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第3章 エルグレドの旅 編

第 108 話 作られた平和・奪われた平和 2

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「師匠……お元気ソうで……」

 声変わりも落ち着いてきたはずのエグザルレイだったが、この時ばかりは高ぶる感情と喉奥に涙の したたりを感じ、ついつい言葉が上ずり恥ずかしくなる。

「お久し振りです……師匠」

 対してミルカは大人の女性として整われ始めた物腰で、丁寧にケパへの挨拶を行い、笑みを向けた。

「嬉しい……また……会えましたね」

「ウム……2人とも……大きく、そして美しく成長したな……。あの時は……すまなかった」

 ケパは2人に黙ってグラディーの地へ帰った事を率直に詫びる。

「いえ……あの時は一刻を争う状況でしたし……幼いながらも理解しておりました。……でも……やっぱり寂しかった……です」

 ミルカが「あの頃」の表情でケパに微笑みながら答える。エグザルレイは再会の喜びを満面の笑みに載せ、ケパに恨み節だ。

「そうですよ!……せめてあと1日……あと 数刻すうこくでもお別れの時をいただけていれば……」

「フッ……1日でも1週間でも、名残惜しめば時は足らぬものだ。いずれかで必ず別れの時は来る。……が……私も常にお前達との再会を願い続け、この7年を過ごしてきた。……おかげで、 数多あまたの危機の中でも、この再会の時を夢見て立ち歩み続けることが出来た。共に在らずとも……私の支えとなってくれたことに礼を言う」

 ケパは表情の読み取り にくい鳥人種にしては珍しく「照れている」様子を感じさせる表情を見せながら、ミルカとエグザルレイを交互に見た。

「さて……」

 再会の喜びをまだしばらく味わいたい気持ちを断ち切るように、ケパは口調を改める。

「あの時……あの当時のグラディー族長達が懸念していた通りの世界になってしまった事は……心から残念に思う」

 ミルカとエグザルレイも頷き応じた。

「……エグデン王国……いえ、ユーゴ魔法院評議会によって支配される世界……ですね」

「まさかこんな短期間で事が成されてしまうとは……」

 2人が状況を正しく理解している様子を確認し、ケパは満足そうに頷いた。

「しっかりと……『時に備えて』目耳を開いていたようだな。……そう、この大陸に在る3国1族はエグデン王国により統一された。聞こえの良い建前上の『共和国制』という名の下に……。だが、真実は違う! エグデンが大陸のほぼ全土を支配する巨大国家となったという事だ。それを導いたのはエグデン国王ではなくユーゴ魔法院の法術士ら……魔法院評議会という胡散臭きなくさい連中だ」

「ヤツラの目的は何なのでしょうか?」

 エグザルレイが師匠の見解を尋ねる。ケパは少し考えを巡らす様に天井を見上げた。

「……大陸全土の 掌握しょうあく……が目的であるならば普通の王達と同じく『分かりやすい理由』だが……どうもそうではない。いや、エグデンの王や民・兵らはこれで『目的を達した』と喜んではいる。だが……魔法院評議会の連中にとってはこの『統一』も目的そのものなのではなく『目的を果たすための道具』と考えているように思える……」

「統一が目的ではなく、目的を達成するための前段階としてエグデン王国を利用し、今回の統一を成した、という事ですか?」

 ミルカが確認する。

「……そう……感じるのだ。……まだ……何も分からんが……な。まあ、それはこれから分かってくるやも知らん。だがそれよりも……」

 ケパはエグザルレイに顔を向けた。

「エル、ミルカ……速やかにここを出る準備をせよ。私が手引きする」

「え?」

「そんな……急に……」

 ミルカとエグザルレイはケパからの突然の指示に動揺を隠せない。

「ミルカ……お前は新しいエグデン王の『4妃の1人』に選定されたな?」

 ケパの問いかけにミルカはコクリと頷く。

「エル、お前は『王族男子降民制度』により王族から 排籍はいせきされ、民にくだることとなっているな?」

「あ……はい。恐らく……どのような形でかは分かりませんが……」

 エグザルレイは姉とは違って言葉で応じた。ケパは2人に向かい交互に視線を向ける。

「グラディー族々長達の御子息らも、また、サルカス王国の王子らも、このひと月の間に『王族男子降民制度』によりそれぞれの『地位』を 剥奪はくだつされ降民された。制度そのものとしては『 反旗分子はんきぶんし』となり得る王族男子の弱体化を狙うものだと理解し、その 推移すいいを私は見ていた。だが……」

 ケパは首を振った。

「グラディー族長達の御子息らは……それぞれ強制移住させられていく途上で……ある者は病に倒れ、ある者は盗賊に襲われ、ある者はサーガの 餌食えじきとなり……誰1人として『民の1人としての生涯』を送る事も無く死んだ。まさかと思い、私はサルカスの王子達の動向を調べた。3人の王子の内2人は移動中の船が沈み 溺死できし……1人はたまたま『ただの風邪』で移動が遅れていたために難を逃れてはいたが……胸騒ぎがしてな。すぐに私は残されたもう1人のサルカス王子の下へ飛んだのだ。偶然にしてはあまりにも不自然な王子・御子息らの死……何かがあるに違いないと」

 ミルカもエグザルレイも驚きの表情を見せつつ、黙って続きを聞こうとしている。その雰囲気を確認し、ケパは話を続ける。

「サルカスに潜り込み、存命中の王子に会えたのは昨日の朝だ。移動可能な状態と判断された王子は強制移住のため馬車に乗せられていた。私はその様子を空から確認し、人目につかない場所で接触しようと機会を うかがっていた……その時、サルカス西部の山合いに馬車が入ると、事もあろうか 御者ぎょしゃが馬車から飛び降りたのだ。御する者のいない馬車はそのままゆっくり道を進んでいた。私は上空から御者台目指し降下した。ある意味、王子と接触できるチャンスでもあるからな。だが……私は降下を止めざるを得なくなった。馬車の先に……ドラゴンが出て来たのだ。その背後には人影があった。ユーゴの法術士だ。私は状況を整理し、王子の危険を確信した。これは『暗殺』だと。再び急降下を行ったが……間に合わなかった」

「じゃあ……その……王子は……ドラゴンに?」

 エグザルレイはゴクリと唾を飲み込みケパに尋ねた。ケパは頷く。

「吐き出す炎で瞬時に馬車を焼き尽くしたドラゴンを避け、私はユーゴの法術士を った。その途端、ドラゴンはまるで見えない鎖から解放されたように身の自由を確認し、私には目もくれず飛び去って行った。王子や族長の子息らは、全てユーゴの法術士らにより暗殺されていたのだ!……となれば、最後にこの『王族男子降民制度』が適用されるイグナ王国……エグザルレイ王子にも危険が迫っていることは確実……だから……こうして飛んで来た」

 エグザルレイは思わず師匠の胸に飛び込み抱きついた。ケパは成長した愛おしい弟子を受け止めるとミルカに視線を向ける。一瞬の 躊躇ちゅうちょを振り払い、ミルカもケパの胸に飛び込む。……懐かしい「羽毛の香り」に包まれ、姉弟は幼き日の別れから待ち望んでいた再会の喜びを噛み締める。

 師弟の短い抱擁のひと時を経て、ケパは改めて2人に促した。

「……さあ、急いで準備をせよ。……あの頃のお前達なら抱えて飛び立つことも出来ただろうが……もう、今はさすがに無理だ。 宵闇よいやみまぎれここを離れ、我が 同胞どうほうと合流しイグナを脱出するのだ!」

「……国王陛下や母様達は……」

 エグザルレイはケパに尋ねた。ケパは決然たる目を向けたまま首を横に振る。

「イグナの王と王妃は……恐らく大丈夫だろう……。サルカスでもグラディーでもそうであったように……。お前たちも気付いているのではないか? 王も王妃も『 虚文主義きょもんしゅぎ』の中に、すでに自ら座してしまっている事に……」

 ミルカとエグザルレイは顔を見合わせ静かに頷いた。

「はい……。国王陛下も母様も……大臣らや国政委員会の者達の言いなりになっています。私たちが伝えた懸念を一蹴し……共和国制への移行でイグナも……この大陸の全てが平和になると心から喜んでいます」

 姉弟を代表し、ミルカが答える。

「……ならば、やはり大丈夫だ。ヤツラの言葉・情報を疑う事無く受け入れ、信じ、従っているのであればヤツラにとっては無害……いや、むしろ統治するための象徴的な存在として現王と王妃の命に危険は及ぶまい。この激動の時だ、少しでも段取り良く共和制の統治を確立したいとヤツラは考えている」

 ケパはその両羽で覆うように2人の肩に手を乗せたまま語る。

「……ヤツラは『今の力無き王達』には何の危険性も無いと考えている。だが『やがて力ある王』になるやも知れぬ王子達は危険要因だと考え、王族の中から排除し、その命を亡きものとすることを選んだ。また、王族・王女から きさきめとる事で縁故えんこを強め、国家体制を 永劫えいごうのものとするつもりだ。……そのこと自体をもはや変える事は無理だろう……だが……」

 ケパは今度は自分の思いで2人を ふところに抱き寄せる。

「ヤツラが作り出す『平和』がどんな世界を目指しているのかは分からん。だがな……そのためにお前たちの『平和』を奪うことまで……俺は許すつもりは無い。……グラディー族の中にもヤツラに屈する事無く今尚自領を守る仲間達がいる。ヤツラにより作られる『怪しげな 虚構きょこうの平和』ではなく、自分達で築き上げて来た平和を守る者達の地だ……」

「では……私たちもそのグラディー族の地へ……ですか?」

 エグザルレイが確認する。

「ああ……一応はな。だが、その先はお前たちが自由に道を選べば良い。その地で生きるも良し、この大陸を離れて生きるも良し、とにかく自分の平和を自分の手で築き上げよ。……ヤツラの作る『平和』の……犠牲にだけはなるな」

 ケパは2人の意思を確認するように静かに語りかけた。ミルカとエグザルレイはしっかりと自らの意志を固める。

「行きます!」

「すぐに!」

 ケパは頷いた。

「……私はさすがに この宮中きゅうちゅうを共には動けない。……あの『狩り小屋』はまだ安全か?」

「はい。私達以外は誰も使用していません」

 ミルカの返答を聞くとケパは満足げに頷く。

「……ではあの小屋で待つ……1時間後までに……準備を済ませて来れるか?」

 2人は笑顔で大きく頷いた。それを確認するとケパは窓から身を投げ出すように飛び出ていった。

「師匠……お元気そうだったね……」

「うん」

 2人は何だか夢でも見ていたかのような不思議な気分で窓を見つめ呟いた。しかしすぐに思いを現実に向け直す。

「さ! エル、ボサッとしてられないわよ! 急いで準備をしなきゃ!」

 ミルカが先に動き始めた。エグザルレイも室内を移動する。

「私は日々『この時に備えて』旅支度は出来ていますよ! ほら……この袋一つに……」

 そう言うと、ベッドの下から身体の半分ほどの大きさの袋を取り出し見せた。

「着替えはいつもこの中の物から詰め替え出し入れしてるんです。そうすればいつでも3日分の着替えがストック出来た状態で過ごせますから……」

「あら……賢いじゃない。私は……まずはお洋服をどうしようかしら? ドレス以外の服なんか持っていないわよ。……旅に出るにはちょっと……」

 ミルカはそう言うとエグザルレイをジッと見つめる。

「……あんたの服、何着かよこしなさい。男装でいいわ、当面」

「え? わ、私のをですか……まあ……いいですけど」

 こうして深夜の「 家出支度いえでじたく」が始まった。
 状況は決して楽観出来るものではない。だが、幼い日より力を合わせ共に生きて来た姉弟と、何よりも2人が最も信頼している師匠の3人での旅が始まるのだと思うと、2人は知らずに笑顔を洩らす。
 他人から 翻弄ほんろうされて来た日々を脱し、自分達の足で歩み出す日が来たのだという希望に、2人の心は満たされていた。
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