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第7章 それぞれのクエスト 編

第 418 話 飛翔

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 光る子ども目線で「見た」創世7神と黒魔龍との戦い……タフカは神村勇気と川尻恵美が、洞窟内に備える6人のチガセの内在法力を使い黒魔龍を滅消した場面を思い浮かべた。

「さっき……」

 遥はタフカの瞳に動揺を読み取り、穏やかな口調で語りかける。

「ハルミラルちゃんの身体に溜めてた法力がほとんど枯渇状態になった時……一瞬だけど感じたの。私自身の……高山遥の中にある『力』を。妖精王タフカの妹ハルミラルが持つ強大な法力が、今までは厚く充ちてたから気が付かなかったけど……私は今、ここに『在る』って感じたの」

「チガセの持つ法力……『想像を創造する力』の根源か?」

「うん……」

 タフカの瞳をジッと見つめ、遥は力強くうなずく。タフカはフッと力を抜き自嘲気味な笑みを口端に浮かべた。

「お前も……『見て』来たよな? カミムラとエミが放った法撃を。タナカたちの『最期』の姿を……」

「……はい」

「我が妹を……お前の『力』を用いるために、ハルミラルのその身体を……私に『 て』と言うのか、ハルカ……」

 佐川による「神々の守り」への攻撃が続く爆音の中、2人は静かな沈黙のひと時を見つめ合い過ごす。

「……今度は……王様がハルミラルちゃんを探しに行って上げて。どこかの森に新たな身体で生まれて来るハルミラルちゃんを」

 遥はニッコリ微笑んだ。タフカは遥をしっかり抱き寄せる。

 パキーッン!

 巨大なガラスが割れたかのような甲高い破壊音が、神殿を包む「防御魔法空間」に響いた。2人は時が来た事を悟り、視線を佐川に向ける。

「ふぅ……思ってたより頑丈だったなぁ……あれだけヒビが入ってたのに、まさか100発以上も放たなきゃ砕けないとは……」

 宙を歩く佐川が、ニタニタと笑みを浮かべ近付いて来る。遥はタフカに支えられながらゆっくりと片足で立ち上がった。

「ほう! 美咲ちゃんが創った妖精の王さまってのは、この期に及んで1本足の妹を盾にするのか? 見所がある男だなぁ?」

 神殿入口前の地面に着いた佐川は、遥を背後から抱き支えて立つタフカに笑顔を見せる。

「ガキが調子に乗って大人に歯向かおうとするから、こういう結果になる。弱者は強者の餌となるために存在してるんだよ。子どもは大人の餌、女は男の餌、貧者は富者の餌……それが世界のルールだ。キサマらはそのルールを破った……だから……今からタップリお仕置きをしてやらなきゃな!」

 嬉しそうに狂気の輝きを見せる佐川の目を睨みつつ、遥は背後のタフカに小声で伝える。

「タフカさん……法撃放つ前にお願いがあるんやけど……」

「ん?」

 タフカは川尻恵美が黒魔龍に放った超滅消級法撃のイメージを高めながら、両手を遥の背中に添えていた。

「片手だけ……左手だけでええから……握っててもらえん?」

「……ああ……支障は無い」

 そっと左手を下げ、タフカは後ろから遥の左手を握る。佐川は10メートルほど離れ立ち2人の様子を警戒しつつも、圧倒的な力の差に安心し、どのように遥とタフカに絶望を味わわせようかと舌なめずりをしていた。

「何をくっちゃべってんのか知らんが、もう、無駄な抵抗はするな。大人しく身を任せてりゃ、その身体に少しは気持ち良い事もしてやるつもりだぜ?」

 何を想像してるのか、佐川の表情に遥は寒気を感じ身震いする。

「本当に……良いんだな? ハルカ……」

 その震えを恐怖と勘違いしたのか、タフカが 躊躇ためらい気味に声をかけた。遥は首を横に大きく振る。

「絶対にやっちゃって下さい! あんな奴……分身体かも知らんけど、細胞1つも残らんくらいのをブチかましたって!」

「分かった……行くぞ!」

「ちょい待ち!」

 背後に感じたタフカの決意を、遥は思わず制止する。

「な……どうした?」

「ゴメン……あと1つ……お願いを聞いてもらえます? 放つ時に、ウチの手しっかり握ったまま叫んで欲しい言葉が有るんですけど……」

「はぁ?」

 思いがけない依頼に虚を突かれたタフカは、背後から遥の口元に耳を寄せた。

「―――って言って欲しいんです。ウチと声を合わせて」

「……相変わらず、お前は不思議な女だな、ハルカ。その言葉にどんな意味があるんだ?」

 呆れたように笑み、タフカは優しく尋ねる。

「ウチがまだ小さい頃……兄さまと……『向こうの兄さま』と一緒に見たアニメの名シーンで、主人公の女の子と男の子が手を握りあって叫んだ『魔法の呪文』です。目の前に迫って来た悪いヤツから、大事なモノを守るために……」

「フッ……そうか。分かった。大事なモノを守る……今この時に相応しい言葉だな」

 タフカは遥の提案に笑むとリラックスし、意識しながら法力呼吸を整えた。

「時間だ! さあ、お楽しみを始めようか? ひざまずけ! 命ごいをしろ! 無様に泣き叫べ!」

 2人を 凌辱りょうじょくするプランを立て終えた佐川は、遥とタフカに向かい歩み出して来た。その瞬間を狙っていたタフカは、遥の背後から左手を強く握り「いくぞ……」とタイミングを伝える。2人は呼吸を合わせ、叫んだ。

「「バル……―――――――」」

 遥の内在法力で増幅されたタフカの超滅消級法撃は辺りを真っ白な閃光で包み、全ての景色を白く塗りつぶした……


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 宙に舞った 砂塵さじんが流れ、遠くに鳥の音が響く―――「柱頭建造物」となった神殿前に独り たたずむタフカは、大きく地を えぐり取られた大地を前方に眺めている。

 遥の内在法力……「チガセの想像と創造の力」を合わせたタフカの法撃は、佐川の分身体により 穿うがたれたクレーターの先に広がる森を、土中 き出しの巨大な半円路に変えた。角度を考慮して放った法撃は、予定通り数キロ先で地上から離れ上空へ突き抜けた。想定以上の未知なる巨大な法力波を放つこととなったタフカは、しばらく放心状態のまま、自身が放った「法撃結果」を眺めていた。

 佐川の分身体から洩れ出ていた法力波は完全に消えている。遥からの要望通り、細胞1つさえ残さない完全な滅消法撃を直撃させたのだ。佐川も……遥も……もう、ここには存在の 痕跡こんせきさえ残されていない。

「成功……したぞ。ハルカ……」

 時がどれほど過ぎたのか感じないまま、タフカは己の口から発する声にようやく我を取り戻す。

「……最後まで一緒に居てくれ? 独りぼっちにしないでくれ? フッ……」

 タフカは取り戻した我を再び失わぬよう、自分自身に語り続ける。

「お前は最後まで独りでは無かったが……私は独りぼっちになってしまったぞ?」

 一瞬で木霊に変わった遥の温もりを思い出すように、タフカは自身の左手を見つめ語りかけた。

「この世界が終わってしまえば……もはやハルミラルの転生も無い……そうなれば私は、独りぼっちで終わりを迎えることになるのだぞ? ハルカ……」

 しばらく眼前に掲げ見つめていた左手を、タフカはギュッと握り拳に変え、遠く広がる森の木々へ視線を向ける。

「……などと……泣きごとは言ってられんな。……今は……そうならぬことを願うのみ。ハルミラルが転生する世界がこの先も続くことを……な」

 タフカは法力回復の休息を得るため、そばに転がる岩に腰かけた。周囲の惨状とはかけ離れた、清々しく抜ける青空を見上げる。

 ……頼むぞ……カガワアツキ……


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 ユフ大陸南端とタクヤの塔が在るエグラシス大陸北端半島までは、20キロメートル幅の海峡を挟んでいる。その海峡が、創世7神と黒魔龍の戦いの中で古代大陸が分断された名残であることを知った今、篤樹とエシャーにとってもそこが「ただの海峡」とは思えなかった。

 しかしそんな感慨も束の間、フィルフェリーの飛翔魔法で上空高く翔んだ篤樹はその高度と降下速度、そして眼下の海に「死」を覚悟する。しかも、腰紐を掴まれただけの不安定な吊り下げ状態……頭上では、大いにはしゃぐエシャーとフィルフェリーの楽し気な会話が繰り広げられていた。

「見えたわ! あの塔よ!」

 エシャーと横並びに手を繋ぎ、右手で篤樹の腰紐を掴むフィルフェリーが声を上げた。エシャーはフィルフェリーとは対称的に、左手で篤樹の腰紐を掴んでいる。2人に吊り下げられる不安定な体勢の篤樹は、フィルフェリーの声に反応し、恐怖で固く閉ざしていた目を薄く開く。

 半島の全周は、どこも海面から100メートルほどの高さがある断崖絶壁だ。海岸線から上陸出来るポイントは無く、エグラシス側からの陸路しか無いとエルグレドから聞いていた。もう少し「優雅な飛翔」をイメージしていた篤樹だったが、実際にフィルフェリーの飛翔魔法での「渡航」は、 猛禽類もうきんるいの脚に捕まれた小動物の気分だ。それでも今……小宮直子から「目指せ」と言われていたタクヤの塔を眼下に確認し、自然と意識が研ぎ澄まされていく。

 あそこが……卓也が造った塔……この星の地核と繋がる入口……世界に張り巡らされている法力地脈の起点……

 降下と言うよりも落下に近い感覚を覚えながら、篤樹は迫って来る塔の全景を確認する。周囲の木々よりは高いが、それほど巨大な建造物という感じには見えない。小学生時代に、父親と一緒に海釣りに行った時に見た「灯台」を篤樹は思い出した。

 降下速度が緩まる。地上の様子を落ち着いて確認しつつ、フィルフェリーは塔のすぐ横に開けた草地を着地ポイントに定めた。

「じゃあ、手を離すわよ? 良い? エシャー……」

「うん!」

 横向きに吊り下げられた状態の篤樹は、頭上でかわされる2人の会話を理解し、そして……恐怖を覚える。

「ちょ……えっ! 落とすんで……」

「せーの……」

 ゆっくりと降下は続き、地面まで2メートルも無い高さまでは来ている。でも……

「ウワッ!」

 1メートルほどの高さで腰紐を掴んでいた2人の手が離され、篤樹は四つん這いのような姿勢で草地に「落とされ」地面を転がる。エシャーとフィルフェリーは、2人並んで体勢を整え、ゆっくり「足から」着地した。

「痛ッ……てぇ……」

「大丈夫? アツキくん」

「アッキー、怪我してない?」

 実際の痛み以上に「恐怖」を感じた着地に放心し座り込む篤樹に、2人は心配そうに声をかけて来た。

「あ……うん……大丈夫……です。ちょっと……痛かったくらいで……」

 少しは苦情を挟みながらも、篤樹も先ずは無事の到着を喜ぶ気持ちが勝る。

「それにしても……」

「すごいとこね……」

 篤樹の無事を確認したことで、エシャーとフィルフェリーの関心と視線はすでに「タクヤの塔」へ向けられていた。篤樹も自分の服に付いた草葉をはらい落としながら立ち上がり、円柱形の塔を見上げる。 苔生こけむした外壁は所々うっそうと「つた」が絡みついているが、外壁が赤茶系のレンガであることは一目で分かる。約300年前に建てられたという塔でありながら 老朽感ろうきゅうかんは無い。

 だが、エシャーとフィルフェリーの関心は塔の外観よりも、周囲に充ち始めた法力波に向けられていた。

「……なるほどね……『アレ』の法力波か……」

 塔を囲む深い森にフィルフェリーが顔を向ける。その視線を追った篤樹の目に、樹上に湧き上がり形を成して行く黒い霧状の柱が映った。

「あれは……」

 地中から滲み出し、森の上空へ立ち昇り、見る見る巨大な黒い柱のように形を成していく黒魔龍の姿がある。3人はその 禍々まがまがしい姿を、緊張の面持ちで見上げていた。
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