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第7章 それぞれのクエスト 編

第 411 話 佐川の土柱

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 「原始人」に続き、「古代ギリシャの戦士」、「古代ローマの兵士」、「中世の騎士」と様変わりしながら襲いかかって来る「空っぽ人間」を相手に、篤樹とエシャーは恐怖や恐れよりも「疑問」ばかりが浮かんで来た。

「どういうつもりなの?! サーガワーって人は!」

「分かんないよ!」

 それぞれが「屈強な殺人者たち」ではあっても、佐川が創り出す「からっぽ人間」に対し、篤樹もエシャーも脅威を感じる事無く打ち倒して行く。だが、その「無意味で簡単な戦い」が、2人の苛立ちを誘う。

「いい加減にして下さい! 何がしたいんですか?!」

 鎧に身を固めた中世騎士最後の1体を倒し、篤樹は怒りの籠った声で叫んだ。1度に創られる「空っぽ人間」は20体程度……今の篤樹とエシャーにとっては危険な敵ではない。しかしエシャーは、まるでミシュバット遺跡で対峙した「徘徊する子どもたち」を相手にしているような嫌悪感を抱いていた。篤樹もまた、広場に散らばる「空っぽ人間」たちの肉塊を前に、佐川に対する怒りがこみ上げて来る。

「また……」

 神殿入口前の段差上に立つエシャーは、新たに盛り上がり始めた土柱を見ると、ウンザリ声を洩らした。篤樹もため息を吐き、仕方なく剣を構える。しかし、土柱から現れた人々の姿に、さすがに「あっ!」と声を上げた。

「わっ! 何? 今度のは……」

 エシャーも、これまでとは様子の違う「空っぽ人間」の姿に目を見開く。

「なんで……こんな……」

 新たに創られ出て来たのは、時代劇に出て来る「お侍さん」の格好をした人々だった。防具はつけず、 かみしも姿でまげを結った頭部も剥き出しの侍たちが、日本刀を握り締めて迫って来る姿に篤樹は何の冗談かと失笑を洩らす。

「なんか……アッキーたちと似てるね……」

 いかにも日本人の顔立ちをした侍たちに、エシャーも困り顔だ。しかし、相手は特に表情も変える事無く、これまでの「空っぽ人間たち」と同じように襲いかかって来る。

「とにかく……エシャー!」

 これまでと同じ対応をするほか無いと判断し、篤樹はエシャーに声をかけ、侍たちを討ち倒していく。エシャーも法撃とクリングを駆使し、次々と侍姿の敵を放ち倒した。

「ワンパターンだよ……佐川さん……」

 目の前の敵が全て動かなくなると、篤樹は呆れ声を洩らした。どんなに姿形を変えようと、佐川が創り出す「空っぽ人間たち」は同じような攻撃しか仕掛けて来ない。

「いい加減に、姿を見せたらどうなんですか!」

 篤樹の叫び声が広場に響く。風が吹き、木々の枝葉をザワつかせるが、相変わらず佐川は姿を現わさない。

「いつまで隠れてるのよ! 意気地なしッ!」

 痺れを切らしたエシャーも、追い打ちをかけるように叫んだ。

 グバッハッ……

 少し間を置き、例の不快な音が再び聞こえる。即座にエシャーの右手から真っ白な法撃光が放たれ、篤樹の右前方数十メートル先の地面を吹き飛ばした。

「エシャー?!」

 突然の法撃に驚き、篤樹は振り返りエシャーを見る。明らかに怒っているエシャーは、大きく肩を上下させ呼吸を整えていた。

「まだ居る! すっごくイヤ! 何なのよ、アイツはッ!」

「ちょ……エシャー! 落ち着いて……」

 先に怒りを発した者勝ちという雰囲気で篤樹がなだめに入るが、すぐに新たな気配を感じると視線を左奥の森に向けた。

 また……違う?

 地面が動き新しい土柱が立ち始めたが、これまでとは違い10メートル四方ほどの「小山状」の土柱が2つ盛り上がっている。

「今度は……何?」

 土殻を破り現れたモノに、エシャーは驚きの声を洩らす。

「ウ……ソ……だろ?」

 全貌を現した2つの大きな「創造物」に、篤樹は呆然と立ち尽くし目を疑う。

「アッキー! あれ……何? 馬車? 小屋?」

 背後から問い掛けるエシャーの声にも、篤樹はすぐに答えられない。濃い深緑色の外観をした四角い箱のような形……砲塔を載せ、金属音がキュルキュルと鳴るキャタピラで進む車体……周囲の景色と全く不釣り合いな2輌の戦車は、数十メートル先で位置を定めると停止し、砲塔が動き出す。

「エ……シャー……」

 一連の動きを呆然と見ていた篤樹は、砲塔がエシャーに向けられる姿を確認し、ようやく声を発した。

「エシャー! 逃げて! ヤバい!」

 ドン……ドォーン!

 キーーーーーン……

 鳴り響いた轟音と、遅れて襲って来た爆風に篤樹は吹き飛ばされ、同時に起きた耳鳴りに意識を持って行かれそうになる。しかし、目をしっかり開き状況の変化を追い続けていたおかげで、辛うじて意識を保つことが出来た。

 エシャー!

 自分が声を発しきれているかどうかも分からない。とにかく、2輌の戦車による砲撃が、エシャーの立っていた神殿前段上に直撃するのを見た篤樹は、平衡感覚が戻らない地面で這いつくばったままエシャーの名を叫ぶ。

 嘘だろ……エシャー……エシャー!

「こぉのぉ……」

 立ち込める爆煙と粉塵の中から、防御魔法に包まれたエシャーが姿を現わす。心配して見上げていた篤樹にではなく、エシャーの視線は真っ直ぐ戦車を睨みつけていた。その目は……真っ赤な光を帯びている!

 ゲッ……あの眼……まさか……

「ビックリしたじゃない!」

 戦車に向けて突き出したエシャーの右手に、黄色と赤が織り交ざる光球体が現れ、見る見る膨張していく。一旦、軽く右手を引いたエシャーは、その光球体を突き出すように、勢いよく戦車に向け放ち出した。

 うわ……

 篤樹は光球体の軌道を目で追う。1輌の戦車にエシャーの法撃が正面から当たると、染み込むように車体の中へ光が消えた。だがすぐに、戦車の車体が赤みを帯びた光に包まれたかと思うと、一瞬にして風船が弾けるように膨張爆発する。

 すると、残った戦車の上部ハッチが開かれ、中から緑のヘルメットを被った兵士が顔を出して来た。兵士はハッチの前に設置されている機関銃を操作し、エシャーに銃口を向ける。「ブォン!」と戦車後部の排気塔から黒い煙が上がり、キャタピラが空転の後に回り出す。

 ダダダッ! ダダダダン……

 エシャーに向かう戦車の砲塔上で、兵士が機銃掃射を始めた。砲身は再びエシャーに狙いを定めるために動き出す。篤樹はようやく身体を起こした。だが、轟音を上げて機銃掃射を続ける戦車に向かっていくべきなのか、的とされているエシャーの元に駆け寄るべきか、即断出来ずに立ち尽くす。

「うるさい!」

 結果として、篤樹がその場に留まったのは正解だった。エシャーの前面に立つ防御魔法は、戦車上から撃たれる機銃掃射の弾丸を全て弾き落としている。再び法力光が球体状に宿り始めた右腕を、エシャーは先ほどのリプレイのように真っ直ぐ戦車に向けた。

「何だか知らないけど……消えちゃえーー!」

 エシャーの力のこもった叫び声が、耳鳴りのおさまり始めた篤樹の耳に届く。そして……

 ウワッ……

 篤樹は耳を押さえ、戦車に背を向けしゃがみ込んだ。予期した通り、エシャーの法撃を受けて吹き飛ぶ戦車の轟音と爆風を背中に感じ、しばらく屈んだ姿勢で破壊音が収まるのを待つ。

「アッキー! 大丈夫?!」

 呼びかけるエシャーの声に、篤樹はゆっくり振り返った。

「うん……大丈……?! エシャー、目が!」

 エシャーの両目が「小人の咆眼」で赤黄色に染まっていることに気付き、篤樹は慌てて視線をそらし叫んだ。

「え? あ……ゴメンね……ハイ! もう良いよ!」

 すぐに応じたエシャーの呼び掛けに、篤樹は改めて視線を向ける。そこには、いつも通りに濃いエメラルドグリーンの光を帯びた、エシャーの大きな瞳と満面の笑みが在った。

 あっ……

 流れ去る埃煙の向こう側に立つエシャーの姿に見惚れ、篤樹は一瞬、言葉を失ってしまう。

「だいぶコントロール出来るようになったと思うんだけど……収め方がまだ慣れ無いなぁ……。気持ちを切り替えるのがちょっと難しいんだぁ……」

 小人の 咆眼ほうがんについて語りながら、エシャーは段上からピョンと広場に降り立ち、篤樹のそばまで近付いて来る。

「それにしても……変なのばっかり出て来るね? アッキーは全部見た事有るモノなの?」

「え? あ……うん……」

 すぐ目の前まで寄って来たエシャーの問いに、篤樹はようやく我を取り戻して応じた。

「そうだね……こっちの世界には無いモノが多かったね……多分……佐川さんが知ってるモノ……あ! そうか!」

 エシャーに応えながら、篤樹は一連の佐川の「想像による創造の攻撃」を理解する。

「え? 何? どうしたの、アッキー?」

「そうだよ! 佐川って人は、自分の持ってる情報でしか『想像による創造』が出来ないんだよ! ねっ!」

 篤樹の納得顔に、エシャーは困ったような笑みを合わせ尋ねる。

「だから……何が?」

「最初は原始人……1番古い人間種みたいな奴だったろ? で、少しずつ武器も強くなって来たり、最後は戦車まで出て来たケド……あれって全部、佐川って人がイメージ出来るモノばかりだったんだ。弱いモノから段々強いモノに変えながら……」

 そこまで説明すると、篤樹は自分が導き出そうとする答えに笑みを失う。

「どういうこと? なんでサーガワーは最初から強いのを創らなかったの?」

「……小手調べ? って言うか……遊ばれてた……のかも……」

 ブヴァッ! ヴァッ、ヴァ……

 篤樹が結論を口に出し終わると同時に、またもやあの「イヤな音」が広場に響いた。篤樹とエシャーは背中合わせに立ち、それぞれの視野で広場を見渡す。

「アッキー! あそこ!」

 背後のエシャーからの声に、篤樹は即座に振り返った。エシャーが指さす先……30メートルほど離れた地面が、まるで沸騰した鍋の湯面のようにグツグツと泡立ち始めている。

「いよいよ……おでまし……かな?」

「ヴェヘェ……ヴェヘェ……イイギニナッデンジャネェゾォ……ガキガァ……」

 粘質の有る気泡の破裂音に似た「声」が地面から響いて来た。篤樹は成者の剣を握り直し、エシャーは異変が見える地面に向かい両手を真っ直ぐ伸ばす。

 だが、今回の土柱の「成長」はなかなか止まらない。これまで見て来た土柱をはるかに超え、5階建てのビルほどにまで盛り上がって行く。2人は攻撃態勢を忘れ、ただ呆然と巨大な土柱の成長を見上げるしか無かった。
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