60 / 464
第1章 旅立ちの日 編
第 55 話 救出作戦
しおりを挟む
しまったぁ! もうバレたよ……どうする?
篤樹はエシャーに目配せをした。エシャーも覚悟を決めたように 頷く。
ようやく 束縛を 解いてこの裏山に逃げ込んできたのに……見つかる覚悟で立ち上がり、山の中をとにかく走り抜くか? エシャーにとって森は走りやすい場所だし、ヤツラとの距離は50mくらいはハンデがあるから……俺の足でもなんとかなるかも………でも……ドラゴンは? 飛ぶのか? 走るのか? 火を吐き出したり、雷を出したりとかの攻撃もするのか? どうしよう!
判断を迫られる突然の状況に、篤樹は決断できずにいた。しかし、距離のハンデを活かすなら、もう悩んでる時間はない!
「おい、こら待て!」
北の山賊リーダーの声が唐突に響く。
「何の真似だ? お前ら?」
村からのザワついた雰囲気が伝わってくる。
「モノが足りねぇからって、嘘はよくねぇなぁ」
ん? 篤樹はエシャーと顔を見合わせた。嘘? あいつら何か嘘を言ってたか?
「若い女のエルフだの、男だの、何の時間稼ぎだ? なめてんのか!」
「い、いや! ホントにここに……」
「もうやめろ! 嘘つきは泥棒の始まりってなぁ周知の事実だがよ、盗賊が山賊様に嘘ついちゃあイケねぇって決まりがあんだよ!」
グンゴワァー!
「キャー!」「おワー!」
なんだ? 何が起こってるんだ?
顔を上げて確かめたい 衝動を必死に抑え、篤樹は顔を 伏せ続けた。エシャーもギュッとつないだ手に、さらに力を入れてくる。
「何をする!」
盗賊村のお頭の声だ。
「『男』が1人だったなぁ。ま、それはコイツで良しとしよう」
村から、しばらくのあいだ「バキバキ」と何かが砕ける不気味な音と、村人たちが嗚咽を漏らす声が聞こえた。
「エルフの代わりなんかはいやしねぇだろうが……ま、ソイツをもらって行こうか? 若いメスのエルフの代わりには全然足りねェけどよ。今回はそれで見逃してやるよ」
「そ、そんな! やめてくれ」
「早く来いよ! メンドーだな!」
「イヤー! お母さーん、助けてー! じいちゃーん!」
なんだ? なんだ! 何をしてるんだヤツラ……
篤樹は目を閉じ、声に集中してみる。イメージが 鮮明に湧いてきた。
中庭に焼け焦げた死体が一つ……それをドラゴンが 貪り食っている。ドラゴンから降りた男の姿…… 頬に傷のある、片目の潰れた男だ。中庭でみた10歳くらいの女の子を、そいつが無理矢理引っ張って行こうとしている。盗賊たちは 渋々従う様子で、小屋から荷物を運び出し、最後尾のドラゴンの背に付けられた荷台に次々載せていく。その様子を村の「お頭」は黙って 睨みつけている。
グループのリーダーと思しき山賊は、ドラゴンの上から盗賊のお頭を見下げ、ニヤニヤと話しかけた。
「サーガの 大群行なんてのがあったんだからよ、今月は少なくっても仕方ねぇってウチのお頭は言ってたんだ。それを……エルフだの何だのって 姑息な嘘をつきやがるからこんな事になっちまうんだよ」
篤樹はパッと目を開ける。自分の想像するイメージと現実の動きがリンクしている? どういう事だ?
やがて、集落の様子が段々と落ち着いて来た。しかし……
「おねぇちゃーん、おねぇちゃーん!」
小さな子の泣き叫ぶ声と、村人たちのすすり泣く声が響いてくる。篤樹はエシャーとつないだ手を離さなかった。不安と怒りと空しさに押し潰されそうだ。1人だったら……耐えられない! エシャーも同じ気持ちなのか、ジッと黙ったまま、この出来事が収まるのを待っている。
全てが落ち着いたら……ここから離れよう……山を降りて……エルグレドさんたちを探して……それからまた旅を続けよう……
篤樹は「納得のいかない解決の時」が早く来るのを、ただひたすら待つ。
「よーし、では盗賊諸君、また来月。では!」
山賊グループのリーダーが告げる声が聞こえた。ズシン! ズシン! と 鈍い振動が伝わって来る。歩行型のドラゴンなのか……
集落からガヤガヤと人々が散っていく声が聞こえた。
「くそッ! あいつら!」
篤樹は一瞬、村人の発したその声が自分たちに向けられたものかと思いドキッ! とする。
「仕方ねぇよ……ここで生きていくためにゃ、ヤツラには逆らえねぇ……」
「ところでお頭……あの2人はどうします? 山狩りしますか?」
山狩り? 追いかけて来るつもりか? しかしすぐにお頭の声が聞こえた。
「馬鹿野郎!……エルフなんかに手ぇ出したりすっから……罰が当たったんだよ。ルメンが殺され……アイが連れ去られちまった。これ以上あのエルフに手を出したら……この村ぁ……とうとう全滅だろうよ……」
篤樹はゆっくり上半身を起こし、慎重に村の様子を伺う。盗賊たちは中庭から家々に戻って行ったようだ。ふと視線を横に向けると、エシャーは地面に突っ伏したままだ。
「エシャー……もう、大丈夫みたいだよ……行こっ……」
つないだままのエシャーの手を引き、立たせようとするが……エシャーは応じない。
「エシャー……」
篤樹は 片膝をついた姿勢でエシャーを 促す。ズズズッ……という感じにエシャーはゆっくり身体を起こし、地面にペタンと座ったまま目の前の石をジッと見ている。
「エシャー!」
自分の気持ちも 奮い立たせるように、篤樹は少し強い口調でさらにエシャーを促す。
「……アッキー……あの子……私の代わりに連れて行かれちゃった……」
篤樹はズキンと心が痛んだ。エシャーも同じことを考えてたんだ……
「私たちが逃げたから……誰かが殺されて……あの子が連れて行かれちゃったんだ……」
「……そうだね……うん……そうかも知れない」
「どうしよう……」
エシャーの気持ちが痛いほど分かる。盗賊たちが悪いのは間違いない。俺たちをさらって来たりなんかしなければ、あの子が連れて行かれることも、仲間が殺されることだって無かったんだから……盗賊たちの自業自得だ。俺たちには関係のない事、俺たちだって被害者なんだ。だけど……このままじゃ……
「アッキー……」
「ん?」
「私、あの子を助けたい……ううん! あの子を助けなきゃ!」
エシャーが篤樹の目をジッと見つめて 訴える。負う必要の無い責任だし「悪者たち同士」の争いに、わざわざ立ち入る必要なんか無い。そもそも……あんなドラゴンに乗ってる連中からあの子を助け出すなんて不可能だ。でも……
「うん……俺もそう考えてた。このまま黙って立ち去るなんて……出来ないよね」
そうだ。これは「あの子」を助けるためだけじゃない! あの子を助ける事で俺とエシャーもようやく本当に「脱出」を喜ぶことが出来るんだ……よし!
エシャーは、自分の我がままに篤樹を付き合わせてしまったのでは? と申し訳無さそうに返事をする。
「ゴメンね……ありがと……」
篤樹は首を横に振り答える。
「あの子を助けないと、この先ずっと……永遠に僕たちは後悔する事になるよ。これは僕とエシャー……2人の問題なんだ。だから、助けに行こう!」
エシャーが満面の笑顔になる。よし! やってやろうじゃないか!
「アッキー、また『僕』って言った」
は? 何? エシャーの予想外の返答に 戸惑う。
「え? あ?……もう! そんなん……どうだっていいだろ! とにかく気付かれないように後を追わなくちゃ!」
照れ隠しのようにパッと立ち上がり、山の中を歩き始めた篤樹の後ろを、エシャーは嬉しそうな笑顔で付いて来る。
「私もさぁ、時々『おじい様』のことを『おじいちゃん』って呼んじゃうんだけどさぁ……アッキーって時々私にも『僕』を使うよねぇ? いつもは『俺』なのに。裁判所でもさぁ……なんで? どんな気持ちの切り替えなの?」
しつこいなぁ……知らないよ! 無意識にだよ!
自分でも無意識の発言なのに、しつこく訊ねて来るエシャーを軽くあしらいながら、篤樹はズンズン木々の合間を進み続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、どうしたものか……
ドラゴン3体にそれぞれまたがる山賊たちを、左下に並行する山道に見下ろしつつ、篤樹とエシャーは山間の 斜面をゆっくり進んでいた。
篤樹としては、恐らく自分たちを探しているに違いないエルグレドとレイラの登場を心のどこかで強く待ち望みながら歩む……が、連れ去られてきた方角と、全然違う道を進むこの一隊に付いて行く間に……その 淡い希望は消えていく。
「ねえ、アッキー。どうする?」
どうするったって……
地理的上位の利を活かし、山賊たちが向かう道の先までを見通し考える。 緩やかな上りの一本道がずっと続き、しばらく先に小高い山が見えた。
「あの山が『北の山』なのかなぁ?」
エシャーの声に反応し、篤樹も同意し頷く。
もしあれが「北の山」なら、あそこには「山賊たち」がいるってことだ。今は3体のドラゴンと3人の山賊だけど、あそこまで行ったら……どれだけの仲間がいるのか分からない。そこに行く前に何とか……
「エシャー、あれ!」
一隊が進む道の数百メートル先に見えて来たものに気付き、篤樹はエシャーに声をかける。
「あれって『橋』だよね?」
エシャーもジッと「それ」に目を 凝らす。
「……うん、橋だね」
「よし! あの橋のところまで先回りしよう!」
2人は下方の山賊一行に気付かれないように注意しつつ、山間の斜面を急いで 駆けていった。しかし……途中で篤樹は、自分の足にエシャーが速度を合わせていることに気付く。
「エシャー? もしかして……ゆっくり走ってる?」
「え? うん。アッキー置いて行っても、どうすりゃいいか分かんないし、別に競争じゃないから」
篤樹は一旦足を止めた。
「え? 何? どうしたのアッキー?」
そうだよ……エシャーなら……
「エシャー、君の何かの魔法で……あの橋を壊すことって出来る?」
「え? うーん……」
エシャーは橋をジッと見つめる。
「うん! たぶん大丈夫だよ、あれなら。石の橋なら自信無いけど……木の橋なら大丈夫!」
よし! それなら……
篤樹は歩調を緩め、計画をエシャーに伝え始めた。
「ドラゴン3体と山賊3人なんて……たぶん俺たちじゃ、まともに太刀打ちなんか出来ない……と思う。そりゃ、やってみなきゃ分かんないけど……でも、数を減らせば勝てる可能性も少しは高くなると思うんだ」
「うん。それで?」
「あのドラゴンは……口から火を吐き出す攻撃をするみたいだから、正面きって2人で飛び掛っても3体には勝てない……と思う。だから数を減らすんだ!」
篤樹は橋を指差した。
「火を 吐く代わりに空は飛べないみたいだし、あの子は他のモノと一緒に最後尾のドラゴンに乗せられている。だから……前の2体が橋の上にさしかかった所で、エシャーがあの橋を 破壊すれば……」
「相手をするのは最後の1体だけになる! すごい! アッキー、よく考えついたね!」
誉められれば誰だって嬉しい。篤樹は自分がすごく「いい笑顔」になってることを 頬の筋肉に感じた。
「そういうこと。だから、エシャー……先に橋の所まで行って1番良いタイミング……前の2体だけが橋の上に乗った時に、あの橋を 壊して欲しいんだ。2体が落ちれば、最後尾のドラゴンと乗り手も 動揺するだろうから……その間に俺は後ろからドラゴンの背に上ってあの子を助けるよ。……必要なら乗り手も倒す! エシャー……ドラゴン相手に、あの 腐れトロルをやっつけた攻撃魔法って使える?」
エシャーは少し考える。
「ドラゴンのウロコってのが……どのぐらい 硬いのか分からないけど……やってみるね!」
「よし! じゃあ、最後尾の1体だけを残して、前の2体を橋から落とす。その後、エシャーは前から、俺が後ろから 挟み撃ち! この計画で行こう!」
「分かった! じゃ!」
エシャーはそう言うと、山の斜面に生える木々の間を、まるで何の障害も無いトラックを駆けるように走っていった。
森の中じゃ……絶対に負けるなぁ……
篤樹は「陸上部1の俊足」という、無駄なプライドを捨てるのにためらいは無かった。
俺とエシャーの2人であの子を助け出す……これは俺たちが「完全に脱出」するために…… 避けられない道なんだ……
最後尾のドラゴンの上で 手綱を握っている山賊に、篤樹は視線を向ける。顔に傷の有る、片目の潰れた男……声だけを聞きながらイメージしていたあの「中庭」の風景の中にいた男そのものだ。
その時が来たら……
ポケットの中の成者の剣を取り出し、篤樹はカチカチカチッ! と刃を出してみる。
その時が来たらって……覚悟は決めたけど……こんな「カッターナイフ」で戦えるんだろうか……
篤樹はエシャーに目配せをした。エシャーも覚悟を決めたように 頷く。
ようやく 束縛を 解いてこの裏山に逃げ込んできたのに……見つかる覚悟で立ち上がり、山の中をとにかく走り抜くか? エシャーにとって森は走りやすい場所だし、ヤツラとの距離は50mくらいはハンデがあるから……俺の足でもなんとかなるかも………でも……ドラゴンは? 飛ぶのか? 走るのか? 火を吐き出したり、雷を出したりとかの攻撃もするのか? どうしよう!
判断を迫られる突然の状況に、篤樹は決断できずにいた。しかし、距離のハンデを活かすなら、もう悩んでる時間はない!
「おい、こら待て!」
北の山賊リーダーの声が唐突に響く。
「何の真似だ? お前ら?」
村からのザワついた雰囲気が伝わってくる。
「モノが足りねぇからって、嘘はよくねぇなぁ」
ん? 篤樹はエシャーと顔を見合わせた。嘘? あいつら何か嘘を言ってたか?
「若い女のエルフだの、男だの、何の時間稼ぎだ? なめてんのか!」
「い、いや! ホントにここに……」
「もうやめろ! 嘘つきは泥棒の始まりってなぁ周知の事実だがよ、盗賊が山賊様に嘘ついちゃあイケねぇって決まりがあんだよ!」
グンゴワァー!
「キャー!」「おワー!」
なんだ? 何が起こってるんだ?
顔を上げて確かめたい 衝動を必死に抑え、篤樹は顔を 伏せ続けた。エシャーもギュッとつないだ手に、さらに力を入れてくる。
「何をする!」
盗賊村のお頭の声だ。
「『男』が1人だったなぁ。ま、それはコイツで良しとしよう」
村から、しばらくのあいだ「バキバキ」と何かが砕ける不気味な音と、村人たちが嗚咽を漏らす声が聞こえた。
「エルフの代わりなんかはいやしねぇだろうが……ま、ソイツをもらって行こうか? 若いメスのエルフの代わりには全然足りねェけどよ。今回はそれで見逃してやるよ」
「そ、そんな! やめてくれ」
「早く来いよ! メンドーだな!」
「イヤー! お母さーん、助けてー! じいちゃーん!」
なんだ? なんだ! 何をしてるんだヤツラ……
篤樹は目を閉じ、声に集中してみる。イメージが 鮮明に湧いてきた。
中庭に焼け焦げた死体が一つ……それをドラゴンが 貪り食っている。ドラゴンから降りた男の姿…… 頬に傷のある、片目の潰れた男だ。中庭でみた10歳くらいの女の子を、そいつが無理矢理引っ張って行こうとしている。盗賊たちは 渋々従う様子で、小屋から荷物を運び出し、最後尾のドラゴンの背に付けられた荷台に次々載せていく。その様子を村の「お頭」は黙って 睨みつけている。
グループのリーダーと思しき山賊は、ドラゴンの上から盗賊のお頭を見下げ、ニヤニヤと話しかけた。
「サーガの 大群行なんてのがあったんだからよ、今月は少なくっても仕方ねぇってウチのお頭は言ってたんだ。それを……エルフだの何だのって 姑息な嘘をつきやがるからこんな事になっちまうんだよ」
篤樹はパッと目を開ける。自分の想像するイメージと現実の動きがリンクしている? どういう事だ?
やがて、集落の様子が段々と落ち着いて来た。しかし……
「おねぇちゃーん、おねぇちゃーん!」
小さな子の泣き叫ぶ声と、村人たちのすすり泣く声が響いてくる。篤樹はエシャーとつないだ手を離さなかった。不安と怒りと空しさに押し潰されそうだ。1人だったら……耐えられない! エシャーも同じ気持ちなのか、ジッと黙ったまま、この出来事が収まるのを待っている。
全てが落ち着いたら……ここから離れよう……山を降りて……エルグレドさんたちを探して……それからまた旅を続けよう……
篤樹は「納得のいかない解決の時」が早く来るのを、ただひたすら待つ。
「よーし、では盗賊諸君、また来月。では!」
山賊グループのリーダーが告げる声が聞こえた。ズシン! ズシン! と 鈍い振動が伝わって来る。歩行型のドラゴンなのか……
集落からガヤガヤと人々が散っていく声が聞こえた。
「くそッ! あいつら!」
篤樹は一瞬、村人の発したその声が自分たちに向けられたものかと思いドキッ! とする。
「仕方ねぇよ……ここで生きていくためにゃ、ヤツラには逆らえねぇ……」
「ところでお頭……あの2人はどうします? 山狩りしますか?」
山狩り? 追いかけて来るつもりか? しかしすぐにお頭の声が聞こえた。
「馬鹿野郎!……エルフなんかに手ぇ出したりすっから……罰が当たったんだよ。ルメンが殺され……アイが連れ去られちまった。これ以上あのエルフに手を出したら……この村ぁ……とうとう全滅だろうよ……」
篤樹はゆっくり上半身を起こし、慎重に村の様子を伺う。盗賊たちは中庭から家々に戻って行ったようだ。ふと視線を横に向けると、エシャーは地面に突っ伏したままだ。
「エシャー……もう、大丈夫みたいだよ……行こっ……」
つないだままのエシャーの手を引き、立たせようとするが……エシャーは応じない。
「エシャー……」
篤樹は 片膝をついた姿勢でエシャーを 促す。ズズズッ……という感じにエシャーはゆっくり身体を起こし、地面にペタンと座ったまま目の前の石をジッと見ている。
「エシャー!」
自分の気持ちも 奮い立たせるように、篤樹は少し強い口調でさらにエシャーを促す。
「……アッキー……あの子……私の代わりに連れて行かれちゃった……」
篤樹はズキンと心が痛んだ。エシャーも同じことを考えてたんだ……
「私たちが逃げたから……誰かが殺されて……あの子が連れて行かれちゃったんだ……」
「……そうだね……うん……そうかも知れない」
「どうしよう……」
エシャーの気持ちが痛いほど分かる。盗賊たちが悪いのは間違いない。俺たちをさらって来たりなんかしなければ、あの子が連れて行かれることも、仲間が殺されることだって無かったんだから……盗賊たちの自業自得だ。俺たちには関係のない事、俺たちだって被害者なんだ。だけど……このままじゃ……
「アッキー……」
「ん?」
「私、あの子を助けたい……ううん! あの子を助けなきゃ!」
エシャーが篤樹の目をジッと見つめて 訴える。負う必要の無い責任だし「悪者たち同士」の争いに、わざわざ立ち入る必要なんか無い。そもそも……あんなドラゴンに乗ってる連中からあの子を助け出すなんて不可能だ。でも……
「うん……俺もそう考えてた。このまま黙って立ち去るなんて……出来ないよね」
そうだ。これは「あの子」を助けるためだけじゃない! あの子を助ける事で俺とエシャーもようやく本当に「脱出」を喜ぶことが出来るんだ……よし!
エシャーは、自分の我がままに篤樹を付き合わせてしまったのでは? と申し訳無さそうに返事をする。
「ゴメンね……ありがと……」
篤樹は首を横に振り答える。
「あの子を助けないと、この先ずっと……永遠に僕たちは後悔する事になるよ。これは僕とエシャー……2人の問題なんだ。だから、助けに行こう!」
エシャーが満面の笑顔になる。よし! やってやろうじゃないか!
「アッキー、また『僕』って言った」
は? 何? エシャーの予想外の返答に 戸惑う。
「え? あ?……もう! そんなん……どうだっていいだろ! とにかく気付かれないように後を追わなくちゃ!」
照れ隠しのようにパッと立ち上がり、山の中を歩き始めた篤樹の後ろを、エシャーは嬉しそうな笑顔で付いて来る。
「私もさぁ、時々『おじい様』のことを『おじいちゃん』って呼んじゃうんだけどさぁ……アッキーって時々私にも『僕』を使うよねぇ? いつもは『俺』なのに。裁判所でもさぁ……なんで? どんな気持ちの切り替えなの?」
しつこいなぁ……知らないよ! 無意識にだよ!
自分でも無意識の発言なのに、しつこく訊ねて来るエシャーを軽くあしらいながら、篤樹はズンズン木々の合間を進み続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、どうしたものか……
ドラゴン3体にそれぞれまたがる山賊たちを、左下に並行する山道に見下ろしつつ、篤樹とエシャーは山間の 斜面をゆっくり進んでいた。
篤樹としては、恐らく自分たちを探しているに違いないエルグレドとレイラの登場を心のどこかで強く待ち望みながら歩む……が、連れ去られてきた方角と、全然違う道を進むこの一隊に付いて行く間に……その 淡い希望は消えていく。
「ねえ、アッキー。どうする?」
どうするったって……
地理的上位の利を活かし、山賊たちが向かう道の先までを見通し考える。 緩やかな上りの一本道がずっと続き、しばらく先に小高い山が見えた。
「あの山が『北の山』なのかなぁ?」
エシャーの声に反応し、篤樹も同意し頷く。
もしあれが「北の山」なら、あそこには「山賊たち」がいるってことだ。今は3体のドラゴンと3人の山賊だけど、あそこまで行ったら……どれだけの仲間がいるのか分からない。そこに行く前に何とか……
「エシャー、あれ!」
一隊が進む道の数百メートル先に見えて来たものに気付き、篤樹はエシャーに声をかける。
「あれって『橋』だよね?」
エシャーもジッと「それ」に目を 凝らす。
「……うん、橋だね」
「よし! あの橋のところまで先回りしよう!」
2人は下方の山賊一行に気付かれないように注意しつつ、山間の斜面を急いで 駆けていった。しかし……途中で篤樹は、自分の足にエシャーが速度を合わせていることに気付く。
「エシャー? もしかして……ゆっくり走ってる?」
「え? うん。アッキー置いて行っても、どうすりゃいいか分かんないし、別に競争じゃないから」
篤樹は一旦足を止めた。
「え? 何? どうしたのアッキー?」
そうだよ……エシャーなら……
「エシャー、君の何かの魔法で……あの橋を壊すことって出来る?」
「え? うーん……」
エシャーは橋をジッと見つめる。
「うん! たぶん大丈夫だよ、あれなら。石の橋なら自信無いけど……木の橋なら大丈夫!」
よし! それなら……
篤樹は歩調を緩め、計画をエシャーに伝え始めた。
「ドラゴン3体と山賊3人なんて……たぶん俺たちじゃ、まともに太刀打ちなんか出来ない……と思う。そりゃ、やってみなきゃ分かんないけど……でも、数を減らせば勝てる可能性も少しは高くなると思うんだ」
「うん。それで?」
「あのドラゴンは……口から火を吐き出す攻撃をするみたいだから、正面きって2人で飛び掛っても3体には勝てない……と思う。だから数を減らすんだ!」
篤樹は橋を指差した。
「火を 吐く代わりに空は飛べないみたいだし、あの子は他のモノと一緒に最後尾のドラゴンに乗せられている。だから……前の2体が橋の上にさしかかった所で、エシャーがあの橋を 破壊すれば……」
「相手をするのは最後の1体だけになる! すごい! アッキー、よく考えついたね!」
誉められれば誰だって嬉しい。篤樹は自分がすごく「いい笑顔」になってることを 頬の筋肉に感じた。
「そういうこと。だから、エシャー……先に橋の所まで行って1番良いタイミング……前の2体だけが橋の上に乗った時に、あの橋を 壊して欲しいんだ。2体が落ちれば、最後尾のドラゴンと乗り手も 動揺するだろうから……その間に俺は後ろからドラゴンの背に上ってあの子を助けるよ。……必要なら乗り手も倒す! エシャー……ドラゴン相手に、あの 腐れトロルをやっつけた攻撃魔法って使える?」
エシャーは少し考える。
「ドラゴンのウロコってのが……どのぐらい 硬いのか分からないけど……やってみるね!」
「よし! じゃあ、最後尾の1体だけを残して、前の2体を橋から落とす。その後、エシャーは前から、俺が後ろから 挟み撃ち! この計画で行こう!」
「分かった! じゃ!」
エシャーはそう言うと、山の斜面に生える木々の間を、まるで何の障害も無いトラックを駆けるように走っていった。
森の中じゃ……絶対に負けるなぁ……
篤樹は「陸上部1の俊足」という、無駄なプライドを捨てるのにためらいは無かった。
俺とエシャーの2人であの子を助け出す……これは俺たちが「完全に脱出」するために…… 避けられない道なんだ……
最後尾のドラゴンの上で 手綱を握っている山賊に、篤樹は視線を向ける。顔に傷の有る、片目の潰れた男……声だけを聞きながらイメージしていたあの「中庭」の風景の中にいた男そのものだ。
その時が来たら……
ポケットの中の成者の剣を取り出し、篤樹はカチカチカチッ! と刃を出してみる。
その時が来たらって……覚悟は決めたけど……こんな「カッターナイフ」で戦えるんだろうか……
8
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
転生なの?召喚なの?
陽真
ファンタジー
主人公のハルヤ・シーリスは地球から転生した転生者だった。
しかし十歳の頃、『異世界渡り』と呼ばれる儀式に選ばれ、地球に渡った。
そして月日は経ち十五歳のある日に、異世界へと召喚されてしてしまう。
そこは、転生した世界だった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~
はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま)
神々がくじ引きで決めた転生者。
「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」
って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう…
まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる