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第4章 陰謀渦巻く王都 編
第 213 話 試合開始
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「どうだよ? 気分は?」
篤樹が階段の踊り場を曲がると、1階の廊下に立つスレヤーが声をかけてきた。
「はい……。何だか……変な気分です。楽しくは無いですけど……嫌な気分でも無いし……今から人生初の『剣術試合』ってのが、まだ信じられないっていうか……」
「それが自然体ってヤツさ」
階段を下り立った篤樹と並び歩き出し、スレヤーが話を続ける。
「お前ぇの持ってる力を『一つも無駄にしないため』には、自然体で臨むのが一番……変に意気込んだり緊張したり考え込んだりしてちゃ、数少無ぇ活路を見落としちまうからな。相手を侮っちゃなんねぇけど、余裕をもって良く見て動けよ」
「数……少ないんですか? 僕の活路は……」
苦笑いを浮かべ篤樹が問う。
「当然だろ? アッキーはリクジョウブって訓練しかやってきてねぇんだからよ。剣術は、基本をたったの三日……そんなんで勝ち手を百も二百も持てりゃ全員が特1士級の剣術士になれるぜ!」
スレヤーは笑いながらそう言って続ける。
「でもよ……今日の試合は3本勝負。……勝ち手は2つもありゃ充分ってこった! その活路を見逃さなきゃ……お前ぇなら大丈夫さ」
篤樹はスレヤーの言葉に小さく頷いた。
僅かな機会しか無い……それが今の自分の実力……。だけどその僅かな機会をキチンと見つけられれば……
「おおっと……すげぇなぁ……。皆さまお集りじゃねぇか……」
窪地の闘剣場周りには、王城や王宮で働く人々が百人以上集まっている。王宮側には王族用の観覧席が設けられ、すでに王妃たちは侍女や衛兵を従え着座していた。ミラの傍にはアイリとチロル、そしてフロカともう一人の女性兵士が付いている。
「アッキー……良いか? 相手だけじゃなく、雰囲気にも飲まれちゃダメだぜ……」
正面を見据えたままスレヤーが語りかけるが、篤樹からの返答が無い。
「おい……おい! アッキー!」
「えっ! あ……はい?」
篤樹は闘剣場の雰囲気に完全に飲まれていた。スレヤーが何かを話しているのは分かったが、その内容は全く頭に入っていない。スレヤーは足を止め、篤樹の両肩を掴み自分の顔へ向けさせる。
「さっそく雰囲気に飲まれてんじゃねぇよ! いいか? 周りの連中はいないモンと思え! お前の相手はお前の目の前の兵士……タリッシュってぇ奴だけだ! いいか? 奴から目を離すな! 奴の音だけを聞け! 分かったか?」
「あ……えっと……はい! 対戦相手だけを……。頑張ります……」
スレヤーの言葉を頭では理解できた。何だか……去年の秋季大会の地区決勝を思い出す。……会場の雰囲気に飲まれ……他の選手にビビッてた時のことを……
篤樹は肩に置かれたスレヤーの手を離れ、静かに大きく深呼吸を3回繰り返す。3回目の深呼吸を終えた時、篤樹の表情が変わる。
「すみません……なんか凄い雰囲気になってるから、つい驚いちゃいました……大丈夫です!」
ほう……。キッチリ調整出来るじゃねぇか……
スレヤーは篤樹の表情の変化を驚いたように見つめ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「よし! 大丈夫そうだな? んじゃ、行くか……」
2人は再び闘剣場に向かい歩み出す。周りの見物者たちが品定めのように見る視線も、談笑や冷やかしをかける声も、応援する声さえも篤樹は気にならなくなっていた。
王族観覧席前の草地には、すでにジンとタリッシュも控えている。篤樹はミラの視線に応え、その横に控えているアイリとチロルに笑顔を向けた。
フロカさんは……なんで視線を合わせてくれないんだ? ま……いっか……
「揃ったな。じゃあ準備を済まそうか?」
ジンがスレヤーに語りかける。
「よっしゃ……アッキー! こっちに来な……」
スレヤーは篤樹を促し、 幾揃いかの鎧立てが置かれている場所に立たせた。
「えっと……これ着るんですか? 僕も?」
「当たり前ぇだろ? 使うのは模擬剣とはいえ、使い手によっちゃ充分に相手を殺せる 得物だからな……よし……これかな?」
鎧立てから見繕った防具を手に取り、スレヤーは篤樹に装着を促す。差し出されるままに篤樹は装備を始める。
「あの……スレヤーさん?これって……」
渡された胴胸当ての着け方が分からない篤樹は、困惑顔をスレヤーに向けた。スレヤーは苦笑いを浮かべる。
「だったなぁ……。すまねぇ。こっから頭を通して……んで両手を上げな。そのまんま……よっ……と……どうだ? きつくねぇか?」
篤樹が身体に当てたそれぞれの装具の固定紐を結びながら、スレヤーが尋ねる。
「はい……あ……こっちはちょっと痛いです。……これ緩くないですか?」
初めての完全武装のため、篤樹もどんな感覚が「ちょうど良い」のか分からない。そんな様子をタリッシュはニヤニヤと眺めている。
「まるで赤ん坊のお着換えだな……」
聞こえよがしに小馬鹿にする声が聞こえ、篤樹は耳まで赤くなるのを感じるくらい恥ずかしくなった。そんな篤樹の様子に気付いたスレヤーは、耳元に口を寄せ小声で語りかける。
「ちょうど良いじゃねぇか……ヤツのは余裕じゃなくて『侮り』だ。……相手に隙が出来れば、活路は増えるぜ? 今はしっかり侮らせておくのも作戦ってこった……」
そう言うと、篤樹の手に兜を持たせた。
「兜は『王への礼』が終わってから自分で 被れよ。剣は闘剣場に降りてから渡すことになってる。時間制限は無し……相手を3分以上の戦闘不能に陥れるような攻撃で1本だ。1本かどうかは『それぞれの立会人』が宣言すっからよ。先に2本取るか……相手をマジで戦闘不能にしちまえば勝ち……反則なんて健全なルールは無い。模擬剣で戦う実戦ってこった。単純だろ?」
スレヤーの説明を頷きながら聞き終わると、篤樹は目を閉じもう一度深呼吸をする。
「……難しく考えません……スレヤーさんと練習した剣術を思い出しながら……自分で出来るだけのことをやってみます!」
「それで良いさ!……お? 王様の登場だぜ……」
王宮の扉が開き、周囲を護衛兵に囲まれたルメロフが観覧席まで進んでくるのが見えた。篤樹とスレヤー、そしてジンとタリッシュは、王族観覧席の正面に戻り両膝を地面につけ、両手を胸に交差し頭を垂れる。
「ルメロフ王が着座なされる。頭を上げよ!」
衛兵の宣言を受け、篤樹は顔を上げた。正面には、あのいかにも「馬鹿っぽい顔」でヘラヘラ笑っているルメロフと……その横には……
え?! なんで……どうしてエルグレドさんが王様の横に?
その視線に気づいたエルグレドは、顔に手を軽く触れるような仕草で人差し指を唇に当て、篤樹へ自戒を促す。篤樹はそっと隣のスレヤーに目を向けたが、こちらも苦笑を浮かべている。
「あー……今からぁ、剣術の試合があると言われたので観に来た。誰と誰が戦うのかな?」
ルメロフは相変わらず呑気な声で、場違いな発言を始めた。即座に正王妃席に座っていたメルサが立ち上がる。
「一昨日朝に起こった『ルメロフ王に対する暗殺未遂容疑』、及び、付随する『王族不敬罪』に対し、カガワアツキより名誉の回復を願い出たことから、本日ここに名誉の剣術試合を取り行うこととなった! 自らの名誉と、共犯容疑者らの名誉を回復せんと切実に願う従王妃ミラの客人カガワアツキに対し、ルメロフ王は深き温情を示されたのだ!」
「そう……そうそう! そうだった! だから頑張って名誉を勝ち取りなさい……えっと……」
メルサの口上に事態を思い出したルメロフは、目の前に膝をついている4人にニコニコと笑みを向ける。
「で? カガワアツキとは誰?」
ホント……いい加減にしてよね……。馬鹿王様!
篤樹はウンザリした顔で溜息をつく。
「ここに控える剣士にございます、ルメロフ王よ」
スレヤーが隣から篤樹を紹介する。篤樹は真っ直ぐルメロフに目を向ける。
「 私にございます」
うえッ! 舌噛みそう……「わたくし」なんて……全然、俺っぽくないや!
「うん! そうか! 頑張れよ!」
ルメロフは笑顔で篤樹を労う。
「で? 対戦相手はそっちの王宮兵団の者か……ジンの部隊か?」
「はい」
ジンが笑顔で答える。
「そうか。ではそちらも頑張って!」
ジンの横で膝立ちのまま顔を向けているタリッシュに、ルメロフは笑顔を向けた。
「では両士、闘剣場にて備えよ!」
再び衛兵の声が響く。篤樹たちはルメロフへ最敬礼を示すと立ち上がり、左右に分かれ闘剣場へ向かい歩き出す。
「……なんでエルグレドさんが王様の横に座ってるんですか!」
篤樹は早速小声でスレヤーに問いかけた。スレヤーは苦笑いを浮かべたまま首を横に振る。
「知るかよ!……ったく……ウチの大将と来たら、ホントに面白ぇ人だぜ! ま、とにかくアッキーはよぉ、キッチリ活路を突っ切る事にだけ集中しな。全部良い感じに終われば、二人で大将を問い詰めようぜ!」
闘剣場の 縁に立つと、スレヤーは篤樹の肩に軽く手を載せた。
「とにかく……ビビんなよ? お前ぇの実力なら、この戦いの中に見つけた活路を突っ切れるだけの『足』があるって事を忘れんな……良いか?」
篤樹はコクリと頷くと、まるでプールに飛び込むように大きく息を吸い込み、窪地の底へストンと降り立つ。正面を見ると、ちょうどタリッシュも降り立ったところだ。タリッシュはすぐに兜を被り、顎紐を結びながらこちらを見ている。その目は明らかに篤樹を見下げ、薄ら笑いを浮かべていた。
「よぉし……前半はとにかく『受けと流し』に徹しろ。奴の剣筋と打ち込みの力を身体で覚えるんだ。慣れるまでは自分の距離を保てよ。あと、『底』の傾斜にゃ気をつけろ……」
兜の顎紐を篤樹が結ぶ間、スレヤーは最後の助言を早口で伝える。篤樹は頷きながら、ジッとタリッシュの視線を受け続けた。
すごく小馬鹿にしてるんだろうなぁ……。何とか勝ちたいなぁ……いや! 絶対に敗けられないんだ! 絶対に……勝って見せる!
スレヤーの 下に、衛兵が試合用の模擬剣を持ってきた。向こう側でもジンが模擬剣を手にしている。
「では……ただ今より、ルメロフ王御前での剣術試合を始める! 剣士……剣を備えよ!」
衛兵の号令と同時に、スレヤーは剣先を持って篤樹に模擬剣を渡す。タリッシュもジンから剣を受け取ると、軽く上半身を解す素振りを見せた。
「始めっ!」
よく通る衛兵の声が、王宮と王城の壁に反射し響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうしたの、エシャー?」
寄宿舎の談話室窓から外を眺めるエシャーに、サレマラが声をかけてきた。
「え? ううん……別に……ちょっとお城を見てただけ……」
数キロ先の湖水島に建つお城がかすんで見える。今日の昼に……アッキーが剣術試合をすると、森で出会ったオスリムが言ってた……
もう始めてるのかなぁ? 終わったのかなぁ?
「何か気になる事でもあるの? お城にいる旅仲間のこと?」
サレマラは横に並び立ち、かすみ見える城に目を向ける。
「ん……そだね。……どうしてるのかなぁって、気にはなるよ。だけど……それだけじゃなくって……」
「ん?」
途切れたエシャーの言葉に、話の続きを促すようサレマラは小首を傾げた。
「何て言うか……う~ん……何となくね、変な空気っていうか……ちょっと気持ち悪くなる雰囲気っていうか……。なんだろう……お城の島が気になるんだ……」
「え? 何? 悪い予感みたいな感じ?」
エシャーの直感的な感想に対し、サレマラは自分なりの理解を加え確認する。
「どうかな……悪い予感かぁ……。う~ん……それが近いのかも。……ただね……よく分からないんだ……何となく、あの島から『変な感じ』が漂ってる気がするってくらいで……。気にし過ぎなのかも……」
「やっぱりお化けのせいだよ……あの森には、何か恐ろしい秘密が隠されてるんだわ……」
サレマラは先日のお化け騒動が気になって仕方が無かった。何とか真実を知りたいと思っているが、エシャーはなかなか乗って来ない。今がチャンスとばかりに話題を振って来る。
「お化け……かぁ……」
お化けの正体を知っているエシャーとしては、もちろんお化け騒動への関心はとっくに無い。だが、「何か恐ろしい秘密」という言葉には引っ掛かった。
あの『湖』と『湖水島』……それに、あの『森』で何かが起ころうとしている……
そんな漠然とした気配を感じつつ、エシャーはジッと王城の姿を見つめ続けた。
篤樹が階段の踊り場を曲がると、1階の廊下に立つスレヤーが声をかけてきた。
「はい……。何だか……変な気分です。楽しくは無いですけど……嫌な気分でも無いし……今から人生初の『剣術試合』ってのが、まだ信じられないっていうか……」
「それが自然体ってヤツさ」
階段を下り立った篤樹と並び歩き出し、スレヤーが話を続ける。
「お前ぇの持ってる力を『一つも無駄にしないため』には、自然体で臨むのが一番……変に意気込んだり緊張したり考え込んだりしてちゃ、数少無ぇ活路を見落としちまうからな。相手を侮っちゃなんねぇけど、余裕をもって良く見て動けよ」
「数……少ないんですか? 僕の活路は……」
苦笑いを浮かべ篤樹が問う。
「当然だろ? アッキーはリクジョウブって訓練しかやってきてねぇんだからよ。剣術は、基本をたったの三日……そんなんで勝ち手を百も二百も持てりゃ全員が特1士級の剣術士になれるぜ!」
スレヤーは笑いながらそう言って続ける。
「でもよ……今日の試合は3本勝負。……勝ち手は2つもありゃ充分ってこった! その活路を見逃さなきゃ……お前ぇなら大丈夫さ」
篤樹はスレヤーの言葉に小さく頷いた。
僅かな機会しか無い……それが今の自分の実力……。だけどその僅かな機会をキチンと見つけられれば……
「おおっと……すげぇなぁ……。皆さまお集りじゃねぇか……」
窪地の闘剣場周りには、王城や王宮で働く人々が百人以上集まっている。王宮側には王族用の観覧席が設けられ、すでに王妃たちは侍女や衛兵を従え着座していた。ミラの傍にはアイリとチロル、そしてフロカともう一人の女性兵士が付いている。
「アッキー……良いか? 相手だけじゃなく、雰囲気にも飲まれちゃダメだぜ……」
正面を見据えたままスレヤーが語りかけるが、篤樹からの返答が無い。
「おい……おい! アッキー!」
「えっ! あ……はい?」
篤樹は闘剣場の雰囲気に完全に飲まれていた。スレヤーが何かを話しているのは分かったが、その内容は全く頭に入っていない。スレヤーは足を止め、篤樹の両肩を掴み自分の顔へ向けさせる。
「さっそく雰囲気に飲まれてんじゃねぇよ! いいか? 周りの連中はいないモンと思え! お前の相手はお前の目の前の兵士……タリッシュってぇ奴だけだ! いいか? 奴から目を離すな! 奴の音だけを聞け! 分かったか?」
「あ……えっと……はい! 対戦相手だけを……。頑張ります……」
スレヤーの言葉を頭では理解できた。何だか……去年の秋季大会の地区決勝を思い出す。……会場の雰囲気に飲まれ……他の選手にビビッてた時のことを……
篤樹は肩に置かれたスレヤーの手を離れ、静かに大きく深呼吸を3回繰り返す。3回目の深呼吸を終えた時、篤樹の表情が変わる。
「すみません……なんか凄い雰囲気になってるから、つい驚いちゃいました……大丈夫です!」
ほう……。キッチリ調整出来るじゃねぇか……
スレヤーは篤樹の表情の変化を驚いたように見つめ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「よし! 大丈夫そうだな? んじゃ、行くか……」
2人は再び闘剣場に向かい歩み出す。周りの見物者たちが品定めのように見る視線も、談笑や冷やかしをかける声も、応援する声さえも篤樹は気にならなくなっていた。
王族観覧席前の草地には、すでにジンとタリッシュも控えている。篤樹はミラの視線に応え、その横に控えているアイリとチロルに笑顔を向けた。
フロカさんは……なんで視線を合わせてくれないんだ? ま……いっか……
「揃ったな。じゃあ準備を済まそうか?」
ジンがスレヤーに語りかける。
「よっしゃ……アッキー! こっちに来な……」
スレヤーは篤樹を促し、 幾揃いかの鎧立てが置かれている場所に立たせた。
「えっと……これ着るんですか? 僕も?」
「当たり前ぇだろ? 使うのは模擬剣とはいえ、使い手によっちゃ充分に相手を殺せる 得物だからな……よし……これかな?」
鎧立てから見繕った防具を手に取り、スレヤーは篤樹に装着を促す。差し出されるままに篤樹は装備を始める。
「あの……スレヤーさん?これって……」
渡された胴胸当ての着け方が分からない篤樹は、困惑顔をスレヤーに向けた。スレヤーは苦笑いを浮かべる。
「だったなぁ……。すまねぇ。こっから頭を通して……んで両手を上げな。そのまんま……よっ……と……どうだ? きつくねぇか?」
篤樹が身体に当てたそれぞれの装具の固定紐を結びながら、スレヤーが尋ねる。
「はい……あ……こっちはちょっと痛いです。……これ緩くないですか?」
初めての完全武装のため、篤樹もどんな感覚が「ちょうど良い」のか分からない。そんな様子をタリッシュはニヤニヤと眺めている。
「まるで赤ん坊のお着換えだな……」
聞こえよがしに小馬鹿にする声が聞こえ、篤樹は耳まで赤くなるのを感じるくらい恥ずかしくなった。そんな篤樹の様子に気付いたスレヤーは、耳元に口を寄せ小声で語りかける。
「ちょうど良いじゃねぇか……ヤツのは余裕じゃなくて『侮り』だ。……相手に隙が出来れば、活路は増えるぜ? 今はしっかり侮らせておくのも作戦ってこった……」
そう言うと、篤樹の手に兜を持たせた。
「兜は『王への礼』が終わってから自分で 被れよ。剣は闘剣場に降りてから渡すことになってる。時間制限は無し……相手を3分以上の戦闘不能に陥れるような攻撃で1本だ。1本かどうかは『それぞれの立会人』が宣言すっからよ。先に2本取るか……相手をマジで戦闘不能にしちまえば勝ち……反則なんて健全なルールは無い。模擬剣で戦う実戦ってこった。単純だろ?」
スレヤーの説明を頷きながら聞き終わると、篤樹は目を閉じもう一度深呼吸をする。
「……難しく考えません……スレヤーさんと練習した剣術を思い出しながら……自分で出来るだけのことをやってみます!」
「それで良いさ!……お? 王様の登場だぜ……」
王宮の扉が開き、周囲を護衛兵に囲まれたルメロフが観覧席まで進んでくるのが見えた。篤樹とスレヤー、そしてジンとタリッシュは、王族観覧席の正面に戻り両膝を地面につけ、両手を胸に交差し頭を垂れる。
「ルメロフ王が着座なされる。頭を上げよ!」
衛兵の宣言を受け、篤樹は顔を上げた。正面には、あのいかにも「馬鹿っぽい顔」でヘラヘラ笑っているルメロフと……その横には……
え?! なんで……どうしてエルグレドさんが王様の横に?
その視線に気づいたエルグレドは、顔に手を軽く触れるような仕草で人差し指を唇に当て、篤樹へ自戒を促す。篤樹はそっと隣のスレヤーに目を向けたが、こちらも苦笑を浮かべている。
「あー……今からぁ、剣術の試合があると言われたので観に来た。誰と誰が戦うのかな?」
ルメロフは相変わらず呑気な声で、場違いな発言を始めた。即座に正王妃席に座っていたメルサが立ち上がる。
「一昨日朝に起こった『ルメロフ王に対する暗殺未遂容疑』、及び、付随する『王族不敬罪』に対し、カガワアツキより名誉の回復を願い出たことから、本日ここに名誉の剣術試合を取り行うこととなった! 自らの名誉と、共犯容疑者らの名誉を回復せんと切実に願う従王妃ミラの客人カガワアツキに対し、ルメロフ王は深き温情を示されたのだ!」
「そう……そうそう! そうだった! だから頑張って名誉を勝ち取りなさい……えっと……」
メルサの口上に事態を思い出したルメロフは、目の前に膝をついている4人にニコニコと笑みを向ける。
「で? カガワアツキとは誰?」
ホント……いい加減にしてよね……。馬鹿王様!
篤樹はウンザリした顔で溜息をつく。
「ここに控える剣士にございます、ルメロフ王よ」
スレヤーが隣から篤樹を紹介する。篤樹は真っ直ぐルメロフに目を向ける。
「 私にございます」
うえッ! 舌噛みそう……「わたくし」なんて……全然、俺っぽくないや!
「うん! そうか! 頑張れよ!」
ルメロフは笑顔で篤樹を労う。
「で? 対戦相手はそっちの王宮兵団の者か……ジンの部隊か?」
「はい」
ジンが笑顔で答える。
「そうか。ではそちらも頑張って!」
ジンの横で膝立ちのまま顔を向けているタリッシュに、ルメロフは笑顔を向けた。
「では両士、闘剣場にて備えよ!」
再び衛兵の声が響く。篤樹たちはルメロフへ最敬礼を示すと立ち上がり、左右に分かれ闘剣場へ向かい歩き出す。
「……なんでエルグレドさんが王様の横に座ってるんですか!」
篤樹は早速小声でスレヤーに問いかけた。スレヤーは苦笑いを浮かべたまま首を横に振る。
「知るかよ!……ったく……ウチの大将と来たら、ホントに面白ぇ人だぜ! ま、とにかくアッキーはよぉ、キッチリ活路を突っ切る事にだけ集中しな。全部良い感じに終われば、二人で大将を問い詰めようぜ!」
闘剣場の 縁に立つと、スレヤーは篤樹の肩に軽く手を載せた。
「とにかく……ビビんなよ? お前ぇの実力なら、この戦いの中に見つけた活路を突っ切れるだけの『足』があるって事を忘れんな……良いか?」
篤樹はコクリと頷くと、まるでプールに飛び込むように大きく息を吸い込み、窪地の底へストンと降り立つ。正面を見ると、ちょうどタリッシュも降り立ったところだ。タリッシュはすぐに兜を被り、顎紐を結びながらこちらを見ている。その目は明らかに篤樹を見下げ、薄ら笑いを浮かべていた。
「よぉし……前半はとにかく『受けと流し』に徹しろ。奴の剣筋と打ち込みの力を身体で覚えるんだ。慣れるまでは自分の距離を保てよ。あと、『底』の傾斜にゃ気をつけろ……」
兜の顎紐を篤樹が結ぶ間、スレヤーは最後の助言を早口で伝える。篤樹は頷きながら、ジッとタリッシュの視線を受け続けた。
すごく小馬鹿にしてるんだろうなぁ……。何とか勝ちたいなぁ……いや! 絶対に敗けられないんだ! 絶対に……勝って見せる!
スレヤーの 下に、衛兵が試合用の模擬剣を持ってきた。向こう側でもジンが模擬剣を手にしている。
「では……ただ今より、ルメロフ王御前での剣術試合を始める! 剣士……剣を備えよ!」
衛兵の号令と同時に、スレヤーは剣先を持って篤樹に模擬剣を渡す。タリッシュもジンから剣を受け取ると、軽く上半身を解す素振りを見せた。
「始めっ!」
よく通る衛兵の声が、王宮と王城の壁に反射し響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうしたの、エシャー?」
寄宿舎の談話室窓から外を眺めるエシャーに、サレマラが声をかけてきた。
「え? ううん……別に……ちょっとお城を見てただけ……」
数キロ先の湖水島に建つお城がかすんで見える。今日の昼に……アッキーが剣術試合をすると、森で出会ったオスリムが言ってた……
もう始めてるのかなぁ? 終わったのかなぁ?
「何か気になる事でもあるの? お城にいる旅仲間のこと?」
サレマラは横に並び立ち、かすみ見える城に目を向ける。
「ん……そだね。……どうしてるのかなぁって、気にはなるよ。だけど……それだけじゃなくって……」
「ん?」
途切れたエシャーの言葉に、話の続きを促すようサレマラは小首を傾げた。
「何て言うか……う~ん……何となくね、変な空気っていうか……ちょっと気持ち悪くなる雰囲気っていうか……。なんだろう……お城の島が気になるんだ……」
「え? 何? 悪い予感みたいな感じ?」
エシャーの直感的な感想に対し、サレマラは自分なりの理解を加え確認する。
「どうかな……悪い予感かぁ……。う~ん……それが近いのかも。……ただね……よく分からないんだ……何となく、あの島から『変な感じ』が漂ってる気がするってくらいで……。気にし過ぎなのかも……」
「やっぱりお化けのせいだよ……あの森には、何か恐ろしい秘密が隠されてるんだわ……」
サレマラは先日のお化け騒動が気になって仕方が無かった。何とか真実を知りたいと思っているが、エシャーはなかなか乗って来ない。今がチャンスとばかりに話題を振って来る。
「お化け……かぁ……」
お化けの正体を知っているエシャーとしては、もちろんお化け騒動への関心はとっくに無い。だが、「何か恐ろしい秘密」という言葉には引っ掛かった。
あの『湖』と『湖水島』……それに、あの『森』で何かが起ころうとしている……
そんな漠然とした気配を感じつつ、エシャーはジッと王城の姿を見つめ続けた。
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