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第1章 旅立ちの日 編

第 26 話 あの日の気持ち

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 数日後の土曜日―――部活の見学帰りの篤樹は、めずらしく高山はるかと 同伴下校どうはんげこうのタイミングになった。足の痛みがまだ完全に引いていない篤樹の歩調に合わせ、遥もゆっくり歩く。

「ところで賀川ぁ? おぬし最近一部女子からの評価が急降下中だぞ? 知っとるかぁ?」

「はぁ? 何だよ、それ。知らねぇよ!」

 篤樹はピンと来る。「 りんからの突然の告白」の翌日、あの3人組から「私たちあなたに怒ってます!」のオーラをバンバンに感じながら、教室内での時間を過ごしたのだ。次の日には3人組に近い女子たちからも変な視線を感じるようになり、 昨日きのう班活動はんかつどうの時間なのに、同じ班の女子たちからまで「あからさまな 無視むし」を受けてしまった。

 好きでもなんでもない子から こくられて、それを断ったらこんな 仕打しうちを受けるなんて、一体何なんだよ!

「りょっ子らが『鈴が 可哀想かわいそうだ!』と、他のクラスの女子にまで話を広めておったぞ?」

 りょっ子…… 妹尾涼香せのおりょうかか……。何だよクソッ! 腹立つなぁ!

「賀川は気付いておらんかったみたいだけど、おぬし、 秋季大会しゅうきたいかいの後、女子人気が急上昇きゅうじょうしょうだったんだぞ? もったいないのぉ……もうすぐクリスマス、その後はバレンタインとモテキャライベント目白押しのこの時期に」

「知らねぇよ!」

 あー、そうだったんだ。俺、知らない内に女子人気上がってたんだ……

「ちょっとそこ座って話そっか?」

 遥は急に思い立ったように、ちょうど横切ろうとしていた公園の入口へ進路を変えた。 晩秋ばんしゅうとはいえ、まだ昼を過ぎたばかりで天気も良い。このまま家に帰っても、この足じゃ遊びにも出たくない。ま、息抜きにはちょうど良いか……篤樹は特に抵抗も感じず、遥の後に続いて公園に入る。

 公園に入ると、篤樹は手頃なベンチに 腰掛こしかけた。松葉杖まつばづえは らなくなったが、怪我けがをかばう変な歩き方のせいですぐに足が つかれてしまう。公園では小学校低学年くらいの子たちが元気に走り回っていた。

「……そりゃ あねさまの言う通りじゃないかぁ?」

 篤樹は何となく鈴の告白から姉との 姉弟喧嘩きょうだいげんかまで「あの日」の出来事を遥に話していた。その感想が「姉の言うとおり」ってのは納得がいかない。

「でもさ、たかが2学年違いの くせに、何か『私は全てを知ってますぅ』みたいな上から目線でもの言うんだぜ?」

「いやいや、別に『上から目線』って賀川が感じるのは別に悪ぅないよ。そう思ったんじゃろ? それはそれ。ウチが姉さまに同意してんのは『好きレベルの違い』じゃって」

 ベンチの前に何本か埋め込んであるタイヤの一つに立ち、遥は語る。

「りょっ子達も同じ『レベル』なんやと思うよ。賀川が秋季大会で準優勝した後から、急に り上がり始めとったからなぁ」

「って、何? お前、なんか知ってたのかよ?」

 遥は埋め込みタイヤを渡り歩きながら応えた。

「1年にも3年にも『にわか賀川ファン』が発生しとるぞ。……ま、この数日の間にだいぶ ったみたいじゃがのぉ。そういうもんじゃ」

 知らないところで「ファン」が出来てて、知らない間に「減ってる」ってのは、知らないまんまのほうが良かったなぁ……

「あの子らにとって賀川は『好きな食べ物』と同じってこと。『ダブルかずきたち』みたいに、小学校の頃からサッカーやってる『スター選手』には手が届かんくても、2年の秋季大会でポッと出の『新スター』なら手が届きそうじゃろ? 一応色んなとこで話題にも上がったし、校内でも『有名』になったからのぉ。で、そういう『有名人』を『好き』になるファンというのも、ポッと出て来て当然てこと」

 そっか。別に誰かに「好かれたい」とか「有名になりたい」とか考えてなかったけど、良い成績を残すとそんなオマケもあるのかぁ……

「このレベルの『好き』は、まあ、姉さまが言う高校生の『好き』とは違うかのぉ。目立ってるから、有名だから……ま、言うなれば『 美味おいしそうなお菓子かし』を目の前に出された小さな子どもが、それを食べたことも無いのに『好き』って言って 独占どくせんしたがるのと同じレベルってことよ」

 小さな子どもの目の前に出されたお菓子……? なんじゃそりゃ!

「どういうことだよ、結局」

「分からんかのぉ……。つまり、よう知りもしないのに 上辺うわべつらだけで『好き』って言うのは、お子ちゃまってことじゃ!」

「ん? じゃあ何?『よく知り合うために』とりあえず付き合ってみれば良かったのか? 俺は?」

「そうじゃない……よっと!」

 遥は埋め込みタイヤからジャンプし、篤樹の前にトン! と着地した。

「断ったのは正解。問題無し! 悪いことは何もしとりゃあせん。今回のは鈴たちの『好きだから告白ゲーム』の まれ事故ってこと。あの子らは『篤樹を好きな鈴ゲーム』をしてただけ。おぬしを好きなんじゃなくって、おぬしを好きな自分が好きなだけ。そんな鈴を『応援して盛り上げる』自分たちを好きなだけや。自己中心な、お遊び 恋愛感情れんあいかんじょうってやつじゃな」

「巻き込まれ事故って……じゃあ、俺はどうすりゃ良いの?」

「いつも通りにやってれば良し! じゃないのかい?」

「そっかぁ? じゃあさ、姉ちゃんが言ってる『好き』ってのはどうなん? どう違うん?」

「どうなんだろうねぇ。わたしゃまだ中学生ですから分からんなぁ? その内に分かるんじゃないかのぉ。見た目で食べ物に飛びつくような『好き』とか、自己中心な恋愛感情の『好き』とは違う……なんとも言えない『好き』って気持ち。……世の人々はそれを『愛』と呼ぶ!」

 遥はそう言うと後ろ向きに跳び、再び埋め込みタイヤの上に立った。 身軽みがるなヤツめ……

「いつか……分かるもんなんじゃろ……きっと」

 もう一度そう言うと「ニマッ!」と笑い、並んで埋め込んであるタイヤの列を渡り始めた。

 あーあ、好きとか愛とか恋とか……なんか面倒な話だなぁ。一緒に楽しく過ごせりゃなんだって良いじゃん。
 
 遥と話している間に、 段々だんだんとモヤモヤした気分も晴れてきた。一体どんなネタがあの3人組から学校でばら かれてるかは分からないが、「もう、どうでもいいや!」って気分になって来る。月曜からは一部女子達のシカト 攻撃こうげきがあっても気にしないでおこう、そんな気分になってきた。それよりこの機会に……

「ところでさ、遥ぁ」

「ん? なんじゃ?」

「お前ってば、いつからそんな……しゃべり方になったの? 前に、なんか好きなキャラのしゃべり方がどうとか言ってたみたいだけど……」

 篤樹はついつい「変な」という一言をつけようとしたが、その一言を引っ込めて聞いてみる。

「んんん? いつからなのか、何ていうアニメだったのかは正確には覚えとらんのぉ。気になるか? やはり、おぬしも」

「いや、そりゃ気になるでしょ? 授業中は普通にしゃべってるくせにさ」

「先生方ん中には心無いモンもおるでなぁ。心許せる友に対してのみじゃ。喜べ、友よ!」

「なんだよそれ……」

 篤樹は質問をはぐらかされた気がして、ちょっとムッとする。

「 従兄妹いとこあにさまがなぁ……」

 遥は別に篤樹が気を悪くしたからというワケでもなく、何となくモノのついでのように語り始めた。

「小さな時から大好きだった従兄妹の兄さまが……好きなアニメだったんじゃ。ウチはまだ年長さんくらいじゃったかなぁ……初めてそのアニメ たんは……。その中に、兄さまが好きな女の子キャラがおってなぁ。そのしゃべり方をウチが 真似まねすると、えろう喜んでくれたんよ。親からは『普通にしゃべりなさい!』って怒られることもあったけど、やまらんでなぁ。そのまま くせになってしもたんじゃな、これが」

「ふぅん。従兄妹の兄ちゃんの 影響えいきょうかぁ……」

「そ。陸上部に入ったのもその兄さまの影響。速かったんだぞぉ、兄さまは。中学の2年で県の大会で優勝もしたんじゃ! すごかろぉ?」

 最後の一言はいつものしゃべりというよりも「福岡言葉」っぽい ひびきだった。

「へぇ……そういやお前ってば九州だったっけ? こっち越して来る前」

「ああ、4年生の時までなぁ。生まれ育ちは福岡じゃ!  親戚しんせきもほとんど九州じゃから、 あにさまが障害走で九州大会まで出るって決まった時は、みんな大盛り上がりじゃったなぁ」

「お前、ホントにその従兄妹の にいちゃん大好きなんだなぁ」

「そりゃもう、自慢の兄さまよ! 結婚相手は兄さまだと本気で考えとったくらいじゃ」

「んな、従兄妹で結婚なんて出来るかよ!」

「おや? 無知な 賀川殿かがわどのに教えてしんぜよう! 日本の法律ではな、従兄妹は結婚出来るのだよ」

「え? マジで?」

「マジマジ! 小学2年生の時に、その すじの情報をしっかりキャッチしたのじゃ。それだけでもう、兄さまとの結婚が決まった気になってのぉ……ウチも 乙女おとめじゃった」

「ふぅん……で、『大人』になった遥はまだその夢を いだき続けてるってか?」
 
 遥の「恋ばな」なんて聞いたの、クラスで俺が初めてじゃね? なんて思いながら、篤樹は茶化すように問いかけた。

「結婚は……もう、無理じゃのう……」

 埋め込みタイヤを飛び移る足を止め、遥は両手を開いてバランスを取り答える。なんだか……急に辺りの音が「消えた」気がした。いつの間にか、公園で遊んでいた子どもたちもいなくなっている。

「兄さまなぁ……家族で九州大会に向かう途中……高速道路で交通事故に巻き込まれてなぁ……。帰って来んかった……」

 え? 交通……事故?

「熊本の病院に運ばれてな……でも3人とも……家族仲良なかよぉ ってしまって……熊本の 伯母おばさんらが手配して、 葬儀そうぎと火葬は全部熊本で終わらせてな……ウチはまだ3年生やったし、兄さまの最後の顔も見せてもらえんでなぁ。結局一回だけ……お骨の入った箱を さわらせてもらったのが最後のお別れじゃった……。おかげで……なんかお別れの実感も無くてなぁ……」

 遥はそのままストン! と滑るように埋め込みタイヤの上に座った。

「このしゃべり方しとるとなぁ、なんか兄さまが元気に生きとる気ィになれるんじゃ。『似てる! 似てる!』って喜んでくれとった笑顔が……まぶたに浮かんできてのぉ……大好きな兄さまに きかかえられとる気持ちになれるんじゃなぁ……」

 顔を上げて話す遥の目から涙が あふれ流れ落ちる。その涙を ぬぐおうともせずに、遥は笑顔で話を続けた。

「ウチの『好き』はあの頃のままじゃ!  あにさまが『好き』じゃ。そういう『好き』ってのと、 りんの『好き』は、何か違う気がするんじゃ……失礼かも知れんけどのぉ」

 篤樹は、流れる涙を気にも めず笑顔で話し続ける遥に……見入ってしまった。胸が苦しくなる。ドキドキする。なんだろう、この気持ちは……

「いかん、いかん。思い出したら、なんや涙が止まらんよぉなってしもうたぞ……賀川ぁ、ハンカチあるかい?」

 篤樹は部活バックの中からハンドタオルを取り出す。

「……ほら、これ」

 投げ渡そうかと思ったが、落とすとマズイと思い直し、ベンチから立ち上がり遥に近づく。遥も埋め込みタイヤから立ち上がると、手を差し出し篤樹からハンドタオルを受け取った。

「ありがとぅ……な……う、うわーん!」

 遥は、ハンドタオルを握りしめた手を顔に押し当てると、声を上げて泣き始めた。篤樹はどうすれば良いか分からず、そのまま立ち尽くす。その篤樹の 胸板むないたに遥が倒れ込むように顔を押し付けて来た。

「会いたいよー! 兄さまに会いたいよー! あーん!」

 篤樹はどうすることも出来ず、遥が泣き止むまで 仁王立におうだちのままで過ごすしか出来なかった。


―――・―――・―――・―――


「グズッ……グズッ……すまん……かった、のぉ。賀川……」

 遥は5分ほど篤樹の胸を りて泣き通した。その間、篤樹は段々と周りが気になっていた。幸いにも、公園から立ち去った子どもたちの後、訪れる人影は無かった。木々の間から見える通りにも誰もいない。遥と二人っきりの時間だった。すごく 緊張きんちょうした。今まで遥に「女子」を感じたことは無かったのに、今はものすごく「女子」として遥を意識している自分がいる。ドキドキが止まらない。その音を遥に聞かれてるだろうと思うだけで ずかしくなる。

「これ……月曜で……よいか? 返すのは……」

 ようやく遥は篤樹の胸元から離れると、ハンドタオルでしっかりと顔を拭いて たずねた。

「あ……ああ! もちろん、いいよ月曜でも火曜でも」

「いや、ホントに、すまんかったのぉ。ウチとした事が…… としか?」

 篤樹のハンドタオルを、遥は自分の部活バックに入れながら、 れくさそうにいつもの口調でそう言うと……

「誰かに見られてまいな?  みょううわさが立つと 一蓮托生いちれんたくしょうでまずい事になるぞ」

 コミカルな動きで辺りをキョロキョロと見回す。この子、なんか強いや……

「何やってんだよ。お前は忍者か!」

 篤樹も笑いながら遥のボケにツッコミを入れる。

 いつも通りだ。そうさ、あのドキドキは突然のことで驚いただけ。だって遥は友だちだ。卓也と同じ、一緒にいるだけで楽しい友だちなんだ。だから……

 篤樹は、自分が遥の「涙」をみて変な感情になってしまったことを恥じた。それこそ、いつもと違う遥の姿に対し「珍しい食べ物に手を出したいだけ」の自己中心的な感情が起こってしまったのだと恥ずかしく思った。

  かたむきかけたに照らされる、遥の 屈託無くったくない笑顔を見ながら「コイツといると楽しいなぁ……」と篤樹は改めて感じていた……


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 タグアの町の裁判所―――その一室に、篤樹はエシャーと2人っきりで、エルグレドが戻ってくるのを待っている。
 村を サーガの群れに襲撃しゅうげきされ、家をこわされ……母親を殺され、父親と別々に捕らえられ、そして……今から、その父親が死刑も有り得る裁判にかけられようとしている……

 自分と同じ歳の少女の身に起こっている 悲劇的ひげきてきな状況……篤樹はその状況をしっかり認識していながら、エシャーが流す「涙」に対し、自分が変なドキドキを感じてしまった事が恥ずかしく、情けなくて仕方が無かった。
 だから「2人っきり」の状況なのに何も話し出せないまま過ごす。その 沈黙ちんもくを やぶったのはエシャーのほうだった。

「ゴメンね、アッキー……お父さんの裁判に巻き込んでしまって……」

「いや……そんな……エシャーが あやまるような事じゃないよ」

 篤樹は心の 動揺どうようを気付かれないよう、注意しながら語る。

「ビデルさんが、どんなつもりで僕らを証人に選んだのか分からないけど、とにかく、ルロエさんに不当な判決が出されないように……僕も頑張るよ」

「アッキー?『僕』って言うんだ、私にも……」

 エシャーは みょうな所に気がついた。

「あ、え?『 ぼく』?  おれ、今『ぼく』ってしゃべってた?」

 エシャーの表情が明るい笑みに変わる。

「私にはずっと『俺』って言って、他の人には『僕』って言ってたくせに。急にどうしたんですかぁ『僕』ぅ?」

「はぁ? 何だよ!『俺』が『僕』って言ったくらいで、そんなに変かよ!」

 篤樹は耳まで赤くなるくらい恥ずかしい気持ちになった。同年代に対して「僕」なんて使ったのは……確かに久し振りな気がする。

「……ありがとう」

「は?」

 エシャーは微笑んでいる。

「ん……ありがとう、アッキー。なんか、一緒にお父さんを助けるために頑張ってくれる、って気持ちが伝わって来て嬉しいな……ありがと!」

 「俺」じゃなくって「僕」って言っただけで? 何だかよく分からない感受性だなぁ……まあ、でも……

「ああ、うん。一緒に頑張ろうな。その……ルロエさんのために」

「うん。お父さんのために!」

 自分に何が出来るのか……いや、何も出来ないかも知れない。でも「大好きな友だち」と楽しく一緒に生きるため……一緒に笑顔で過ごせるためにも、自分が今出来る精一杯の力をかけよう。篤樹はそう心に ちかった。
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