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第3章 エルグレドの旅 編

第 138 話 昔話

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「こんな あなの開く武器なんか……俺達は知ら無ぇ」

「こんな孔を開ける攻撃は……妖精やエルフの魔法しか思いつか無ぇ」

 顔面にポッカリと大きな孔を 穿うがたれ絶命している獣人の遺体を、ドワーフ達は松明で照らしながら所見を述べる。エグザルレイも頷き同意を示す。

「……確かに……この跡は法術攻撃によって生じた跡ですね……でも……」

「 ヤツラサーガどもは魔法を使え無ぇはずだろ?」

「今まで魔法を使うサーガなんか、見た事も聞いた事も無ぇ」

 そうだ……サーガは魔法を使わない……。いや……そもそも、魔法を使う種族からサーガが出たという話は聞いた事がない……でも……本当にそうか? あの森の守護神であるケンタウロスの中からさえサーガが出てたじゃないか。それなら……

「私達じゃないわ……」

 エグザルレイの思いを察したのか、背後からハルミラルが声をかけた。

「やあ……付いて来たのかい?」

 ハルミラルの気配に初めから気付いていたエグザルレイは、振り向きもせずに応える。

「……だがこの攻撃跡は……タフカの攻撃魔法と同じ……キミたち妖精族の攻撃魔法じゃないか?」

「違うわ! 妖精は妖精王からしか生まれない子ども達……その全ての子達にサーガはいない! もちろん、サーガに協力する子なんか1人もいない!」

 だとすると……

「エルフの攻撃魔法か?」

 ドワーフが問いかける。

 エルフの? 確かに……北のエルフ……エグデンに協力しているエルフ兵たちは、強力な攻撃魔法を操っていた。

「エグラシスの北のエルフ族には……この手の攻撃魔法を使うエルフもいましたよ」

 エグザルレイは、自身が対峙したエルフ兵を思い出しつつ情報を共有する。

「……サーガの中に『エルフ流れ』がいやがるってことか?」

 ドワーフの問いかけに、エグザルレイは静かに首を横に振り応える。

「さあ……分かりません。ハルミラル……このアルビ大陸に、エルフ族はどのくらいの数がいるんですか?」

 エグザルレイの問いかけに、ハルミラルは首を傾げ考えた。

「俺は聞いたことも無ぇな」

 代わりに、とでも言うようにドワーフが答える。それを受け、ハルミラルも応じた。

「ずいぶん昔に、極少数のエルフはいたらしいけど……今も居るという話は聞いた事もないわ……」

 ハルミラルからの情報までを聞き終え、エグザルレイは考えを巡らす。

 あのケンタウロスの中からさえもサーガは出ている……ならばエルフからサーガが出ても不思議は無い。……だが魔法を繰り出すサーガなど聞いた事もない……では、サーガではなくエルフが? いや……そもそもこの大陸に今はエルフがいないというのなら……別の大陸から? まさかエグラシスから……

「どっちみち……」

 ドワーフの1人がうんざりしたように口を開いた。

「サーガだろうがエルフだろうが、それとも『サーガに堕ちたエルフ』だろうが、俺達の世界を荒らすってんなら倒すべき敵ってこったな」

「やらなきゃやられるだけ、ってこった」

 もう1人のドワーフも相槌を打つ。

「そう……ですね」

 このままここで立ち尽くしていても仕方が無い、とエグザルレイも気持ちを切り替える。

「……とにかく、敵の中に『攻撃魔法を使うヤツがいる』という事が分かりました。全員にこの情報を共有しましょう。戦い方を考えないと……」

 エグザルレイは、グラディーの森で自身が受けたエルフ兵からの攻撃魔法を思い出しながら提案した。ドワーフ達は二手に駆け出し、他の者達にこの情報を伝えに回る。

「お兄様にも、この事を伝えておかないと……」

 ハルミラルがポツリと呟く。

「そうですね……誰かを伝令に出せますか?」

「……2人を行かせるわ」

 同行している2人の妖精を、北部にいるタフカへ伝令に出すことを告げると、ハルミラルもその場を立ち去った。

 さて……

 エグザルレイは、顔面にポッカリと孔の空いた獣人の死体の傍に屈み込み、改めてその傷跡を見つめる。

 もう……不意打ちは喰らいませんよ……


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……その翌日、予定通り獣人族の村に私達は着きましたが……時すでに遅しでした。その村は壊滅状態でした。周辺にいたサーガの残党を掃討し、私達は獣人族の生存者を捜したんですが……その時はもう彼らも村を放棄し、どこかへ移動していました」

 当時の村の惨状を目の前に見ているような厳しい視線をテーブルの上に落とし、エルグレドはひと息を く。

「『サーガの大群行』がアルビ大陸でも起こっていたなんて……初耳ですわ」

 エルグレドの口から語られる自分の知らなかった歴史に驚き、レイラは関心を寄せる。

「移動ってことは……その獣人族の村人は、とにかく全滅はして無かったって事ですか?」

 スレヤーが確認するように尋ねた。

「ええ。彼らは『海の民』と呼ばれる漁師だったんです。それで、サーガの群れに襲われた時に村を放棄し、船で海上へ逃れていました。水生型のサーガはいませんからね」

「あっ!……あの……獣人で……漁師って……」

 篤樹はこれまでの話を思い出し、ハッと何かに気付いたようにエルグレドへ顔を向ける。エルグレドは篤樹からの問いに、満足そうに笑みを浮かべ応じる

「ええ……アルビ大陸南方の獣人族の村は、私とフィリーをグラディーから運び出してくれた獣人属戦士達の子孫の村だったんです」

「グラディーに……戻れなかったの?」

 エシャーが寂しそうな声で尋ねる。

「詳しい事情はもう少し後でお話ししますが……結論から言えば、彼らは私達をアルビに下ろしたあと、予定通りグラディーへ一度は向かったんです。でも……彼らがグラディーに戻った時には……すでにエグデンによる包囲壁魔法が完成していたそうです。結局、元の浜へ上陸出来ず、エグデンの海上部隊との戦闘から逃れるため、再びアルビに戻ったと……。そして、そのままアルビ大陸南方に集落を築き、大陸の獣人や半獣人との争いや交流を繰り返しながら『長い時間をかけて』コミュニティーが形成されていったそうです」

 「長い時間」という言葉を強調したエルグレドに、一同は怪訝な目を向け首を傾げた。その視線に応えるように、エルグレドは口を開く。

「……フィリーと私がアルビ大陸に渡った時から、実に400年以上もの『時』が過ぎていた事が、やがて分かりました」

「えっ! 400年……」

 篤樹が唖然として声を上げる。

「……ってことは、ちょっと待って。……エルはミツキの森で……400年も過ごしていたってことかしら?」

 レイラが動揺を抑えた声で、確認するように尋ねた。

「はい。そういう計算になりますね。もちろん、賢者の森における時間の流れは特殊でしたから、あの森の中で『400年間を過ごした』というのではなく、私達が森の中で過ごす間に、外の世界では『400年の時が流れていた』という事です」

「『浦島太郎』みたいですね……」

 篤樹がポツリと呟く。

「なあに? ウラメシタウロって?」

 その呟きをエシャーが聞き逃さずに問いかける。

「あ……いや……俺の世界の有名な昔話だよ。亀を助けた人が、そのお礼に海の中の竜宮城って所に招待されるんだけど……そこで三日間過ごして陸に戻ってみたら、地上では300年も経ってたっていう……」

「なぁんだ! やっぱりアッキーの世界にも魔法があるんじゃない!」

 エシャーが笑顔で声を上げた。篤樹は慌てて手を振り応じる。

「いや、だからさ……それは作り話なんだって!……だけど……何となく似てるかなぁって思ってさ……」

「アツキくんの世界の『お話』については、よく分かりませんが……」

 エルグレドが2人の会話を受け取り、話しを続けた。

「とにかく、サーガの襲撃から逃れた獣人族と合流した時に、私は初めて自分が置かれている立場を知ることになったんです」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 サーガの群れの襲撃を逃れ、船団で海上へ移動した獣人族の村人達とエグザルレイ達は、アルビ大陸東岸で合流する事が出来た。戦闘可能な獣人族の男女200名ほどはエグザルレイ達と共に「サーガ討伐」のため大陸内陸へと向かい、傷病者や幼い者達、非戦闘向きの村人達は船に乗り海上で避難している。

 タフカ達との合流のために移動する途上、夜営を張った焚き火を囲み情報交換をする中で、エグザルレイは獣人族の村がフィリーの記憶の中で見たグラディーの獣人属戦士達の子孫の村であることを知った。

「……だから俺らの村の暦は、あっちの大陸と同じ暦ってことでさぁ。正確に言うなら 基幹暦きかんれき4752年6月18日……それが今日の日付ってこってす」

 4752年……グラディーの戦いから……400年……

「そ……んな……」

 エグザルレイは焚き火の炎を見つめ、呆然と声を洩らす。

「まあ、旦那が本当にあの『悪邪の子』ってんなら、そりゃこっちも驚きですけどね」

  狼獣人族ろうじゅうじんぞくの男は倒木に背をもたれ、肉を頬張りつつ答える。

「……俺らも御先祖さん達も、自分達をこの大陸に導いてくれたお2人のことは誰も恨んじゃいませんよ」

 あまりにもショックを受けている様子のエグザルレイの姿に責任を感じたのか、男は語り始めた。

「そりゃ、お2人を送ってすぐ大陸に戻り、エグデンの連中との戦いをと考えてた御先祖さん達も、突然状況が変わっちまったことで自分達の無力を嘆きはしたらしいですけど……もう、それはそれとして気持ちを切り替えるしか無いですからねぇ。この大陸に戻って、自分たちが生きていく場所を築くって選択をしたんです。まあ、最初はこっちの獣人やら半獣人やらとのいざこざも絶えなかったみたいですけど……小さな集落から始まって、やがて大きな村を築き上げ、今じゃアルビ南方最大の部族にまでなったって感じです」

 エグザルレイは男の話が耳に届いていないかのように、ただ目を見開き呆然と焚き火を見つめ続けていた。その様子を近くで見て狼獣人の女戦士が、2人の話に割り込む。

「あんたがフィリー様の大事な ひとなんだって?」

「おい! バルファ! 失礼な物言いするんじゃねぇよ!」

 男が慌てて身を起こし注意する。しかしエグザルレイは、バルファと呼ばれた女戦士の言葉に反応し顔を向けた。

「……フィリー『さま』?」

 バルファはニヤリと笑い、自分も焚き火の傍に座る。

「子どもん頃から大好きな昔話だったんだよ。『エルフのフィリー、愛の大冒険』ってお話がさ。母さんや婆ちゃんから何度も聞かせてもらったんだ。種族の違うエルフと人間が恋に落ちて、その愛を全うするために旅をするってのがさ……なんか夢があるじゃん?」

「夢……ですか……」

 エグザルレイは複雑な微笑で応える。

「コイツもさぁ……」

 バルファは狼獣人戦士を親指で示す。

「エルフと結ばれたいだの、燃えるような熱い恋をしたいだのって、ガキの頃から影響されてる1人なんだよねぇ……」

「うるせぇ! ガキの頃の話なんかすんなよ! 今は違ぇつってんだろ」

 エグザルレイは2人のやりとりを見ながらも、未だ自分の置かれている状況を受け入れられずに押し黙っている。恐れと不安と動揺・哀しみ……エグザルレイのが見せる表情に気付いたバルファは、少しキツイ口調に変わった。

「ウィル……あたしゃこの人間が、あの伝説の『悪邪の子』ってのはどうも納得出来ないよ。……フィリー様が愛した人間が、こんな腑抜けとは……」

「だからバルファ!」

 バルファは溜息をつき立ち上がると、焚き火から離れつつ口を開く。

「しょせん昔話は昔話だったってことかしらねぇ……」

 そう言い残し立ち去って行ったバルファの背を見送り、ウィルは必死に取り繕いの言葉をエグザルレイに投げかける。

「すいやせんねぇ、旦那。アイツも悪気は無い……」

 エグザルレイは涙を流していた。

「旦那……?」

「えっ? あ……すみません」

 自分が涙を流していることに気付いたエグザルレイは、急いで顔を拭う。

「ちょっと……あまりにも衝撃的な事実で……混乱してしまったようです」

「いえ……そりゃ……まあ、そうでしょうね……」

 400年……「柱」が完成し、グラディーが封じ込められて400年?…… 姉様あねさまも、トッパも戦士達も……もう……会えない……

 エグザルレイは頭痛を覚えた。冷静に状況を把握しようとする理性と、思っていた以上の現実に揺れ動く感情がぶつかり合い、処理が追いつかない。

「アイツも悪気は無ぇんですよ!……ただ……フィリー様と悪邪の子は『賢者の森で永遠の愛に結ばれて生きている』ってぇ物語とは、だいぶ違ってる現実を見て……アイツなりに納得がいかなかったようで……」

「そんなこと知るか!」

 申し訳無さそうに語るウィルの言葉に苛立ち、エグザルレイは思わず怒鳴り声を上げる。周囲でそれぞれに焚き火を囲み談笑していた人々の声も静まる。ウィルは耳を倒し、シュンとうなだれてしまった。

「……あ……いや……すみません。……ちょっと……頭が痛くって……」

 エグザルレイは感情の苛立ちのままに大声で怒鳴った事を恥じ、小声で詫びながらウィルに目を向ける。
 
 どうして……こんな事に……
 
 現実を受け止めきれない混乱の中、焚き火の光に照らされるウィルの顔をジッと見つめる。獣人族らしい毛深い顔に、チラチラと影が出来ていた。

 黒い影…… まるであなのような……そう……あんな孔を 穿うがつのは攻撃魔法しかない。私の……胸と頭に穿たれた法術士の攻撃魔法……あの北のエルフ兵……。アイツの……卑怯で姑息な攻撃さえ受けていなければ……。私を……グラディーから引き裂いた「敵」……。赦さない……絶対に!

 エグザルレイの顔に浮かんでいた哀しみと動揺の色が見る見る変化していくのを、知らずに逆毛立ちながらウィルは見つめる。

 これが……悪邪の子?……いや、「子ども」なんかじゃ無ぇ……「悪邪」そのものってこってすかい。……昔話で聞いてたグラディーの英雄エルとは……大違いですねぇ。……怖ぇな……この旦那……
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