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第3章 エルグレドの旅 編

第 118 話 エグデンの秘策

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「俺たち 賢鼠属けんそぞくも、この大陸にゃ100匹も残って無ぇ稀少生物になっちまっててなぁ……」

 エルフ属戦士達の後を追い、森の中を駆け抜けるエグザルレイの肩の上でピスガが話し続ける。

「ま、グラディーの多種族共生理念ってのが好きで、多種族一部族領ってのが形になり始めた頃から、ずっとグラディー族として生きて来たわけだ。でもよぉ、鳥人種と同じで次世代交配がうまくいか無ぇみてぇでな。夫婦になっても子が生まれ無ぇつがいが多くってな……で、気がつきゃ絶滅寸前ってわけだ」

 エグザルレイはすでに聞いた事のある情報でも黙って聞き続けた。

「普通の ねずみ連中はほっときゃ一世代で何百匹も子を残すのに……情け無ぇ話さ。ま、そんな俺らだからこそ特別な能力が備わってるワケだけどよ。……言語を解し、体型を活かして 隠密おんみつ行動が取れる。大した武器は扱え無ぇが、普通の鼠達を協力者にも引き入れられるしな。で、俺はこの数年は10匹の仲間とエグデンに入って情報収集してたってワケだ」

「……皆さん無事ですか?」

 エグザルレイは潜入している賢鼠達の安否を 気遣きづかった。

「ま、大丈夫だろうよ。とにかく潜入先はそれぞれ違うから一匹一匹の安否を確認する すべは無ぇけどよ……。たまにどっかで かぶった時に、お互いの情報を交換し合うって程度の交流しか無ぇ。でもひと月ほど前、エグデンの王宮とユーゴの魔法院、あと魔法院の評議会委員長のとこに入ってた連中で出会ってよ……それぞれの情報を整理したら、ヤツラのとんでも無ぇ計画が分かったんで、俺は急いで情報を持って来たってワケだ」

「とんでもない計画?」

 エグザルレイは息を乱す事無く聞き返した。

「グラディーの反乱分子……ま、つまり俺達の事だな。なかなか思うように制圧出来ないし領土も奪えないって事に、ヤツラも相当頭を悩ませてたんだ。ヤツラ……エグデン王国を操ってる連中としては大陸全土を完全に支配したいって思いが強い。自分達の さまたげになるような『悪邪』にこの大陸に居られちゃ困るってな」

「ヤツラが攻め込んで来なければ、グラディーからヤツラに攻め入る事は無いと何度も忠告して来たはずです」

 エグザルレイは何度も停戦交渉を破り続けて来たエグデンの姿勢に疑問を ていする。

 そう……グラディー族……今のグラディーはただ、エグデンの支配下に置かれることを拒み、自分達の自治領を守りたいだけだ。エグデンが攻め入って来なければ、とっくに停戦は成っていたはずなのに……

「悪い奴ってのは交渉相手も悪い奴だと思い込むものさ。いつか裏切るに違いない、ってな。だから『完全に』支配するために反乱分子を 殲滅せんめつし、全てのグラディー領を支配下に置きたかったんだよ」

「それならば……いつまでもこの戦争は続く事になりますね……」

 エグザルレイはうんざりしながら答えた。

「そう……だから連中は、この戦争の終わらせ方を変える事にしたんだ」

「終わらせ方?」

 ピスガの言い方に違和感を感じ、エグザルレイが聞き返す。

「グラディーの戦士達を打ち負かし、完全に支配する事は容易ではないと考えたヤツラ……ユーゴの魔法評議会だな、ヤツラは『戦争で勝利し る』という方針を変え、この大陸からグラディーの……反乱分子の影響を『 隔絶かくぜつ』するって方法を考えたワケだ」

「影響を隔絶って……どうやってですか?」

「そこが法術ってヤツだな。最初はエグデンの王宮会議で『グラディー反乱分子の領土全域を壁で囲み込み、一切の出入を 封鎖ふうさしよう』なんて案もだされたんだが、そういう物理的な壁はいつか破られるって 懸念けねんが残る。そんで誰かが言ったんだ。『魔法術による完全な壁みたいなものは出来ないのか?』ってな」

「魔法術による……『壁』……ですか?それって……」

 ピスガは 溜息ためいきをつき、首を横に振った。

「俺達にそんな法術原理なんか分かるもんかよ。……とにかく、最初は 荒唐無稽こうとうむけいな話だと思ってたのに、ユーゴの連中はマジで『壁』を作る法術を生み出しやがったらしい……それが半年前の話だ。んで原理は出来たから、後はそれをより強大なものにする研究を続けてる……ってのがひと月前の情報だったんだ」

「その『壁』はどんな効果を持ってるんですか?」

「実物を見て来たわけじゃ無ぇが……効果としては地中深くから空高くまで、誰も通り抜けられない固い『壁』になるらしい。最初の実証研究では100m四方の壁を作るのに成功したんだと。それが今じゃ数十キロ四方、情報によっては200~300キロ四方を囲めるくらいの『壁』を作り出せるようになってるんだと。……それが本当なら、今の俺たちのグラディー領はすっぽりと囲い込まれるって事だ」

 互いに出入不可能な隔絶の壁……もしそれが本当ならかえって好都合では無いだろうか? 互いに干渉しあう事無く平和に生きられるかも……

 エグザルレイはふとそう考えた。

「……問題はよぉ……」

 ピスガがエグザルレイの思いを聞き取ったかのように話を続ける。

「その『壁』に囲まれた中の空間が安全なのかが分から無ぇって事がひとつ。下手すりゃ壁の中の『世界』は滅んじまうかも知れ無ぇからな。実証実験では『モノ』だけでなく風さえ防いでたって事だ。雲が運ばれて来なきゃ雨が降ら無ぇ。となりゃ水はどうなる? 作物は? 木々は?……長期間をかけての完全滅亡になりかね無ぇ危険な牢獄だよ」

 そうか……そんな危険性が……

「それとよぉ……そんだけ大きな魔法術には、相当デカイ 法力ほうりきが必要って事になるワケだ……」

 法力……魔法術を具現化するための力……確かに、グラディーの地全てを囲むほどの完全な『壁』を作り出すには、それだけ大きな力が必要だ……到底一人の法術士じゃ無理だ。

「ヤツラはその『法力』をどうやって用意するかって問題にぶち当たった。……で、お前も知ってるだろ? ユーゴ魔法院のゾルドって奴……」

 ゾルド……師匠が持って来たグラディー族族長会議からのイグナ王国との同盟案を つぶした男……エグザルレイは頷いた。

「今……ユーゴの魔法評議会の最高権力者となってる奴が……とんでもない方法を生み出しやがったんだ。他人の法力を奪って自分の法力を増幅するって方法をよ……」

「他者の法力を……奪う?」

「詳しい方法は分から無ぇ……。法術士を っちまうって話も聞いたし、束にして縛り上げ、法力を高めるとかって話も聞いた。一番有り得そうなのは、法術士が何人かまとまって法力を出し、その法力を一人が受けて法術を繰り出すって方法だ。ま、それでもその一人の法術で広範囲な壁なんか出来やしない。恐らく何組かを作って壁をつなぎ合わせる形になるんじゃ無いかと……もしもそんな方法が可能だとすればな……」

 複数の法術士の法力を一人の法術士に集中することで、繰り出す法術を強力なものに高める……原理としては分かるが……

「……もしそうなら相当の数の法術士が必要になるのでは? それに……『壁』が途切れないためには、その法術士達は死ぬまで術をかけ続けないとならないわけですし……」

 ピスガはエグザルレイ自らが答えを語り出すのを待つことにした。

「エグデンの法術士だけでは足りない……いや……自分達の大事な戦力である法術士を、そのような危険な術に使いたくないはず…… 他所よその者を使う? イグナのリュシュシュの法術士……サルカスにもいるはず……でも命がけの法術には数が集まらない?……惜しく無い法術士は……グラディーの法術士……。敵の法術士を協力させる……いや! 聞き従わせれば良いだけなら説得は不要……人を聞き従わせる薬! なるほど……そういう事ですか……」

「そういう事だよ。エグデンの次の戦略はグラディーの完全封鎖、完全隔絶の壁で相互干渉そのものを無くすって事だ。その壁作りの材料に、グラディーの法術士達を拉致して行ったってなると……ヤツラは作戦の実行を開始したと読むのが正解ってことだ!」

 2人の会話をすぐ後ろで聞きながら駆けていたブルムが口を挟む。

「エル……今の……話……もし本当なら……他の部隊の……法術士達も……」

 ブルムは息を ぐのも苦しそうだ。エグザルレイは顔を向けて頷く。

「彼らの後は私が追います! 後ほど前線に合流に向かいますから、ブルムさん達は手分けして他の部隊にもこの情報を最優先に伝達して下さい!」

「分かっ……行け!」

 ブルムとの話しがまとまったと感じたエグザルレイは、後続の3人を気遣いながら走る必要が無くなったとばかりに、さらに速度を上げて森の中を駆け抜けて行く。その後姿を見ながらブルム達3人はゆっくり速度を落とし、完全に足を止めて肩で息をつく。

「……ったく、なんだよアイツは……エルフみてぇな走りだな……こんな森ん中でよ……」

 一番若く見える戦士ミッチーが、悪態とも褒め言葉ともつかない調子で息を切らしながら呟く。ブルムも同意するように頷いた。

「ああ……エルは……若い……ってだけじゃなく、……素質があるんだろうよ……。とはいえ……こっちはこっちで急務が明確になった。……エルに追いつく必要は無ぇから……それぞれ自分のペースで全力を出せ。……まずは……ちょっと休憩な……」

 3人はその場で身体を休め、数分間息を整える。

 ドォーン! ドドォーン!

 走っている間は聞き流していた「例の衝撃音」は、まだ激しく続いていた。音や空振だけでなく、地を伝わる振動も感じるほどの距離まで来ていた。


―・―・―・―・―・―・―


「エルは相変わらず足も早ぇなぁ……」

 呆れたような褒め言葉を、ピスガはエグザルレイの右肩上で呟く。

「ケパに剣術と体術を教わったからって、誰でもこんなにはなれ無ぇだろうよ。アイツが『自慢の弟子』って言ってた意味がよく分かったぜ!  基礎きそも仕上がってない幼いお前の中に、よっぽどデカイ可能性を見てたんだろうなぁ」

 エグザルレイはピスガとの会話で久し振りに師匠の名を聞き、懐かしく、また嬉しく感じていた。ケパとの出会いは人生最高の喜びであり、その別れは人生最大の悲しみであったが、今はその出会いと別れを通して自分自身が大きく成長させてもらえたと、心からケパに感謝する。
 ケパが守ろうとしていたグラディー族の独立した平和と自由、それは一族としてだけでなく、生きとし生ける者全てに守られるべき宝であると今は感じている。何者かによって 蹂躙じゅうりんされたり、奪われたり支配されてはならないもの……その自由と平和を守るため、自分は命がけで戦う「グラディーの戦士」となったのだ。

「よし……エルフの森に入ったぞ……もうすぐだ」

 ピスガは、すでに一度立ち寄って見覚えのある木々を確認しエグザルレイに声をかける。

 ドォーン! メキメキッ……ザザーッ!

 エグザルレイが駆けていたすぐ右斜め前方向に、直径2m近くある大きな 岩弾がんだんが落下し木々をなぎ倒した。その衝撃でエグザルレイはとっさに左方向へ 退き、駆けていた勢いもあって数m転がる。ピスガも急に投げ出されて地面に落ちたが、すぐに起き上がると四足でエグザルレイの もとへ駆け戻って来た。

「すみません! 大丈夫でしたか?」

「軽量級はあの位の落下じゃ問題無ぇよ! それよりマズイぞ! ここは岩弾の着弾点だ。さすがにあれが身体に られちゃ、軽量級でもペシャンコになっちまう!」

 エグザルレイはピスガを つかみ立ち上がると、首からさげている薬草袋の口を広げる。

「ここに入っていて下さい。潰される時は一緒ですけど……抜け出す時も一緒ですから!」

 ピスガを薬草袋に収めると、エグザルレイは先ほどより 若干じゃっかん速度を緩め上空を警戒しつつ、エルフの集落を目指してさらに前進した。
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