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第1章 旅立ちの日 編

第 54 話 逃亡

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 篤樹は「アイスバーの棒」状の伝説の武器が落ちてくるものだと、すっかり思っていただけに、それを見ても一瞬何が落ちて来たのか分からなかった。

 何だ? これ……カッターナイフ?

「アッキー……『 成者しげるものつるぎ』が……えっと……『刃』が出来たね」

 エシャーも驚いて「それ」を 見下みおろしている。

 確かに「刃」はある。成長して……歯が生えた、みたいな? 構造も「カチカチッ!」と 内蔵刃ないぞうばを出す、使い慣れた形の…… 貧弱ひんじゃくな刃だけど……これを使えば縄を切れそうだ!

 篤樹は急いで「成者の剣」を後ろ手で ひろう。指先の感覚で刃を出し、縛られている結び目辺りに近づける。切れ味は……抜群だった! ノコギリのように、何度もゴシゴシと刃を押し引きするつもりだったのに、結び目の内側に刃を差し込んだだけでスパッ! と縄目が切り落とされた。

 結び目を切り取られた縄は、腕を前に伸ばす力だけポトンと地面に落ちる。

 数時間ぶりに自由になった腕は、 胸筋きょうきんが引っ張られていたせいか「前」に出すために力を入れる必要があった。
 自由になった両手を使い、篤樹は足の縄に成者の剣を当てる。こちらも文字通り 一刀両断いっとうりょうだんに断ち切れた。

「エシャー……」

 篤樹はエシャーに声をかけ、まず足の縄を断ち切り、背後に回って腕の縄を断ち切る。見れば見るほどカッターナイフだなぁと思いながら、篤樹は成者の剣の刃をカチカチと出し戻ししてみた。

「あ……」

 立ち上がろうとしたエシャーがよろけ、篤樹にもたれかかって来る。エシャーを支えつつ、篤樹は成者の剣をポケットに戻した。

「ずっと縛られてたから、 すじが変な方向に伸びちじみしてるんだ。急に動いたら危ないよ。ちょっとストレッチしよう」

「……ストレッチ?」

「えっと……とにかく、俺の 真似まねをしてみて」

 篤樹は足と腕のストレッチをエシャーに示しながらゆっくり動かす。エシャーは見よう見真似で全身の筋肉の強張りを ほぐしていく。篤樹はストレッチを続けながら語りかけた。

「あのさ、エシャー……」

「ん? なぁに?」

「こんな真似されて、すごく頭には来るんだけどさ……ただ、ここの盗賊は根っから悪い人たちじゃ無い気がするんだ」

 エシャーは篤樹が言おうとしていることを理解し、真顔で黙る。

 あ、どうしよう……? でも……

「だからね……その……逃げ出す時に、出来れば誰も傷付けたく無いなぁ、なんて……」

 エシャーはストレッチをやめると、ジッと篤樹を にらむ。

 あ、やっぱり……考えが甘い?

「……アッキーさ、この間も言ってたけど、それってどういう気持ちで言ってるの?」

「ど、どういうって?」

「サーガにせよ盗賊にせよ……何にもしてない人を苦しめる悪い奴だよ? 放っといたら、自分や他の誰かが 犠牲ぎせいになっちゃうんだよ?  ひどい事されて、傷付けられて……殺されて。そんな敵を『傷付けたくない』って、どんな気持ちで言ってるの?」

 篤樹も自分の言ってることが甘いって事は、十分理解している。ただ……夜中からのここの人たちのやり取りを聞いてると、どうしても「敵」として憎む気持ちになれないのも事実だった。
 黙っている篤樹を にらみつけていたエシャーだったが、諦めたようにタメ息をつく。

「まあさ、確かにここの連中が『北の山のヤツラ』ってのに おびえてる、ってのは分かったわ。それでしょうがなく『上納品』を集めてるんだなってのも。本当は『悪いこと』はしたくないんだろうなってのも……」

 そうなんだ……もし、ここの連中が根っからの極悪人で、エシャーや自分が酷い目に わされて……そして命の危険が迫ってるってなったら、きっと俺だってこんな 中途半端ちゅうとはんぱな気持ちで考える余裕なんて無いと思う。だけど……

「とにかく、私たちは私たちの旅があるし邪魔はされたくない。邪魔をするような相手なら、倒してでも前に進むべきだと思う」

「……うん。そうだね。じゃあさ、とにかく見つからないように静かに逃げるようにしよう。それでも見つかって……そして危害を加えられそうになったら……その時は、俺も戦うよ。でも、わざわざ戦って相手を傷付けるのは避ける……それでどう?」

 エシャーは考えている。確かにエシャーの攻撃魔法を使えば何人かを倒し、簡単に逃げ出せるかも知れない。しかし、あの「お頭」が言ってた言葉……「人死はもう見たくねぇからな」って言葉がどうしても耳に残っているのだ。あれは切実な願いだったように聞こえる。だから……

「とにかく、誰も傷付けずに……殺さずに……こっちも傷付けられずに、殺されずに逃げる! それを第一目標にして、あとはその場その場で必要に応じて戦うとか、やり方を考えるって感じで……どうかなぁ?」

 篤樹はもう一度エシャーに提案する。エシャーはジッと篤樹の目を見つめた。

「……分かった。アッキーの言う通りにする。最初から相手を殺すつもりでの攻撃はしない。でも、危なくなったら全力で倒しに行く……で、いい?」

「うん。俺も……そうする。エシャーが危なくなったり、俺自身が危なくなったら……全力で倒す」

 エシャーは篤樹の決意を聞いて安心したようだ。表情の緊張が ほぐれた。
 きっと「自分の命や私の命よりも敵の命のほうが大切なのか?」という疑いを感じ、その不安と不満から、すぐには同意出来なかったのだろう。でも、篤樹の気持ちが「そうではない」という事が分かって安心したのだ。

「さて……でも、どうやって逃げ出すかだよなぁ……」

 篤樹とエシャーは小屋の中を調べた。ここはどうやら盗賊たちが「上納品」を置いておく物置みたいだ。窓も無い。その代わり木の板を打ち付けただけの壁のあちこちに隙間が空いている。外の様子はそこから のぞいて確認できた。

「まだ誰も出てきていない。きっと夜中の 襲撃しゅうげきだったから、奴らもまだ眠ってるんだ」

 とは言え、扉を たたこわそうとすれば、さすがにその音ですぐに全員が飛び起きてしまうだろう。
 小屋の かぎがどんなモノなのかも分からない。篤樹は焦り始めた。逃げ出そうにも逃げ出す手立てが思いつかない!

「アッキー……」

 板の隙間から射し込む朝陽に照らされながら、エシャーが不安そうに篤樹を見つめる。クソッ! 何となならないか? 篤樹はうつむき地面を見る。

「……地面」

「え?」

「この小屋、地面に直接建てられてる……そうだ! エシャー! スコップか何か……穴が れる道具が無いか探して!」

 エシャーは篤樹のアイデアを理解し、パッと顔が明るくなる。

「分かった!」

 道具はすぐに見つかった。盗賊たちが盗んだモノの中に、農具が乱雑に入れられた木箱を見つけたのだ。その中に、篤樹も見慣れた形のスコップが入っている。

「エシャー、そこの隙間から外の様子を見てて!」

 エシャーは集落の「中庭」に面した壁の隙間から外を見張った。篤樹はすぐに裏側の壁に移動し、隙間から外を確認する。こちら側はすぐ森になっていた。篤樹はなるべく掘りやすそうな地面を探し、早速穴掘りを始める。
 スコップはよく手入れされているものらしく、地面に さる音はかなり静かだ。それでもエシャーの様子を確認しつつ、 慎重しんちょうに、可能な限り急いで掘り進めていく。

 20分ほど穴を掘りを進め、なんとか篤樹が通り抜けられそうなトンネルが出来た。

「どう? エシャー」

 篤樹はエシャーに中庭の様子を確認する。

「大丈夫。まだ誰も……待って!」

 エシャーの声に緊張が走った。篤樹は音を立てないように、ゆっくりとスコップを下ろしエシャーのそばに寄る。

「子どもが……」

 エシャーの報告と同時に、篤樹もその姿を確認した。小さな子……2~3歳くらいの子どもと一緒に、10歳くらいの少女が一軒の家から出て来る。少女は腕に「腕輪」のようなものをはめていた。

「あっ! あれ……私のクリング!」

 確かに見覚えのあるエシャーの魔法具だ。でも今は……

「そろそろみんなが起き出して来る時間って事だ……エシャー、急ごう!」

 篤樹は、板の 隙間すきまからうらめしそうに女の子を にらみつけるエシャーを引き離す。文香と同じくらいの子かな……篤樹は小さな子の相手をする女の子を見て、妹の姿を思い浮かべた。

 裏壁の下に掘った抜け穴を、2人は音を立てないように慎重にくぐり抜け、そのまま真っ直ぐ森の中へ進み始める。木々の しげ傾斜けいしゃを50mほど登ったところで、突然、大きな「声」が集落のほうから聞こえた。

ギュアー!ゴー……
 
 篤樹とエシャーは顔を見合わせると急いで身を隠し、集落の様子を木々の合間から確認する。
 草木が邪魔をしてハッキリとは見えないが、どうやら何者かが集落にやって来た様子だ。チラホラと人が動いている姿が見える。風向きや地形のせいか、離れている距離に対して「中庭からの声」はよく聞こえて来た。

「これはこれは御一同、お出迎えご苦労!」

 男の声が響いた。よく耳を澄ますと「グルル……」といううなり声もいくつか聞こえる。

「ドラゴンだわ……」

 エシャーが つぶやく。篤樹の角度からは確認出来ない。エシャーのそばに寄るとエシャーが集落のほうを指差す。下草と木々の隙間から見えたのは、自家用車と同じ位の大きさのドラゴンにまたがっている男たちの姿だった。
 1……2……3……3体……。篤樹は生まれて初めて見るドラゴンの姿に目が 釘付くぎづけになる。

「アッキー、重い!」

「あ、ゴメン……」

 エシャーの目線に合わせようと身を寄せていた篤樹は、ドラゴンの姿を夢中で見ているうちにエシャーにのしかかっていた。すぐに身をよける。

「ドラゴンなんて……ホントにいるんだ……」

 篤樹は自分の呟きに違和感を感じ「この世界には……」と付け加えた。

「私も見るのは初めて。村にはいなかったもの……」

 エシャーも話にしか聞いた事の無い生き物を、 の当たりにし驚いている。何にせよ、とにかく早くここから逃げないと……ドラゴンなんかに見つかったら大変だ!

「準備は出来てるのかぁ?」

 先ほどの男の声が聞こえる。

「ああ。そこにある」

 この声は「お かしら」と呼ばれていた男の声だ。篤樹は 下手へたに動くとかえって見つかるだろうと判断し、エシャーに「頭を下げて、このまま隠れて様子をみよう!」と小声で伝える。エシャーも「うん」とうなずく。
 2人は 中腰ちゅうごしの姿勢から地面に腹ばいになり、下から聞こえてくる「声」に集中した。

「今月は……そのぉ……旅人も少なくってな……サーガの群れがうろついたりしてたもんで……」

「何だぁそれは? 約束のモノが少ないってぇ予防線を張ってんのかぁ!」

「いや……だから…まぁ、いつもより少ない分……代わりと言っちゃなんだが……男1人とエルフを捕まえてある」

「はぁ? 男だぁ? なんだそりゃ、コイツラの えさかぁ」

 笑い声が聞こえた。篤樹は腹が立った。俺はドラゴンの餌じゃねぇ!

「まあ、そいつはいいとして『エルフ』かぁ。良くお前らが らえきれたなぁ? 老体なのか?」

「いや、若い。恐らく150歳前後かと……」

「ひどい! 私そんなおばあさんに見える?」

 今度はエシャーが怒りながら篤樹に たずねる。盗賊たちにはエルフとルエルフの見分けなんかつかないのだろう……もちろん、篤樹だって見分けられないが……

「オスか? メスか?」

 別の声、恐らくドラゴンに乗ってる他の誰かだろう。それにしても人に対して「オスか? メスか?」なんて聞き方があるかよ! 篤樹はムッとした。エシャーと目が合う。なんだか、怒ってるというよりは悲しそうな目だ。

「エシャーは『女の子』だよなぁ?」

 篤樹は何となくエシャーの気持ちを考えて「女の子」という言葉を使った。 途端とたんにエシャーの顔は嬉しそうに輝く。この子、ホントに表情豊かだなぁ……

「ひょう! メスのエルフか! それじゃ俺がもらおうかな!」

「馬鹿野郎! お かしらんとこに先ずは全部持っていく。それまで手ェ出すなよ!」

 最初の声の男が、リーダーって感じかぁ……。で、北の山のグループに「お頭」がいるってことなんだな? 

 篤樹は声に集中しながら頭の中でやり取りをイメージする。

 中庭にやってきたドラゴンに乗った北の山の山賊3人……この盗賊村のお頭が、他の人々より一歩前に立ち、腕を組んで交渉をしている。さっきの女の子たちは……母親らしき女性の後ろに隠れて様子を見ている。集落の男たちはお頭を含めて10人ほど。夜中に見かけた「普通のおじさん」が、お頭の後ろでビクビクしている。

 盗賊村の1人が、手に持ってる 鍵束かぎたばを北の山の山賊たちに見せ、小屋の鍵を開けた。

「さあ、もって行きな! 今月分だ!」

 篤樹は自分のイメージ通りのタイミングで声が聞こえてきた事に驚き、思わず上半身を起こし集落のほうを見た。エシャーが篤樹の頭に手を置いてグイッと引き下げる。

「見つかっちゃうよ!」

 そ、そうだけど……

 エシャーが篤樹に手をつないできた。落ち着けってことか……

「お頭ぁ! ヤツラ、逃げやがった!」

 小屋の中を確かめた盗賊の1人の叫び声―――

 ヤバイ! ばれた!

 篤樹とエシャーのつないだ手に力が入る。

「何ィ! どうやって!」

 ガタガタ、ゴトゴトと小屋の中を調べる音。そして……

「この穴抜けて山に逃げやがったんだ!」

「おい! 急いで追うぞ!」

 篤樹たちを探しに山の中へ分け入ってくる男たちの足音が聞こえる。篤樹はエシャーと顔を合わせると祈るように目を閉じた。
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