2013年日本シリーズ物語

浅野浩二

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2013年日本シリーズ物語

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日本シリーズの第三戦。その日、仙台球場の巨人ナインには、どこか元気が無かった。
「今日こそは、絶対、勝つぞ」
という原辰徳の叱責も、どこか生彩を欠いていた。
「昨日、わが巨人軍の川上哲治元監督が亡くなったんだぞ。わが巨人軍の神様である川上哲治のためにも、何としても、今日の戦いは勝つんだ」
と原辰徳が選手たちに鼓舞した。
夜になって、試合が始まった。
仙台球場は満席で 、その上、観戦チケットを買えなかった、おびただしい数の東北の楽天ファン達が、球場の外におしかけていた。
先発の内海がピッチャーマウンドに立った。
楽天では、トップバッターの松井稼頭央がバッターボックスに立った。
その時である。
「かっとばせー。かっとばせー。松井―」
楽天を応援する東北の楽天ファンの凄まじい声援が一斉に起こった。
仙台球場の楽天ファンは、震災からの復興という絆で結ばれて、一丸となっていた。
「打ってくれ。稼頭央。わしゃー、震災で船も家族も無くしてしもうたけん。ぜひ優勝して、わしに勇気を与えてくんしゃれ」
と元漁師とおぼしき老人が力の限り叫んだ。
「楽天。がんばれー。僕のお母さんは震災で死んでしまった。でも、僕は、くじけないぞ。一生懸命、野球を練習して、将来、絶対、楽天のプロ野球選手になってみせる」
という子供の声援もあった。
内海の眼頭がジーンと熱くなった。
内海は、雑念を払いのけるように頭を振った。
「楽天ファンの東北のみなさん。あなた達の気持ちはよくわかる。出来れば、楽天に勝たせてあげたい。しかし、花を持たせてあげる、なんて八百長は、プロ選手として、絶対、許されないことなんだ。すまないが、僕は非情の勝負の鬼に徹する」
内海は、自分にそう言い聞かせた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
バッターボックスの稼頭央は、いつにもない気迫で、にらみつけていた。
(さあ来い。俺達は、震災で、うちひしがれている東北の人達のためにも、死んでも、負けるわけにはいかないんだ)
にらみつけてくる稼頭央の目がそう語っているように内海には見えた。

キャッチ―の安部慎之介のサインは、インコース低めのストレートだった。
「よし」
内海は、大きくグローブを上げて、投球モーションに入った。
その時である。
「かっとばせー。かっとばせー。松井―」
楽天を応援する東北の楽天ファンの凄まじい声援が一斉に起こった。
内海の眼頭がジーンと熱くなった。
「い、いかん」
そう思ってはみたものの、涙腺がゆるんで涙が出てきた。阿部のミットが涙で曇って良く見えない。
内海の投げたボールはインコースには、行かず、ど真ん中に行ってしまった。
松井はそれを、のがさず、力の限り、フルスイングした。
カキーン。
ボールは、仙台球場の夜空を高々と上がり、ライトスタンド上段に入った。
ライトを守っていた長野も、ボールの軌道を眺めているだけで、一歩も動こうとしなかった。
「わあー。やったー」
球場のファンの歓喜のどよめきが、けたたましく起こった。
ファンの声援は、三塁側の楽天側からだけではなく、巨人ファンであるはずの一塁側からも、起こっていた。
その後も、内海の調子は良くなく、弱いはずの楽天打線にポカスカ打たれた。

一方、強いはずの巨人打線は、一向に振るわなかった。
6回裏、三球三振にうちとられた、村田がダッグアウトに戻ってきた。
巨人のダッグアウトは、全く活気がなかった。
「どうした。村田。今のストレートは、お前なら、打てて当然の球のはずだぞ」
キャプテンの安部慎之介がそう、村田に声をかけた。
村田は、しばし黙っていたが、少しして顔を上げ、重たそうな口を開いた。
「そうだな。オレも、ボールが来た時は、絶好球で、しめた、と思ったんだが、どうしても力が入らないんだ」
そう村田は、ボソッと小声で言った。
「そうか。実は、オレもそうなんだ」
「オレもだ」
「オレも・・・」
隣りで聞いていた、高橋吉伸、坂本勇人、長野も口を揃えて言った。
「実を言うと、オレも・・・」
と内海がボソッと口を開いた。
「どうしたんだ?」
安部慎之介が首を傾げて聞いた。
「ピッチャーなら、誰だって、打たれれば口惜しい。しかし・・・」
そう言って内海は口を噤んだ。
「しかし、どうしたんだ?」
安部が催促するように強気な口調で聞いた。
「しかし・・・この日本シリーズばかりは、なぜか、打たれても、口惜しさが起こらないんだ。・・・。オレも全力投球はしているつもりだ。しかし、楽天の打者に打たれると、なぜか、ほっとした気持ちになってしまうんだ」
内海はそうボソッと小声で囁いた。
「そうか。実は、オレもそうなんだ」
と、隣りで聞いていた沢村が言った。
「そうか。実は、オレもそうだ」
隣りにいた杉内もそう言って相槌を打った。

   △

結局、巨人対楽天の日本シリーズは、楽天が勝った。
星野監督の胴上げが行われた。
その夜。
「楽天の日本一の優勝を祝って・カンパーイ」
キャプテンの松井稼頭央の音頭で、恒例の優勝のビールかけが行われた。
しかし、選手たちは、皆、なぜか、うかない表情だった。
皆、無理に嬉しそうに振舞っている、といった様子だった。
始めは、笑ってビールをかけ合っていた選手たちも、だんだん、ビールのかけ合いをしなくなっていった。
選手たちの顔には、ある寂しさが漂っていた。
(オレ達は本当に実力で巨人に勝ったのだろうか)
選手たちの顔には、皆、無言の内に、そんな思いがあらわれていた。
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