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第3章 エルグレドの旅 編

第 106 話 時に備えよ

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「探せー! まだ 宮中きゅうちゅうにいるはずだ!」

 イグナ王宮内に、武装した兵達の声が響き渡る。

「王と御家族をしっかりお守りしろ!  間者かんじゃは武装している! 発見次第しだい ち倒せ! 生死は問わん!」

 ミルカとエグザルレイそしてケパの3人は、響き渡る兵士達の靴音を聞きながら事態の急変を確実な「悪い現状」と認識していた。

「すみません……まさかあれほど早く兵たちがなだれ込んで来るとは……。とっさのことで、こんな狭い所しか思い至らずに……」

 ミルカは窮屈そうに身体を屈め座るケパに詫びる。

「大丈夫だ……。私は見た目よりも細身だからな」

 ケパが優しく応じた。エグザルレイが不安そうに尋ねる。

「…… 姉様あねさま……ど……どうして皆、あのような声で師匠を探しているのです……? 見たことの無い格好の兵もおられて……。『生死を問わない』とは……穏やかではありません……」

「さあ?……理由はまだ何も分からないわ……。ただ、師匠が持って来たグラディー族との同盟の話が……ダメになったみたいね……」

 ミルカは隙間から射し込む 幾筋いくすじかの光に浮かぶケパの顔を見つめながら答えた。ケパも頷《うなず》くと応じる。

「……ただ単純に『提案が受け入れられなかった』という雰囲気ではない……な。エグデンの戦闘兵が一緒にいたり、イグナの兵士らが私を『間者』と呼んでいるあたり、どうやら何らかの策略が張り巡らされた上での交渉決裂の可能性がある……」

「何らかの策略?」

 ミルカが聞き返す。

「それが分かれば手の打ち様もあるかも知らぬが……とにかく今は全く情報が足りん……」

「情報……」

 ミルカが呟くとエグザルレイが明るく答える。

「じゃあ、国王陛下のお部屋の上で、何が起きているのかお話しを聞きましょう!」

 ケパはキョトンと目を丸くし、その提案に首をかしげた。ミルカも微笑みながらエグザルレイの提案に同調する。

「じゃ、盗み聞きコースに行きましょっか?」


―・―・―・―・―・―


「……ホントに狭苦しくは無いですか? 師匠?」

 ミルカは、後ろを振り向くこともままならない暗い通路を いながら、後について這い進むケパに尋ねる。

「ホントに大丈夫だ。……我ら鳥人種は見た目の3分の1ほどの肉体……細身の上に豊かな羽毛を まとう種だからな。……胴周どうまわりはエルとさほど変わらん」

「人は見た目によらないって事ですね、師匠」

 さらにケパの後ろから続くエグザルレイが応じる。ケパはフッと笑みを洩らす。

「それは……言葉の使い方としては違うな……」

「あっ……そろそろです……。声を落として……」

 先頭のミルカの指示で3人の会話が終わる。

 3人は王宮2階壁裏にある「通風路」に隠れていた。1辺がミルカの肩幅より少し広い程度で正方形の通風路は、1階と2階の間に張り巡らされている。そこは冒険好きで退屈を もてあそんでいた王子と王女にとっては絶好の「遊び場」の1つだ。
 ミルカはケパの顔が通風孔に近づける位置まで前進して止まる。ケパはその意図を み、通風孔から光が差し込む位置まで進んだ。隙間から「下」の様子を伺える。そこは王の謁見の間の天井部分だった。室内の配置は覚えているが、どこに誰が、そして何人ほどが集まっているのかはよく見えない。

「ミルカとエグザルレイは見つかったか!」

 シャルドレイの声が響き聞こえる。

「いえ……まだ……。侍女達が申しますには、お2人はこの時間、よく森に遊びに行かれているらしいとの事で……現在、兵らが探しに行っております」

 護衛兵の返答に続き、聞き覚えの無い男性の声が届く。

「しかしながら……例の間者がお2人を人質にとり、どこぞに潜んでいる可能性もあります。いずれにせよ王よ。お気を確かに保たれお待ちになられますよう」

 良く通る声だ。あの大臣達の声ではない。ケパは声の主を確認したかったが、どの位置にいるのか見定められない。

「エグザルレイ……ミルカ……。クソッ! あの 鳥男とりおとこめ! あの子らに何か危害を加えようものなら……全ての羽を引きちぎった上で火あぶりにしてやる!」

 ケパは王の怒声に激しい嫌悪を抱いた。直後に後ろからエグザルレイの小さな手が優しくケパの右足首を掴む。ほぼ同時に前方のミルカが右足を浮かせ、足首をクイッと曲げた。まるで「ゴメンなさい」とでもう言うかのように足首を下げる素振りに、ケパは首を振り自制を取り戻す。

 ……王とは言え人の親……我が子が「間者」に連れ去られ、傷付けられたかも知れぬ状況下だ……仕方あるまい。

「ゾルド殿…… 悪戯いたずらに王の御心配をあおるような御発言は……」

 聞き覚えのある大臣の声だ……「ゾルド」?……何者だ?

「可能性の話です……。 戯言ざれごとには御座いませぬゆえご容赦いただきたい。……ご心痛は 重々じゅうじゅうお察し申し上げておりますゆえ……。されど今は 御国おんくににとっても重大な決断を要する話を優先的にお考えいただきたいのです」

 ゾルドの表面的な気遣いと、実務的な要求の声が聞こえる。

「……エグデン国王の申し出は……確かにお聞きした……。我が国の調査兵らの入手して来た情報とも合致する……。あの『間者』めは我が国を貴国とヤツラの戦争に巻き込もうとしていた事は明白……しかし……」

「シャルドレイ国王よ、事は一刻を争うものです。ご決断いただけないのであれば……我がエグデン王国……いや、エグデン・サルカス連合はグラディー 征伐せいばつと同時に御国とも事を構えるに及ぶ事になりましょう」

 何ッ?「グラディー征伐」だと?

 ケパの集中力が高まる。大臣の1人が言葉を繋ぐ。

「陛下! 先にも申しましたように、此度こたびのエグデンよりの申し出……戦時不可侵条約については、我が国にとって何一つ不利益なものはございません。むしろここでエグデン国との友好を結ぶ事で、我が国の 国境くにざかいに住む たみらも安心して過ごせる事になり、王の平定の治世も永らく続く事につながります。ご決断を!」

「う……うむ……」

 シャルドレイ王から色好い決断の返事を引き出そうと、ゾルドも畳み掛けるように続く。

「この度のグラディーからの間者の話は私も聞き及びました。 彼奴等きゃつらは我がエグデン・サルカス連合によるグラディー征伐の情報を聞きつけ、保身のために 御国おんこくを抱き込み、あわよくば おのれらの捨て駒に使おうとの 謀略ぼうりゃくを はかっておるのですぞ! 何を 躊躇ちゅうちょされておられるのですか!……さあ、ご決断の上、不可侵条約締結書を私めにエグデンへ持ち帰らせて下さい! イグナの 国民くにたみを守るためにも!」

 ケパはこのやり取りを聞き終えると手を伸ばし、ミルカに「進め」の合図を送った。ミルカはすぐに前進する。ケパとエグザルレイもその後に続いた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……ここは……通風路の中でも、少し広くなっていますから……」

 ミルカが言うように、そこはいくつかの通風路が合流する3m四方ほどの空間になっていた。高さも、大人が少し かがめば立って居られるくらいはある。3人は風の流れる音が笛の音のように聞こえるその空間で、改めて互いの顔を見合わせた。

「師匠……どういうことなんですか?」

 ミルカが尋ねる。

「……と、言うと……?」

「……エグデン王国に狙われていたのは……イグナではなく……グラディーだったと……。私達の国を……戦争に巻き込んだ?」

 ミルカは壁に背をつけ座るケパの目をジッと見つめて問い直す。ケパはその視線から目を背ける事無く答えた。

「私がグラディーの地を飛び立った時は……あの 親書しんしょしたためられた通りの事が真実であった……。しかし、今は……状況が変わったのだろう……。エグデンはイグナではなく、我らグラディーと先に事を構える方針となったようだ。恐らく、グラディーとイグナとの同盟を成させぬために……」

「……師匠……僕らの……『敵』になってしまうんですか?」

 エグザルレイが心配そうにケパに尋ねる。ケパは目線をエグザルレイに向ける。

「いや……私は……グラディーは君達の『敵』とはならない。安心しなさい……さて……」

 ケパは何かの思いを吹っ切るようにひと息をつく。

「いずれにせよ、君達をいつまでも『誘拐』していると思われているのはさすがに心苦しい……私はこの先は自分で何とかする。君たちは早く国王陛下に元気な姿をお見せして差し上げなさい」

 ミルカとエグザルレイは「師匠」の言葉に従い、通風路を通って自分達の居住区へ出ると、何事も無かったように侍女達に「保護」された。王宮内外での「間者捜索」は引き続き行われたが、王子と王女の無事が確認された事でその捜索の手も薄まる。
 翌日、ミルカとエグザレイはケパと別れた通風路の「 分岐ぶんき部屋」に戻ったが、彼の姿はすでに無かった。ただその壁面には別れの言葉が書き記されていた。

『我が友ミルカ、エルよ。しばしの楽しい時をありがとう。また会う日まで、 文武ぶんぶみがき<時>に備えよ』


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 レイラは立ち上がると水差しを取り、空のままエルグレドが にぎっているコップに水を注ぎ足しながら尋ねた。

「その『お師匠様』とはそれっきりになられた……という事かしら?」

「いえ……数年後に……再会は果たしましたよ」

 エルグレドは注がれた水を半分ほど一気に飲む。

「師匠……ケパさんはその後、無事に王宮を出て、エグデン・サルカス連合支配地も抜け、グラディー族の地へ戻られたそうです」

「エグデンの……前エグデン王国による『グラディー征伐』の情報を持って……って事ですかい?」

 エルグレドは問いかけたスレヤーに視線を向ける。

「……結果的に……そうなりました」

「じゃあさ、グラディーはそのおかげで『戦う準備』が出来たの?」

 エシャーが確認するように尋ねる。エルグレドは頷き応じた。

「グラディー族は元来、いつでも戦う準備が出来ている者達でしたから……でもエグデン・サルカス連合との戦いになるとなれば……それなりに特別な準備も行えたのでしょうね……」

 篤樹も会話に加わる。

「じゃあ……結局イグナ王国は……『戦時不可侵条約』ってのを受け入れて……連合国がグラディーに攻め入るのを……その……容認して見過ごしたって事ですか?」

「……政治……ですからねぇ……。父……国王陛下も国民を思っての決断であったと……私は信じていますよ。……但し……その選択は……大きな誤りでした……」

 エルグレドは悔しそうな表情を浮かべ、コップを握り締める。

「単純な……国盗り合戦というものであったなら……それは人の世のことわりであったと後の歴史が評価するでしょう。……しかし……エグデンの いくさはそのように単純な『大陸統一思想』での戦ではありませんでした。エグデンの使者ゾルド……彼はユーゴの法術士でもあり、当時の魔法院評議会での 重鎮じゅうちんだったんです。……エグデン王国は建前上は『王』を頂点とする王政国家でしたが……あの時……実権を握っていたのは魔法院評議会でした……。エグデン王は……ユーゴ魔法院の 傀儡くぐつでしかなかったのです」

「ユーゴ魔法院の傀儡……ですか?……それは今日も同じなのでは?」

 レイラが自分の席に座り直しながら呟く。エルグレドはチラッとレイラを見た後、再びコップの縁に視線を移した。

「……そうですね……あの時以来……今日に至るまで……この大陸はユーゴ魔法院……魔法院評議会内に居る一部の権力者達の支配下に在る……と思います」

 篤樹は「この世界」の勢力図を頭の中で整理する。

 旧4国が「共和制国家」として統一されたという歴史を聞いていたけど、その統一の背後で 暗躍あんやくしていたのが「ユーゴ魔法院」……魔法院評議会? でも……その魔法院には300年前に卓也も関係するはずだし、最初に魔法院を作った「ユーゴ」もチガセ……俺のクラスメイトの女子かも知れないって……。じゃあ、「あいつら」がこの世界で何か悪い事をやってたって事なのか……

 エルグレドは一旦気持ちを落ち着かせるように目を閉じ、軽く息を吐き出し再び語り始めた。

「……さて、私が師匠……ケパさんと再会したのは……私が14歳になった頃のことでした。『備えよ』と言われていた『時』が……ついに来たのです……」
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