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「…ごめん、仕事、片付きそうにないの」
ちょっと申し訳なさそうな沙奈絵の声が、受話器の向こうから聞こえてきた。
明日はイブ。
耕一が沙奈枝の予定を聞いてみようと電話をしてみたところ、開口一番、そう言われてしまった。
無駄だとは思ったが、耕一は沙奈絵に聞いてみた。
「何とかならないか?イブだよ、イブ」
けれども返ってきた返事は、
「あたしも、イブの夜に働いてるのはサンタさんとトナカイくらいだと思いたいわ」
どう考えても仕事は抜け出せそうにない口調だった。
しかも明らかにうんざりしている口調だ。
その言葉に耕一は、さすがに返す言葉がなくなってしまい、
「そうか…それじゃしようがないな…」
と言うのが精一杯だった。
本人はそうでもないつもりだったのだが、沙奈絵にはかなり耕一が気落ちしたように聞こえてしまったのか、さっきよりも申し訳なさそうな口調で、
「ゴメンね、本当に。せっかくのイブなのにね」
という声が聞こえてきた。
「いや、いいよ。仕事じゃ仕方ないもんな。それに別にイブじゃなくちゃいけない、なんて事もないし」
耕一は今更ながら、沙奈絵にフォローをしたつもりだった。
それを聞いて、沙奈絵はますます申し訳ないような口調になり、
「ゴメン…」
と一言だけ言った。
余りにも申し訳なさそうなその言葉に耕一は、
「いや、本当に気にしなくていいって。仕事、頑張れよ」
と言うのが精一杯だった。
けれどもその言葉を聞いて少し気を取り直したのか、沙奈絵は
「うん、ありがとう」
と、さっきよりは明るい声で言った後、
「…あの、くれぐれもバカ買い、ヤケ食いはしないでね。それじゃ」
そう続けて電話を切った。
次の日。
外回りを早めに切り上げて、直帰扱いにしてもらって、おまけに社用車で自分の部屋に帰る途中で、耕一は買い物をした。
駐車場に向かう耕一の両手には、たっぷり50ピースはありそうなフライドチキンのパック,1ダースは入っているんじゃないかと思われるシャンパンの袋,七面鳥の丸焼き一羽分の入った袋がぶら下げられていた。
当然、買ったからには食べる。
昨夜電話で沙奈絵が言った事を、まるで聞いていなかった。
別に怒って沙奈絵に反抗しているわけではない。単なるクセなのだ。
とにかく両手一杯に荷物をぶら下げて、耕一は車に歩いていった。
さすがにこれだけの荷物を持っていると、だんだん腕が重くなってくる。
「よっこいしょ」
耕一が歩きながら荷物を持ち直そうとして少しよそ見をした瞬間、ちょうど脇の通路から人が出てきた。
よそ見をしていた耕一は当然それに気付かず、その人とぶつかってしまった。
「きゃっ」
女性の小さな悲鳴が聞こえた。
それに気付いた耕一は、すかさず
「すみません!ちょっとよそ見をしてたもので。大丈夫ですか?」
と、その女性に言った。
するとその女性も、
「あ…いえ、こちらこそ、ぼーっとしていたもので…すみません」
と耕一に言いながら顔を上げた。
けれどもその女性は耕一の顔をまじまじと見ていたかと思うと、
「耕一君…?」
とつぶやくように聞いた。
突然見も知らぬ女性に自分の名前を呼ばれて、耕一は一瞬不思議に思ったが、よくよくその女性の顔を見ると、どことなく見覚えのある面影があった。
「…もしかして、梶山 幸代さん…?」
耕一が聞くと、その女性は一瞬の間を置いてから笑顔に変わり、
「やっぱりそうだったのね!久しぶりー!」
と、明るい声で言った。
耕一はあまりに意外な再会に呆気に取られながらも、
「…高校卒業以来だから、8年ぶりかな…」
と答えた。
それを聞いて幸代は、
「そっかぁー、もうそんなになるんだ…それにしても、耕一君、変わらないわねぇ」
と、相変わらず明るい口調で言った。
それを受けて耕一は、
「梶山さんは、しばらく見ないうちに随分変わったね。最初、全然わからなかったよ」
緊張がとけてきたのか、耕一は微笑みながら言った。
「それにしても、どうしたの?こんな時間にこんな所で?」
幸代が耕一に聞いた。
確かに普通の社会人ならいそうにない時間にこんな所をぶらついているのだから、不思議に思ったのも当然だろう。
「え?ちょっとズルして、会社早上がり」
耕一がそう言うと、
「あー、ズルいんだ」
幸代はわざと意地悪な口調で言った。
耕一は苦笑しながら、
「それより、梶山さんはどうしてここに?隣の県の大学出た後、そのまま就職したんじゃなかったっけ?」
と聞くと、
「ん。ちょっとヤボ用があって、仕事休んでちょっと実家に顔出してたの。これから帰るところ」
幸代はそう答えた。
耕一は少し考えてから、
「そうか…じゃ、せっかくだから駅まで送ってこうか?俺、車で来てるから」
耕一がそう言うと、幸代も少し考えて、
「そう?じゃ、せっかくだから送ってもらおうかしら」
にこりと笑ってそう言った。
ちょっと申し訳なさそうな沙奈絵の声が、受話器の向こうから聞こえてきた。
明日はイブ。
耕一が沙奈枝の予定を聞いてみようと電話をしてみたところ、開口一番、そう言われてしまった。
無駄だとは思ったが、耕一は沙奈絵に聞いてみた。
「何とかならないか?イブだよ、イブ」
けれども返ってきた返事は、
「あたしも、イブの夜に働いてるのはサンタさんとトナカイくらいだと思いたいわ」
どう考えても仕事は抜け出せそうにない口調だった。
しかも明らかにうんざりしている口調だ。
その言葉に耕一は、さすがに返す言葉がなくなってしまい、
「そうか…それじゃしようがないな…」
と言うのが精一杯だった。
本人はそうでもないつもりだったのだが、沙奈絵にはかなり耕一が気落ちしたように聞こえてしまったのか、さっきよりも申し訳なさそうな口調で、
「ゴメンね、本当に。せっかくのイブなのにね」
という声が聞こえてきた。
「いや、いいよ。仕事じゃ仕方ないもんな。それに別にイブじゃなくちゃいけない、なんて事もないし」
耕一は今更ながら、沙奈絵にフォローをしたつもりだった。
それを聞いて、沙奈絵はますます申し訳ないような口調になり、
「ゴメン…」
と一言だけ言った。
余りにも申し訳なさそうなその言葉に耕一は、
「いや、本当に気にしなくていいって。仕事、頑張れよ」
と言うのが精一杯だった。
けれどもその言葉を聞いて少し気を取り直したのか、沙奈絵は
「うん、ありがとう」
と、さっきよりは明るい声で言った後、
「…あの、くれぐれもバカ買い、ヤケ食いはしないでね。それじゃ」
そう続けて電話を切った。
次の日。
外回りを早めに切り上げて、直帰扱いにしてもらって、おまけに社用車で自分の部屋に帰る途中で、耕一は買い物をした。
駐車場に向かう耕一の両手には、たっぷり50ピースはありそうなフライドチキンのパック,1ダースは入っているんじゃないかと思われるシャンパンの袋,七面鳥の丸焼き一羽分の入った袋がぶら下げられていた。
当然、買ったからには食べる。
昨夜電話で沙奈絵が言った事を、まるで聞いていなかった。
別に怒って沙奈絵に反抗しているわけではない。単なるクセなのだ。
とにかく両手一杯に荷物をぶら下げて、耕一は車に歩いていった。
さすがにこれだけの荷物を持っていると、だんだん腕が重くなってくる。
「よっこいしょ」
耕一が歩きながら荷物を持ち直そうとして少しよそ見をした瞬間、ちょうど脇の通路から人が出てきた。
よそ見をしていた耕一は当然それに気付かず、その人とぶつかってしまった。
「きゃっ」
女性の小さな悲鳴が聞こえた。
それに気付いた耕一は、すかさず
「すみません!ちょっとよそ見をしてたもので。大丈夫ですか?」
と、その女性に言った。
するとその女性も、
「あ…いえ、こちらこそ、ぼーっとしていたもので…すみません」
と耕一に言いながら顔を上げた。
けれどもその女性は耕一の顔をまじまじと見ていたかと思うと、
「耕一君…?」
とつぶやくように聞いた。
突然見も知らぬ女性に自分の名前を呼ばれて、耕一は一瞬不思議に思ったが、よくよくその女性の顔を見ると、どことなく見覚えのある面影があった。
「…もしかして、梶山 幸代さん…?」
耕一が聞くと、その女性は一瞬の間を置いてから笑顔に変わり、
「やっぱりそうだったのね!久しぶりー!」
と、明るい声で言った。
耕一はあまりに意外な再会に呆気に取られながらも、
「…高校卒業以来だから、8年ぶりかな…」
と答えた。
それを聞いて幸代は、
「そっかぁー、もうそんなになるんだ…それにしても、耕一君、変わらないわねぇ」
と、相変わらず明るい口調で言った。
それを受けて耕一は、
「梶山さんは、しばらく見ないうちに随分変わったね。最初、全然わからなかったよ」
緊張がとけてきたのか、耕一は微笑みながら言った。
「それにしても、どうしたの?こんな時間にこんな所で?」
幸代が耕一に聞いた。
確かに普通の社会人ならいそうにない時間にこんな所をぶらついているのだから、不思議に思ったのも当然だろう。
「え?ちょっとズルして、会社早上がり」
耕一がそう言うと、
「あー、ズルいんだ」
幸代はわざと意地悪な口調で言った。
耕一は苦笑しながら、
「それより、梶山さんはどうしてここに?隣の県の大学出た後、そのまま就職したんじゃなかったっけ?」
と聞くと、
「ん。ちょっとヤボ用があって、仕事休んでちょっと実家に顔出してたの。これから帰るところ」
幸代はそう答えた。
耕一は少し考えてから、
「そうか…じゃ、せっかくだから駅まで送ってこうか?俺、車で来てるから」
耕一がそう言うと、幸代も少し考えて、
「そう?じゃ、せっかくだから送ってもらおうかしら」
にこりと笑ってそう言った。
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