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第6章

第二話 追撃するババァ

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「なぁ、俺たちはちょっとだけお小遣いが欲しいだけなんだよ」

 柄の悪そうな男の一人が、目の前で震えている小柄な姿に言葉を投げる。深く外套を被っており男の声の一つ一つでびくりと方を震わせるが、己よりも体格の勝る相手に──しかも三人にも囲まれれば致し方ないだろう。

「下々のものに少しばかり恵んで貰ってもバチは当たらないと思うなぁ。むしろ上に立つものとしては当然の行いじゃないかなぁ」

 他の一人がにやにやと、さも正論とばかりに言ってのける様は一層清々しいかもしれない。

「……俺──」

 少年の正面に立つ三人目が少しだけ口を開いたが、言葉が続きを紡ぐ前に前触れなく途切れた。間を置いて、どさりと遠くで重たいもの落ちる音が聞こえる。

 小柄な姿と男二人は、最初は何が起こったのか理解ができなかった。

 故に、男の一人がいつの間にか少女と入れ替わっている事実と、彼女が足を横に振り抜いた格好でいる事を飲み込むのにもしばしの時間を要した。

 少女──ラウラリスは足を戻すと、腕を組みフンと鼻を鳴らした。

「昼間っから野暮ったいことしてんじゃないよ。そういうことは、もっと暗くなってから私の見てないところでやりな」

 ここでようやく、彼らは男の一人が少女に蹴り飛ばされたのだと気がついた。音がした方に目を向ければ、泡を拭きながら白目を剥き四肢を投げ出している情けない姿があった。

 普通なら辞めるよに声を掛けてから手を出すところだが、そこはラウラリスである。どちらに非があるか、物陰から話を盗み聞きして判断してはいた。もしかすれば囲まれている側が悪い可能性もあったが、残念ながら会話の流れからしてその可能性はなくなり、多分に容赦を込めて蹴り飛ばしたのである。 

「て、てめっ──」

 仲間をやられたことに男が激情しかけるが、声を荒げるよりも早くに己の真横を風が薙いだ。ラウラリスの拳が男の頬スレスレを撃ち抜いたのだ。あまりの鋭さは、頬が浅く斬れ血が滲み出すほどであった。

「全員叩き伏せても良いんだが後始末が面倒だ。あそこで伸びてる一人を回収してさっさと失せな」

 残った一人にも睨みを聞かせながらラウラリスは告げた。今更ながらに彼らはラウラリスの美貌に身惚れそうになるも、それ以上に冷たい威圧に震え上がり、ジリジリと彼女から離れ、ある程度の距離が開くと慌てたように駆け出し、気絶している一人を抱えて去っていった。

 男たちが角を曲がって見えなくなったのを確認すると、ラウラリスは最後に残された小柄な姿に目を向けた。

「バカな奴らは帰ったよ」
「あっ………ありがとう……ございますっ」

 自分が助けられたと分かるまで時間がかかったようで、小柄なそれはどもりながら感謝を述べ、勢いよく頭を下げた。その拍子に被っていた外套がずれて顔が顕になる。

 本当に今更であるが、この時点で初めてラウラリスは『それ』の顔を認識したのだが。

(…………なんだこれは)

 ラウラリスは思わず眉間に皺を寄せてしまった。

 別に顔を顰めるほどに醜悪な顔つきだった──わけではない。

 むしろ逆だ。

 やたらと可愛らしい顔が飛び出してきたのだ。歳の頃は今のラウラリスよりもさらに下、十代に入ったばかりか。少し前に『中性的な顔たち』というのに遭遇したが、それとはまた別の方向性だ。体付きが未成熟であったこともあり、ラウラリスをもってしても、一瞥で男か女か判断しかねていた。

 とはいえ、顎に手を当てて観察すれば、一応は『少年』であることは断定できた。

「あ、あの……」
「っと、悪かった少年。男なのか女なのかちょいと分からなかったから驚いてただけだ」
「うぅっっ!?」

 おずおずと声を発した少年に、悪気は一切なく率直な感想で述べてしまうラウラリス。聞いた少年はあからさまにショックを受け、項垂れてしまった。どうやら本人も気にしているようだった。

「……僕だってこれでも男らしくなろうって頑張ってるんですよ。剣術のお稽古も頑張ってるのに────」
「稽古してる割にはゴロつきに簡単に絡まれてたけどな」
「はうぅぅぅっっっ!?」

 少年は手で胸を押さえながら悶えた。ラウラリスの追撃ことばがまさしく突き刺さったのであろう。

 ちょっと面白くなりかけるラウラリスであったが、いたいけない少年をいたぶる趣味は無い。

 外套の下に着込んでいる服は、いかにも仕立てが良い上物。立ち振る舞いも未熟ながら、よく言えばどことなく気品がある──悪く言えば路地裏で歩き回るには場違い感がすごい。

 素人目から見ても、お忍びで街に繰り出したお坊ちゃんだと分かる。これではカモにしてくれといっているようなものだ。

「男だろうが女だろうが、子供が一人でこんなところにいちゃぁ危ないだろうが。私が来なけりゃ今頃身ぐるみ剥がされてたよ」
「ごめんなさい……」

 ラウラリスの脅しに少年はしゅんと項垂れるが、実際のところはそこまで酷いことにはならなかっただろう。

 もしこれが本当に良い所のお坊ちゃんなら、万が一にでも傷をつければ危ういのは手を出した側だ。下手するとなんら後日にお家の人が派遣した者たちに拘束され、弁明が入る余地なく処刑台に一直線である。

 あの男たちもせいぜい、財布の中身を全て吐き出す程度で済ませていただろう。もっとも、少年を叱る意味も込めてきつい事を言っておく。

「とりあえず、もっと人目のある場所にいくよ。こんなところにいつまでもいちゃぁ、またカモられるからね」
「は、はい……」

 落ち込みながらも頷く少年を連れてラウラリスは足を進める。

 が、数歩進んで足を止めた。

「そういやぁ私、迷ってたんだ」

 ──ラウラリスたちが路地裏を突破するのにしばしの時間を要することになる。
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