大将とマリちゃん

松田 かおる

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「東京」のこと

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「ねー、大将?」
「なんだい、マリちゃん?」
「大将はさ、東京に打って出たいとは思わないの?」
「東京に?」
「そう。腕もいいんだからイケるんじゃないのかなぁー、とか思ったりしちゃうんだよねー。こんなイナカに収まってないでさー」

ちょっと沈黙。

「そうだなぁ… 正直に言うと『そんなことを思った日もありました』かなぁ?」
「…どゆこと?」
「んー、そうだねぇ…  東京に『打って出て』さ、なんだか『勝てそうもない』じゃない?」
「えー、大将ケンカする前から負けちゃってんの?」
「負けるケンカはしたくないしねぇ。」
「そう?」
「だって考えてごらんよ。 東京にはこんなイナカとは比べ物にならないような、何もかもあれもこれもがあるじゃない? 切り身パック一つにしてもさ」
「まぁ、そうだよねぇ」
「そんな中にさ、誰が相手かわからないけどケンカ売りに行ってもさ、殴る前から負けちゃいそうじゃない?」
「……」
「だからさ、ヘタにケンカ売って痛い目見るよりさ、目の前のおいしい魚をおいしくさばく事に力を注ぎたいわけ」
「それって負けそうなことへの詭弁じゃない?」
「そう思う?じゃあマリちゃんはおれの捌く魚よりも、『東京の地味にイケてそうなどこの誰かが捌いたかわかんないサカナ』の方がいい?」
「…ズルいよ、大将」
「そういうことなの。『明日の5両より今日の50文』。いい意味でね?おれは俺の手で捌いた魚を、お客さんにおいしくいただいてもらいたいんだよ」
「んー、なんだか言いくるめられちゃった感じがしないでもないけど…」
「だったら今日のまかない食べてから考えてみてもいいかもしれないよ?」

どん。

「あー!! ぶりはま丼!!!」
「これがマリちゃんの思うところの『東京』に負けるようだったら、少しは考えようかな?」
「大将、ズルいよ…」
「そう?」
「だってこんなにおいしいぶりはま丼、よそで食べられるわけないじゃない!?」

「そういうことw」

東京進出計画、マリちゃんの負け。
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