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第5章 王都騒乱 編

第 297 話 ゼブルン新王の初仕事

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 湖水島北岸に立つ15の人影―――「エルフの守りの盾探索隊」関係者である篤樹、レイラ、ルロエ、「エルフ族協議会」のウラージ、カミーラ、ミシュラ、カシュラ、「革命勢力」のオスリム、バスリム、ベイラーと2名の同志、「王政府」のヴェディス、ビデル、そしてピュートと「ユフの民」の女ミスラの15名は、対岸の「王家の森」から渡って来る「エグデン国王」を待っていた。

「おい、情報屋……」

 ウラージがオスリムに声をかける。

「渡って来るのは『バカ王』か? それとも『新しい王』か? どっちだ?」

「えっ……」

 ウラージの問い掛けに反応したのは、問われたオスリムでは無くビデルだった。

「ど、どういうことですかな? ウラージ長老大使。『新しい王』などと……」

「ゼブルン王子へ王位が 禅譲ぜんじょうされることとなったのだよ、ビデル大臣」

 誰に促されるでも無く、ヴェディスが苦々しそうな口調でその問いに答える。

「ゼ……ゼブルン王子ですと?! いや……しかし王子は土龍の群れに……」

「実行部隊が失敗したんだろ?」

 ビデルの言葉をピュートが断ち切った。

「何の話か知らんが……」

 ヴェディスはピュートの言葉に舌打ちを入れ、さらに顔を歪めて言葉をつなぐ。

「土龍の群れに襲われていたゼブルン王子を、この情……オスリム氏たちが『偶然』助け出されたそうだ。また、王子を介抱する一方で、メルサ正王妃らによる『国家転覆計画』を知り、『ルメロフ王の命とこの国を守るため』秘密裏に動いていた……ということだ」

 ウラージとオスリムは、ヴェディスの「セリフ」をニヤニヤ見つめている。内情を知っているバスリムとレイラも笑いを噛み殺しているが、篤樹は「弱みを握られている」ヴェディスが、悔しそうに語る表情を見ると可哀想に思えていた。

「……折り悪くサーガの大群行が再発し、ガザルが現れ、あの『グラディーの怨龍』までもが王都を襲う中、混乱に乗じてメルサ正王妃一派による『国家転覆計画』までもが実行されようとしていた……その計画を、ゼブルン王子と彼らが阻止されたのだよ」

 ビデルに顔を向けながら、ヴェディスはオスリムから「教えられた通りのセリフ」を語り続ける。

「……ヴェディス会長?」

 ヴェディスの様子が普通では無いと察したビデルは、心配そうに呼びかける。しかしヴェディスは、むしろその呼びかけで意を決したように声に力を込めた。

「このエグデン王国1000年の歴史が、危うく終末を迎えようとしていたのだ! だが、幸いにも災厄は過ぎ去った! これから我々は王都と国全体の復興に尽力せねばならぬ! しかし、ルメロフ王は御自身がその旗印として立たれることを辞退された! 以降、此度の内乱阻止の立役者でもあるゼブルン王子に王位を譲りたいとのこと。よって、我らユーゴ魔法院評議会もその旨を了承するものである!」

 個人の会話としてではなく、まるで公前での宣言のようにヴェディスは声高らかに言い放つと、「これで満足か?」とでも言うようにウラージとオスリムに視線を向ける。

 その姿にビデルも「何かあった事」と、この場の実権者はユーゴ魔法院評議会ではなく、エルフ族協議会長ウラージと「ゼブルン新王の使者」オスリムにあると理解した。不審と驚きの表情は消え、微笑を浮かべてうなずく。

「なるほど……。確かにゼブルン王子……ではなく『ゼブルン新王』におかれましては幼少の頃より優れた才覚をお持ちで、人望も厚いお方でしたからな。なぜ、あのように優れた方を、初めから王として選ばなかったのか、評議会の選定には私も疑問を感じておりましたが……」

「な……」

 ビデルのあからさまな「反意」にヴェディスは声を詰まらせ、目を見開いた。しかしビデルは構わず笑顔のまま続ける。

「文化法歴省大臣として、私もヴェディス会長の御意見に心より賛同いたします。もちろん、ゼブルン新国王の下、エルフ族協議会からも変わらずに御協力をいただける……ということですかな?」

「ふん……あさましき人間種の笑みだな……」

 ウラージはビデルの笑顔を一瞥すると視線を移し、対岸から渡り始めた小舟に向けた。代わりにオスリムが問い掛けを引き取る。

「ウラージ長老大使からの助言も賜りつつ、この『荒れ果てた国』を建て直すことをゼブルン新王は願っております。そのためにもユーゴ魔法院評議会、及び、王政府の諸大臣におかれましても、新王の もとに一致団結して事に当たっていただきたく願っております」

「オスリム殿……」

 笑みを崩さずに尋ねるビデルに、オスリムも笑顔を返しひとこと付け加える。

「ビデル大臣にも引き続き、文化法歴省大臣として御尽力いただくことになるかと存じますが、何とぞ、重責の務めをお引き受けいただきたい」

 オスリムから「大臣職継続のお墨付き」を受けたビデルは、安心したようにうなずくと、改めて礼の姿勢を示す。

「欠け多き者では御座いますが、全身全霊をもって務めさせていただきます」

「ふん……」

 ウラージはビデルの「保身の小芝居」を鼻で笑う。

「おい、チガセ! その女、逃がすなよ」

 湖面を見つめて背を向けたまま、ウラージは篤樹に指示を出した。

 逃がすなって……

 言われた篤樹はミスラに目を向ける。

『エルフのジジイは何だって?』

 雰囲気を察したミスラが怪訝そうに篤樹に尋ねた。

「あの……『女を逃がすなよ』と……」

『はん! テメェがどっかに行きやがれクソジジイ!』

 言葉が通じないのを良い事に……言いたい放題だな、このひと……

 篤樹はミスラに苦く笑みを向ける。当のミスラは篤樹が「味方」だと感じ取っているようで満面の笑みを返す。

「ほう……」

 湖岸に着いた小舟に視線を向けたまま、ウラージが小さく呟いた。

「確かに『バカ王』とは面構えからして違うな……」

 小舟を漕いで来た「同志達」に支えられ、ゼブルンは舟上に立ち船首へ移動する。湖岸に立ち並ぶ面々を確認するとゼブルンは飛び降り、すぐウラージの前に歩み寄って片膝をついて頭を下げた。

「第36代共和制エグデン王国国王、ゼブルン・ラウル・イグナです。このような形での御挨拶となりましたこと、どうぞ御容赦下さい。ドュエテ・ド・ウラージ・シャルドレッド長老大使」

「なるほどな……」

 ゼブルンの挨拶に、ウラージは口端を上げ軽く笑みを浮かべる。

「馬鹿共とは大違いのようだな……だが、王たる者が軽々しく頭を垂れるな! 立て、ゼブルン王よ」

 ウラージの「叱責」の声に篤樹は肩をすくめた。そんな篤樹に、そばに立っていたバスリムが小声で耳打ちをする。

「エルフの長老が、正式に『王たる者』と認めてくれたよ。これで禅譲は揺ぎ無いものになった。さ、ここからは君の出番だからね」

 えっ……僕の?

 篤樹は驚きの表情をバスリムに向ける。バスリムは軽く片目を閉じて微笑みで応えた。

「正式な即位前とはいえ、王を呼び立てたのは他でもない。あの女が王との謁見を望んでるものでな……」

 立ち上がるゼブルンに向かい、ウラージが声をかけつつ振り返り、篤樹とミスラに顔を向けた。

「ユフの民の女だ。今回の黒魔龍襲撃に関する情報を持っておるらしいが……あちらの人間種の言葉は全く分からん! そこで、隣に立つ『チガセ』の小僧に訳させるために連れて来たのだが、どうやらそいつは『エグデンの王』に話があるとのことでな」

「ユフの民……」

 ウラージからの紹介を聞き、ゼブルンは改めて篤樹とミスラに視線を向け直す。

「君が……エルグレドの言っていた『チガセ』……カガワアツキくんかい?」

「あっ、はい! 賀川……篤樹です」

 ゼブルンから「王の威厳」を感じ取った篤樹は、ついやってしまいそうになった「名字だけの慣れた自己紹介」を、途中からフルネームでの自己紹介に切り替えた。

「チガセとは後でゆっくり話せ。その女の話を先ずは聞き出してもらおうか? 王としての初仕事だ」

 ウラージの「強い要望」に応えるように、ゼブルンは笑顔で篤樹とミスラのそばへ進み出す。

「さあ、それではお話をお伺いしましょう、ユフからの使者よ」
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