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【第4話】私、またやっちゃいました?

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「いま、なんでもするって言ったよねー」

 見上げるキノーの眼前で、少女は朝日を背にしてそう言った。

 彼女は登り坂の先、木製の柵の上に腰を下ろしていた。
 十を少し過ぎたほどに見える。
 オーバーサイズの白シャツに、膝丈のパンツ。
 金色の長い髪を耳に掛け、意地の悪い笑みを浮かべている。

「歩き回ってたからさー。足、汗ばんじゃったー」

 片方の靴を脱ぎ、真っ直ぐに突き出した。

「舐めて綺麗にしてよ」

 突き出された少女の生脚を、キノーはまじまじと見つめた。

(まるで少年の様な膝こぞうだ……)

 何処かで擦りむいたと思われる小さな傷が、所々に見える。
 それは少女の何処か大人びて整った顔立ちとは正反対の、活発で荒々しく、自由奔放な印象を抱かせた。

『性別とは生を受けたときではなく、産まれてからの生き方で決まる』
 そんな教えを想起する。

「わかりましたっ! お任せ下さいっ!」
「えっ?」

 意外な返答に少女は驚く。
 そんな様子にお構いなくキノーは足を掴み、顔を近づけた。

「あははっ。じょーだんだしー」

 少女は慌てて足を引っこめた。

「えっ? あれっ……!?」
「まさかホントに舐める気だったのー?」

 苦笑いしながら、少女は柵から降りた。
 並んで立つと、身長はキノーの胸元ほど。今度は彼女が見上げる形になった。

「キミ、面白いじゃん。私はリュンヌ。もうおとーさんから聞いてるかも知んないけど」
「あっ、はい! 私はキノーですっ。ただの、キノー」
「さっき聞いたしー。まーよろしくね。新人家政婦さーん」

 少女は目を細め、再び美しい顔を邪悪な笑みで染めた。
 上がった両方の口角から尖った八重歯が覗く。

(天使の様な、悪魔の笑顔だ……)

 そんな言葉がキノーの頭に舞い降りる。

「あのっ、大丈夫ですよっ!」
「んー? 何がー?」
「私っ! ちゃんと舐めますのでっ」
「え……?」

 キノーは必死だった。
 かつて居た教団から、半ば追い出される形で出て来た。
 家も財産も持っていない。
 衣服すら、雇い主の着古し。
 支給された真新しい赤エプロンが、唯一彼女が“何者”なのかを証明していた。
 
(誠実さをアピールするんだっ。私には……それしか無いっ!)

 しかし、彼女の愚直なまで真っ直ぐな性格が最悪な形で作用してしまった。

「脚じゃなくてもちゃんとやりますっ! 有言実行! 
 どーんと、お任せくださいっ!」
「あはははは……」

 リュンヌは渇いた笑い声を上げながら身体の向きを変え、やがて全速力でその場から逃げ出した。

(ヤバいヤバいヤバいヤバい。絶対ヤバい。絶対ヤバい人だ)

『かなり恐怖を感じた』
 リュンヌは後にそう語る。

 走り去る少女の背中を見つめ、キノーはようやく己の誤ちに気がついた。
 全身から力が抜け、愕然とした表情で両膝から崩れる。

(私……また、やっちゃいました……?)

 頭に過ぎる“クビ”の二文字。
 そして今まで犯してきた失敗が、走馬灯の如く駆け巡る。

(ようやく掴んだ、人生再生のチャンスなのにっ……まさか初日でやらかすなんて……)

 これは難問だと、彼女は思った。
 早く解かなければ、やがて一人では抱え切れないほど巨大になり得る問題だ、と。

 しかし、今すぐ解答が見つかる筈もなく……取り敢えず、いまは自分の頭を抱えて地に伏せる事にした。
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