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第7章 それぞれのクエスト 編

第 374 話 捕われた少女

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「人や動物まで……」

 ミッツバンは驚きと言うより、呆れたような声で所感を述べる。

「その……サガワなる者によって、世界やその中に生きる者全てが創られたと言うのですか?」

「だからぁ……」

 信じられないと主張する口調で語るミッツバンの声を、レイラが断ち切る。

「先ほど、ミサキさんがおっしゃられたでしょう? 今はまだサガワさんとやらが『最初に創った世界』のお話しでしてよ。ね?」

 レイラから話を返された美咲は、軽く笑んでうなずくと続きを語り始めた。

「レイラさんの言われる通り、これは佐川さんが『世界』を創り始めた1番初めの出来事です」

 全員の視線が、光る板に向けられる。美咲が「描いた」という絵は動き続けていた。そこには、佐川の想像によって創り出された「人々」の姿が在る。

「佐川さんは、自分に与えられている『創造力』の大きさを改めて知りました。まさか人間や他の生き物まで創り出せる、とまでは考えていなかったからです。でも、自分が思い描く通りのモノが、次々に創り出せる……創り出した『人間』も全て、佐川さんが考える通り、願う通りに動き、語る『世界』……佐川さんはその『力』を楽しみました」

 光る板に映し出された動く絵は、やがて佐川が「支配者」として暴虐の限りを尽くし出す姿を伝え始める。「人間たち」に対する、そのあまりにも酷い、肉体的・性的な暴虐行為の姿にレイラは顔を背けた。

「……『絵』はお上手ですけど……酷い内容ですわね……」

「ゴメンなさい……でも、これが真実だったんです……」

 申し訳なさそうに美咲は語り、さらに続ける。

「佐川さんは、記憶に残る地球の姿から想像し、『人間』も創り出しました。でも、その『人間』が『動く』のは、佐川さんの前だけです。佐川さんの視界から……想像から離れた『人間』は、動くことがありません。彼の意思で動くだけの『張りぼて』だったんです」

 光る板に映し出された人々……恐怖や苦痛や快楽の表情を見せる「人間たち」は、しかし、佐川が通り過ぎると表情も全て消え、動きを止め、人形のようになる。

「その事を知らなかった佐川さんは初め、自分の創った『世界』に満足していました。創り出した『人間』を使い、思い描く通りの欲望を満たしていったのです。でも、1つの欲が満たされれば、また別の欲を求める……創り出した張りぼての人間を想像通り動かし従わせても、彼はそれを楽しめなくなり……破壊と蹂躙による支配を楽しむようになったのです。でも……それさえも、彼の欲望を満たす『楽しみ』では無くなっていきました」

 佐川に創られた「地球」は崩れ去った。粘土遊びに飽きた子どもが、全ての造形物を潰すように、佐川は一瞬で自分が創った「世界」を潰してしまった。だが、佐川は新たな「星」と「世界」を創りだす。その度に、佐川の「想像」に従った繁栄と破壊がその「世界」に繰り返されていく。
 光る板に現れる動く絵を、レイラたち3人は絶望的な表情で眺めていた。

「ある時、佐川さんは『別れた奥さんと子ども』の居る世界を創りました……」

「……『別れた』?」

 スレヤーが即座に尋ねる。光る板の絵の雰囲気が変わり、食卓に座る佐川と女性、そして男児の姿が映された。美咲はそれに応じて話を続ける。

「はい……佐川さんはバスの運転手になる前に、別のお仕事をされてました。奥さんと男のお子さんが1人いたそうです。……でも、佐川さんからのDV……暴力や暴言に耐えられず、奥さんは子どもさんを連れて逃げ出したそうです」

 光る板に映る絵は、しかし、平和で楽しそうな雰囲気に見える。レイラたちは美咲の語る内容とのギャップに首を傾げた。

「……何度も……何度も……欲望の限りに『世界』を創り、満たされない欲望に怒り破壊を繰り返す中で、佐川さんの心はボロボロに むしばまれたのでしょう。その心を癒す存在として『想像』したのが『家族』だったんです。……でも、この『世界』も長くは続きませんでした」

 美咲の言う通り、佐川の「想像」から「創造」された世界で穏やかでニコやかな日々を過ごしていた「佐川親子」の顔から、笑みが消えていく。佐川の罵声と暴力、女性と子どもの泣き叫ぶ声が、何度も繰り返される。

「佐川さんは……『この世界』も壊しました。そして……とうとう……」

 美咲は視線を「黒水晶の少女」柴田加奈に向け、哀し気に表情を歪めた。


―――・―――・―――・―――


「また消えた……」

 光る子どもは、残念そうに佐川を見つめる。

「どうしてキミの『輝き』はすぐに消えてしまうんだろう? キミが創るモノは何一つ『光』を持っていないし……」

「……るせぇ……」

 佐川は狂気染みた目で、光る子どもを睨む。

「何を想像しても良いし、何だって創造出来るのに、どうしてなんだい?」

「うるせぇッつってんだろが!」

 光る子どもに向け、佐川はありったけの「想像」を込めて攻撃する。しかし、当然の事ながら、それには何の効果も生じなかった。

「……ダメだ……もう……終わりにしてくれ……頼む……」

 佐川は絶望的な無力さを感じ、崩れるように倒れ込むと、光る子どもに呟いた。

「俺には……無理だ……何も楽しくなんか無い……」

 光る子どもが自分の要求を聞くはずは無い、と分かっている。しかし、佐川はそれでも「終わり」を願った。光る子どもが沈黙を通す中、佐川は自分の言葉を脳裏で繰り返す。

 俺には無理だ……「楽しいこと」なんか……想像も出来ない……

 今までの「時」を思い返す。世界を創り出し、そこに創りだしたモノを思いのままに動かし、様々な欲を充たして来たはずなのに……そこに「光」は創れなかった……楽しくなかった……俺が「楽し」めば、少なくとも俺は「輝く」……

「……『光』が……足りない……」

「ん?」

 ボソリと呟いた佐川の声を、光る子どもがニヤリと笑いながら拾う。佐川の目が いびつな輝きを帯びる。

「そうだ……そうだよ! なぁ!」

 身を起こした佐川は、光る子どもに顔を向けた。

「どうした?」

「バスだ……あのバス! ガキどもを乗せてた俺のバス! あん中に居た奴、誰でも良いから連れて来い!『本物の人間』を!」

 どんな形であれ、佐川が「輝き」を取り戻したことに光る子どもはニンマリと笑みを浮かべる。

「良いよ。じゃあ、一つ出して上げる」

 光る子どもはそう言うと、大きく口を開いた。転がり出た人影を残し、光る子どもの姿が消える。佐川は視線を足元に転がる「人間」に向けた。ブレザー制服を着た女生徒が、小さく唸りながらゆっくり身を起こす。佐川は久し振りに見る「中身の詰まった人間」に、何とも言えない興奮を覚えていた。

「おい……大丈夫か? お嬢ちゃん」

 佐川は生唾を飲み込み、出来る限り落ち着いた優しい声で語りかける。

「えっ……あの……ここは……」

 赤縁の丸眼鏡をかけた童顔な少女……柴田加奈は、自分の状況が分からず辺りを不安そうに見回した。「想像」も「創造」もしなくても、勝手に動く存在……佐川の興奮が高まって来る。

「おじさんのこと、分かるか?」

「え? あの……運転手……さん……ですよね……」

「ああ、そうだよ……」

 加奈の声、視線、その動きに、佐川は抑えようの無い興奮と喜びを覚える。 
 「時」の無い空間とは言え、創り出して来た世界の「これまでの時間」を全て足せば、数万年は優に超えているだろう。その間、自分が創り出した「中身の無い人間」か、あの光る子どもの「声」しか聞いてこなかった。それが今……目の前に「中身の詰まった人間」がいる!

「あの……さっきの事故……バスは? みんなは?」

 おどおどした表情で困惑しながら尋ねる少女の言葉の意味が、佐川には一瞬分からずキョトンとする。

 さっき? そうか……アイツの腹ん中のバスは、時間が止まってるってことか?

「ああ……あれな……」

 佐川からの説明を聞こうと、加奈は視線を真っ直ぐに向けた。

「おじさんもワケが分からないんだけどさ……とりあえずは自己紹介だ。佐川良一、南部観光の運転者だった。よろしくな」

 右手を差し出し笑顔を向ける。しかし、少女はかえって怯えた様子で手を後ろに回し、探るような目つきで佐川を見た。「想像」と違う反応への苛立ちが、佐川の胸に頭を持ち上げる。

「自己紹介だよ……名前くらいちゃんと教えなッ!」

「し、柴田……加奈……です……」

 語気を荒げた佐川の怒声に、加奈は身をすくめ、震える声で氏名を述べた。

「シバタ……カナ……ちゃんね。よろしくな」

 佐川は表情を緩め、右手をさらに差し出す。加奈は、その握手に応えなければならないと直感し、背後に回していた手を恐る恐る差し出した。

 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「黒水晶の少女」に目を向けていたスレヤーは、同じように視線を向けていたレイラに気付く。レイラもスレヤーの視線に気付き、2人は目を合わせた。

「……サガワって野郎の目的は……何だったんだよ、ミサキさん」

 視線を美咲に向けながらスレヤーは問いかける。だがその言葉には、何も分からない疑問というよりも、嫌悪と怒りを込めた「答え合わせ」を望む思いが込められている。レイラも硬い表情で美咲に目を向けた。

「サガワさんが支配しておられる世界で……彼女の身に、何が起こったのかしら?」

「佐川さんは……」

 美咲は目を閉じ、怒りと悲しみの入り混じった表情で天を仰ぐ。その両目から、涙が頬を伝い落ちると、意を決したように正面へ顔を向け直した。

「佐川さんは……光る子どもが要求する『世界』を、加奈さんに創るように強要しました。『元の世界に戻るために必要だ』とか『これは特別な使命だ』とか『みんなの命がかかっている』とか……言葉巧みに理由をつけ、加奈さんに『輝く星々』を創り出す責任を負わせたんです」

「そんな……出来るワケが無い!」

 これまで「見聞き」して来た内容を踏まえ、ミッツバンが驚いた声を上げる。美咲は小さく首を横に振る。

「佐川さんも『輝く星々』を、本気で自分の代わりに創らせるつもりはありません。ただ、光る子どもの言葉から考えたんです。自分が何を『楽しい』と感じるのか……自分が『楽しんでいれば』、自分の中の光が『輝く』というならば、自分が『楽しい』と感じることをやればいい、と」

「……ゲス野郎が『楽しい』って感じてたのは……さっき観た、反吐の出るような腐った行為なんだろ?」

 スレヤーが嫌悪感丸出しで、吐き捨てるように尋ねる。その肩に、レイラが手を載せ落ち着くように促した。

「『行為』そのものというより……サガワさんって方が『楽しい』と感じていたのは、何かを思い通りに支配することが出来た時……食欲や睡眠欲、性欲や破壊欲を、自分の思いのままに充たした時に『輝いて』いましたわね」

「はい……」

 美咲は表情が崩れるのを抑えようともせず、涙を流しながら応えた。

「光る子どもからの無理難題に苦しんだ佐川さんは……その苦しみを……自分の支配の中で、他の誰かに負わせ苦しめる『楽しみ』を思いついたんです。加奈さんは、佐川さんの支配欲を充たし『楽しませる』ための道具として扱われ……捕われ続けていました」
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