45 / 464
第1章 旅立ちの日 編
第 40 話 市内観光
しおりを挟む
宿を出ると、自然にエルグレドを先頭にレイラ、続いて篤樹とエシャーという並びが出来る。
「そろそろお昼ですし、何か食べますか?」
エルグレドの提案に、篤樹は自分が空腹であることに気付いた。昨日の昼に巡監詰所で食べて以来、食事らしい食事はしていない。緊張が続いていたためすっかり忘れていた。
「わたしは結構ですわ。合流前に済ませましたから」
「そうですか。では先を急ぎましょうか」
レイラの返答を受け、エルグレドはそのまま先を目指し歩み続ける。
え? え? そんな! 俺、お腹空いてます!
篤樹は2人の会話を聞いて絶望的な気分になった。
「あの、僕、何か食べたいです!」
一度思い出した空腹を押さえられない。篤樹は切実な思いを込め声を挙げた。そう言えば親以外に「お腹が空いた、何か食べたい」なんて要求するのは、いつ以来だろうか?
そもそも「食事をしたい!」と要求を出さなくても、毎日毎日三度三度の食事が用意されているのが当たり前、という生活しかして来なかったのだ。出された物を食べるというのが普通のこと……母に対しては、その出された物に対して好き嫌いで文句まで言っていた。
でも今は苦手な蒸し野菜でも海草の煮物でも、何だって食べたい!
自分の意見を年上に述べる、と言うのは篤樹にとってある面で高いハードルであったが「一大決心」で発した昼食の提案は、いとも簡単に受け入れられた。
「おや? そうですか……では調理の時間も場所もありませんから、あちらのお店で何かいただくことにしましょう」
エルグレドは、真赤な 日除け屋根を出している通り沿いの店を指差した。
「グレーブ?」
篤樹には「読めない字」で書かれている店先の文字に、エシャーが気付いてつぶやく。
「アツキくんもエシャーさんも初めてですか? 結構定番の食事ですよ」
エルグレドが説明すると、すかさずレイラが口をはさんだ。
「グレーブなんて、食事ではなく子どものおやつですわ」
おやつでも食事でも、何だっていいから早く食べたい! 篤樹の意識はもう、食べることにしか向いていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お腹は足りましたか?」
エルグレドに声をかけられた時、篤樹は袋状の水筒から水を飲んでいるところだった。返事をするよりも、まず最後の流し込みを優先する。
「……はい! ご 馳走様でした! おいしかったー!」
歓喜にも似た喜びの声で篤樹は返事をした。まだグレーブを手に持っているエシャーも呆れ顔で篤樹を見ている。
「アッキーって……ホントによく食べるねぇ」
「だって、昨日の昼から何も食って無かったんだぜ? 思い出したらお腹がどんどん空いてきてさぁ……」
4人はグレーブ屋の店先に置かれている、丸いテーブル席に座っていた。店頭調理をしている店のおじさんも笑いながら声をかける。
「まだお代わりは要るかい?」
「あ、いえ! もう十分です。ご馳走様でした!」
篤樹はちょっと恥ずかしげに答えた。グレーブなんて聞いた事のない料理だったが、店頭で実物を見てみると、篤樹も良く知っている「タコス」のような料理だった。
これなら部活帰りにコンビニで買って食べた事もある。大好きな食べ物を目の前に、篤樹の空腹感は一気に最高潮に達した。エルグレドとエシャーが2本ずつ注文する中で、篤樹は5本注文し、さらに2本お代わりもした。
「これから結構歩くのに、そんなに食べて大丈夫なのかしら?」
スムージーだけを飲んでいるレイラからは、心配とも 嫌味とも受け取れる口調で感想が述べられる。しかし、空腹からの欲求には逆らえなかったのだから仕方が無い。
それに、トルティーヤも具材も、今まで食べたどのタコスより最高に美味しかったのだ。店頭のおじさんも、嬉しそうな顔で篤樹の食べっぷりに見入ってくれていた。
数分遅れで、エルグレドとエシャーも最後の一口を食べ終わる。
「ご主人、お代は?」
エルグレドは 外套の中に手を入れ、小さな 巾着袋のようなものを取り出すと、 口紐を解きながら尋ねた。
「グレーブ11本にスムージーで3000ギンになります」
エルグレドは苦笑しながら、袋から 硬貨を何枚か取り出し支払う。
「……毎食これでは、三ヶ月どころかひと月で破産ですね」
篤樹は、思わず自分の欲求のままに食べたことを申し訳なく思った。
「……あの……スミマセン……」
支払いを済ませて振り向いたエルグレドに、篤樹は頭を下げる。エルグレドは微笑みながら首を横に振って応じた。
「まあ旅の出発記念という事で……私も上限をお伝えしませんでしたしね。それでもここのグレーブは、味と量のわりにとても安く済みましたよ。王都のグレーブ屋だと、店によっては1本で600ギンもしますからね」
そっか……俺ってホントに「未熟で馬鹿でお子ちゃま」だ……何かをしてもらって「当然」のように思ってた。お金の事だって……父さんの給料や母さんのパート代がいくらなのかとか、生活のためにいくらかかってるのかとか、食事代とか、何も考えたことなんか無かった……。部活をやってるんだから、スパイク代や 遠征費を出してもらうのも当たり前だと思ってたし……。だけど父さんも母さんも、さっきのエルグレドさんみたいに「苦笑しながら」色々とやり繰りを考えてくれてたんだろうなぁ……。でも「ギン」って「何円」なんだろう? その辺のレートも先生の魔法で 換算してくれたら、分かりやすいんだけどなぁ……
「さあ、それじゃ少し足りないものを買い足して森に入りましょうか?」
エルグレドの呼びかけで全員席を立った。
―――・―――・―――・―――
「あそこが 詰所ですよ」
店を出てしばらく歩くと、エルグレドが篤樹とエシャーに声をかけた。言われた方向を見ると、古ぼけたレンガ造りの大きな建物がある。通りに面した建物の出入口の横に、駐車場出入口のような大きな「穴」があった。馬車が出入をしている。
そうか、あそこからビデルさんと馬車に乗って出て来たんだ……篤樹は詰所の外観を初めてしっかりと見た。4階建てのビルのような建物だったんだな……
一行が「詰所」の前まで来ると、エルグレドは足を止める。
「アツキくん、エシャーさん、その荷物をこちらへ」
荷物? 篤樹は手に持っている袋を、学生服が入ったままエルグレドに手渡す。エシャーの荷物って? 篤樹はエシャーを見る。エシャーは何となくモジモジしていた。
「……さあ、エシャーさん」
エルグレドは優しく微笑みながら、しかし、絶対に従ってもらうという強い意志を表して手を伸ばす。エシャーは 諦めたように腰の辺りに巻いていた 紐を解くと、上着で隠れていた腰辺りから袋がズルッと落ちて来た。
「……持ってちゃ……ダメ?」
エシャーはその袋を胸に抱きながらエルグレドに 尋ねる。
「大切なものだからこそ、ちゃんと管理をしておかないといけません。お母様の服を……いつまでもそうやって身に付けて持ち歩くのは賛同しかねます。さあ」
別れを惜しみ、しばらく袋を抱きしめたエシャーは、何も言わずにエルグレドに袋を手渡す。
「私がちゃんとした場所に保管しておきますから、旅が終わるまでは預けておいて下さい。少々お待ちを……」
そう言い残しエルグレドは2人の荷物を受け取ると、巡監隊詰所に向かって行った。
「隊長さんは、なんでもお見通しの魔法使いなのね」
詰所の中に入っていくエルグレドの背中を見送りながら、レイラが2人に話しかける。なんて返事をすればいいんだろうかと2人は返答に迷った。
「私とは口を聞いてくれないのかしら? お2人さん」
「い、いや、そんなこと……」「……」
「お 嬢さんはイヤなのね?」
口ごもりながらも否定した篤樹にではなく、黙ってうつむいているエシャーに問いかける。エシャーはしばらく考えた後に口を開いた。
「……だって、あなたはエルフ族の『監視役』なんでしょ? 私たちを見張るための……」
「あらあら、そんな風にお嬢さんは思っていたのね。それじゃあ、お話しもしてくれないはずよね」
レイラは特に気分を害したわけでもなく「困ったわね」とでもいうように肩をすくめた。
「さっきも言ったように、今回私が興味を持っているのは『守りの盾』だけよ。他はどうでもいいわ。でも、これからしばらくは一緒に行動する旅の仲間なんだから、お話しくらい出来る関係にはなりましょうよ」
レイラはニッコリ微笑みながらエシャーに手を差し出す。うつむき加減のエシャーの目は、 警戒心を隠すこと無くレイラを観察している。しかし、一応、おずおずと握手に応えようと手を差し出した。レイラはその手をギュッとつかみとる。
「よろしくねぇ、ルエルフのお嬢さん」
半ば強引に、しっかり握手をされたエシャーは、すぐにでも手を引き戻したい様子だ。とても仲良くは見えない2人の握手を見て、篤樹は、とにかくこれからの旅の無事を願わずにはいられない。ちょうど詰所から戻って来たエルグレドはその光景を見ると、嬉しそうに語りかけて来た。
「おや? 女性陣はもうすっかり仲良しのようですね。さあ、行きましょうか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……明日の朝、森の向こう側に巡監隊が、私たち用の馬車を運んでくれる手はずになっています。大きな荷物や道具はそちらで運んでもらっていますので、森を抜けるまでに必要な当面の準備だけをしましょう」
エルグレドは歩きながら一行に予定を伝えると、時計を取り出し時間を確かめる。
「アツキくん、君は何か武器を扱えますか?」
エルグレドの質問に、篤樹は一瞬何の質問をされたのかが分からなかった。
今「武器」って言ったよな? 武器? 剣とか? 銃は……無いよね? どうせ使えないけど……
「あの……すみません。僕……『武器』とか使ったこと無くて……」
「アッキーがいた『世界』には戦いが無いって……ね?」
エシャーが話しに割って入る。自分が知っている篤樹の説明をする時のエシャーはすごく楽しそうだ。
「『戦いの無い世界』なんてあるのかしら? 全ての生き物がエルフでない限り、有り得ないと思うわ」
レイラも関心を示し会話に加わる。篤樹はあたふたと応えた。
「エシャー、そうじゃないって! 俺……僕のいた『世界』の全部じゃなくって、その中の僕の住んでた国……日本は何十年も戦争をしてない国だから、僕は戦争とか戦いとかは全然経験が無いってことで……」
篤樹の説明にレイラが納得したように答える。
「あら、やっぱり『戦争』してるのね。世界が違っても人間がいれば必ず戦争は起こるものよ」
エシャーは自分が出した「篤樹情報」を当の篤樹自身に否定されたことでムッとした様子だ。篤樹の腕をギュッと(服と共に表皮までも) 掴まれる。
「『戦いは無いよ』って言った!」
「痛てて! ゴメン、言い方が悪かったかも!『僕の生まれた国では』ってこと!」
エシャーは納得いかない顔で前を向く。
「そうですか」
エルグレドはそのやりとりには構わず話を続ける。
「レイラさんは?」
「何かの冗談かしら?」
レイラはその問いかけに、楽しそうに返事をした。エルグレドも当然というように微笑みうなずき、言葉を続ける。
「もちろん『武器』は不要でしょうね。かなりの法力をお持ちのようですから……専門は?」
「一応全てに通じていますわ。ま、攻撃魔法の中では『水系』が一番馴染んではいますけど」
この2人の会話は、聞こえている言葉の裏に 物凄く尖ったものを感じるなぁ……篤樹は冷や冷やする。ある瞬間に 大喧嘩になるじゃないか、と心配になってしまう。
「エシャーさんも……武器は不要ですよね?」
エルグレドはエシャーにも声をかける。エシャーは篤樹の腕を 握ったまま答えた。
「古代魔法の他は……現代魔法も……少しだけ教わったけど……」
「あと『小人の 咆眼』も使えますよね?」
エルグレドが追加する。しかしエシャーは慌てて首を横に振る。
「あれは!……あの時のは、私も自分でよく分かっていなかったから……使えるなんて知らなかったし、使い方も分かりません……」
「あら?『小人の咆眼』も使えるの? 頼もしいお嬢さんね」
レイラが口を 挟む。
「だから! 使えないんです!……無意識で使っちゃっただけで……」
「まあ、いつか使いこなせる素地はあるという事ですよ。さて……ということでアツキくん」
エルグレドが話を元に戻す。
「君のいた『世界』は、 羨ましいほど平和な世界だったようですが……ここは違います。 囲いと守りのある町中以外は、常に危険があります。特に、さっきも言いましたが……先の『群れ化』で凶暴になったサーガが、まだあちこち 徘徊しているとの情報が入っています。基本的には私たちが君を守る形になりますが、最低限、自分の身を守る手段としてアツキくんも武器を 携帯しておいてもらいたいんです……もちろんサーガだけでなく、人間同士での争いだってありますからね」
エルグレドさんやレイラさんは別としてエシャーからも「守られる存在」なんだなぁ……篤樹は今の自分の立場を段々と理解し、何となく情け無い気持ちになる。でも、魔法も使えないし戦いも知らないんだからしょうがない。今は 格好つけてる場合じゃないんだから……
「そこの 装備屋で手に合う武器を選んでいて下さい。その間に私は他の買出しを済ませてきますから。レイラさん、 見繕ってあげて下さい」
エルグレドはそう言い残すと通りを曲がって行ってしまった。3人の目の前にはいかにも「武器屋」っぽい外装の店が数軒並んでいる。
「すっかり子守役にされてたわけね……いいわ。じゃあ、隊長さんの御命令に従いましょうか?」
レイラは「うんざり」というポーズをしながらも、2人を 促し一番手前の武器屋へ入っていった。
「そろそろお昼ですし、何か食べますか?」
エルグレドの提案に、篤樹は自分が空腹であることに気付いた。昨日の昼に巡監詰所で食べて以来、食事らしい食事はしていない。緊張が続いていたためすっかり忘れていた。
「わたしは結構ですわ。合流前に済ませましたから」
「そうですか。では先を急ぎましょうか」
レイラの返答を受け、エルグレドはそのまま先を目指し歩み続ける。
え? え? そんな! 俺、お腹空いてます!
篤樹は2人の会話を聞いて絶望的な気分になった。
「あの、僕、何か食べたいです!」
一度思い出した空腹を押さえられない。篤樹は切実な思いを込め声を挙げた。そう言えば親以外に「お腹が空いた、何か食べたい」なんて要求するのは、いつ以来だろうか?
そもそも「食事をしたい!」と要求を出さなくても、毎日毎日三度三度の食事が用意されているのが当たり前、という生活しかして来なかったのだ。出された物を食べるというのが普通のこと……母に対しては、その出された物に対して好き嫌いで文句まで言っていた。
でも今は苦手な蒸し野菜でも海草の煮物でも、何だって食べたい!
自分の意見を年上に述べる、と言うのは篤樹にとってある面で高いハードルであったが「一大決心」で発した昼食の提案は、いとも簡単に受け入れられた。
「おや? そうですか……では調理の時間も場所もありませんから、あちらのお店で何かいただくことにしましょう」
エルグレドは、真赤な 日除け屋根を出している通り沿いの店を指差した。
「グレーブ?」
篤樹には「読めない字」で書かれている店先の文字に、エシャーが気付いてつぶやく。
「アツキくんもエシャーさんも初めてですか? 結構定番の食事ですよ」
エルグレドが説明すると、すかさずレイラが口をはさんだ。
「グレーブなんて、食事ではなく子どものおやつですわ」
おやつでも食事でも、何だっていいから早く食べたい! 篤樹の意識はもう、食べることにしか向いていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お腹は足りましたか?」
エルグレドに声をかけられた時、篤樹は袋状の水筒から水を飲んでいるところだった。返事をするよりも、まず最後の流し込みを優先する。
「……はい! ご 馳走様でした! おいしかったー!」
歓喜にも似た喜びの声で篤樹は返事をした。まだグレーブを手に持っているエシャーも呆れ顔で篤樹を見ている。
「アッキーって……ホントによく食べるねぇ」
「だって、昨日の昼から何も食って無かったんだぜ? 思い出したらお腹がどんどん空いてきてさぁ……」
4人はグレーブ屋の店先に置かれている、丸いテーブル席に座っていた。店頭調理をしている店のおじさんも笑いながら声をかける。
「まだお代わりは要るかい?」
「あ、いえ! もう十分です。ご馳走様でした!」
篤樹はちょっと恥ずかしげに答えた。グレーブなんて聞いた事のない料理だったが、店頭で実物を見てみると、篤樹も良く知っている「タコス」のような料理だった。
これなら部活帰りにコンビニで買って食べた事もある。大好きな食べ物を目の前に、篤樹の空腹感は一気に最高潮に達した。エルグレドとエシャーが2本ずつ注文する中で、篤樹は5本注文し、さらに2本お代わりもした。
「これから結構歩くのに、そんなに食べて大丈夫なのかしら?」
スムージーだけを飲んでいるレイラからは、心配とも 嫌味とも受け取れる口調で感想が述べられる。しかし、空腹からの欲求には逆らえなかったのだから仕方が無い。
それに、トルティーヤも具材も、今まで食べたどのタコスより最高に美味しかったのだ。店頭のおじさんも、嬉しそうな顔で篤樹の食べっぷりに見入ってくれていた。
数分遅れで、エルグレドとエシャーも最後の一口を食べ終わる。
「ご主人、お代は?」
エルグレドは 外套の中に手を入れ、小さな 巾着袋のようなものを取り出すと、 口紐を解きながら尋ねた。
「グレーブ11本にスムージーで3000ギンになります」
エルグレドは苦笑しながら、袋から 硬貨を何枚か取り出し支払う。
「……毎食これでは、三ヶ月どころかひと月で破産ですね」
篤樹は、思わず自分の欲求のままに食べたことを申し訳なく思った。
「……あの……スミマセン……」
支払いを済ませて振り向いたエルグレドに、篤樹は頭を下げる。エルグレドは微笑みながら首を横に振って応じた。
「まあ旅の出発記念という事で……私も上限をお伝えしませんでしたしね。それでもここのグレーブは、味と量のわりにとても安く済みましたよ。王都のグレーブ屋だと、店によっては1本で600ギンもしますからね」
そっか……俺ってホントに「未熟で馬鹿でお子ちゃま」だ……何かをしてもらって「当然」のように思ってた。お金の事だって……父さんの給料や母さんのパート代がいくらなのかとか、生活のためにいくらかかってるのかとか、食事代とか、何も考えたことなんか無かった……。部活をやってるんだから、スパイク代や 遠征費を出してもらうのも当たり前だと思ってたし……。だけど父さんも母さんも、さっきのエルグレドさんみたいに「苦笑しながら」色々とやり繰りを考えてくれてたんだろうなぁ……。でも「ギン」って「何円」なんだろう? その辺のレートも先生の魔法で 換算してくれたら、分かりやすいんだけどなぁ……
「さあ、それじゃ少し足りないものを買い足して森に入りましょうか?」
エルグレドの呼びかけで全員席を立った。
―――・―――・―――・―――
「あそこが 詰所ですよ」
店を出てしばらく歩くと、エルグレドが篤樹とエシャーに声をかけた。言われた方向を見ると、古ぼけたレンガ造りの大きな建物がある。通りに面した建物の出入口の横に、駐車場出入口のような大きな「穴」があった。馬車が出入をしている。
そうか、あそこからビデルさんと馬車に乗って出て来たんだ……篤樹は詰所の外観を初めてしっかりと見た。4階建てのビルのような建物だったんだな……
一行が「詰所」の前まで来ると、エルグレドは足を止める。
「アツキくん、エシャーさん、その荷物をこちらへ」
荷物? 篤樹は手に持っている袋を、学生服が入ったままエルグレドに手渡す。エシャーの荷物って? 篤樹はエシャーを見る。エシャーは何となくモジモジしていた。
「……さあ、エシャーさん」
エルグレドは優しく微笑みながら、しかし、絶対に従ってもらうという強い意志を表して手を伸ばす。エシャーは 諦めたように腰の辺りに巻いていた 紐を解くと、上着で隠れていた腰辺りから袋がズルッと落ちて来た。
「……持ってちゃ……ダメ?」
エシャーはその袋を胸に抱きながらエルグレドに 尋ねる。
「大切なものだからこそ、ちゃんと管理をしておかないといけません。お母様の服を……いつまでもそうやって身に付けて持ち歩くのは賛同しかねます。さあ」
別れを惜しみ、しばらく袋を抱きしめたエシャーは、何も言わずにエルグレドに袋を手渡す。
「私がちゃんとした場所に保管しておきますから、旅が終わるまでは預けておいて下さい。少々お待ちを……」
そう言い残しエルグレドは2人の荷物を受け取ると、巡監隊詰所に向かって行った。
「隊長さんは、なんでもお見通しの魔法使いなのね」
詰所の中に入っていくエルグレドの背中を見送りながら、レイラが2人に話しかける。なんて返事をすればいいんだろうかと2人は返答に迷った。
「私とは口を聞いてくれないのかしら? お2人さん」
「い、いや、そんなこと……」「……」
「お 嬢さんはイヤなのね?」
口ごもりながらも否定した篤樹にではなく、黙ってうつむいているエシャーに問いかける。エシャーはしばらく考えた後に口を開いた。
「……だって、あなたはエルフ族の『監視役』なんでしょ? 私たちを見張るための……」
「あらあら、そんな風にお嬢さんは思っていたのね。それじゃあ、お話しもしてくれないはずよね」
レイラは特に気分を害したわけでもなく「困ったわね」とでもいうように肩をすくめた。
「さっきも言ったように、今回私が興味を持っているのは『守りの盾』だけよ。他はどうでもいいわ。でも、これからしばらくは一緒に行動する旅の仲間なんだから、お話しくらい出来る関係にはなりましょうよ」
レイラはニッコリ微笑みながらエシャーに手を差し出す。うつむき加減のエシャーの目は、 警戒心を隠すこと無くレイラを観察している。しかし、一応、おずおずと握手に応えようと手を差し出した。レイラはその手をギュッとつかみとる。
「よろしくねぇ、ルエルフのお嬢さん」
半ば強引に、しっかり握手をされたエシャーは、すぐにでも手を引き戻したい様子だ。とても仲良くは見えない2人の握手を見て、篤樹は、とにかくこれからの旅の無事を願わずにはいられない。ちょうど詰所から戻って来たエルグレドはその光景を見ると、嬉しそうに語りかけて来た。
「おや? 女性陣はもうすっかり仲良しのようですね。さあ、行きましょうか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……明日の朝、森の向こう側に巡監隊が、私たち用の馬車を運んでくれる手はずになっています。大きな荷物や道具はそちらで運んでもらっていますので、森を抜けるまでに必要な当面の準備だけをしましょう」
エルグレドは歩きながら一行に予定を伝えると、時計を取り出し時間を確かめる。
「アツキくん、君は何か武器を扱えますか?」
エルグレドの質問に、篤樹は一瞬何の質問をされたのかが分からなかった。
今「武器」って言ったよな? 武器? 剣とか? 銃は……無いよね? どうせ使えないけど……
「あの……すみません。僕……『武器』とか使ったこと無くて……」
「アッキーがいた『世界』には戦いが無いって……ね?」
エシャーが話しに割って入る。自分が知っている篤樹の説明をする時のエシャーはすごく楽しそうだ。
「『戦いの無い世界』なんてあるのかしら? 全ての生き物がエルフでない限り、有り得ないと思うわ」
レイラも関心を示し会話に加わる。篤樹はあたふたと応えた。
「エシャー、そうじゃないって! 俺……僕のいた『世界』の全部じゃなくって、その中の僕の住んでた国……日本は何十年も戦争をしてない国だから、僕は戦争とか戦いとかは全然経験が無いってことで……」
篤樹の説明にレイラが納得したように答える。
「あら、やっぱり『戦争』してるのね。世界が違っても人間がいれば必ず戦争は起こるものよ」
エシャーは自分が出した「篤樹情報」を当の篤樹自身に否定されたことでムッとした様子だ。篤樹の腕をギュッと(服と共に表皮までも) 掴まれる。
「『戦いは無いよ』って言った!」
「痛てて! ゴメン、言い方が悪かったかも!『僕の生まれた国では』ってこと!」
エシャーは納得いかない顔で前を向く。
「そうですか」
エルグレドはそのやりとりには構わず話を続ける。
「レイラさんは?」
「何かの冗談かしら?」
レイラはその問いかけに、楽しそうに返事をした。エルグレドも当然というように微笑みうなずき、言葉を続ける。
「もちろん『武器』は不要でしょうね。かなりの法力をお持ちのようですから……専門は?」
「一応全てに通じていますわ。ま、攻撃魔法の中では『水系』が一番馴染んではいますけど」
この2人の会話は、聞こえている言葉の裏に 物凄く尖ったものを感じるなぁ……篤樹は冷や冷やする。ある瞬間に 大喧嘩になるじゃないか、と心配になってしまう。
「エシャーさんも……武器は不要ですよね?」
エルグレドはエシャーにも声をかける。エシャーは篤樹の腕を 握ったまま答えた。
「古代魔法の他は……現代魔法も……少しだけ教わったけど……」
「あと『小人の 咆眼』も使えますよね?」
エルグレドが追加する。しかしエシャーは慌てて首を横に振る。
「あれは!……あの時のは、私も自分でよく分かっていなかったから……使えるなんて知らなかったし、使い方も分かりません……」
「あら?『小人の咆眼』も使えるの? 頼もしいお嬢さんね」
レイラが口を 挟む。
「だから! 使えないんです!……無意識で使っちゃっただけで……」
「まあ、いつか使いこなせる素地はあるという事ですよ。さて……ということでアツキくん」
エルグレドが話を元に戻す。
「君のいた『世界』は、 羨ましいほど平和な世界だったようですが……ここは違います。 囲いと守りのある町中以外は、常に危険があります。特に、さっきも言いましたが……先の『群れ化』で凶暴になったサーガが、まだあちこち 徘徊しているとの情報が入っています。基本的には私たちが君を守る形になりますが、最低限、自分の身を守る手段としてアツキくんも武器を 携帯しておいてもらいたいんです……もちろんサーガだけでなく、人間同士での争いだってありますからね」
エルグレドさんやレイラさんは別としてエシャーからも「守られる存在」なんだなぁ……篤樹は今の自分の立場を段々と理解し、何となく情け無い気持ちになる。でも、魔法も使えないし戦いも知らないんだからしょうがない。今は 格好つけてる場合じゃないんだから……
「そこの 装備屋で手に合う武器を選んでいて下さい。その間に私は他の買出しを済ませてきますから。レイラさん、 見繕ってあげて下さい」
エルグレドはそう言い残すと通りを曲がって行ってしまった。3人の目の前にはいかにも「武器屋」っぽい外装の店が数軒並んでいる。
「すっかり子守役にされてたわけね……いいわ。じゃあ、隊長さんの御命令に従いましょうか?」
レイラは「うんざり」というポーズをしながらも、2人を 促し一番手前の武器屋へ入っていった。
8
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
転生なの?召喚なの?
陽真
ファンタジー
主人公のハルヤ・シーリスは地球から転生した転生者だった。
しかし十歳の頃、『異世界渡り』と呼ばれる儀式に選ばれ、地球に渡った。
そして月日は経ち十五歳のある日に、異世界へと召喚されてしてしまう。
そこは、転生した世界だった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~
はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま)
神々がくじ引きで決めた転生者。
「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」
って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう…
まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる