に食べていく。一つ一つの動作は至極丁寧のはずが、瞬きをする度に皿が一つ空になっていく勢いだ。
遠慮するなとは言われたが、むしろ遠慮した方が良いのはラウラリスの方ではないか、と少年は至極一般的な意見を述べたかった。
少年は色々な意味で呆気に取られる中、ラウラリスは構わずに目の前の甘味を堪能していく。
「しかし、前々から思ってたが、この国の食糧事情はちょっと充実しすぎてるねぇ」
フォークに刺したパンケーキをあむっとしてから、ラウラリスは感心したようにボヤいた。
国の中心地たる王都に構えるだけあって、この店のメニューは豪華なのは確か。だが、ここに至るまでの道中、さまざまな町の店で飲食をしてきたが、どこでもメニューが豊富だ。何よりも、だいたいどこにも甘味があるのだ。
帝国時代であれば、一般人にとっての甘味といえば果物だけだ。砂糖を使った菓子などは、高貴な者たちの贅沢品であった。菓子職人というのは、貴族などの後援人があって初めて成立するような高給取りだ。
それが今は多少なりとも値は張るものの、平民でも少し欲を出せば手が届く程度である。
菓子の類だけではない。
若返りしてから街での食事で一度も困ったことがない。川が付近にない土地で魚介料理が食べられた時は驚いたものだ。
「エフィリス王国の食糧自給率は、世界でも有数で知られてます」
何気なく口にしたラウラリスの疑問に答えたのは、自分で注文した甘味盛りを食べていた少年であった。
「歴史家の話によれば、初代国王が建国時に一番力を注いだのが、食料問題の改善だったそうです。戦争で荒れた土地の改善と農耕地の開拓。輸送手段の確保とそれに伴った街道の整地を国家主導で行なったとか」
「へぇ……そいつは知らなかった」
人間、どれほど厳しい状況に置かれたとしても、上手い飯が食えるだけで案外に耐えられるもの。辛い労働に勤しんでいられるのは、見合ったご馳走にありつけるからだ。
ラウラリスも帝国時代、特に軍部においては糧食については細心の注意を払っていた。つまみ食い程度ならともかく、食料の横流しに関してはかなりの厳罰を敷いていたくらいだ。
「あと、備蓄についても王城が保有する食糧庫は、冷気を発する呪具を用いた冷蔵保存が行われています。食糧危機に陥った土地にも、安定した物資の供給が行えるんです。また王都に構える一部の飲食店でも、値は張りますが活用してるところもあります」
「今まで聞いた中で、一番健全な呪具の使い方だよ」
これまで傍迷惑な使われ方ばかり目の当たりにしてきたが、結局のところ道具は使い方次第だ。呪具も考えて使えば人の役に立つのだ。
「ためになる話を聞かせてもらったよ、ありがとさん」
「いやぁ、それほどでも──」
ラウラリスの褒め言葉に、少年は頬を緩ませながら顔を赤らめた。彼女の生温い視線に気がついた少年はハッとなり、赤面のまま誤魔化すように咳払いする。
「こ、このくらいでしたら一般教養です」
ちょっとませているいるあたりが実に微笑ましい。
それから二人は黙って菓子を楽しんでいた。
と、少年は甘味盛りを食べ終えてからしばらく黙り込むが、やがて意を決したように顔を上げた。
「あの!」
「待った。それ以上は無しだ」
いきなり出鼻をくじかれた少年が、声の出しどころを逃した口をパクパクさせる。
「おおかた、お礼だの恩返しだなんだと言うつもりなんだろうが、結構だ。昔からああいうのを目の前にすると、見過ごせないってだけだ」
必要であれば便乗して恩を高値で押し売りすることはあれど、逆に必要がなければ安値でも叩き売りはしない。己のやっていることが、所詮は自己満足とラウラリスは重々承知しているからだ。
「気が済まないってんなら、そいつは本日の教訓ってことにしておきな。手前勝手な行動は、回り回って自分に返ってくるんだって」
恩を返さなくて良い──これを良しと受け取れるのはよほどに利己的な人間だ。ましてや相手は十代の少年である。顔にはありありと不満が浮かんでいる。
「ったく、子供が変に気を回すもんじゃないよ。大人になりゃいやでも責任を取らされる立場になるんだ。素直に甘えとけばいいんだよ」
「子供って……あなたも僕とあまり歳は変わりませんよね?」
「あいにくと見た目よりもずぅぅっと歳食ってんのさ。残念ながら誰も信じちゃくれないが」
にっと、ラウラリスは悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
その笑みがあまりにも可憐で美しかった。
思わず、少年は見惚れてしまうほどに。
「さて、私はこの辺りで失礼するよ」
ラウラリスが手拭いで口元を拭いて立ち上がった、この時、少年はテーブルに所狭しと並べられていたデザートが全て消え去っていることに気がついた。会話の合間合間に手を動かしていたようだが、いつの間に全てを食べ終えたのか。
その辺りを猛烈に聞きたい衝動をこらえて、少年は問いかける。
「ど、どちらへ?」
「これ以上ここに止まってると、あんたのツレに絡まれそうだ」
ラウラリスが一瞥した方向に少年も目を向ければ、こちらに向かって走ってくる集団を見つける。どれもが腰に帯剣しており、物々しい雰囲気が遠目からでも伝わってくる。
「どうしても恩返しをしたいってんなら、私の事、フォローしといてくれ。じゃぁな」
別れを告げると、ラウラリスはテーブルの上に代金を乗せ、雑踏の中に消えていった。
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