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カエルの子(医療エッセイ)

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カエルの子

その子、は、かわいい、まるい顔のケロヨンっぽい子だった。精神科の患者は、年齢より少し若く見える。体の症状の訴えの多い子で、ある夜、足が痛い、と訴えてきた。関節痛、関節痛と考えて、リウマチ、いや、既往歴にない、カゼひいた後の関節痛だからヘノッホ、シェーンライン、いや発疹がない。考えてみれば。自律神経症状で関節痛がでるんだから、関節痛を訴えたら、まず自律神経性のものと考えるべき。しどろもどろして、困ってると、研修の先生ですか、というので、はい、と答えると、緊張してますね、というので、はい、と答えると、キンチョーしないでください。キンチョーされるとこっちもますますキンチョーしてしまいます。という。当然。湿布をする。その子は別の病棟にいたのだが、病院内の都合から、こっちの病棟にうつってきたのだった。数日後、入院患者の年中行事の一つとして、6月頃だった。バスハイキングで、○○臨海公園へ30人くらいで行った。その時、その子は渚に足を入れながら、他患とうれしそうに話していた。昼食の時、私が一人で弁当たべていたら、ある患者に、先生、一人でお弁当食べておいしいですか、ときかれた。ちなみに精神疾患の患者の食べ方の特徴の一つに一人で食べるということがある。6月の頃はそんなふうで、明るくよく話す子だった。だが秋ころから話さなくなり、ついに全く無口、だれとも話さない。利き手の右手を使わず、左手で、つげられる人にだけ書いて意志を告げる筆談状態になった。こういうことはきわめてめずらしいことである。その子は自分がある上人の生まれ変わりという妄想をもってて、誇大妄想、○○学会に入っていた。七月のタナバタのたんざくに、みなさんがはやくよくなりますように、とかいたりしてて、やさしい子だった。私が彼女の筆談の相手になると、彼女は左手で、苦しそうなカナクギ字で宗教的な訴えや、個室に入れてほしいことを訴えた。個室に入れられることを自ら申し出る患者はめずらしい。その子は個室に入れられないと、念仏をとなえて、みなにメイワクをかけるから、とかいた。個室にいれてくれるなら何でもします。はだかおどりでもします、とかいた。失礼な。私がモテそうにみえないから、私が彼女のはだかおどりをみたい、と思っているのか。自分のかわいさ、に、ちょっぴり、うぬぼれているぞ。たしかにかわいいが。悲劇のヒロインぶってるぞ。だが、それは全然、彼女の認識不足。子供の見方。医者も聖人ではなく、性欲もあるが、公私混同はしない。というより、そういう感覚になるのである。なんとなれば、病人というのは、社会的弱者であり、元気がなく、体格も貧弱で、また患者として人をみている時、頭は診断のための医学辞典と化している。が、次の日、その子は、下はズボンをはかず、パンツ姿で歩いていた。彼女の意思表示である。もちろん私は目をそむけ、その子と目をあわせないようにした。そんなカッコで歩いてちゃこまるでしょ、と、ナースに注意され、やむなく、ズボンをはいたようである。その翌日、筆談でまた彼女は、みなにメイワクをかけるから、個室にはいりたい、個室に入れてもらえないとタイヘンなことがおこる、と書いた。が、きいてもらえなくて、ナースステーションにやってきて何人かのナースのいる前で、口をきかずに、目をさらのようにして、口をイーして、せまってきた。いいたいのにいえないもどかしさ。やさしい子なので、おこってもあんまりこわくない。自分の信じる宗教の非暴力で、自分をしばっている点もあるのだろう。ナースの一人が、こりゃ、カエルだね、といったが、私も内心そう思っていた。もともと、カエルっぽいかわいさの子だったが、おこった顔はますますカエルになる。その日、彼女は同室の人をみな、けっとばした。小さなハルマゲドン。力のない彼女がけっても、他患は大ケガはしなかった。が、他患にメイワク行為あり、で、隔離の理由ができ、又、しなければならず、
(基本的医療の精神はできるだけ人権尊重から、隔離はしないものなのだが、他患に暴力ふるうとなれば、カクリ、むしろ、しなくてはならない。他の入院患者の人権と安全を守り、もちろん本人の安全のためにも、)カクリで個室に入れられたら、その子はとっても明るくなり、話すようになった。信じられないような話だが、こんなことは本当にあるのである。私はそのあと一ヶ月後、男子病棟へ行って、女子病棟へは顔をださなくなったが、その子は元気に退院したらしい。
四ヶ月くらいしたある日、職員食堂で食事してたら、その子が、外来診療がおわったあとで、両親と食事してて、私をみつけると、
「あっ。先生。こんにちは。おひさしぶりです。」
と、以前の明るい笑顔で言ってきて、とてもなつかしく、うれしい気持ちになって、
「こんにちは。」
と笑顔であいさつを返した。
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