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第5章 王都騒乱 編

第 299 話 探索隊解散?!

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「……そうでしたか。頑張りましたね、アツキくん」

 エルグレドはベッドの横に立つ篤樹に、笑顔でうなずく。

 王都中央軍部基地内に臨時で設けられた「王政府」のためのフロア―――その1室に探索隊メンバーは集まっていた。

「それにしても驚きましたわ。エルが本当に 不死者イモータリティーだってこと、この目で観察出来るとは思っていませんでしたから」

 レイラが来客用の椅子に腰かけたまま、極上の笑顔で声をかける。

「私も見たかったなぁ! エルが『集まって』再生するところ!」

「エシャーも物好きねぇ。『あんなの』を見せられたいだなんて」

 ベッドの ふちに腰かけるエシャーに、レイラが楽しそうに応じた。その会話に、エルグレドは苦笑いを浮かべながら口を開く。

「あんなのって……私だって自分の意図しないところで再生しているのですから……」

「いやぁ、それにしても、さすがレイラさんのおじい様ですねぇ! 機転の利かせ方が凄いですよ! 俺も見たかったすよ。ヴェディスの悔しそうな顔!」

 ベッドをはさんで反対側に立つスレヤーはそう言うと、向かいの篤樹に視線を向けた。篤樹は曖昧な笑顔でうなずき応じる。

 あの時……6日前の夜、オスリムとウラージ、ヴェディスの3人が具体的に何を語り合ったのかは「国家機密」とされた。しかし結果として、ヴェディスは悔しさと屈辱と不安に満ちた表情で、対してオスリムとウラージは心底楽しそうな笑みを浮かべて一同のもとに戻って来た。その時すでに、魔法院評議会の実権は失われていた。

「……そういやコートラスのおっさんが、ヴェディスの『秘密』をつかんでるって、自慢気に言ってましたもんねぇ。効果テキメンの情報だったって事っすね……」

 スレヤーの言葉に、一同は静まり返った。特にエシャーは下唇を噛みしめてうつむく。その様子に気付いたレイラは椅子から立ち上がると、エシャーのそばへ歩み寄り、その肩に優しく手を乗せた。

「多くの方が亡くなられましたわ……」

 語りかけられた言葉に、エシャーは無言のままでうなずく。

「そうですね……」

 エルグレドが口を開く。

「先ほど、ゼブルン王とミラ王妃が来られた時にもうかがいました。正式な人数はまだ出ていませんが、長城壁内外で少なくとも4万人以上の犠牲者が出ているそうです。東部のユーラ川沿いの高台に整備された共同墓地だけでは、すでに不足していると言われてました」

 多くの命が、わずか数時間の内に失われたという事実は、到底容易に受け入れられるものではない。エルグレドは篤樹とエシャーが受けたショックが気がかりだった。

 「私たち」が彼らを守らなければ……

 思いを合わせるように、レイラとスレヤーの視線がエルグレドに向けられる。

「とにかく……」

 エルグレドは声のトーンを上げ、意識的に口元を緩めて語り始めた。

「オスリムさんが、ヴェディス会長にどんな情報で脅しをかけたのかは分かりませんし、ウラージさんがどんな恫喝を加えたのかは不明ですが……こうして、ゼブルン新王とミラ新王妃の即位が、権力間の争いも無く早々に決まったのは、魔法院評議会の正式な承認有ってのことです」

 多くの死者を いたみ、顔を伏せていた篤樹とエシャーの視線が上がり、自分に向いたのを確認するとエルグレドはさらに続ける。

「それに、レイラさんとウラージさんの悪知恵のおかげで、私も無事に『発見』していただけましたしね」

「あら?」

 水を向けられたレイラが、絶妙に話を引き取った。

「どこかの誰かさんと違って、エルフに『悪い知恵』なんてございませんことよ。私はただ、あなたの復活劇については『誰にも見せないほうが良いかも』と おさにお伝えしただけですわ。エルフ族による『単独調査』のために王政府島を封鎖するよう命じたのは、長の正しい判断ですことよ」

 レイラもいつものように微笑を浮かべ説明する。

 王政府機関が置かれていた湖水島は、壊滅的な損壊を被っていた。「エルフ族協議会」は今回のガザル復活による一連の騒動は、人間種の愚行により引き起こされたものだと断罪し、先ず、自分たちエルフ族が納得いくまで島の調査を行うと宣言した。

 この宣言を拒めるだけの「国力と統制力」が、すでに失われている事を理解していたヴェディスとビデルは、ただ追認する他無かった。

 もちろんそれは、数日で「再生」するであろうエルグレドを、人間たちの目に触れさせないためのウラージの策略だ。

 軍部兵を使って島内の死傷者達を運び出させた後、島内に残っていたのはレイラを含むエルフ族協議会の面々だけとなった。しかし、そのメンバーとして、なぜかウラージたちが毛嫌いしていたはずのルロエも残されていた。

「それで……」

 エルグレドは口調を改め、篤樹に視線を向ける。

「ミスラさんのお話ですが……」

 湖水島北岸での「会見」について、エルグレドは確認するように尋ねた。

「あ、はい。一応、亮たちの件は誤魔化しました。たぶん、ウラージさんにはバレてたんでしょうけど、何も言われなかったので……。とにかく、黒魔龍とガザルは、間違いなくユフ大陸の禁制地『魔点』に向かったはずだから、そこでヤツラを封じるためにエグデン王国も協力をしろ、と」

「追撃隊を組むってこってすね?」

 スレヤーが自分なりに納得して口を挟む。

「聞けば やっこさん、相当なダメージを受けて逃げてったそうですからねぇ。『魔点』とやらで回復して力を蓄え直そうって魂胆なんでしょ? そりゃ、一刻も早く追撃を……」

「あ、いや……」

 スレヤーの話を、篤樹が申し訳なさそうに断ち切る。

「あ? 何だよアッキー」

「その……確かに追撃隊の要請も有ったんですけど、それだけじゃ無くって……黒魔龍の『本体』を見つけ出し……完全に倒して欲しいって……」

 篤樹は言葉を選ぶように、慎重に語った。

「なんだよ、んなもん。簡単じゃ無ぇか! こっちは本体の居場所なんざ……」

 スレヤーはそこまで語ると「ハッ」と口を閉ざし、レイラに目線を向けた。グラディー抑留地の地底深くで、柴田加奈が黒水晶の中に封じられている事は「大人3人」だけの共有情報となっている。スレヤーを見つめるレイラの視線は、氷の刃のように冷徹で鋭かった。

「えっ? スレヤーさん? 本体の居場所って……」

 事情を知らない篤樹は即座に聞き返す。スレヤーは目を泳がせながら必死に誤魔化しの言葉を探した。

「あ? そりゃ……なんだ。俺たちが本気になって調べりゃ……すぐにでも分かるさ! そうすりゃチャチャっとぶっ倒して……」

「……アッキーの……ドウキュウセイなんだよね?」

 エシャーがポツリと口を開いた。スレヤーは「あっ」と口を開いたまま言葉を切った。エルグレドがそれを受けて言葉をつなぐ。

「『シバタ・カナ』さん……でしたっけ? 黒魔龍本体のお名前は」

「は……い……多分……今までの情報から考えると……間違いないんじゃ無いかと……」

 柴田加奈の姿が篤樹の脳裏に浮かんだ。「まだ2ヶ月」も付き合いが無かった3年2組への転入生―――そんな彼女を「倒せ」という要請に、篤樹はどう対応すべきなのか迷っていた。それはすなわち……柴田加奈を「殺せ」という事なのだから……

「ガザルを倒すのなら早い方が確かに良いわ」

 レイラが口を開く。

「アイツは今、完全に法力枯渇状態よ。元の器が大きい分だけ、回復にはまだ時間がかかるはず……少なくとも完全に回復するために2ヶ月は必要と思いますわ」

「2ヶ月の猶予ってワケですかい……」

 スレヤーの相槌に、レイラは微笑みを浮かべ首を横に振る。

「2ヶ月も時間を差し上げたら、アイツは100%回復しますわよ。そうなれば、恐らく今回以上の力を持った状態での戦いとなるはず……早ければ早いだけ、倒せる確率は上がりますわ。でも、アイツと共に居るであろう黒魔龍は『思念体』……つまり、何度でも再生し、襲いかかって来る厄介な相手……」

「ミスラさんは……」

 篤樹が、ミスラの話を思い出すように言葉を発する。

「元々、ミスラさんたちはガザルよりも、黒魔龍を封じること……倒す事を目的に、こちらへ渡って来てたんです。彼女たちからすれば、ガザルは『ついでに復活した厄介者』で、黒魔龍こそが『世界に終わりをもたらす者』だと考えてるみたいで……」

「じゃあ、どっちにするの?」

 唐突にエシャーが質問の声を上げた。

「え?」

 思わず篤樹の口から声が洩れると、エシャーの横に座っていたレイラが立ち上がりエルグレドに顔を向ける。

「ということですわよ、隊長さん。この状況の中、私たちはどのように動くおつもりかしら?」

 エルグレドは口の端に笑みを浮かべたまま、目を閉じて首を横に振り、呆れたようにレイラを見つめ応えた。

「この部屋に『盗聴魔法』でも仕掛けられてるんですか、貴女は? まったく……」

「え? レイラさんが? ホントですかい?!」

 即座にスレヤーが驚きの声を上げるが、エルグレドは視線をレイラに向けたまま言葉を続けた。

「そのくらい、情報収集能力が高い方だという事ですよ。さて……そうですね……」

 エルグレドはベッドサイドに置いていた自分の懐中時計を手に持ち、視線を文字盤に移す。

「あれ? それはガザルに壊されなかったの?」

 その様子に気付いたエシャーが話の腰を折るが、エルグレドは優しく微笑みながらその質問へ答えた。

「ミッシェルさんにとっても、弟さんとの思い出が詰まった大切な時計ですからね。私でも破壊出来ないくらい強力な防御魔法に包まれてるんですよ……レイラさんが回収して下さってたので、こうしてまた『旅』を共に出来ます」

 エシャーとレイラに向け、エルグレドは軽くウインクする。

「そう……だ……」

 エルグレドの言葉に、篤樹がハッと思い出したように声を洩らした。スレヤーが後に続く。

「『旅』の途中……ですよね? 俺たちは、まだ……」

「そういう事です」

 スレヤーの言葉に、エルグレドは続ける。

「私たちはあくまでも『エルフの守りの盾探索隊』として組織されたチームです。このチームの使命は、ガザルや黒魔龍を倒す事ではなく、ルエルフ村の長の家に残されているであろう『盾』を探し出し、エルフ族協議会へ返還すること……それによってルロエさんを名実共に無罪放免とすることです」

 エルグレドの言葉に、全員の視線がエシャーに向いた。エシャーはゆっくりとうなずき、感謝の思いを皆に伝える。エルグレドは優しく笑みを返すと、話を続けた。

「ただ、探索隊結成当時と大きく状況が変わってしまいました。正直……私としてもこの先、どう動けば良いのかと、意識が戻って以来考えていました」

「王様からのお話が有ったんでしょ?」

 言葉を選ぶエルグレドの間に、レイラが口をはさむ。エルグレドは溜息をつくと肩をすくめた。

「貴女から説明しますか? レイラさん」

「言ったでしょ? 私は隊長さんの判断にお委ねしてますのよ」

「えっ、な……なんすか? 2人とも……」

 エルグレドとレイラが、何かの共通認識を持っていることに気付いたスレヤーが、2人の顔を見比べながら問いかけた。エルグレドは軽くうなずきながら、意を決した表情で応える。

「我々『エルフの守りの盾探索隊』は、3週間後に解散します」
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