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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 203 話 レイラの悪運

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「大臣!」

 ルロエは崩落した渡橋口傍まで戻ると、ビデルの姿を捜す。オーガ型サーガ2体は自分たちの背丈ほどの木々をなぎ倒し、引き抜きながら獲物を探し続けている。

「ルロエ! こっちだ!」

 オーガが暴れている範囲から少し離れた木々の根元に身を屈めているビデルの姿をルロエは見つけ、即座に駆け寄った。

「カミーラは?」

「分からん! 大使とは途中ではぐれた!」

 はぐれた……というのは同行者に対する言葉……アイツにとっては大臣であろうとも特段「守るべき同行者」では無かったのだろう……

 ルロエはカミーラがビデルを見捨て、単独行動に移っただけだと理解した。

「とにかくまだここは危険です。奴らの視界から低い位置は見えませんから、このまま離れましょう……」

 とにかく幸いにもここは深い森が続いている。奴らの投木攻撃が届かない距離まで退けば……ルロエはビデルをフォローしながら森の奥へ進んでいった。

「お困りですかな? ビデル閣下」

 数十メートルほど進んだ場所で突然、樹上から声をかけられ2人は足を止めた。味方か? ルロエは声の主を確認しようと樹上を見上げる。

「誰だ!?」

 ビデルもキョロキョロ見回しながら声をかけると、2人のすぐ横に2つの影が降り立った。同じデザインの外套を着込んだ2人組は、フードを脱いで顔を見せる。

「おま……内調か?」

「ボルガイルと申します……閣下。こちらはベガーラ……」

 ルロエは自分と同じくらいの歳に見えるボルガイルと名乗る男と、片目を皮の眼帯で隠した少し若い男ベガーラを見定めるように探り見る。

「内調部隊? ということは……援軍?」

「たまたまだよ……ルエルフ族のルロエくん」

 ボルガイルは口端に笑みを浮かべ答えた。

「ボルガイル……」

 ビデルはしばらく記憶を辿るように男の顔を見つめ、一瞬「ああ! 思い出した!」とでもいう様に笑顔になった。だが、すぐにその喜びの笑顔は薄れる。

「君は王宮研究所付きの部隊だろ? それがどうして……」

 そこまで語ると、ビデルは何かを理解したように改めて嬉しそうな笑顔に変わった。

「なるほど……そういうことか! それで『オーガ型のサーガ』が……」

 ビデルの言葉に対し、ボルガイルが瞬時に殺気を帯びた。ルロエはそれを見逃さず、懐から短剣を引き抜きビデルの前に立ち構える。予想以上に早く反応を見せたルロエに対しボルガイルは驚いた表情を向けた。

「……どういうおつもりかな? いくら大臣の護衛兵という立場とは言え、会話の途中で刃を向けて来るとは」

 ルロエは 躊躇ためらわずに攻撃態勢をとり続ける。

「ど……どうしたんだルロエ……急に……」

 ビデルもただならぬルロエの様子を窺う。背後の森からカミーラがスッと現れた。

「殺気を放つ者がおれば戦闘準備に移るのは当然のこと。ビデル大臣……何かを察しても脊髄反射で口に出すべきでは無いぞ。命を失えば君の好きな『探求の旅』も終わってしまうのだからな」

 ボルガイルは視線をルロエたちからベガーラに移す。ベガーラはゆっくりと首を横に振った。それを確認すると、ボルガイルは殺気を消しカミーラに顔を向ける。

「……これはこれはカミーラ高老大使までお見えとは……橋の被害状況視察はいかがでしたでしょうか?」

 ボルガイルは愛想の良い笑顔で穏やかに挨拶をする。カミーラはその姿勢を軽蔑するように鼻で笑った。

「内調隊か……虫の好かん連中の中にはユーゴの息のかかった連中も紛れてるそうだな……気に入らんが……身の程をわきまえておるなら、まあ良い……」

 ボルガイルは明らかに気分を害したようにカミーラを睨む。しかしすぐに口元に笑みを取り戻して続けた。

「何か誤解をされておられるようですが……まあ仕方ありません。そういえば先日ゼル・レイラさまにお会いいたしましたよ。お父上によく似たお嬢様で」

 カミーラはその問いかけには興味を示さず、後方で暴れるオーガたちの破壊音に振り返る。

あれレイラは250年以上生きてる。たかだか50歳そこらの人間が『ゼル』などと冠するな。それに、あれと私とには特に関係は無い。人間種のおべっか染みた言葉は侮辱と受け取るぞ」

 カミーラのひと言にボルガイルは完全に笑みを失った。

「ゼル?」

 ルロエがビデルに尋ねるように復唱した。ビデルは軽くあしらうように応じる。

「貴族言葉だよ。幼い御令嬢に冠することがある……それよりも……」

 ビデルは嬉しそうにボルガイルに笑みを向けた。

「先日の大群行で研究所も襲われたと聞いたが……『外』からではなく『内側』からやられた、ということかな? ボルガイルくん」

 ボルガイルはビデルの推察を否定も肯定もせず、ただ口元を緩めて答える。

「……閣下……我々には内調としての守秘義務がございます。一切お答えは出来ません。それと、邪推な御発言はお控えなされたほうが『探求の旅』を続けられると存じます」

「ふん……君のその態度から、私なりに考察を広げていくとしよう」

 ビデルも今はこれ以上深く追及することに益は無いと判断した。

「だとしても……」

 ビデルはまるでなぞなぞでも出題するかのようにボルガイルを見つめる。

「あのサーガ化したオーガ4体……君らで抑えられるのかね?」

「ええ……『我が息子』一人でも充分に……」

 ボルガイルは自信に満ちた笑顔で答えた。


―・―・―・―・―・―・―


「さあ、レイラ! もう充分でしょ!」

「早く『アレ』を何とかしなさいよ!」

 ミシュラとカシュラは治癒魔法の手を下ろすと、レイラに向かい怒鳴るように語りかけた。実際に怒りが籠ってもいたのだろうが、周囲の破壊音の中ではどうしても大声になってしまう。意識を取り戻したレイラは、両腕を曲げ伸ばし身体の回復を確認する。

「さすがね……治癒魔法じゃあなたたちの足下にも及ばないわ」

 レイラはニッコリ微笑みながら二人に語りかける。

「そんなのはどうでも良いから! 早くアレをやってしまって!」

 三人のすぐそばに巨木が押し倒されて来た。嵐のように舞う木の葉と土埃で「獲物」を見失っているオーガ型サーガ2体は、手当たり次第に破壊を続けている。

 やれやれ……視界が悪いこと……。とにかく奴らの位置を確認しないと……

 レイラは木々の間へと駆け出した。

 巨大な身体でもスピードは鈍くない……トロル型とは全く違う動き……エシャーをあの宿営地で襲ったトロルサイズのゴブリン型サーガといい……見たことも聞いたことも無いサーガがよくもまあこうも次々と……

 オーガとの距離をとり、レイラは手頃な樹の先端まで駆け上がる。そのまま勢いのまま、生い茂る樹上へ跳び出し空中で戦況を確認した。近くにいるオーガ2体はそれぞれ手当たり次第に暴れているが渓谷側の2体は「明確な敵」と対峙するように同じ方向を攻撃している。

 ルロエさん? それとも……

 渓谷側の戦闘も気にはなるが、とにかく近くの2体を何とかしなければならない。レイラは上空から木々の中へ戻りつつ目標とした2体の位置関係から攻撃プランを立てる。

 まずは手前のオーガね……

 最初の攻撃の際に、オーガの硬質体皮には自分の通常攻撃魔法の威力では足りないことをレイラは悟っていた。

 恐らく通常の3倍……確実なのは5倍の法力量を充てないと効かない。……連射は無理ね……1撃をどこに当てれば良い? やっぱり頭部かしら?

 オーガの足元へ近づくまでにレイラは法力を整えていた。

 狙いは決まっている……開眼時の眼球から頭部内で炸裂するように調整した1撃を放つ……でも法力5割は込めないと1撃で仕留められないだろう。もう1体との戦闘間隔を空けないと……

 2体のオーガの距離は10mほど離れているが、1体目を攻撃する際にもう1体に見つかってしまえば次撃を放つ整えが終わる前に襲い掛かられる……レイラは2体がそれぞれ別方向を向くタイミングを計った。

 2体のオーガの足音を聞き分け、それぞれの爪先が別方向に向くのを待つ……今だ! レイラは木を駆け上ると、手前のオーガの頭の高さまで跳び上がった。目の前にオーガの側頭部が見える。

「お待たせ。こっちよ!」

 不意に耳元に聞こえたレイラの声に反応し、オーガが振り返る。

「あら……」

 しかし、振り返ったオーガの顔を見た瞬間、レイラは自分の不運に笑いが込み上げた。それはレイラが最初に対峙したオーガ……顔面に1撃を食らわせたオーガだった。
 サーガ化で腐りかかった顔面の皮膚は、先の1撃で大部分が剥がれている。その影響のため目が開いているのかどうかを判断出来ない。

 オーガの頑強な顔骨格と頭蓋骨を貫くには5割の法力では不足……

「仕方無いわね……あなたに全部あげるわ……」

 レイラは即座に攻撃計画を変更し、眼前のオーガに全力の攻撃を放つと決める。
 このオーガの目はすでに潰れているのだろう……レイラを見つけてというよりは音を聞き分け、わずかに首を傾げる態勢で振り向きざまの右拳を打ち込んで来た。だがここまで攻撃態勢を高めていたレイラは、そのパンチスピード以上の速さで右手拳に真っ白な法力の球を創る。

「お休み……ボウヤ」

 白球光は、真っ直ぐにオーガの側頭部へ飛び込んで行く。その光の尾は、まるで槍の柄のようにしばらくレイラの右腕とつながったままだ。すぐにオーガの頭部全体が白い発光体に変わっていく。

……満足したかしら?

 「柄」は完全にレイラの右拳から離れ、全ての光がオーガの頭部に吸収された。同時に、オーガの頭部を膨張させ始める。

 レイラは木々の枝葉に包まれるように地面に向かって落下しながら、膨張したオーガの頭部が弾け飛ぶ姿を確認すると口元に笑みを浮かべた。

 さて……法力枯渇状態のままこの高さから落下すれば、傷が癒えて法力を完全に蓄えるまでに最低でも15分……無理だわ……30分ね。あちらのボウヤは、そんなに長い時間おとなしくしてくれるかしら?

 ドサッ!

 地面に叩きつけられる痛みと衝撃を覚悟していたレイラは、自分の落下が想定外に柔らかくバウンドしたのを全身に感じた。誰かが受け止めた? レイラは状況を即座に理解すると、自分を受け止めた者に目を向ける。

 全法力を放出したことでしばらくは完全脱力が続くことは覚悟していたが……

「……屈辱ね……」

 レイラは悪夢でも見ているかのように、自分を両手で受け止めている人間……ピュートの顔をジッと睨みつけた。

「……屈辱?……やっぱり変なオバサンだ」

 ピュートはレイラを近くの木の根元に下ろす。

「……でも面白いやり方だった。攻撃魔法を敵の体内で炸裂させるって方法……エルフの古代魔法か?」

「知らないわ!」

 レイラは苦々しそうに顔をしかめ横を向く。

 こんな完全脱力状態でコイツにまた会うなんて……「助けられる」なんて……しかも……

「あなた! 口には気をつけ……」

 ピュートの姿はもうそこにはなかった。レイラはフッと息を吐き出すと、完全に仰向けの状態となって法力の回復に努め始める。

「誰がオバサンよ……クソガキが……」
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