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1巻
1-3
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男たちはラウラリスの美貌に一瞬だけ言葉を失うが、先頭を歩いていたリーダー格らしい男はすぐに我に返るとゴホリと咳払いをした。
「確認しておきたいんだが、そこで倒れている男を『やった』のはあんたか?」
「そうさ。人様の荷物を強奪しようってぇ不届き者だ。嘘だと思うなら近くにいる奴に聞いてみなよ」
先頭の男が、周囲の人間に聞き込みをしていた仲間に目配せをする。返ってきたのは頷き一つ。
ラウラリスの言葉が証明されたようだ。
それから、男は片足があらぬ方向に曲がった盗人を見下ろす。
「……足が折れているようだが、そいつもお嬢さんが?」
「ひったくりなんぞするぐらいだから、足に自信があるんだろうさ。念のためにだよ」
ラウラリスとしては、逃亡防止のために行っただけであり、男に対して特別恨みがあったわけではなかった。ただ単に、必要だと思っただけである。
他意がないことを伝えたつもりだったが、武装した男たちは異様なものを見るような目になる。
(あっちゃぁ、これはもしかしてやっちまったか)
ラウラリスは内心で額に手を当てていた。
彼女はこの時代の人間ではない。その内側に宿っているのは、女帝の魂。今の時代を生きる者と、己の考えや立場、一般常識に大きな差があるのを自覚していた。
気をつけようとは町に入る前から考えていたのだが、染みついた性分というのはなかなか修正が利かない。
その上、躰が少女に戻ったからか精神までも肉体に引っ張られ、女帝時に培ってきた鉄のごとき自制心もかなり緩くなってきていた。
(ま、やっちまったもんは仕方がないね!)
ババァは開き直った。
叱られるにせよ罰せられるにせよ、とりあえず女性を助けることができたのだ。このたわわに実った胸を堂々と張っていればいいのだ。
そう考えていると、男はゆっくりと口を開いた。
「……悪いが一緒に来てもらいたい」
「はいはい、仰せのままに」
諦めたようにため息を零すラウラリスだったが、男は首を横に振った。
「誤解しているかもしれないが、俺たちはあんたを責めるつもりはない。むしろ、こちらの手間を省いてくれた礼を言いたいくらいだ」
「おや、そうなのかい?」
意外や意外。てっきり、お叱りの言葉を頂戴するとばかり思っていたが。
「こいつは女性ばかりを狙った窃盗の常習犯だ。しかも、逃げ足が速くて、見つけたとしてもすぐに逃げられる。俺たちも手を焼いていたんだ」
「……もう一本、折っとくか」
「さすがにそれは止めさせてもらうぞ。明らかにやりすぎだからな」
「冗談だよ」とラウラリスは口にするが、とても冗談には聞こえなかった。
「それと、こいつは『ギルド』でも手配書が回ってる。ギルドに連れていけばそれなりの報奨金がもらえるはずだ」
「ほぅ、そいつはいいことを聞いたね」
情けは人のためならずとはよく言う。
ラウラリスをこの町まで乗せてくれた商人もそうだが、人のための行いは回り回って己の幸福へと転じる。これがまさにそうであろう。
あるいは因果応報とも言えるかもしれない。
女性に対して狼藉を働いた男は、ラウラリスに足を折られた末に捕まった。
盗人を捕まえたラウラリスは、その礼として報酬を得られる。
悪行に罰が下り、善行にはよい報いがある。
(人生ってのはこのくらいシンプルだと楽なんだがねぇ)
ラウラリスはぼんやりとそんな風に思ったのだった。
第三話 求職するババァ
「そういえば、あんたらは憲兵じゃないのかい? 見たところ、装備がてんでんバラバラだが」
ラウラリスは男のほうに向き直り、そう尋ねた。
「俺たちか? そんな上等なもんじゃないさ。この町の長に雇われて、治安維持の任を請け負ってるだけだ」
「だとすると……こいつをあんたらが引き取って突き出せば、あんたらの手柄になったんじゃないのかね?」
いまさらそちらに引き渡すつもりはないが、率直に浮かんだ疑問を口にする。
男はラウラリスと窃盗犯を交互に見やってから、肩をすくめた。
「最初は、一瞬だけその考えが浮かんだがな。今回はやめておく。こう見えて、そこそこに場数は踏んでるつもりだ。だから、あんたとこいつの具合を見て諦めたよ。あんたを騙したら、ろくなことにならないだろうからな」
「へぇ……そいつは」
なかなかに慧眼だねぇ、と内心に思いつつ、ラウラリスは微笑んだ。
もしラウラリスが口にしたようなことを男がしでかしても、報復こそしなかっただろう。
けれども事実が発覚した時点で、男たちに対する彼女の心証は、確実に悪くなっていた。
それがなんらかの形で我が身に降りかかることを、男は避けたのだろう。
「まずはこいつをギルドに連れていき、確認してもらう。その時点で報奨金が出るから」
「わかった。よいしょっとね」
ラウラリスは男に頷いてから、未だ倒れたままの窃盗犯を肩に担ぎ上げた。
あまりにも自然な動作で誰も止める間もなかった。
軽々しく大の大人を担ぐラウラリスに、男たちはまたも絶句する。
「ん、どうしたんだい?」
ラウラリスが不思議そうに聞くと、男は慌てて言った。
「あ、いや……そいつを運ぶのは俺たちの役割だったんだが」
「おお、そうかい。ま、気にしなさんな」
「ああ……すげぇなお嬢さん」
「はっはっは。鍛え方が違うんだよ」
見た目は華奢な可憐な美少女が、己よりも大柄な成人男性を苦もなく担ぐ様は、驚きを通り越して異様である。
ただ、それに言及するのがなぜか恐ろしくて、誰もツッコミを入れられなかった。
「このお嬢さんの案内は俺がする。お前たちは、引き続き巡回を行ってくれ」
リーダー格らしい男に命じられ、他の二人は人混みの中に戻っていった。
「じゃ、行くか」
「あいよ」
武装した男と、窃盗犯を担ぐ美少女。
少女が大荷物を担いでいる様子は、一見すれば女性が虐げられているように見える。
だが、当の本人はケロッとした表情で、しかも鼻歌交じりで窃盗犯を運んでいるのだ。
珍しいを通り越して不気味とすら感じられる光景だった。ラウラリス当人は、意図せず金銭を得られそうでご機嫌であった。
「ところで、私はど田舎出身の田舎娘なんだがね」
「自分でそう言ってのける娘さんは初めてだな……それで?」
「実はこの町に来た時点で路銀が尽きちまったんだよ。三日も経てば野宿生活を強いられる程度には困窮しとる」
「野宿?」
と首を傾げる男だったが、気にせずラウラリスは続ける。
「そこで、だ。性別問わず腕っ節さえあれば稼げる仕事ってぇのはないかねぇ。なるべく、短期で『ガッ』といける感じの」
ババァの経験則から予想するに、野盗を取り押さえに来たこの男たちは、この町でそこそこの時間を過ごしているはず。それに武装しているということは荒くれ者の部類には入るが、善良であるはずだ。
町でのことは、町の者に聞くのが一番だ。
「…………あまりオススメはできないが、お嬢さんの要望を叶えるなら『ギルド』に登録するってのが一番手っ取り早いだろうな」
「ギルドか……こいつを連れていく場所だったね。具体的にはどんな場所なんだい?」
「現地に着いてから改めて教えてやるよ。かくいう俺たちも、そこに属してるんだがな」
――ほどなくして、ラウラリスたちは町の一角にある建物に到着した。
おそらく、この町の中ではかなり大きめの建物だ。
そこに着くなり、男はラウラリスに言う。
「ここが、『ハンターギルド』だ。俺たちは『ギルド』って短く呼んでる。その様子だと、お嬢さんの故郷じゃギルドもなかったんだろ?」
「ある意味、世俗と切り離された別世界だったからねぇ」
別世界というか、別時代というか。
ラウラリスの知る帝国の内部に『ハンターギルド』なる組織はなかったはずだ。
「それにしちゃ随分と町に慣れた様子だ。田舎臭さがほとんどない。むしろ気品すらあるように感じるが……」
それは恐らく、ラウラリスが女帝時代に、自然と身についたものだろう。
皇帝は、常に見られる存在だ。いついかなる時でも、国を統べる者らしく振る舞わなくてはならない。
しかし、男にそう伝えるわけにもいかないので、ラウラリスは黙ってやり過ごす。
「さ、まずはその盗人を引き渡そう。意識が戻ると少し面倒だからな」
ラウラリスは彼の言葉に頷くと、早速ギルドの内部に入った。
建物内には結構な数の人間がおり、その誰もが何かしらの武器を携えている。
もっぱら男性が多いが、たまに女性の姿もあり、やはり武装していた。
共通しているのは、誰もが腕っ節に自信がありそうだということだ。
盗人を担いでいる美少女は、やはりこの場でも好奇の目を向けられる。が、町中よりは注目を浴びていない。珍しくも、滅多にないわけではないのだろう。
男に連れられて受付まで来ると、女性職員が目を丸くした。
気持ちはわかる、とでも言うように、男はラウラリスを親指で指しながら話す。
「こいつは手配中の盗人で、このお嬢さんが捕縛者だ。報奨金を渡してやってくれ」
「しょ、承知いたしました」
受付の女性職員は一旦奥へと引っ込むと、少ししてガタイのいい男性職員を連れて戻ってきた。
その男性職員は、威勢よく言う。
「じゃぁ嬢ちゃん。そいつはこっちで引き取るよ」
「ほい」
「よしきた……っとと?」
ラウラリスから盗人を受け取った男性職員の躰が、少しだけよろめいた。
ラウラリスがあまりにも軽々しく盗人を渡してきたので、女性でも持てる程度だと思っていたのだろう。それが実際には、成人男性として平均的な重さだった。彼はその重量を見誤ったのだ。
男性職員は一度、ラウラリスの姿を上から下まで眺める。
狐につままれたような気分なのだろう。男性職員は首を傾げながら、ラウラリスから受け取った盗人を担ぎ、建物の中へと戻っていった。
「ま、そうなるかね」
男性職員が悪いのではなく、ラウラリスが異常なだけ。彼女にもその自覚はあった。
別にラウラリスの肉体が特別なのではない。
特別なのは、躰の使い方だ。
「お嬢さん、いいか?」
受付の女性職員と何やら話し込んでいた男が、ラウラリスのほうを振り返る。
「お、悪いね。そっちは任せっきりだったよ」
男は肩を竦めてから、受付の前を譲った。
「簡単な説明だけはしておいた。あとは、この職員に聞いてくれ。俺は仕事があるから、これで失礼するぞ」
「そうかい。ありがとよ、世話になったねぇ」
「このくらい仕事のついでだ。にしても……あんたといると婆さんと話しているような気分になってくるな。っと、すまん。若い女性に言う台詞じゃねぇか」
「気にしなさんな」
中身はババァだから、間違ってはいない。
「私はラウラリス。この借りは機会があれば返させてもらうよ」
「こっちは給料分の仕事をしたまでなんだがな。俺の名前はグスコ。これでも銅級のハンターだ」
「銅級?」
「それも含めて、詳しいことは自分で調べろ。それもハンターの仕事だ」
そう言って男――グスコはラウラリスの肩を軽く叩いて、ギルドを出ていった。
グスコが去っていくのを見送り、ラウラリスは改めて受付嬢のほうを向く。
「んで、早速だが色々と教えておくれよ。ぶっちゃけ、田舎もんすぎて『ハンター』なんて職業を聞いたことすらなくてねぇ」
「はい、グスコさんからその辺りは聞いています。そういった方への説明も、この受付の仕事ですから」
受付嬢は嫌な顔一つせずに、にこりと笑った。
職業柄求められているのだろうが、それでも誠実そうな人間だった。
――ただし、ラウラリスの胸を見て、一瞬『かっ!』と目が見開かれたのだけは追記しておく。
受付嬢の容姿もそれなりに優れていたが、ラウラリスは少しばかり格が違う。
とはいえそれも一瞬のこと。
受付嬢はすぐに元の笑みを取り戻すと、説明を始めた。
「『ハンター』とは、指定された『品』を依頼人の代わりに調達する人たちの総称を指します。『品』は動物であったり植物であったり、様々です。そして『ギルド』は、ハンターと依頼人との仲介を行っている組織です」
「つまりは『調達関係のなんでも屋』って感じかね?」
「ものすごく大まかに言ってしまうと、そうですね。理解が早くて助かります」
ラウラリスの遠慮のない物言いを、受付嬢は素直に認めた。
依頼される品は、調達に危険が伴う場合がほとんど。
端的に言えば腕の立つ人間が必要になってくる。だからこそ、その手の専門職――ハンターが求められる。
そして、ハンターの仕事は品の調達以外にもある、と受付嬢は続けた。
「ほら、先ほどのグスコさんですが、あの人は今現在、町の警備依頼を請け負っています」
「憲兵とかはいないのかい?」
「この町の規模ですと、軍の屯所は置かれないんですよ。代わりに市長が雇った警備隊がいます。ですが、こんな辺境ですと人材が豊富というわけではないので、その穴埋めとしてハンターが駆り出されるんです」
受付嬢の話を聞いて、ラウラリスはあることを思い出した。
ラウラリス生前の帝国には、『ハンター』なる職業もそれを運営する組織もなかった。だが、帝国の外にはハンターに似た仕事があったはずだ。
(確か名前は……冒険者だったかね)
そういえば、女帝だった己を討ち取った『勇者』も、冒険者だったはずだ。
……過去に思いを馳せるのはまた今度にして、今はハンターの話だ。
ラウラリスは改めて、受付嬢の説明に耳を傾ける。
「今お話しした通り、ハンターの主な仕事は調達になりますが、その他にも要人の護衛や危険地帯の調査、人にとって危険な動植物の駆除など、依頼の内容は多岐にわたります」
「本当になんでも屋なんだね」
「人によっては調達の仕事以外を専門にする場合もありますね」
受付嬢の話はさらに続く。
「ハンターには幾つかのランクがありまして、登録したばかりの新人さんは石級。そこから順に鉄級、銅級、銀級、金級。最上位は金剛級となります」
一般的に、石級と鉄級は半人前。銅級になって一人前という扱いのようだ。
銀級から上は、一握りのエリートだという。
「上のランクになればなるほど、高難度かつ高報酬の依頼を受けることができ、その上、様々なギルドから様々なサービスを受けることができます。具体的には、ギルドと提携している店舗での割引サービスや、ギルドによる身元保証ですね。身元保証をされている者は、信頼できる人物だという判断基準になります」
金級ともなれば、一国の王に謁見が可能になるほどの信頼性を得ることができるらしい。
それだけに、ハンターという職業は家の後ろ盾がない一般庶民が成り上がるための、大きな選択肢の一つだ。
「なるほどねぇ……登録はどうやってするんだい?」
「手数料を払っていただき、こちらが用意した実力試験に合格すれば、晴れてハンターとなります。あ、過去に後ろめたいことがある方ですと、登録の申請が下りない場合がありますけど」
「大丈夫だよ…………多分(ぼそり)」
今世ではまだ、と口の中だけで付け足した。
そして、ラウラリスは質問を重ねる。
「ちなみに、ハンターになると負わされる義務とかってあったりするのかい?」
「まず、ランクに応じた一定の依頼達成実績が必要になります。依頼の達成を怠ると罰金を科せられ、さらに酷くなると降格処分となります」
実力が劣るにもかかわらずランクに胡座をかいたり、逆に腕があるのにサボったりしないようにするための措置だろう。理に適っている。
「それと、高ランクになりますと、ハンターを指名して依頼が出されることがあります。それを受けるかどうかはハンター次第ですが……」
受付嬢が言葉を濁したところで、ラウラリスは察した。なので特に言及せず、黙って聞くに徹する。
「最後に、ギルドが発行した重要依頼には、必ず参加していただく義務があります。これを拒否した場合、厳しいペナルティが科せられるか、最悪は除籍に処されます」
「ふーん」
自由に動けるのかと思ったが、案外しがらみがありそうな感じだ。
「そうだ、手配犯を捕まえた時の報奨金ってのは、ランクによって上下するのかい?」
ラウラリスが聞くと、受付嬢は首を横に振る。
「報奨金そのものには影響いたしません。あなたのように、ごく稀にですが一般の方も手配犯を捕まえることもありますので」
――そいつはいいことを聞いたねぇ。
ラウラリスはニヤリと口の端を引き上げる。
それに気づかず、受付嬢は話を続けた。
「とはいえ、先ほどあなたが引き渡した者は小物ですが、中には凶悪犯もいます。手配犯にはギルドが決めた適正捕縛階級が設定され、『手配書』に記載されます。この階級を極端に外れた場合、捕縛あるいは討伐に成功したとしても、ハンターの実績には適用されない場合がありますのでご注意ください」
実力に見合わない相手に無謀に挑み、返り討ちにあうのを防止するための制度だろう。
だとしても、未熟なハンターが一攫千金を狙って格上の相手に挑む事例は、後を絶たないに違いない。
ラウラリスの頭の中で、今後の指針ができ始めていた。
「で、どうなさいますか?」
「ん、やめとく」
「……そうなさった方がいいでしょう」
受付嬢はホッと安堵したような顔をした。
ラウラリスは、その表情の意味を読み取りながら答える。
「わざわざ説明してもらったのに悪いねぇ」
「いえいえ。それに、あなたが言い出さなかったら、私のほうからハンターになるのはやめたほうがいいと説得するつもりでしたから。適性のない方を水際で止めるのも仕事のうちです」
「そうかいそうかい。あ、ちなみにさっき話に出てた『手配書』ってのはどこにあるんだい?」
「え? それでしたら、あちらの掲示板に人相書きの手配書が貼りつけてありますが……」
投げかけられた質問の意図を読み取れなかったのか、首を傾げながらも職務に従い、反射的に指差しつつ答える受付嬢。
「わかった。ありがとよ」
ラウラリスはにっこりと笑い、受付嬢が指差したほうへと進んでいった。
「え? え?」
受付嬢はラウラリスの後ろ姿を見送りながら、目をパチクリとさせる。そんな彼女に構わず、ラウラリスは手配書の貼りつけられた掲示板の前まで来る。
すでに何人かのハンターが手配書を物色していた。彼らは唐突なスタイルのよすぎる美少女の登場にギョッとするが、ラウラリスは構わず手配書に目を通していく。
手配書は十数枚ほどあり、そのどれにも人相書きと捕縛の際の報奨金も記載されている。他、書かれた人物が手配犯になった経緯や、適正捕縛階級が記されていた。
ほとんどの手配書は石級か鉄級で、そこから上は銅級が一枚あるだけだ。
とはいえ。
(ハンター階級の具体的な実力がまだよくわからんから、イマイチ把握しきれん。この躰でどこまでやれるか、わからないからねぇ――ん?)
ちなみに、ラウラリスが町で捕まえた盗人もまだ張り出されたままだったが、適正捕縛階級は最底辺の石級。判断基準にはなりえない。
そんな手配書の中に、ラウラリスは見覚えのある人相を見つけた。
この町に来る前に遭遇した野盗の一人だった。
どうやら、手配犯として報奨金がかけられていたらしい。
報奨金が満額支払われるには『生きて捕縛』という条件がつけられていた。殺してしまった場合、報奨金は二割減だ。
(ま、過ぎたことは仕方がない)
報奨金は惜しかったが、死んでも誰も困らない程度には悪党だったのだ。
あれ以降、あの野盗の被害にあう者がいなくなったことを喜んでおこう。
それはともかく、あの野盗の適正捕縛階級は鉄級だ。
少なくとも今のラウラリスに、鉄級の実力があることは保証された。
「とすれば、始めに手をつけるのは鉄級だね」
ラウラリスは早速行動を開始した。
――辺境の地にて、手配犯たちを恐怖のどん底に叩き落とした『女』が生まれた瞬間でもあった。
「確認しておきたいんだが、そこで倒れている男を『やった』のはあんたか?」
「そうさ。人様の荷物を強奪しようってぇ不届き者だ。嘘だと思うなら近くにいる奴に聞いてみなよ」
先頭の男が、周囲の人間に聞き込みをしていた仲間に目配せをする。返ってきたのは頷き一つ。
ラウラリスの言葉が証明されたようだ。
それから、男は片足があらぬ方向に曲がった盗人を見下ろす。
「……足が折れているようだが、そいつもお嬢さんが?」
「ひったくりなんぞするぐらいだから、足に自信があるんだろうさ。念のためにだよ」
ラウラリスとしては、逃亡防止のために行っただけであり、男に対して特別恨みがあったわけではなかった。ただ単に、必要だと思っただけである。
他意がないことを伝えたつもりだったが、武装した男たちは異様なものを見るような目になる。
(あっちゃぁ、これはもしかしてやっちまったか)
ラウラリスは内心で額に手を当てていた。
彼女はこの時代の人間ではない。その内側に宿っているのは、女帝の魂。今の時代を生きる者と、己の考えや立場、一般常識に大きな差があるのを自覚していた。
気をつけようとは町に入る前から考えていたのだが、染みついた性分というのはなかなか修正が利かない。
その上、躰が少女に戻ったからか精神までも肉体に引っ張られ、女帝時に培ってきた鉄のごとき自制心もかなり緩くなってきていた。
(ま、やっちまったもんは仕方がないね!)
ババァは開き直った。
叱られるにせよ罰せられるにせよ、とりあえず女性を助けることができたのだ。このたわわに実った胸を堂々と張っていればいいのだ。
そう考えていると、男はゆっくりと口を開いた。
「……悪いが一緒に来てもらいたい」
「はいはい、仰せのままに」
諦めたようにため息を零すラウラリスだったが、男は首を横に振った。
「誤解しているかもしれないが、俺たちはあんたを責めるつもりはない。むしろ、こちらの手間を省いてくれた礼を言いたいくらいだ」
「おや、そうなのかい?」
意外や意外。てっきり、お叱りの言葉を頂戴するとばかり思っていたが。
「こいつは女性ばかりを狙った窃盗の常習犯だ。しかも、逃げ足が速くて、見つけたとしてもすぐに逃げられる。俺たちも手を焼いていたんだ」
「……もう一本、折っとくか」
「さすがにそれは止めさせてもらうぞ。明らかにやりすぎだからな」
「冗談だよ」とラウラリスは口にするが、とても冗談には聞こえなかった。
「それと、こいつは『ギルド』でも手配書が回ってる。ギルドに連れていけばそれなりの報奨金がもらえるはずだ」
「ほぅ、そいつはいいことを聞いたね」
情けは人のためならずとはよく言う。
ラウラリスをこの町まで乗せてくれた商人もそうだが、人のための行いは回り回って己の幸福へと転じる。これがまさにそうであろう。
あるいは因果応報とも言えるかもしれない。
女性に対して狼藉を働いた男は、ラウラリスに足を折られた末に捕まった。
盗人を捕まえたラウラリスは、その礼として報酬を得られる。
悪行に罰が下り、善行にはよい報いがある。
(人生ってのはこのくらいシンプルだと楽なんだがねぇ)
ラウラリスはぼんやりとそんな風に思ったのだった。
第三話 求職するババァ
「そういえば、あんたらは憲兵じゃないのかい? 見たところ、装備がてんでんバラバラだが」
ラウラリスは男のほうに向き直り、そう尋ねた。
「俺たちか? そんな上等なもんじゃないさ。この町の長に雇われて、治安維持の任を請け負ってるだけだ」
「だとすると……こいつをあんたらが引き取って突き出せば、あんたらの手柄になったんじゃないのかね?」
いまさらそちらに引き渡すつもりはないが、率直に浮かんだ疑問を口にする。
男はラウラリスと窃盗犯を交互に見やってから、肩をすくめた。
「最初は、一瞬だけその考えが浮かんだがな。今回はやめておく。こう見えて、そこそこに場数は踏んでるつもりだ。だから、あんたとこいつの具合を見て諦めたよ。あんたを騙したら、ろくなことにならないだろうからな」
「へぇ……そいつは」
なかなかに慧眼だねぇ、と内心に思いつつ、ラウラリスは微笑んだ。
もしラウラリスが口にしたようなことを男がしでかしても、報復こそしなかっただろう。
けれども事実が発覚した時点で、男たちに対する彼女の心証は、確実に悪くなっていた。
それがなんらかの形で我が身に降りかかることを、男は避けたのだろう。
「まずはこいつをギルドに連れていき、確認してもらう。その時点で報奨金が出るから」
「わかった。よいしょっとね」
ラウラリスは男に頷いてから、未だ倒れたままの窃盗犯を肩に担ぎ上げた。
あまりにも自然な動作で誰も止める間もなかった。
軽々しく大の大人を担ぐラウラリスに、男たちはまたも絶句する。
「ん、どうしたんだい?」
ラウラリスが不思議そうに聞くと、男は慌てて言った。
「あ、いや……そいつを運ぶのは俺たちの役割だったんだが」
「おお、そうかい。ま、気にしなさんな」
「ああ……すげぇなお嬢さん」
「はっはっは。鍛え方が違うんだよ」
見た目は華奢な可憐な美少女が、己よりも大柄な成人男性を苦もなく担ぐ様は、驚きを通り越して異様である。
ただ、それに言及するのがなぜか恐ろしくて、誰もツッコミを入れられなかった。
「このお嬢さんの案内は俺がする。お前たちは、引き続き巡回を行ってくれ」
リーダー格らしい男に命じられ、他の二人は人混みの中に戻っていった。
「じゃ、行くか」
「あいよ」
武装した男と、窃盗犯を担ぐ美少女。
少女が大荷物を担いでいる様子は、一見すれば女性が虐げられているように見える。
だが、当の本人はケロッとした表情で、しかも鼻歌交じりで窃盗犯を運んでいるのだ。
珍しいを通り越して不気味とすら感じられる光景だった。ラウラリス当人は、意図せず金銭を得られそうでご機嫌であった。
「ところで、私はど田舎出身の田舎娘なんだがね」
「自分でそう言ってのける娘さんは初めてだな……それで?」
「実はこの町に来た時点で路銀が尽きちまったんだよ。三日も経てば野宿生活を強いられる程度には困窮しとる」
「野宿?」
と首を傾げる男だったが、気にせずラウラリスは続ける。
「そこで、だ。性別問わず腕っ節さえあれば稼げる仕事ってぇのはないかねぇ。なるべく、短期で『ガッ』といける感じの」
ババァの経験則から予想するに、野盗を取り押さえに来たこの男たちは、この町でそこそこの時間を過ごしているはず。それに武装しているということは荒くれ者の部類には入るが、善良であるはずだ。
町でのことは、町の者に聞くのが一番だ。
「…………あまりオススメはできないが、お嬢さんの要望を叶えるなら『ギルド』に登録するってのが一番手っ取り早いだろうな」
「ギルドか……こいつを連れていく場所だったね。具体的にはどんな場所なんだい?」
「現地に着いてから改めて教えてやるよ。かくいう俺たちも、そこに属してるんだがな」
――ほどなくして、ラウラリスたちは町の一角にある建物に到着した。
おそらく、この町の中ではかなり大きめの建物だ。
そこに着くなり、男はラウラリスに言う。
「ここが、『ハンターギルド』だ。俺たちは『ギルド』って短く呼んでる。その様子だと、お嬢さんの故郷じゃギルドもなかったんだろ?」
「ある意味、世俗と切り離された別世界だったからねぇ」
別世界というか、別時代というか。
ラウラリスの知る帝国の内部に『ハンターギルド』なる組織はなかったはずだ。
「それにしちゃ随分と町に慣れた様子だ。田舎臭さがほとんどない。むしろ気品すらあるように感じるが……」
それは恐らく、ラウラリスが女帝時代に、自然と身についたものだろう。
皇帝は、常に見られる存在だ。いついかなる時でも、国を統べる者らしく振る舞わなくてはならない。
しかし、男にそう伝えるわけにもいかないので、ラウラリスは黙ってやり過ごす。
「さ、まずはその盗人を引き渡そう。意識が戻ると少し面倒だからな」
ラウラリスは彼の言葉に頷くと、早速ギルドの内部に入った。
建物内には結構な数の人間がおり、その誰もが何かしらの武器を携えている。
もっぱら男性が多いが、たまに女性の姿もあり、やはり武装していた。
共通しているのは、誰もが腕っ節に自信がありそうだということだ。
盗人を担いでいる美少女は、やはりこの場でも好奇の目を向けられる。が、町中よりは注目を浴びていない。珍しくも、滅多にないわけではないのだろう。
男に連れられて受付まで来ると、女性職員が目を丸くした。
気持ちはわかる、とでも言うように、男はラウラリスを親指で指しながら話す。
「こいつは手配中の盗人で、このお嬢さんが捕縛者だ。報奨金を渡してやってくれ」
「しょ、承知いたしました」
受付の女性職員は一旦奥へと引っ込むと、少ししてガタイのいい男性職員を連れて戻ってきた。
その男性職員は、威勢よく言う。
「じゃぁ嬢ちゃん。そいつはこっちで引き取るよ」
「ほい」
「よしきた……っとと?」
ラウラリスから盗人を受け取った男性職員の躰が、少しだけよろめいた。
ラウラリスがあまりにも軽々しく盗人を渡してきたので、女性でも持てる程度だと思っていたのだろう。それが実際には、成人男性として平均的な重さだった。彼はその重量を見誤ったのだ。
男性職員は一度、ラウラリスの姿を上から下まで眺める。
狐につままれたような気分なのだろう。男性職員は首を傾げながら、ラウラリスから受け取った盗人を担ぎ、建物の中へと戻っていった。
「ま、そうなるかね」
男性職員が悪いのではなく、ラウラリスが異常なだけ。彼女にもその自覚はあった。
別にラウラリスの肉体が特別なのではない。
特別なのは、躰の使い方だ。
「お嬢さん、いいか?」
受付の女性職員と何やら話し込んでいた男が、ラウラリスのほうを振り返る。
「お、悪いね。そっちは任せっきりだったよ」
男は肩を竦めてから、受付の前を譲った。
「簡単な説明だけはしておいた。あとは、この職員に聞いてくれ。俺は仕事があるから、これで失礼するぞ」
「そうかい。ありがとよ、世話になったねぇ」
「このくらい仕事のついでだ。にしても……あんたといると婆さんと話しているような気分になってくるな。っと、すまん。若い女性に言う台詞じゃねぇか」
「気にしなさんな」
中身はババァだから、間違ってはいない。
「私はラウラリス。この借りは機会があれば返させてもらうよ」
「こっちは給料分の仕事をしたまでなんだがな。俺の名前はグスコ。これでも銅級のハンターだ」
「銅級?」
「それも含めて、詳しいことは自分で調べろ。それもハンターの仕事だ」
そう言って男――グスコはラウラリスの肩を軽く叩いて、ギルドを出ていった。
グスコが去っていくのを見送り、ラウラリスは改めて受付嬢のほうを向く。
「んで、早速だが色々と教えておくれよ。ぶっちゃけ、田舎もんすぎて『ハンター』なんて職業を聞いたことすらなくてねぇ」
「はい、グスコさんからその辺りは聞いています。そういった方への説明も、この受付の仕事ですから」
受付嬢は嫌な顔一つせずに、にこりと笑った。
職業柄求められているのだろうが、それでも誠実そうな人間だった。
――ただし、ラウラリスの胸を見て、一瞬『かっ!』と目が見開かれたのだけは追記しておく。
受付嬢の容姿もそれなりに優れていたが、ラウラリスは少しばかり格が違う。
とはいえそれも一瞬のこと。
受付嬢はすぐに元の笑みを取り戻すと、説明を始めた。
「『ハンター』とは、指定された『品』を依頼人の代わりに調達する人たちの総称を指します。『品』は動物であったり植物であったり、様々です。そして『ギルド』は、ハンターと依頼人との仲介を行っている組織です」
「つまりは『調達関係のなんでも屋』って感じかね?」
「ものすごく大まかに言ってしまうと、そうですね。理解が早くて助かります」
ラウラリスの遠慮のない物言いを、受付嬢は素直に認めた。
依頼される品は、調達に危険が伴う場合がほとんど。
端的に言えば腕の立つ人間が必要になってくる。だからこそ、その手の専門職――ハンターが求められる。
そして、ハンターの仕事は品の調達以外にもある、と受付嬢は続けた。
「ほら、先ほどのグスコさんですが、あの人は今現在、町の警備依頼を請け負っています」
「憲兵とかはいないのかい?」
「この町の規模ですと、軍の屯所は置かれないんですよ。代わりに市長が雇った警備隊がいます。ですが、こんな辺境ですと人材が豊富というわけではないので、その穴埋めとしてハンターが駆り出されるんです」
受付嬢の話を聞いて、ラウラリスはあることを思い出した。
ラウラリス生前の帝国には、『ハンター』なる職業もそれを運営する組織もなかった。だが、帝国の外にはハンターに似た仕事があったはずだ。
(確か名前は……冒険者だったかね)
そういえば、女帝だった己を討ち取った『勇者』も、冒険者だったはずだ。
……過去に思いを馳せるのはまた今度にして、今はハンターの話だ。
ラウラリスは改めて、受付嬢の説明に耳を傾ける。
「今お話しした通り、ハンターの主な仕事は調達になりますが、その他にも要人の護衛や危険地帯の調査、人にとって危険な動植物の駆除など、依頼の内容は多岐にわたります」
「本当になんでも屋なんだね」
「人によっては調達の仕事以外を専門にする場合もありますね」
受付嬢の話はさらに続く。
「ハンターには幾つかのランクがありまして、登録したばかりの新人さんは石級。そこから順に鉄級、銅級、銀級、金級。最上位は金剛級となります」
一般的に、石級と鉄級は半人前。銅級になって一人前という扱いのようだ。
銀級から上は、一握りのエリートだという。
「上のランクになればなるほど、高難度かつ高報酬の依頼を受けることができ、その上、様々なギルドから様々なサービスを受けることができます。具体的には、ギルドと提携している店舗での割引サービスや、ギルドによる身元保証ですね。身元保証をされている者は、信頼できる人物だという判断基準になります」
金級ともなれば、一国の王に謁見が可能になるほどの信頼性を得ることができるらしい。
それだけに、ハンターという職業は家の後ろ盾がない一般庶民が成り上がるための、大きな選択肢の一つだ。
「なるほどねぇ……登録はどうやってするんだい?」
「手数料を払っていただき、こちらが用意した実力試験に合格すれば、晴れてハンターとなります。あ、過去に後ろめたいことがある方ですと、登録の申請が下りない場合がありますけど」
「大丈夫だよ…………多分(ぼそり)」
今世ではまだ、と口の中だけで付け足した。
そして、ラウラリスは質問を重ねる。
「ちなみに、ハンターになると負わされる義務とかってあったりするのかい?」
「まず、ランクに応じた一定の依頼達成実績が必要になります。依頼の達成を怠ると罰金を科せられ、さらに酷くなると降格処分となります」
実力が劣るにもかかわらずランクに胡座をかいたり、逆に腕があるのにサボったりしないようにするための措置だろう。理に適っている。
「それと、高ランクになりますと、ハンターを指名して依頼が出されることがあります。それを受けるかどうかはハンター次第ですが……」
受付嬢が言葉を濁したところで、ラウラリスは察した。なので特に言及せず、黙って聞くに徹する。
「最後に、ギルドが発行した重要依頼には、必ず参加していただく義務があります。これを拒否した場合、厳しいペナルティが科せられるか、最悪は除籍に処されます」
「ふーん」
自由に動けるのかと思ったが、案外しがらみがありそうな感じだ。
「そうだ、手配犯を捕まえた時の報奨金ってのは、ランクによって上下するのかい?」
ラウラリスが聞くと、受付嬢は首を横に振る。
「報奨金そのものには影響いたしません。あなたのように、ごく稀にですが一般の方も手配犯を捕まえることもありますので」
――そいつはいいことを聞いたねぇ。
ラウラリスはニヤリと口の端を引き上げる。
それに気づかず、受付嬢は話を続けた。
「とはいえ、先ほどあなたが引き渡した者は小物ですが、中には凶悪犯もいます。手配犯にはギルドが決めた適正捕縛階級が設定され、『手配書』に記載されます。この階級を極端に外れた場合、捕縛あるいは討伐に成功したとしても、ハンターの実績には適用されない場合がありますのでご注意ください」
実力に見合わない相手に無謀に挑み、返り討ちにあうのを防止するための制度だろう。
だとしても、未熟なハンターが一攫千金を狙って格上の相手に挑む事例は、後を絶たないに違いない。
ラウラリスの頭の中で、今後の指針ができ始めていた。
「で、どうなさいますか?」
「ん、やめとく」
「……そうなさった方がいいでしょう」
受付嬢はホッと安堵したような顔をした。
ラウラリスは、その表情の意味を読み取りながら答える。
「わざわざ説明してもらったのに悪いねぇ」
「いえいえ。それに、あなたが言い出さなかったら、私のほうからハンターになるのはやめたほうがいいと説得するつもりでしたから。適性のない方を水際で止めるのも仕事のうちです」
「そうかいそうかい。あ、ちなみにさっき話に出てた『手配書』ってのはどこにあるんだい?」
「え? それでしたら、あちらの掲示板に人相書きの手配書が貼りつけてありますが……」
投げかけられた質問の意図を読み取れなかったのか、首を傾げながらも職務に従い、反射的に指差しつつ答える受付嬢。
「わかった。ありがとよ」
ラウラリスはにっこりと笑い、受付嬢が指差したほうへと進んでいった。
「え? え?」
受付嬢はラウラリスの後ろ姿を見送りながら、目をパチクリとさせる。そんな彼女に構わず、ラウラリスは手配書の貼りつけられた掲示板の前まで来る。
すでに何人かのハンターが手配書を物色していた。彼らは唐突なスタイルのよすぎる美少女の登場にギョッとするが、ラウラリスは構わず手配書に目を通していく。
手配書は十数枚ほどあり、そのどれにも人相書きと捕縛の際の報奨金も記載されている。他、書かれた人物が手配犯になった経緯や、適正捕縛階級が記されていた。
ほとんどの手配書は石級か鉄級で、そこから上は銅級が一枚あるだけだ。
とはいえ。
(ハンター階級の具体的な実力がまだよくわからんから、イマイチ把握しきれん。この躰でどこまでやれるか、わからないからねぇ――ん?)
ちなみに、ラウラリスが町で捕まえた盗人もまだ張り出されたままだったが、適正捕縛階級は最底辺の石級。判断基準にはなりえない。
そんな手配書の中に、ラウラリスは見覚えのある人相を見つけた。
この町に来る前に遭遇した野盗の一人だった。
どうやら、手配犯として報奨金がかけられていたらしい。
報奨金が満額支払われるには『生きて捕縛』という条件がつけられていた。殺してしまった場合、報奨金は二割減だ。
(ま、過ぎたことは仕方がない)
報奨金は惜しかったが、死んでも誰も困らない程度には悪党だったのだ。
あれ以降、あの野盗の被害にあう者がいなくなったことを喜んでおこう。
それはともかく、あの野盗の適正捕縛階級は鉄級だ。
少なくとも今のラウラリスに、鉄級の実力があることは保証された。
「とすれば、始めに手をつけるのは鉄級だね」
ラウラリスは早速行動を開始した。
――辺境の地にて、手配犯たちを恐怖のどん底に叩き落とした『女』が生まれた瞬間でもあった。
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