転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

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3巻

3-3

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 引き抜く動作そのままに長剣を袈裟斬けさぎりに振るうラウラリス。
 一息でからだななめにたれ、男はおのれの身に起こったことを理解できず、視界が意志とは関係なくズレていくのを呆然ぼうぜんながめる。

「巻き添えだろうが、殺気を向けてくる相手に容赦ようしゃしてやれるほど私はおひとしじゃないよ」

 どちゃりと、物言わなくなった人の上半身が地面に落ちる音がする。
 ようやくこの場にいる全ての人間が、ラウラリスの現在位置を認識した。

「え――?」

 デュランを含め、騎士たちは一瞬状況を呑み込めなかった。
 ラウラリスから意識をはずしたわけではないのに、気が付けば彼女は襲撃者たちの目前へと肉薄していたのだ。まさにせつの踏み込みであった。
 それは襲撃者たちも同じだった。仲間の一人を瞬時に斬殺ざんさつされたことを認識できずにいた。
 だが事実を認識すると、とっにラウラリスから退くように全員が離れた。
 彼らもラウラリスの底知れぬ強さの一端いったんは感じ取れたはずだが、それ以上に退しりぞく気はないようだ。
 彼女から距離を取りはしたものの、逃そうという気配はなかった。

「やれやれ、ここで終わってくれりゃぁ楽だったんだが、ちと高望みしすぎか」

 宿の受付でデュランの顔を見たときに胸中きょうちゅうに生じた嫌な予感。
 それがまさに的中したことをラウラリスは確信してしまった。
 この状況をただ単に脱するならば簡単。たとえこの十倍の人数に囲まれていようとも、ラウラリス一人だけであれば、ほぼ無傷で逃走することは可能だ。

「…………はぁ」

 ラウラリスはチラリとデュランを横目で見た。
 もしここでラウラリスが逃げれば、当然デュラン達をはなっておくことになる。
 おそらく彼女達だけでも、この状況をすることは可能だろう。しかしこの人数を相手にすれば、あるいはあの中の誰かが死ぬかもしれない。以前に顔を合わせたときは、またたく間に別れた、今日も数えるくらいしか言葉をわしていない程度のつながり。部下の騎士達に至っては、まともな会話すら成立していない。

「それでも、ここで死なれちゃめが悪すぎる」

 結局のところはいつも通り。
 ――ラウラリスは見過ごすことはできない。

「困ったしょうぶんだよ、本当に」

 おのれしょうぶんあきれながらも、ラウラリスは改めて剣を強くにぎりしめた。



   第三話 いつもの〝見過ごせない〟


 ラウラリスという少女について、デュランは事前に知っているつもりだった。
 れんな見た目に反して身の丈と同じ長剣をものとし、銀級ハンターでさえ手こずるようなごわい危険種をも一人で討伐とうばつするほどの実力者。訪れた先々の町で賞金がけられた悪党を次々とばくしていく手腕しゅわん
 ――しかし、目の前の光景はデュランの想像をはるかにえていた。

「フ――ッッ」

 ラウラリスが剣をひとつ振るえば、それだけで誰かがり捨てられる。
 構えた武器も、身につけていた防具も関係がない。剣筋けんすじの延長上にあるもの全てを一刀いっとうで両断していく。
 それだけならまだ良い。力任せの剣さばきで相手を防御ごと叩き伏せていくのは、おおりなものの戦いぶりとしては決して間違ったものではない。
 だが、ラウラリスのあの動きはいったい何なのか。
 力任せと呼ぶには鮮麗せんれいであり、鮮やかと呼ぶには豪胆ごうたんすぎる。静と動という、二つの相反あいはんする要素が合一ごういつするじゅんはらんだ剣だ。
 あんな小柄なからだで――人間の身体構造であのような動きが可能なのだろうか。
 ――一方で、ラウラリスも少し驚いていた。
 献聖けんせい騎士達のれんはなかなかのものだ。互いが互いをフォローする、集団戦を前提とした訓練を積んできたのだろう。それでいて個々の技量も悪くない。しかし、その中でひときわ目を引くのはやはりデュランだ。
 特別に速いわけでも、力強さをめているのでもない。ただ非常に動きがなのだ。

「…………」

 剣を振りかざして向かってくる敵に対し、デュランは柔らかく一歩を踏み込む。たったそれだけで相手のやいばからのがれるのだ。
 すれ違いざまに剣を一閃いっせんすれば、確実に相手のめいしょうを狙う。かくからの攻撃に対しても、彼女は事前に攻撃が来るとわかっていたかのようにゆらりとからだを動かし、振り向きざまの一刀いっとうが逆に敵を切り伏せていく。
 まるで薄氷の上を迷わず進み続けるかのごときたいさばきだ。
 わずかに踏み外せば極寒ごっかんの水中に身を落とすであろうもろ道程どうていを、一度も道をたがわず歩いていく――ラウラリスはそんな印象を受けた。
 ラウラリス達が双方の戦いに少なからず意識をかたむけていられるのは、彼女達の実力がこの戦いの場においてはそれだけ群を抜いていたからだ。およそ二十名近くもいた襲撃者達は、ほどなくして全てが打ち倒された。その中で最も多く敵をげきしていたのはやはり、デュランとラウラリスであった。
 最後の一人を切り捨て、剣をかつぎながら周囲を見回すラウラリス。
 辺りに散らばるのは、戦いに巻き込まれて破壊されたテーブルや食器の破片、倒れし物言わなくなった乱入者達。それと、本体とぶんした人間の手足や頭だ。献聖けんせい騎士の面々は全員がおのれの足でしっかりと立っていた。

「もしかして、私がいなくてもなんとかなったんじゃないか?」
「いいえ、ラウラリスさんが敵の目を強く引きつけてくれていたおかげで、一人の被害も出さずに済みました」

 ラウラリスは当然として、デュランや他の騎士達にも目立った傷はない。
 いて言えば騎士たちのよろいわずかに傷が増えている程度であったが、デュランに至っては呼吸の乱れもなく、よろいは戦いが始まる前と全く同じ綺麗なままであった。

献聖けんせい騎士団ってのは、単なるお飾りの騎士団ってわけじゃなさそうだね)

 ラウラリスは感心してから、うつ伏せに倒れた襲撃者の一人のそばで足を止めた。

「ほら、起きな」

 ぞんざいに胴をばすと、襲撃者があおけの体勢になりき込む。襲撃者の負傷具合は、今すぐ動き出すことはできないが、かといってめいしょうではない絶妙な塩梅あんばい。無論、運が良かったわけではなく、ラウラリスがそうなるように狙って倒したのだ。
 別に情けをかけた、というわけでもない。
 この襲撃者たちはデュランの命を狙っており、そのことはデュラン自身も承知していた。しかし、撃退げきたいしたとしてもデュランが素直に事情を話してくれるとも限らない。可能性の話ではあるし、あるいは素直に説明をしてくれるかもしれない。
 ただ、万が一を想定して尋問じんもんできる人間を生かしておこうとしたのだ。

「さぁ、ちゃっちゃと話してもらおうか。そこの騎士様を殺しにきた目的ってやつを」

 威圧を込めた言葉と共に、長剣のやいばを襲撃者の首筋に添える。
 下手にだんまりを決め込めば、そくに首と胴体が泣き別れになると言外げんがいに伝えた。
 ――けれども、ラウラリスは一つ読み違えていた。
 襲撃者は忌々いまいましげにラウラリスをにらみ付けるが、続けて浮かべたのは勝ち誇ったような笑み。
 そして……次の瞬間にはもんの表情になる。
 ガクガクとからだが震え始めると、口から血の混じった泡がれ出す。からだの震えが止まると、それっきり襲撃者は動かなくなった。

「ちっ、口の中に毒でも仕込んでたか」

 情報がれぬよう、事前に用意していた毒を服用し、尋問じんもんの前にみずから命をつ。皇帝時代にもよく見た光景だが、まさかこの平和なご時世で見せられるとはラウラリスも予想外だ。

「いや、ちょっと待てよ?」

 この平和な世界であっても、ひときわ物騒ぶっそうな集団の存在をラウラリスは思い出した。
 あがめる存在への、異様なまでの忠誠心。目的のために、おのれの命すらかえりみないその有様ありさま
 ――彼女は過去に遭遇そうぐうしていた。
 ラウラリスは物言わなくなった襲撃者のふところを調べる。そして、想像通りの代物が出てきたことに顔をしかめた。

「……ったく今日はやくだね、本当に」

 彼女の手にあったのは、わしへびが混ざり合った獣のしょうが彫り込まれたペンダント。
 三百年もの昔に滅亡めつぼうした悪の帝国の復活をもくむ犯罪集団――『亡国ぼうこくうれえる者』に所属することを表す紋章であった。


 乱入者――『亡国ぼうこく』の襲撃者達との戦闘で、じゃた食堂は見るもざんな状態になっていた。
 こんなところで落ち着いた話ができるはずもなく、デュランは場所を移すことを提案した。

に関しては部下を走らせ、騎士団の者を手配します。宿への賠償金ばいしょうきんもこちらがお支払いしましょう」

 しばらくして献聖けんせい騎士団の人員が来ると、デュランはいくつかの指示を出して後を任せる。
 それからラウラリスと幾人いくにんかの騎士達を連れてその場を後にした。向かった先は、予想通り献聖けんせい教会の建物であった。既に日も落ちているが、ともされた明かりに照らされ、教会は静謐せいひつな存在感をあらわにしていた。

「来客用の応接室で話をしましょう。あそこなら出入り口も頑丈がんじょうですし警備もしやすい」

 そのまま教会の中を進むと、礼拝堂と思わしき大きな部屋の前を通りかかる。ながが並び奥には説法をくための祭壇さいだん。その更に奥の壁には、一つの像が建っていた。

「……顔がない?」

 ラウラリスも多くの宗教を知っているわけではない。ただ一般的に、信奉しんぽうする対象を像に投影し、祈りをささげるのがこの手の宗教のあり方だと思っていた。
 だが、そこにちんしていたのは、剣を正面に構えた首のない女性の像であった。

「そういえば、ラウラリスさんは我らが女神のことはご存じなかったのでしたね」
「まぁ、ね」


 デュランは像の目の前まで来ると、膝を突き祈るように両手を組んだ。
 他にいた騎士たちも同様に像に祈りをささげる。
 ラウラリスは祈りをささげることはなかったが、膝を突いたデュランの隣に立つ。デュランは祈りをささげたまま語り出した。

献聖けんせい教会は元々、高貴の出であった『ある女性』が、世の混迷こんめいを嘆く人々へしょうほどこしを行った事が発祥はっしょうとされています」 

 おそらく、最初は『宗教』という枠組みではなく、慈善団体のようなものだったのだろう。

「その女性はおのれの身をかえりみず、自己をせいにしながらも他者に尽くし、最後は命を落としました。彼女の死後、のこされた人々は彼女の献身けんしんを忘れず、そしてその救いを決してやしてはならぬと、女性を『献身けんしんの女神』として崇拝すいはいし、献聖けんせい教会のいしずえを築いたと伝わっています」
「なるほどねぇ」

 献聖けんせい教会というのは、およそ『人神ひとがみ』と呼ばれるもの――人がぼっした後に、その人物を神としてまつる信仰形態なのだ。

「この首なしの像がその『献身けんしんの女神』ってことか。にしちゃぁ、首がなかったり剣を持ってたりと妙な格好をしてるねぇ」

 ラウラリスの記憶にある限り、人や獣を神としてあがめる宗教はあれど、首なしの偶像に祈りをささげるようなものはなかったはずだ。

「……っと、これはさすがに失礼だったか」
「いえ。初めて教会を訪れる方々は、皆様似たような反応をされますから」

 デュランは気を悪くするりも見せずに話を続けた。

「生前の彼女は、自身が崇拝すいはいの対象になることを嫌い、常に顔を出さなかったそうです。そして、せまり来るきょうに対してはみずからが先頭に立ち、剣をたずさえて危機に立ち向かったと」

 ――力なき献身けんしんに意味はなく、献身けんしんなき力にもまた意味はない。
 心だけの献身けんしんでは脅威きょういに立ち向かえず、献身けんしんのない力では真に人を救うことはできない。
 戦前の献身けんしんの女神の行いにならい、献聖けんせい騎士団は組織されたのである。

献聖けんせい騎士団の歴史についてはまた今度。今は別の話を先にしましょう」

 祈りを終えたデュランは立ち上がり、ラウラリスを連れて礼拝堂を後にした。
 応接室に到着すると、デュランは配下に出入り口の警備を命じ、ラウラリスだけを連れて中に入った。
 デュランはラウラリスに着席をうながしながらおのれも対面に腰を下ろした。

「まずは改めて謝罪を」

 そう言ってデュランは頭を下げた。

「こちらの事情に無理矢理巻き込むような形になって、大変申し訳ありません。まさか奴らがああも大っぴらに仕掛けてくるとは思ってもいませんでした」
「道理とか常識とか、まるで通じない連中だからね。無理もないよ」

 同情を口にしてから、ラウラリスは肩をすくめた。

「私としちゃぁ不本意の極みだが、『亡国ぼうこく』の連中とはちょいとあってね。連中がからんでるとなると、アンタの依頼ってのをにするわけにはいかなくなっちまった」

亡国ぼうこくうれえる者』――その『亡国ぼうこく』とは、他ならぬ三百年前にほろんだエルダヌス帝国を指す。そのエルダヌス帝国をかつておさめていたラウラリスからしてみれば、身から出たさび――と呼ぶには言い掛かりに近いものがあるが、かといって黙って見過ごすのは性分しょうぶんに反していた。

「……申し訳ありません」

 もう一度謝罪を口にするデュランに、ラウラリスは鋭い視線を向けた。

「『亡国ぼうこく』の馬鹿どもがおそってきた理由。それと、アンタが私に頼みたい依頼。どちらが先でもいいから、きっちりと説明してもらいたいね」

 目をつむり、わずかにあんしてからデュランはうなずいた。

「本来であれば承諾しょうだくを得てからお話しするつもりでしたが、このような事態になれば、もう隠し立てするわけにもいきませんね。わかりました、全てお話しいたします」

 小さく間を置いてから、デュランは口を開いた。

「まず最初に誤解をいておきたいのですが、この依頼に違法性はありません。これは我らが信奉しんぽうする女神にちかって断言いたします」

 意外な言葉にラウラリスはちょっと面食らう。

「私みたいなはぐれ者に依頼を出すから、てっきり――」
「当初は我々もハンターギルドに依頼を出すことを考えていましたが、現時点で我々が考慮していた条件に最もてきしていたのがあなただったのです」
「その条件ってのは?」
「女性であること、そして私に匹敵する技量を持っていることです」

 なるほど、その条件でいえばラウラリスほどの適任者はそうはいないだろう。

「……技量に関しては、私など足元にも及ばぬ腕達者うでだっしゃだったようですが」
「おだてたって、にくしか出てこないよ」
「私もそれなりの腕だとしていますが、上には上がいることを痛感した次第です」

 ラウラリスの目からしても、デュランの若さであの技量を持っていることは驚きだ。単に繊細な動きというだけではない。わずかに間違えば命を失うような状況に身を置いてなお、おのれを絶対に見失わない強靱きょうじんな精神力がなければできない体捌たいさばきだ。
 ついラウラリスの分析癖ぶんせきぐせが顔を出すが、今はふたをしておく。

「それに、あの状況でラウラリスさんは我々を見捨てなかった。それを加味して、あなたをおいて他にはいないと私は結論を出しました」
「高く見積もってもらってありがとよ。じゃぁそろそろ本題に入ろうじゃないか」
「その前に一つだけ」
「まだ何かあるのかい?」
「これから話す内容は、依頼の承諾しょうだく如何いかんを問わずごんようにお願いします。下手に話が外部にれれば、あらぬ混乱を招きかねませんので」

 デュランの真剣な表情を受けて、ラウラリスはうなずいた。デュランは改めて話し始める。

「今回ラウラリスさんにお願いしたいのは、さるかたの身辺警護です」
「さるかた……ねぇ。具体的にどこのどなたで?」
「ラクリマ・ピーズリ枢機卿すうききょうです」

 実際に献聖けんせい教会という組織がどのような構造をしているかは不明だが、『枢機卿すうききょう』という役職にはラウラリスも聞き覚えがあった。

枢機卿すうききょうってのは、ものすごく偉い人ってイメージがあるんだけど」
「具体的には、女神様を信奉しんぽうする者たちの頂点に『教皇きょうこう』がいらっしゃり、その教皇きょうこう様を補佐する三名の枢機卿すうききょうがいます。ラクリマ様はその三名のうちのお一人です」

 ラウラリスはグッと、ソファーに深くもたれ掛かった。これまでの出来事と今の話を統合して、これからの展開がだいたい予想できてしまったからだ。話を聞きたくないような気持ちはあれど、ここまで聞いておいてさよならをするわけにもいかない。悩ましさをいだきつつも、ラウラリスは先をうながす。

「そのラクリマさんの護衛と、アンタが『亡国ぼうこく』の奴らに狙われたことは、どう関係してんだい?」
「『亡国ぼうこく』の者たちは、あろうことかラクリマ様のお命を狙っています。私がおそわれたのはおそらく、あの方の身辺警護の責任者だからです」
「本命はラクリマさんで、アンタを狙ったのはその下ごしらえみたいなもんか」

 デュランがグッとこぶしを作り力を込めた。

「私を狙う分には一向いっこうに構いません。ですが、ラクリマ様の身に何かがあれば、それこそ献聖けんせい教会という組織がるぎかねません」

 教会内での重要人物というのもあるのだろうが、ラウラリスにはデュランの抱くふんにはラクリマ個人への思い入れもあるように見えた。

「そりゃぁ、中枢ちゅうすうの一人が死んだら大変だろうね。後釜あとがまとか色々と」
「話はそう簡単ではありません。実は教皇きょうこう様が先日、とある宣言を教会全体に発したのです」

 献聖けんせい教会の現教皇きょうこうは特にやまいもなく健康体ではあるものの、任期は長く既にかなりの高齢である。
 そのため、次期教皇きょうこうを近いうちに発表するむねを発したのだ。

「代々の教皇きょうこう様はそのときの枢機卿すうききょうから一人が選ばれます」
「三人いる枢機卿すうききょうは誰もが教皇きょうこう候補ってわけか」

 今の時期にその教皇きょうこう候補の一人が殺されでもすれば、献聖けんせい教会は大混乱におちいるだろう。

「それが『亡国ぼうこく』の奴らに狙われてる理由かい?」
「正確なところはわかりませんが、教皇きょうこう様が次期教皇きょうこうの選出を発表してから、ラクリマ様に対していくかの襲撃がありました。これが無関係であるとは考えにくい状況です」

 ラクリマ当人は無事だが、警護に当たっている献聖けんせい騎士団の人員には負傷者も出ている。

「詳細を調べるため、襲撃にたんした『亡国ぼうこく』の一員をばくし、尋問じんもんしようとしたのですが」
「……ああ、そうしたらさっきみたいに自決するか、『狂戦士バーサーカー』になるかのどちらかってわけか」

亡国ぼうこく』を相手にする面倒さはラウラリスも嫌と言うほど味わっている。
 理性と命を引き換えに、圧倒的な身体能力を得て死ぬまで戦い抜く〝狂戦士バーサーカー化〟が最たるものだ。

献聖けんせい教会は信者数も多く、礼拝で集まった者たちを狙ったテロ行為もこれまで何度もありました」

亡国ぼうこくうれえる者』たちは、三百年前に帝国がほろんで以降に生じたあらゆるものに対して敵愾心てきがいしんを抱いている。人が多く集まる場所に対して破壊行為を仕掛け、多くの者を傷付ける。
 そんな奴らからすれば、教会という組織は格好のまとであろう。

「もちろん、それらのきょうから信者達を守護するのが我ら献聖けんせい騎士団の役目。常に教会には献聖けんせい騎士たちが駐在ちゅうざいし、警護に当たっています」

 本当に煮ても焼いても食えない奴らだね、とラウラリスはあきれ果てるしかなかった。

「ですが、特定の個人を執拗しつように狙うということは、これまではほとんどありませんでした。それが、よりにもよってラクリマ様に……」

 ギリッと、またもデュランは感情をあらわに歯をみしめた。
 ラクリマという枢機卿すうききょうがそれほどまでに大事なのか。

「まぁ、事情はさておき、実はちょっと疑問があったんだがね」
「あ……失礼しました。疑問とはなんでしょうか?」

 熱くなっていたことに気が付き、小さく謝罪の言葉を述べてからラウラリスに問い返すデュラン。

腕達者うでだっしゃの女性を探してたって話だが――なんでわざわざ女を探してたんだい? 護衛なら男でいいだろ」
「……ああ、失礼しました。てっきりラクリマ様をご存じであるという前提で話を進めていました」

 説明不足をびるデュラン。

献聖けんせい教会における現枢機卿すうききょうは三名。そのうちのお二人は女性でいらっしゃいます」
「……じゃぁ、そのラクリマって枢機卿すうききょうも……」
「はい、ラクリマ・ピーズリ枢機卿すうききょうは女性でいらっしゃいます。そしてラクリマ様こそが、我が献聖けんせい騎士団の総長そうちょうであらせられるのです」

 そう言うデュランは、どこかほこらしげな様子であった。
 献聖けんせい騎士団の総長そうちょうとは、つまりはデュラン直属の上司ということ。

「私が言うのも妙な話だが、騎士団の総長そうちょうが女ってのは珍しそうだねぇ」
「少なくとも献聖けんせい騎士団の発祥はっしょう献身けんしんの女神です。歴代の献聖けんせい騎士団団長には何度も女性が就任していますし、私のように女で部隊長を任されている者もいます」

 常識的に考えれば、男性と女性のどちらが身体的にすぐれているかはもはや問うまでもない。男と女がたたかえば普通は男が勝つ。
 けれども、その生まれ持った身体的な差を補ってもなお、あり余る能力を持つ者が存在することをラウラリスは当然知っている。
 ――かつての皇帝時代、帝国の頂点に君臨くんりんしていた女帝ラウラリスはもはや言うに及ばず、皇帝直属の部下であるてんしょうの一人も女であった。
 他にも、帝国軍においては女性でありながらもすぐれた才覚を発揮した者は何人もいた。そのことを考えれば、献聖けんせい騎士団の総長そうちょうが女性であるという事実も、少しだけ珍しいという程度でしかなかった。

「たしかに、女の身辺警護となりゃぁ男だとどうしても限界があるか……なるほどねぇ」

 細かい話はまだあるだろうが、最初に提示したラウラリスの疑問に対する解は得られた。

「それで……いかがでしょうか?」

 緊張したおもちのデュランが、問いかける。ラウラリスは腕を組み、考えを巡らせる。
 ――もっとも、『亡国ぼうこく』がからんでいる以上、答えは最初から決まっているも同然であった。

「良いだろう。アンタの依頼、引き受けようじゃないか」
「本当ですか⁉」
「ただし!」

 身を乗り出さんばかりのデュランを、ラウラリスはピシャリと制止した。

「まずはその枢機卿すうききょうじかに会って話がしたい。護衛対象の人となりを知らにゃ守りようがない。それと期間は決めさせてもらうよ。一カ所に留まり続ける気は今のところないんでね」
「それはもちろんですとも。では、よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」

 かくして、ラウラリスはあらたな依頼を引き受けたのである。


 ラクリマがいるのはここから離れた町のようだ。
 出発の前にラウラリスはアーキナの手配してくれた宿に一度出向き、謝罪を述べた。
 直接的に非はなかったが、彼女があの宿を利用していなければ先の被害は出なかったのだ。
 幸いにも、宿のほうには必要十分な損害賠償ばいしょう金が献聖けんせい教会から支払われたようで、謝罪に来たラウラリスに宿側からの苦言はほとんど出てこなかった。もしアーキナが宿に来るようなことがあれば礼と謝罪の伝言を頼み、ラウラリスはデュランと共に町を出た。
 目的地に向かう間に目立った出来事はなかった。いて言えば何度か危険種と遭遇そうぐうしたが、同行していた献聖けんせい騎士団の団員達がまたたく間に仕留めていった。 
 少し前にアーキナの馬車を護衛していたハンターたち。純粋な戦闘力という点に限れば、団員達は彼らを上回る実力を見せていた。
 もっとも、ハンターにはそれ以外にもち取った危険種の処理などの能力も求められるため、どちらが総合的にすぐれているかは一概いちがいに判断できない。
 宿場町をいくつか挟んで一週間程度の道程どうていを消化し、大きな町へと辿たどいた。

「話には聞いてたが、なかなかににぎやかな場所だね」
「この町には教会の大きな支部がありますから。それを一目見ようと訪れる信徒もいます」

 馬車の窓から顔を出すと、町のどこからでも姿が確認できる大きな建物が見えた。
 あれがラウラリスが今まさに向かっている献聖けんせい教会の聖堂だ。

「王都にある本山ほんざんはあれよりデカいのかい?」
「そうです。山の中腹ちゅうふくにそびえ立つ大聖堂は、たとえ信徒でなくとも一見の価値はあります。王都を訪れた際はぜひご覧になってください」
「ああ、機会があればそうさせてもらうよ」

 ラウラリス達を乗せた馬車はそのまま聖堂へと入っていった。
 馬車で移動している最中に、ラウラリスはデュランから細かい事情を色々と聞かされた。
 デュラン達がラウラリスを見つけた町にいたのは、いわば視察のようなものだった。
 各所に点在する献聖けんせい教会の支部が正常に運営されているかを確認するための任務。
 どれほど誠実を心掛けていたとしても、魔が差す者はどうしても出てくる。
 教会の人間も例外ではなく、それを防ぐために抜き打ちで訪問先に視察を行うのだとか。
 だがその任務とは別に、デュランはラクリマの護衛が務まる人材を探すようにと、ラクリマ当人から密かに命じられていた。ただこちらはあくまでもついでという風だったとか。

「ラウラリスさんを見つけられたのは本当に偶然でした。各地にいるハンターたちの間で『剣姫』のうわさが流れていることは耳にしていましたが、実際にお会いできるとは思っていませんでしたよ」

 デュランから聞かされた話に、ラウラリスが若干じゃっかん嫌そうな顔になったのはだんである。


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