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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 182 話 死罪

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「この唇は……私の自由のままよ……」

 ミラはそう言うと、篤樹の胸板に右手を伸ばし触れて来た。篤樹は思わず後ずさる。ソファーに足が当り勢い良く腰を下したが、背もたれの無いソファーの弾力にはねると、そのまま後ろへ派手に転がり落ちてしまう。

「な……何を……するんですか!」

 慌てた篤樹が情け無い声で抗議の声を上げる。ミラはその一連の動作を驚いたように目を見開き眺め、篤樹の抗議の声を聞き終わると……大笑いした。

「なん……です?」

 床に膝をついたまま両手をソファーの座面に置き、動揺を隠せない篤樹は、ミラが笑い終わるのを不安気に待つ。

「あぁ、おかしい!」

 ミラは言葉を発せるだけの呼吸が整うと口を開いた。

「 成者しげるものになったとは言っても、所詮はまだ「男の子」なのねぇ……大丈夫よ。別に取って食べようとか、死罪になるような『イヤらしい事』をしようとかなんて考えてはいないから」

 よほど「楽しんでいただけた」のか、ミラは涙を拭うほどの笑顔を見せ篤樹に近付き手を差し出した。とりあえず、また何か「勘違い」をしていた自分の慌てふためきを恥じ、篤樹はその手を借りて立ち上がる。ミラは改めて自分の右手の平を篤樹の胸板に押し当てた。

「たとえ『貞操着』で性の自由を奪ったとしても、私の心……私の言葉までを奪う事は出来ないのよ……胸の中にある自分の『声』は誰にも奪われない……」

 そう言うと、篤樹の胸をポンと叩く。

「ここに『心臓』があるんでしょ? あなたはそれをどこで学んだの?」

「え? 心臓……ですか?」

 ミラは微笑む。

「ルエルフ村の おさを救ったんでしょ? 彼の止まった『心臓』を動かして。それにミシュバットの遺跡でも……『タフカ』とかいう賊に襲われ倒された兵たちを、あなたが助けたんでしょ? 止まった『心臓』を動かして」

 篤樹はミラが「質問」ではなく「詰問」しているのだと気付いた。まるで蛇に睨まれたカエルのように動けない。

「ねえ……あなたはそれを『どこ』で『誰』に教えてもらったの? 答えて」

「えっとぉ……1年の夏休みに……部活で……救急救命士のおじさんから……」

 篤樹はとにかく素直に事実を喋る以外の手を思いつかなかった。しかしミラにとっては全く意味が分からない。この流れだと……また疑われたり怒られたり文句を言われたりするのかなぁ……篤樹は「そうなる前」から諦め気分になってしまう。

「そう……」

 しかしミラは篤樹の予想に反し、小さく頷き細く笑みを見せた。

「確かに『別の世界から迷い込んだ』と自称しているだけの、頭のおかしな男ってわけではないようね……」

 そう言うと自分のソファーに戻って座り、篤樹にもソファーにかけるように促した。

「……『ここ』にはねぇ」

 ミラは自分の心臓の位置の上に自分の右手を載せて語る。

「『心』が有ると思ってたわ。『心臓』の中にね……でも『心臓』は血を体中に送るための『ポンプ』なんでしょ? それなら『心』はどこにあるの?」

 篤樹はミラが何を聞きたいのか理解できずにポカンとしながら、何か答えなければと口を開く。

「それは……」

と言いかけ、ハタと答えに窮した。

「心」? どこに有るかって……あれ? そんなの教えてもらってないよ……

「『ここ』……です……かも?」

 篤樹は自分の頭を指さした。「頭で考える」のだから「心」もその中に……在るのかなぁ? ミラは篤樹の自信無さげな回答に薄く笑みを浮かべる。

「なあに? あなたの世界でも分かっていないの? それともあなたが知らないだけ?」

 最後のミラの問いに、篤樹は「小馬鹿にされた感」を覚えた。が……事実だから仕方が無い。

「僕が知らないだけなのか……まだ誰も分かっていないのかも僕は知りません。すみません……答えられなくて」

 ミラは左手を軽く振る。

「いいわ。分からないんならしょうがない。それじゃ、あなたが知っている『あなたの世界』についてお話してくれる?」

「えっと……あの……一体……何を?」

「全部よ。あなたの知っている事を全部。さあ……」

 「さあ」って言われてもなぁ……

 篤樹は何をどう話すべきか迷った。だが結局、仕方なく自分の生い立ちから話し始める。しかしこれが会話の糸口としては良い方法だったようだ。

 元の世界の成り立ちからなど到底話すことは出来ないが、自分のこれまでの生い立ちなら「分かってる」ことが多い。篤樹が進める話の途中途中で「それは何?」「どうしてそんな事になるの?」「それはこちらで言うとどんな物?」など、ミラが質問して来るおかげで、その度に篤樹は自分が知っている限りで説明を広げていくことが出来た。

「……そして、気が付いたら『この世界』の草原で腐れトロルに追われて……で、ルエルフの村に……」

 2時間以上の会話で「この世界」にやって来た状況説明までなんとか辿り着く。

「ふうん……なんだか……よく分からない世界なのねぇ?」

 ミラが疑問に思ったことの1割にも答えきれないまま、話しを続けた篤樹は気力も体力も消耗しきっていた。自分が住んでる世界や国の「歴史」とか「政治・公民」とか……もっとちゃんと勉強しとけばよかった!

「すみません……よく……分かってなくて……」

 篤樹は力ない声で謝る。

「ホントねぇ……でも、まあいいわ。何となく雰囲気はつかめた気がするから……」

 あんな説明だけで雰囲気つかめるもんかよ!

 篤樹は自分の薄学への腹立たしさも混じって、深い溜息をついた。

「とにかく……」

 そんな篤樹の気持ちを顧みることなく、ミラが口を開く。

「作り話ではなさそうって事と、この世界とは全く違う発展を人間種が遂げている世界があるってことはよく分かったわ。それなりに楽しそうじゃない? 私も行ってみたいわ」

 そんな……旅行じゃないんだから……

「世界中の大陸に何億人もの人間が住んでるのかぁ……だから戦争が繰り返されるのね。もっと少ない人間で1つの大陸に住めば良いのに。この世界みたいにさ」

 ミラが妙案を提示するように篤樹を見るが、とても答える気にもならない。曖昧な笑みを浮かべて頷き返すだけで精一杯だった。

「あら? ずいぶんとお疲れのようね?」

 篤樹の覇気の無い態度に急に気付いたようにミラが尋ねる。そりゃ、あれだけ色々質問された内容に、一生懸命記憶を掘り起こしながら答えれば疲れますよ……篤樹は心の中でそう思いつつ答える。

「……馬車旅でしたから……何だかちょっと……」

「そうね……今夜はもういいわ。時間はタップリあるんだから」

 篤樹の力ない返事を笑顔で受け止め、ミラは手を2回打った。扉が開かれると先ほどの女性兵が顔を見せる。

「彼を部屋へお連れして」

 兵士はミラの指示に会釈をすると一旦扉を閉めた。ミラがソファーから立ち上がったのを見て、篤樹もつられるように立ち上がる。

「侍女がお部屋へ案内するわ。それと……」

 ミラは真剣な顔で声のトーンを変え、小声で語りかけた。

「分かっているとは思うけど、私との会話については誰に対しても……あなたのお仲間たちにも絶対に秘密よ。いいわね?」

 篤樹はミラの気迫に呑まれるようにコクリと頷く。すぐにミラはニッコリと微笑みを浮かべる。

「約束よ。では、また明朝に、ね」

 扉が開き2人の侍女がミラの部屋に入って来た。無言のまま、ミラは左手で篤樹に別れを告げた。

 出て行ってもいい……ってことだよな……

 篤樹は室内に残るミラに軽く会釈をし、部屋から出ようとする。

「ゴホン!」

 室外で警護をしている「怖い感じ」の女性兵が、あからさまに不機嫌そうな咳払いをした。

 なんだろう? この 女性兵ひと……

 篤樹は驚いた表情でその兵をチラっと見る。物凄く睨んでいる! 篤樹はすぐに目を逸らし部屋の入口から離れた。背後で扉が閉じる音が響く。

「貴様っ!」

 扉が閉まり切るやいなや、背後から突然女性の怒りの声が投げかけられ篤樹は慌てて振り返る。

 あ……さっきの 女性兵ひと……

 声の主を確認した直後、何かが篤樹の左下顎に激しくぶつかって来た。

「うわっ!」

 避ける事も出来ずモロにその衝撃を受け、篤樹は半身を回転しながら床に倒される。自分が「殴り倒されたのだ」という事実を、顎の痛みと共に認識した。

「何するんですか! いきなり……」

 篤樹は転がった勢いのまま片膝をつくと、体勢を整える。「この世界」に来てから「暴力」に対する反射神経が少しは上がって来たようだ。だが……

「無礼にもほどがある!」

 追い打ちで目の前に蹴りまで飛んで来るのは予想外だった。目の前に広がる靴底に視界を塞がれ、そのまま後ろに蹴り倒される。鼻に「ツーン!」と来る痛みが襲い、目の前にチカチカと光が点滅した。

 咄嗟に相手の足を両腕で絡め掴んでしまったせいで、女性兵もバランスを崩してしまい、結果的に篤樹はさらなる追い打ちとなる「ボディプレス」まで受ける事になってしまう。

「貴様……」

 思わぬ抵抗を受け篤樹の上に倒れ込んだ女性兵は、急いで態勢を整えようとする。しかし、篤樹もこれ以上の暴力(攻撃?)を受けたくないという本能が働き、全身を使って女性兵の動きを封じ続けた。

「離せ! くそっ……離さんか!」

 仰向けに倒れた篤樹の身体の上で、うつ伏せに組み絡まれている女性兵がもがきながら悪態をつく。

 ダメだ……いま離したら……この 女性兵ひとに絶対殺される!

 篤樹は死の恐怖を感じ、必死に女性兵にしがみついた。

「フロカ! やめなさい!」

 従王妃ミラの叱責の声がホールに響く。

「アツキも……何をやってるの?」

 無意識の防衛本能のまま、篤樹は女性兵を必死に封じていた……が、その恰好がよほど 滑稽こっけいだったのか、ミラは「怒り」を忘れ笑い始めた。同時に、フロカと呼ばれた女性兵の身体からも、力が抜けたのを篤樹は感じる。

「……離せ……いい加減に……」

 フロカは篤樹の耳元に、囁くような小声で呟いた。

「……いいけど……離すけど……もう何もしないって約束して下さい!」

 篤樹は 懇願こんがんするようにフロカに伝える。

「分かった……離せ」

 自分がフロカをどんな体勢で捕まえているのかよく分からないでいる篤樹は、ゆっくり両足と両手の力を緩めた。フロカは自分の足に組み絡まっていた篤樹の足を振り払うように解き、立ち上がる。篤樹もゆっくり上体を起こし立ち上がろうとするが、途中で自分が鼻血を流している事に気づくと急いで右手で顔を押さえた。

「アツキ、あなたもやっぱり『男』ねぇ? 良い組みっぷりだったわよ」

 ひとしきり笑ったミラはそう言うと、また吹き出して笑う。

「だって……いきなり……」

 篤樹が事情を説明しようとするが、ミラは左手を振ってそれを制し口を開く。

「はぁ……さて……フロカ」

 ミラは笑いを収めると、フロカに向かって微笑みながら語りかけた。

「私の『大切な客人』に対するこの蛮行……どういうつもりかしら?」

 フロカはミラから視線を逸らし、ギュッと唇を噛み締めている。

「答えなさい」

 ミラの声に威厳が籠る。王妃としての威厳だと篤樹も感じるくらい厳しい声だ。

「申し訳……ございませんでした。……この者の言動が……不敬極まりなく思い……つい……怒りを向けてしまいました……」

 え? 俺のせい?

 篤樹は自分を「全く落ち度が無いのに突然襲われた被害者」と自覚していた。にもかかわらず「この者に原因在り」と訴えるフロカの言葉に困惑する。

「アイリ……アツキの介抱をお願い。チロル、フロカを牢へ」

 ミラが侍女たちに指示を出した。

「えっ……? あの……」

 即座に動き始めた侍女たちを制止するように、篤樹は口を開く。全員が一斉に篤樹に視線を向けた。その目はそれぞれ困惑、怒り、不安の色を見せている。

「何かしら?」

 ミラが答えた。篤樹は手で鼻を押さえたまま語り出す。

「いや……あの……すみません。僕、よく分からずに……何かフロカさんを怒らせるようなことしちゃったみたいで……だから……ゴメンなさい」

 篤樹はフロカに向かい頭を下げて詫びる。

「だから……僕が悪かったのにフロカさんを牢屋に入れるってのは……なんだか悪い気がして……」

「従王妃の衛兵たる者が、従王妃の大切な客人を襲い怪我を負わせた……これは王室に対する明確な反逆行為よ。王室への反逆行為は……死罪に値するものよ」

 そんな……死刑って……え?!

 ミラの断固とした口調の説明に、篤樹は唖然とした。
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