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1巻

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   プロローグ よくある話の舞台裏


 ――ここまで来るのに、随分ずいぶんと時間がかかったものだ。
 玉座に座る一人の老婆は、かつておのれが走り抜けた軌跡きせきに思いをせた。

「皇帝陛下!」

 広間に転がり込むように駆けてきた伝令が、息を切らしながら玉座の前で膝をくっする。

「無礼をお許しください! ですが、至急お伝えせねばならぬことが――」
「よい。申せ」

 顔を青ざめさせながらも、それでもおのれの役割を果たさんとする彼に、老婆は端的に許可を出した。

「はっ! ぐ、グランバルド様が『勇者』と交戦し――にいたしました!」
「…………そうか。あやつがったか」

 伝令の様子――そしてと最後に会った時のことを思えば、予想できた結果だった。
 老婆はおのれの内面をおくびにも出さず、伝令に告げる。

「お前に沙汰さたを下す」
「は……はっ!」

 任を果たした伝令は、からだを震わせる。
 この老婆の名は――帝王ラウラリス・エルダヌス。
 エルダヌス帝国の頂点に君臨する女帝。
 かつては傾国の美女と称されたほどの美貌の持ち主であり、よわい八十を超えた今もなお、見る者にりし日の美しさを彷彿ほうふつさせる。
 そして、帝国軍の中においては、今となっても並び立つ者がいないほどの武勇をほこっていた。
 美しくも老いた外見に惑わされ、反逆をこころみた愚者ぐしゃは、ことごとく彼女の手によって断罪されてきた。
 苛烈かれつにして残虐ざんぎゃく悪辣あくらつにして非道。
 逆らう者には容赦ようしゃなく、服従した者にすら冷酷。
 恐怖と暴力によって帝国を統治し、さらには帝国のみならず、周辺にある多くの国を圧倒的な武力で支配してきた。
 伝令の目の前にいるのは、世界の統一にあとわずかというところまで手を伸ばした存在。
 そんな彼女の許しを得ず、玉座の間に入るという無礼を働いたのだ。
 伝令はおのれの末路を想像し、それでも任を果たしたほこりだけを最後のどころとして女帝の言葉を待つ。

「今より、お前の任を解く」
「――え?」
「以降、エルダヌス帝国に義理立てする道理は一切ない。好きにするがよい」
「お、恐れながら。それはどういった……」

 あまりにも予想外すぎる女帝の下知げじに、伝令は困惑する。頭が言葉の意味を理解できず、畏怖いふいだく相手でありながらも問いかけてしまう。

「だぁかぁらぁ、逃げたかったらさっさと逃げろってこったい」

 女帝の座する広間に、新たに三つの人影が現れた。
 混乱する伝令に助け舟を出したのは、そのうちの一人だ。

「し、四天してん魔将ましょう様⁉」

 ――四天魔将。
 広間に現れた三人に、先ほどの戦いでたれたグランバルドを含めた四人は、帝国を支配する女帝の腹心中の腹心だった。
 そのうちの一人の男は、投げやりに伝令へと告げる。

「俺たちを『様』付けする義理はもうねぇよ。だって、お前さんはもう帝国に属するもんじゃねぇからな」

 その男は、女性の胴体ほどの太さの腕――ありふれた表現ながらも、決して大仰ではない――を持っていた。『屈強くっきょう』という形容を具現化したような体躯たいくほこり、顔を除く全ての部位に重厚なよろいをまとっている。

「わからなくて? もうあなたは『用済み』ってことよ。死にたくなかったら、さっさとお逃げなさいな。それとも、この場で殺されることがお望みかしら?」

 蠱惑こわく的な声色で恐ろしい台詞せりふを呟いたのは、女帝とはまた違った美しさをほこる女。
 前を歩く壮年の男性とは正反対に、男であれば誰もが振り向くような美しさで、同性であってもうらやむような肢体を扇情的な衣でおおい隠している。

「………………………………消えろ」

 最後の一人は、全身を真っ黒な外套がいとうおおっており、姿はおろか顔すらもよく見えない。ただ、服の隙間からのぞく鋭い眼光だけが伝令を射貫いぬく。
 本来ならば、遥か雲の上に存在している者たちに囲まれ、伝令は意識を失う寸前だった。

「ったく、メンドクセェなぁ」

 卒倒しそうな伝令に、よろいの男がぼやく。
 彼は打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせている伝令のそばに寄ると、首根っこを掴み力任せに扉のほうへと投げた。
 後ろにいた二人は飛んでくる男を受け止めようともせず、半身はんみからだを動かすだけでかわす。
 投げ飛ばされた伝令――いや、『元』伝令は、地面に叩きつけられた拍子に我に返ると、からだの痛みなどまるで気にせず、地獄から這い出さんとする勢いで広間から逃げ出した。
 場に残ったのは、女帝と四天魔将だけであった。

「これで邪魔者はいなくなったわね」

 蠱惑こわくの女がやれやれと肩をすくめた。
 そして、三人は女帝の前にひざまずく。

「皇帝陛下。我ら四天魔将、さんじました」

 平時であれば、神々しささえ感じられる光景。
 けれども、女帝の彼らを見る目は、非常に面倒くさげな感情を宿していた。

「そういうのいいから。さっさと状況を報告せいや」
「おい大将。口調が崩れてっぞ」

 思わずツッコミを入れてしまったよろいの男をよそに、蠱惑こわくの女が答える。

「全て予定通り。つつがなく進行しております。……ですが」
「さっきの伝令から聞いたよ。グランバルドが死んだってね」

 顔を伏せた女に対し、女帝は天を仰いで言葉を引き継ぐ。

「本当に馬鹿な男だよ。適当なところで切り上げとけって、あれほどキツく言っといたのに。こんなしわくちゃのババァに義理立てしおって」
「………………陛下」

 黒尽くめの男が言葉を紡ぐが、女帝はかぶりを振った。

「わかってたんだよ、こうなるだろうってね。最後の別れ際に、あいつが私になんて言ったかわかるかい?」

 ――我が身の不忠を、お許しください。
 その言葉を聞かされた時、女帝は彼の最期を予見した。
 おのれの命令を無視するという不忠を犯してなお、彼は主人にじゅんじたのだ。
 止めることはできなかった。
 おのれが歩んできた道を考えれば、当然であった。
 当然と考えてしまう程度には、ひどい生き様であった。

「ったく、で会ったら説教の一つでもしてやろうかね」

 冗談めかした風に女帝は語るが、三人の表情は悲痛を含んでいた。
 蠱惑こわくの女が言ったように、全ては予定通りに進んでいる。
 ――ゆえに、それは果てに待ち受ける結末も、また予定通りであることを意味する。
 それが何よりもつらかった。

「さて、悪いねあんたたち。最後まで貧乏くじを引かせちまって」

 女帝が告げると、黒尽くめの男がこうべを垂れる。

「陛下の決断に比べれば、我が身の至らなさを恥じるまでです」
「いんや、あんたたちは本当によくしてくれたよ。すまなかったね。そしてありがとうよ、こんなババァのままに最後まで付き合ってくれてさ」

 女帝は苦笑しながら腹心たちに言った。
 三人とも、おのれの役割は承知していた。
 本音を言えば、女帝に最後まで付き従いたい。死んだあの男と同じく、この方のために命をしたいと願っていた。
 だからこそ、身を削り心をり減らす思いで、彼女の最後の命令に従うのだ。
 最後に、よろいの男がおのれの胸に手を当てる。自然と、他の二人もそれにならった。

「ラウラリス皇帝陛下」
「なんだい?」
「我ら四天魔将。死んだグランバルドを含め、あなた様につかえられたことを生涯のほこりとします」
「――そなたたちのこれまでの忠義、誠に大儀であった」

 そうして――四天魔将はこの場から去った。


 後に残された女帝は呟いた。

「とうとう、私一人になっちまったか」

 こうなることは最初から決まりきっていた。むしろ、よくもまぁここまでやり遂げられたと驚くほどだ。
 これまでに、数多くの悪行に手を染めてきた。多くの悲しみと憎しみを生み出した。
 この手はぬぐいきれぬほどの血にまみれている。
 全ては、この時のためだ。
 女帝は玉座の横に立てかけていた『剣』を手に取る。
 それは、老婆の身で振るうには――いな、たとえ若くあっても不釣り合いすぎる武器。
 身の丈に迫る刀身をゆうする長大な剣。

「こいつにも、随分ずいぶんと無理をさせてきちまったね」

 過去を懐かしむように、女帝は刀身を撫でる。


 幾多の戦場を駆け抜け、数多あまたの敵を切り捨ててきた。
 そして、いよいよ最後の戦場で、最後の敵をむかつ。

「どうせ最後なんだし、華々しくいこうかね」

 気負きおいはなく、老いた皇帝はニヤリと笑った。
 その時だった。
 広間の扉が、破られんばかりの勢いで開かれた。
 姿を現したのは、まだ二十はたちにも到達していないような四人の若者。強い意志を宿した瞳の、少年少女たちだ。
 ――ようやく、最後の一手が訪れた。

「来たか、『勇者』」
「追いつめたぞ――皇帝! お前に従う者などもういない! あと残るはお前だけ!」

 きっと、ここまで来るのに彼らは多くの悲しみを背負ってきたはずだ。
 沢山たくさんつらい経験を重ねたに違いない。
 その全てを乗り越えたのだろう。
 女帝はそんなことを考えながら、少年の叫びを聞いていた。

しいたげられてきた人々のため。そして世界を救うために、お前をここでつ‼」
御託ごたくはいらん」

 女帝は剣を振るう。身に余るほどの巨大な剣がくうを斬り裂き、床を穿うがつ。
 老婆の太刀筋たちすじにしてはあまりにも荒々しく、そして美しい一刀が広間を揺るがし、床が大きくくだけ散る。
 並みの者であれば余波だけで腰を抜かすだろう。強者であっても、気後きおくれするだろう。
 だが、目の前にいる若者たちは揺るがぬ意志を持って、皇帝を見据みすえる。
 ――なるほど、最後の晴れ舞台に相応ふさわしい相手だ。
 会心の笑みを心の中に浮かべた女帝は、剣を構える。

「さぁ、かかってこい勇者ども。お前たちの覚悟のほど、この剣で確かめてやる」

 ――この試練ババァを見事に乗り越えてみせろ、若者たちよ!


 そして悪の帝王は勇者の手によってたれ、帝国はほろびた。
 これより始まるは、暴力と恐怖によって支配される世界ではなく、平和と秩序に導かれる世界。
 人々は勇者の栄光をたたえ、二度と帝国のような悪逆なる国家を生み出さぬよう心に誓った。かの皇帝のような存在が現れぬようにつとめた。
 だが、人々は知らない。
 真に平和を願い、そのために全てを投げ打った、尊い犠牲ぎせい者を。
 そして――長い年月が過ぎ去った。



   第一話 ババァin the 美少女


 ――どうも皆さんこんばんは。
 からだは少女、中身はババァ。
 その名も、ラウラリス・エルダヌス!

「いや、意味わからんて」

 少女は一人ぼやいた。
 起き抜けに妙にハイテンションになってしまったものの、少し冷静になると途端に恥ずかしくなってきた。どうしてあんな暴挙に出てしまったのか。

「よし、忘れよう。物忘れはババァの特権だし」

 恥ずかしい黒歴史ワンシーンを忘却の彼方かなたに押し込み、少女は改めて考える。

「いや、マジでどうなってるんよ。意味わからんて」

 先ほどと同じ言葉を少女――ラウラリスは呟く。
 記憶にある限り、先ほどまで自分は玉座の間で勇者とその一行いっこうと戦い、果てに胸をつらぬかれたはずだ。
 現に、胸の正中には剣に穿うがたれた傷がある。
 だがどうしてか、その傷はすでに塞がっていた。
 さらに言えば、ここはどこかの森の中。動物の鳴き声が遠方から聞こえる程度には、野生味あふれる場所だ。
 というか、場所や傷がどうのこうのというレベルの話ではない。
 玉座を先帝から奪い取り女帝となってからも、ラウラリスは数多あまたの戦場を駆け抜けてきた。
 老齢となって第一線を退いてからも、常に鍛錬はおこたらなかった。
 そもそも、一線を退いたのは後進を育てるためであり、実力は死ぬ寸前まで帝国最強だった。
 だからこそ、歳の割にはしわも少なく贅肉も最小限。けれども老婆とわかる程度には老いていたはず……なのだが。

「なんか、若返ってないかい?」

 それが、今はしわ一つない、ツルッツルのプルンプルンな肌。モチモチ肌で水も弾きそうなほど。そして、同性異性問わず誰もが見惚みとれるほどに整った体躯たいくと豊かな胸。

「――つか、よく見たら素っ裸じゃないか⁉ これじゃぁ捕まっちまうよ!」

 帝国法では、道端での過度の露出は犯罪だ。少なくとも局部は隠していないと憲兵けんぺいに逮捕される。制定したのはまぎれもないラウラリス当人だった。
 ついでに言えば、帝国法は禁を破れば貴族はおろか皇帝すら罰の対象となるため、この場に憲兵けんぺいがいれば、えなくラウラリスは御用ごようとなってしまう。

「あ、いや待て。ここは森の中。帝国法は適用されない。大丈夫――なわけあるかい! これじゃぁ露出狂じゃぁないか‼」

 森の中で一人、女がヒートアップしている。
 ……と、一頻ひとしきわめいてから、ラウラリスはおのれそばに大きめの荷袋が置かれていることにようやく気がついた。どうやら起き抜けの混乱で、今の今まで視界に入ってこなかったようだ。

「何が入ってるのかって……なんじゃこりゃ」

 袋から中身を取り出してみると、申し合わせたように女性ものの衣服が入っていた。
 ご丁寧に、下着のサイズは完璧だ。
 不気味に思いつつも、素っ裸のままでいるよりはマシだと袖を通しておく。念のために『余計な仕掛け』がほどこされていないかを確認して、だ。
 一通りを身にまとうと、まるで町娘のような風貌だ。生まれて初めてこの手の服を着て、ラウラリスは少しだけ新鮮な気持ちになった。

「とりあえずこんなもんかね。あとは……手紙?」

 袋の中に最後に残っていたのは、一通の手紙だ。
 封筒に差出人は書かれておらず『ラウラリス殿へ』という簡素な宛名が記されているのみ。
 だが、少なくともこれで、袋に用意されたものはおのれ宛のものだとはわかった。

「さて、何が飛び出すものやら」

 得体の知れなさを感じつつ、今は情報が全くない状態だ。
 若返ったからだのこともあるし、今は一つでも多くの手がかりが欲しい。
 意を決してラウラリスは封を切り、手紙に目を通した。

『どうも、神です』
「軽っ⁉」

 予想の斜め上とはまさにこのことだろう。手紙の差出人は、まさかの神様ときた。
 文脈だけ見れば胡散臭うさんくささ爆裂だったが、手紙を開いた途端に発せられる神々しさ。
 生まれてこのかた神など信じたことはなかったが、本能的な部分で本物であることを認識させられる。

『はい、軽いノリで始めてみました。重苦しく始めても面倒臭いですしね。このほうが楽でしょ?』
「いや、楽っちゃ楽だろうけど」
『まずはおはようございます。そして、ようこそ第二の人生へ』
「は?」
『おそらく「は?」という反応をされていることでしょう。それも無理からぬことですが、順を追って説明いたしますので、とりあえず最後までお付き合いください』
「……これ、本当に手紙? もしかして会話になってやしないかい?」
『ご安心ください。この手紙はあなたの反応を予想した上で、面白おかしく書いているだけなので。新鮮な反応をいただけて私は大変満足です』

 ラウラリスは一瞬、手紙を破り捨ててやろうかと思ったが、かろうじてこらえた。これでも忍耐力には自信があるのだ。でなければ、皇帝なんぞやっていられない。
 一度深呼吸をしてから、改めて手紙の続きを目でなぞっていく。

『お気づきのこととは思いますが、すでにあなたは一度死んでおります。今のあなたの姿は、死んだ当時のからだを私が再構築し、若返らせた状態にして、そこにたましいを宿らせたものです』
「なるほどねぇ。……神様ってのはなんでもありかい」

 この時点で疑問は尽きないが、とりあえず『神だから』ということで納得しておく。
 皇帝ともなると、即断即決そくだんそっけつが求められる。疑問は後回しにし、その時点で確定した情報で方針を決めなければならない場面も多かった。

『その切り替えの早さは助かりますね。話も早くなりますので。では先へ進めましょう』
「本当に見られてるんじゃないだろうね」

 あたりを見回すが、この場にいる者はラウラリス以外にはなかった。
 相手は神だし、人の気配なぞあてにはならないだろうが。

『さて、ここからが本題です。ラウラリス・エルダヌス。あなたの功績は偉大なるものです。それこそ、あきかみなるほどの偉業を成し遂げられました』
「偉業――ときたか」

 ずくり、と胸の傷が痛んだ。
 ――あの血塗ちまみれた道筋を偉業と呼ぶか。

『あなたは決して、偉業それとお認めにはならないでしょう。ですが、神である私が断言します。あなたの辿たどった道筋はいばらの道であり、誰にも真似まねができないほど難しいものでした。その果てにおのれ犠牲ぎせいにしたあなたは間違いなく「英雄」です』

 喜ぶべきではないとわかっている。
 ほこるものでもないとわかっている。
 あのような所業が偉業と呼べるはずがないと。
 ――それでも、涙があふれた。
 誰からの理解もほっしていなかった。
 幾百の恐怖を与え。
 幾千の憎悪ぞうおを集め。
 幾万の絶望を一身に浴び。
 血塗ちまみれた道の果てに得られた、たった一つの賞賛。
 それだけでむくわれた気がした。

『今だけはほこってください、ラウラリス・エルダヌス。あなたのお陰で、今日こんにちの平和が築かれたのですから』
「ちっ…………ババァになると涙腺が緩くなるってぇのは本当だね。こうも自制がかなくなるんだから」
『いえ、若返ってるからババァ関係ないですけど。単にあなたが涙脆なみだもろいだけです』
「これ本当に手紙かね⁉ 絶対どっかで見てるだろ⁉」

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになりつつも全力で手紙のぬしを捜すが、やはり誰もいない。それでもあきらめきれずに周囲を見回すが、成果は全くなかった。

『いい加減にあきらめましょう。では続けます。あなたに新たな生を与えたのは、その功績にともなった謝罪です』
「……どういうことだい?」

 鼻水をすすりながら、差出人に問いかけるラウラリス。

『人間がたぐまれなる偉業を成し遂げた場合、その栄誉をたたえて褒賞ほうしょうが与えられることとなっています。だいたいの場合は、新たなる神への転生となります』
「神様に転生……ねぇ」

 いまいちピンとこない。
 そういえば、先帝はおのれのことを『神』と称していたな。

『ご安心ください。彼は地獄に一直線でした。あなたと同じ皇帝でも、彼は単に人々を苦しませるだけで善政の一つもおこないませんでしたから』
「それを聞いてすっきりしたさね」

 ざまぁみろ、と笑みを浮かべるラウラリスは、さらに手紙を読み進める。便箋びんせんの大きさに比べて文章量が明らかに多すぎるが、気にしないことに決めた。

『ですが、神というのは偉業だけでは成立しません。神とは人々に認識され、信仰されあがめられることでようやく力を得ます』
「なるほど、話は読めたよ」

 ラウラリスのおこないにどれだけの『大義』があろうとも、そこに至るまでに歩んだ道は間違いなく悪徳に満ちていた。少なくとも、人々はそう思っていた。
 彼女は、帝国の民に憎悪ぞうおされていたのだ。信仰の対象にはなり得ないだろう。

『今、あなたを神へと転生させたところで、何の力も持たぬ神が誕生するだけ。それでは大変申し訳ない。ですので、苦肉の策として――』
「この若返ったからだをくれたってぇわけかい」

 これこそが、神が最初に記した『第二の人生』というわけか。

『あなたが前の人生で辿たどったその軌跡きせき。それはあなたの出自と育った環境が大本おおもとです。そして、今のあなたはなんのしがらみも持たない自由の身。義理も義務も持たず、好きに第二の人生を謳歌おうかしてください』

 いよいよ、手紙も終盤に差しかかる。

『ただ、いくつか注意点を。まず、肉体を再構築する際には私の力を使いましたが、ベースはあくまでもあなた自身。ほんの少しだけ以前よりも頑強にはなっていますが、その程度です。人としての致命傷を負えば当然命取りになりますのでお気をつけください』


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