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第7話 演奏家
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「アントン! こっちよ!」
息を切らしながら、アントンはリンの後を追って走り続けました。
「待てー!」
黒アリはしつこく追いかけて来るようです。2人は黒アリから姿を隠すように、右へ左へと移動しました。しばらく先に積み重なった石の 洞窟を見つけた2人は、急いでその中へ隠れます。
「ハァハァ……しつこい……男ね……」
小声でリンが 囁きました。アントンは恐怖と疲れで、身体がガタガタ震えています。
「こっちにおいで……」
リンはアントンを優しく自分の傍に抱き寄せました。アントンはしばらくリンの胸の中で目を閉じ、息を整え直します。すると少しずつ、恐怖が薄れていきました。
「……リンさんとギリィさんは……恋人同士なんですか?」
呼吸と気持ちが落ち着いて来たアントンは、ふと視線が合ったリンに尋ねました。リンは一瞬驚いた表情を見せましたが、すぐに「クククッ……」と笑います。
「んなわけ無いでしょ? だぁれがあんな奴と……」
「じゃあ……なんで一緒にいるんですか?」
リンは微笑みながら口を閉ざしました。アントンは、自分が変な質問をしてしまったからだと思い「ごめんなさい……」と 呟き顔を 伏せます。なんだか、お話が出来ない雰囲気になってしまいました。
「……アイツの生き方が……気になってさ……」
しばらくの沈黙の後、急にリンが口を開きました。
「え?……生き方……」
「あたしはさ……」
リンは思いがまとまったように言葉を続けます。
「アイツのバイオリンが好きなんだ……。 儚い命のキリギリスが 魂の叫びを……思いを込めて 奏でるアイツの曲がさ……。初めて聞いた時に感動したんだ。で、アタシもアイツみたいな演奏家になりたいって思ってね。でも……演奏家になれるのは男だけだって……みんなに止められたり馬鹿にされたりしてさ……。それで仲間たちから離れてアイツんとこに行ったんだ」
「演奏家なんですか? リンさんも」
アントンは興味深そうに尋ねました。しかしリンは 寂しそうに微笑みながら首を横に振って答えます。
「鈴虫もコオロギもキリギリスも……演奏家になれるのは男だけだって昔から決まってるからねぇ……。女の演奏家なんか誰も興味が無いんだってさ……アイツ以外」
「……ギリィさん?」
「そ……。散々周りから反対され、馬鹿にされながらアイツんとこに行ったよ。……あたしにバイオリンを教えて欲しいってね。正直……アイツからも断られたら 諦めようと思ってたんだ……。でもアイツは大笑いしながらさ……『よし! 一緒にやろうぜ!』って受け入れてくれた……」
リンは嬉しそうに笑みを浮かべました。
「……アイツはあたしの思いを受け止めてくれた……無理だとか不可能だとか言わずにね……」
そう言うと、リンは自分のバイオリンをケースから取り出しました。
「これ……アイツからもらったんだ。練習用のをね……」
リンはバイオリンを 嬉しそうに見つめながら言いました。
「でもさ……いざやり始めて見ると…… 難しいんだわ、これが! アイツも演奏は上手だけど、人に教えるのは全然下手クソでさ!……まだまともな音出しも出来てないんだよねぇ……」
残念そうに言いながらも楽しそうな笑顔を見せ、リンはバイオリンをケースに戻しました。
「やっぱり女のあたしには無理なのかも……なんて思う日もあるんだよね……実際さぁ……。でも、そんな時にいつもアイツは楽しそうに言うんだ。『お前が納得出来るまでやれば良いよ』ってね。で、その度に自分が納得出来てるだろうかって考えると……まだやりたいって気持ちの方が強いって気づくんだ。……アイツみたいな演奏家に絶対になってやるって気持ちにね」
リンはバイオリンケースを手で優しく 撫でました。
「ギリィはさ……とにかく毎日楽しそうに過ごしてるだろ? あたしみたいに悩んだり苦しんだり悲しんだりせずにさ……。その生き方が気になってね……。アイツみたいに生きられるようになれば……あたしもアイツみたいな演奏家になれるんじゃないかって……だからそばにいるんだよ。どうせ教えちゃくれないからさ……見ながら 盗んでやろうって思ってね」
「そうなんですか……」
アントンは何となくリンの気持ちが分かるような気がしました。それが 何故かは分かりませんが……ギリィから感じる「特別な楽しさ」を、自分も手に入れたいという気持ちになっていました。
「さて……あの黒アリはまだしつこくあたしらを 捜してんのかねぇ……」
リンは 洞窟からソッと顔を覗かせ、外の様子を探ります。その時、静かなバイオリンの音色が風に乗って聞こえて来ました。
「あっ……ギリィさんの……」
アントンも穴から顔をのぞかせます。リンは穴の外に出ると、急いでケースからバイオリンを取り出し弓を弦に当てました。
ギーコ……ギコギー
「うわっ!」
唐突に鳴り出した異音にアントンは驚き、急いで耳を 塞ぎました。
「あら? 今日は良い音が出たわ……」
リンは「音が出た」ことに 御満悦な様子です。しばらくすると草の上からギリィが跳び降りてきました。
「よぉリン! お前の『声』、今日は良い調子じゃねぇか!」
「あいつらは?」
ギリィからの評価には特に応じず、リンは黒アリたちの動向を尋ねます。
「お前らを追いかけてたヤツは向こうでノビてる。最初の2匹は仲間んとこまで帰ってったみてぇだな」
「もう1匹は?」
バイオリンをケースにしまいながら確認したリンの質問に、ギリィは言葉を選ぶようにしばらく間を置き答えました。
「……大事な『お客さん』を……1人失っちまったよ」
リンはギリィの羽にそっと手を 載せ、優しく撫でます。
「……そう……残念ね……」
「あの……大丈夫ですか?」
2人のやり取りを聞いていたアントンが声をかけました。2人はアントンの存在を思い出してハッとすると、取り 繕うように笑顔を浮かべます。
「ま、何だな……。とにかく早いとこ移動しちまおうぜ! まだここいらは奴らの縄張りだろうからよ!」
ギリィの呼びかけにリンも同調すると、アントンのそばに来て手を握りました。
「さっきの川には戻れないし……しばらくはあたし達と一緒においで!」
3人は黒アリ達の縄張りとは反対方向に向かい、急いでその場所から離れて行きました。
息を切らしながら、アントンはリンの後を追って走り続けました。
「待てー!」
黒アリはしつこく追いかけて来るようです。2人は黒アリから姿を隠すように、右へ左へと移動しました。しばらく先に積み重なった石の 洞窟を見つけた2人は、急いでその中へ隠れます。
「ハァハァ……しつこい……男ね……」
小声でリンが 囁きました。アントンは恐怖と疲れで、身体がガタガタ震えています。
「こっちにおいで……」
リンはアントンを優しく自分の傍に抱き寄せました。アントンはしばらくリンの胸の中で目を閉じ、息を整え直します。すると少しずつ、恐怖が薄れていきました。
「……リンさんとギリィさんは……恋人同士なんですか?」
呼吸と気持ちが落ち着いて来たアントンは、ふと視線が合ったリンに尋ねました。リンは一瞬驚いた表情を見せましたが、すぐに「クククッ……」と笑います。
「んなわけ無いでしょ? だぁれがあんな奴と……」
「じゃあ……なんで一緒にいるんですか?」
リンは微笑みながら口を閉ざしました。アントンは、自分が変な質問をしてしまったからだと思い「ごめんなさい……」と 呟き顔を 伏せます。なんだか、お話が出来ない雰囲気になってしまいました。
「……アイツの生き方が……気になってさ……」
しばらくの沈黙の後、急にリンが口を開きました。
「え?……生き方……」
「あたしはさ……」
リンは思いがまとまったように言葉を続けます。
「アイツのバイオリンが好きなんだ……。 儚い命のキリギリスが 魂の叫びを……思いを込めて 奏でるアイツの曲がさ……。初めて聞いた時に感動したんだ。で、アタシもアイツみたいな演奏家になりたいって思ってね。でも……演奏家になれるのは男だけだって……みんなに止められたり馬鹿にされたりしてさ……。それで仲間たちから離れてアイツんとこに行ったんだ」
「演奏家なんですか? リンさんも」
アントンは興味深そうに尋ねました。しかしリンは 寂しそうに微笑みながら首を横に振って答えます。
「鈴虫もコオロギもキリギリスも……演奏家になれるのは男だけだって昔から決まってるからねぇ……。女の演奏家なんか誰も興味が無いんだってさ……アイツ以外」
「……ギリィさん?」
「そ……。散々周りから反対され、馬鹿にされながらアイツんとこに行ったよ。……あたしにバイオリンを教えて欲しいってね。正直……アイツからも断られたら 諦めようと思ってたんだ……。でもアイツは大笑いしながらさ……『よし! 一緒にやろうぜ!』って受け入れてくれた……」
リンは嬉しそうに笑みを浮かべました。
「……アイツはあたしの思いを受け止めてくれた……無理だとか不可能だとか言わずにね……」
そう言うと、リンは自分のバイオリンをケースから取り出しました。
「これ……アイツからもらったんだ。練習用のをね……」
リンはバイオリンを 嬉しそうに見つめながら言いました。
「でもさ……いざやり始めて見ると…… 難しいんだわ、これが! アイツも演奏は上手だけど、人に教えるのは全然下手クソでさ!……まだまともな音出しも出来てないんだよねぇ……」
残念そうに言いながらも楽しそうな笑顔を見せ、リンはバイオリンをケースに戻しました。
「やっぱり女のあたしには無理なのかも……なんて思う日もあるんだよね……実際さぁ……。でも、そんな時にいつもアイツは楽しそうに言うんだ。『お前が納得出来るまでやれば良いよ』ってね。で、その度に自分が納得出来てるだろうかって考えると……まだやりたいって気持ちの方が強いって気づくんだ。……アイツみたいな演奏家に絶対になってやるって気持ちにね」
リンはバイオリンケースを手で優しく 撫でました。
「ギリィはさ……とにかく毎日楽しそうに過ごしてるだろ? あたしみたいに悩んだり苦しんだり悲しんだりせずにさ……。その生き方が気になってね……。アイツみたいに生きられるようになれば……あたしもアイツみたいな演奏家になれるんじゃないかって……だからそばにいるんだよ。どうせ教えちゃくれないからさ……見ながら 盗んでやろうって思ってね」
「そうなんですか……」
アントンは何となくリンの気持ちが分かるような気がしました。それが 何故かは分かりませんが……ギリィから感じる「特別な楽しさ」を、自分も手に入れたいという気持ちになっていました。
「さて……あの黒アリはまだしつこくあたしらを 捜してんのかねぇ……」
リンは 洞窟からソッと顔を覗かせ、外の様子を探ります。その時、静かなバイオリンの音色が風に乗って聞こえて来ました。
「あっ……ギリィさんの……」
アントンも穴から顔をのぞかせます。リンは穴の外に出ると、急いでケースからバイオリンを取り出し弓を弦に当てました。
ギーコ……ギコギー
「うわっ!」
唐突に鳴り出した異音にアントンは驚き、急いで耳を 塞ぎました。
「あら? 今日は良い音が出たわ……」
リンは「音が出た」ことに 御満悦な様子です。しばらくすると草の上からギリィが跳び降りてきました。
「よぉリン! お前の『声』、今日は良い調子じゃねぇか!」
「あいつらは?」
ギリィからの評価には特に応じず、リンは黒アリたちの動向を尋ねます。
「お前らを追いかけてたヤツは向こうでノビてる。最初の2匹は仲間んとこまで帰ってったみてぇだな」
「もう1匹は?」
バイオリンをケースにしまいながら確認したリンの質問に、ギリィは言葉を選ぶようにしばらく間を置き答えました。
「……大事な『お客さん』を……1人失っちまったよ」
リンはギリィの羽にそっと手を 載せ、優しく撫でます。
「……そう……残念ね……」
「あの……大丈夫ですか?」
2人のやり取りを聞いていたアントンが声をかけました。2人はアントンの存在を思い出してハッとすると、取り 繕うように笑顔を浮かべます。
「ま、何だな……。とにかく早いとこ移動しちまおうぜ! まだここいらは奴らの縄張りだろうからよ!」
ギリィの呼びかけにリンも同調すると、アントンのそばに来て手を握りました。
「さっきの川には戻れないし……しばらくはあたし達と一緒においで!」
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