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第4話
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一人で飲んでいても、やっぱり気持ちが落ち着かない。かえって考えが後ろ向きになっちゃう…
こんな時に誰か一緒に飲んでくれる人がいたら…
「『お疲れさま』しましょうよ」と言ってくれたみずほの誘いを断って来たんだから、まさか彼女を呼ぶ訳にもいかないし…
今さらながら、独りでお酒を飲んでもちっともおいしくない事に気付いた。
こんな時だからこそ誰かと一緒にいた方がいいという事にも。
たとえ相手が誰でも…
「…こんばんは」
振り返ると、きーちゃんが立っていた。
「…な、なんの用よ」
「みずほさんに聞いたら、ここじゃないかって言われたんで…」
「だからどうしたのよ、わたしは一人で飲みたいの。誰もあんたと飲みたいなんて言ってないわよ」
本当はうれしいのにまた強がって…わたしのバカ。これじゃ…
「…わかりました」
え?本当に帰っちゃうの?
『待って、一緒に…』
そこまで口に出かけたとき、
「それじゃ僕は一人で勝手に飲ませてもらいます」
きーちゃんはいつものようにニコッと笑って、わたしの隣に座って飲み始めた。
どれだけ経っただろう。
「…ねぇ」
「はい?」
「一つ聞こうと思ったんだけど」
「なんですか?」
「あなた、こんなのと仕事してて、楽しい?」
「こんなの、って?」
「一人で偉そうに威張り散らして、人をあごで使うようにコキ使って、挙句の果てに『わたしは一人でなんでも出来るのよ』って思い上がっている、ヤなオンナ」
しばらくの沈黙の後、
「…僕は、池田さんがそんな人だとは考えたことは一度もありませんよ」
「じゃ、あなたはわたしのことどう思ってるの?」
またしばらくの沈黙。
「…僕とは正反対の人じゃないかな、と思います」
「あなたと正反対?どういうこと?」
「いつも笑ってばっかりで自分の意見を持たない、大して仕事も出来ない、弱っちくて頼りないオトコ」
それを聞いて心の中の糸がぷっつりと切れた感じがした。
「…じゃないわよ」
「え?なんて言ったんですか」
「『ふざけんじゃないわよ』って言ったのよ!」
わたしは恥ずかしいくらいに大声をあげてしまった。
「あんたのどこが弱っちくて頼りない人なのよ!何が自分の意見を持たない人なのよ!どこが大して仕事が出来ない人なのよ!冗談言うのもいい加減にしてよ!大して仕事も出来なくて頼りないっていうのは…本当に頼りない人ってのは…わたしみたいなのを言うのよ」
「池田さん、僕はそんな…」
「だってそうでしょう。今回のことだって、わたしは一人で全部できると思ってた。それなのに、ほんのちょっと壁にぶつかったくらいで簡単にネをあげて…結局はほとんどあんたにおんぶに抱っこだったじゃない。これではっきりしたでしょう、わたしがどんなに頼りなくて、どんなにつまらない人間かって。さぞかし楽しかったでしょうね、わたしを越える仕事ができて。良かったわねぇ、これであんたも出世間違い無しよ」
言い過ぎた。言い過ぎだとわかっていたけど、もう止まらなかった。
「…池田さん」
きーちゃんがいつになく真剣な顔つきをしながら言った。
「…何よ」
「そんなに自分を傷つけるものじゃありませんよ」
「だって本当の事じゃない」
「仕事の中心は池田さんだったじゃないですか。僕はそれをお手伝いさせていただいただけです。だから、池田さん、そんなに自分を責めないで、いつもみたいに自信をもって下さいよ」
きーちゃんはそう言いながら、ニッコリとわたしに向かって笑いかけてくれた。
「…どうしてそんなに優しくできるのよ」
きーちゃんはちょっと困った顔をして、
「うーん、どうしてですかねぇ。自分でもよくわからないんですよ」
「はぁ?」
「でも、人は優しくしてもらった方がうれしいですし、優しくされて気分を悪くする人はいないでしょ。僕みたいなのでもほんの少しだけそのお役に立てるんだったら、と思うからかもしれませんね」
「ふーん、やっぱりあなたって強いのね」
「そんなことないですよ。僕に比べたら池田さんなんかいつも毅然とした態度だし、僕なんかと比べるのも失礼なくらいに強いじゃないですか」
それを聞いて、わたしの胸のなかで何かが弾けた。
「…あのね、わたしね、今まで人に優しくしてもらった事ってあんまりなかったんだ。…だから、今までどんなに辛い事があっても一人で何とかしてきたんだ…」
「…」
「…だから、何があっても人に甘えた事なんか一度もなかった…人に甘えるって事は自分の弱さを認める事になるんじゃないか、って思ってね…」
「…」
「…そのせいなんだろうね。いつもわたしが毅然とした態度に見えたのは…強そうなオンナに見えたのは…」
「…」
「…でも、やっぱり、だめなんだ…やっぱり、人は、誰かに甘えていないと…本当に…弱くて、頼りない人間になっちゃうんだ、って…今回の事でよくわかったの…」
「…」
「…だから、一度だけ…一度だけでいいから甘えさせてくれる?…一度だけでいいから、わたしのワガママ聞いてくれる?」
「…いいですよ。なんでもどうぞ」
そこまで言うのが精一杯だった。きーちゃんの顔を見たら、今まで我慢してきたモノが一気に吹き出してきて、後は言葉にならなかった。
わたしはきーちゃんの胸に顔を埋めて、思いっきり泣いていた。
悔しいのか悲しいのかはわからないけど、何で泣いてるのかはわからないけど、とにかく涙が止らなかった。まるで子供のように大声をあげて泣き続けた。
どれだけ泣き続けただろう。いつか涙も出尽くして、気分も少し落ち着いた。何かホッとした気分になった。
顔を上げると、きーちゃんが真面目な顔をしてわたしを見ていた。
「どうしたの?」
「池田さんって…」
「何?」
「ちゃんと人並みに涙を流すんですね」
「…何言ってんのよ、ばか」
数日後、仕事が完全に片付いた。
結果は大成功だった。
課長も大いに喜んでくれた。
夕方。
「ねぇ、『きーちゃ』…『藍沢君』」
「何ですか、池田さん」
「…あのさ、今夜さ、仕事の打ち上げもかねて、改めて一緒に飲みに行かない?」
「あ、もしもしお母さん?わたし、由紀。写真届いたよ」
「で、どうだった?」
「うーん、やっぱり今回もパス」
「…そうかい。いい人だと思ったんだけどねぇ。じゃあまた今度いい人が見つかったら電話するよ」
「あ、そのことなんだけどさ…」
「何だい?」
「あのね…」
こんな時に誰か一緒に飲んでくれる人がいたら…
「『お疲れさま』しましょうよ」と言ってくれたみずほの誘いを断って来たんだから、まさか彼女を呼ぶ訳にもいかないし…
今さらながら、独りでお酒を飲んでもちっともおいしくない事に気付いた。
こんな時だからこそ誰かと一緒にいた方がいいという事にも。
たとえ相手が誰でも…
「…こんばんは」
振り返ると、きーちゃんが立っていた。
「…な、なんの用よ」
「みずほさんに聞いたら、ここじゃないかって言われたんで…」
「だからどうしたのよ、わたしは一人で飲みたいの。誰もあんたと飲みたいなんて言ってないわよ」
本当はうれしいのにまた強がって…わたしのバカ。これじゃ…
「…わかりました」
え?本当に帰っちゃうの?
『待って、一緒に…』
そこまで口に出かけたとき、
「それじゃ僕は一人で勝手に飲ませてもらいます」
きーちゃんはいつものようにニコッと笑って、わたしの隣に座って飲み始めた。
どれだけ経っただろう。
「…ねぇ」
「はい?」
「一つ聞こうと思ったんだけど」
「なんですか?」
「あなた、こんなのと仕事してて、楽しい?」
「こんなの、って?」
「一人で偉そうに威張り散らして、人をあごで使うようにコキ使って、挙句の果てに『わたしは一人でなんでも出来るのよ』って思い上がっている、ヤなオンナ」
しばらくの沈黙の後、
「…僕は、池田さんがそんな人だとは考えたことは一度もありませんよ」
「じゃ、あなたはわたしのことどう思ってるの?」
またしばらくの沈黙。
「…僕とは正反対の人じゃないかな、と思います」
「あなたと正反対?どういうこと?」
「いつも笑ってばっかりで自分の意見を持たない、大して仕事も出来ない、弱っちくて頼りないオトコ」
それを聞いて心の中の糸がぷっつりと切れた感じがした。
「…じゃないわよ」
「え?なんて言ったんですか」
「『ふざけんじゃないわよ』って言ったのよ!」
わたしは恥ずかしいくらいに大声をあげてしまった。
「あんたのどこが弱っちくて頼りない人なのよ!何が自分の意見を持たない人なのよ!どこが大して仕事が出来ない人なのよ!冗談言うのもいい加減にしてよ!大して仕事も出来なくて頼りないっていうのは…本当に頼りない人ってのは…わたしみたいなのを言うのよ」
「池田さん、僕はそんな…」
「だってそうでしょう。今回のことだって、わたしは一人で全部できると思ってた。それなのに、ほんのちょっと壁にぶつかったくらいで簡単にネをあげて…結局はほとんどあんたにおんぶに抱っこだったじゃない。これではっきりしたでしょう、わたしがどんなに頼りなくて、どんなにつまらない人間かって。さぞかし楽しかったでしょうね、わたしを越える仕事ができて。良かったわねぇ、これであんたも出世間違い無しよ」
言い過ぎた。言い過ぎだとわかっていたけど、もう止まらなかった。
「…池田さん」
きーちゃんがいつになく真剣な顔つきをしながら言った。
「…何よ」
「そんなに自分を傷つけるものじゃありませんよ」
「だって本当の事じゃない」
「仕事の中心は池田さんだったじゃないですか。僕はそれをお手伝いさせていただいただけです。だから、池田さん、そんなに自分を責めないで、いつもみたいに自信をもって下さいよ」
きーちゃんはそう言いながら、ニッコリとわたしに向かって笑いかけてくれた。
「…どうしてそんなに優しくできるのよ」
きーちゃんはちょっと困った顔をして、
「うーん、どうしてですかねぇ。自分でもよくわからないんですよ」
「はぁ?」
「でも、人は優しくしてもらった方がうれしいですし、優しくされて気分を悪くする人はいないでしょ。僕みたいなのでもほんの少しだけそのお役に立てるんだったら、と思うからかもしれませんね」
「ふーん、やっぱりあなたって強いのね」
「そんなことないですよ。僕に比べたら池田さんなんかいつも毅然とした態度だし、僕なんかと比べるのも失礼なくらいに強いじゃないですか」
それを聞いて、わたしの胸のなかで何かが弾けた。
「…あのね、わたしね、今まで人に優しくしてもらった事ってあんまりなかったんだ。…だから、今までどんなに辛い事があっても一人で何とかしてきたんだ…」
「…」
「…だから、何があっても人に甘えた事なんか一度もなかった…人に甘えるって事は自分の弱さを認める事になるんじゃないか、って思ってね…」
「…」
「…そのせいなんだろうね。いつもわたしが毅然とした態度に見えたのは…強そうなオンナに見えたのは…」
「…」
「…でも、やっぱり、だめなんだ…やっぱり、人は、誰かに甘えていないと…本当に…弱くて、頼りない人間になっちゃうんだ、って…今回の事でよくわかったの…」
「…」
「…だから、一度だけ…一度だけでいいから甘えさせてくれる?…一度だけでいいから、わたしのワガママ聞いてくれる?」
「…いいですよ。なんでもどうぞ」
そこまで言うのが精一杯だった。きーちゃんの顔を見たら、今まで我慢してきたモノが一気に吹き出してきて、後は言葉にならなかった。
わたしはきーちゃんの胸に顔を埋めて、思いっきり泣いていた。
悔しいのか悲しいのかはわからないけど、何で泣いてるのかはわからないけど、とにかく涙が止らなかった。まるで子供のように大声をあげて泣き続けた。
どれだけ泣き続けただろう。いつか涙も出尽くして、気分も少し落ち着いた。何かホッとした気分になった。
顔を上げると、きーちゃんが真面目な顔をしてわたしを見ていた。
「どうしたの?」
「池田さんって…」
「何?」
「ちゃんと人並みに涙を流すんですね」
「…何言ってんのよ、ばか」
数日後、仕事が完全に片付いた。
結果は大成功だった。
課長も大いに喜んでくれた。
夕方。
「ねぇ、『きーちゃ』…『藍沢君』」
「何ですか、池田さん」
「…あのさ、今夜さ、仕事の打ち上げもかねて、改めて一緒に飲みに行かない?」
「あ、もしもしお母さん?わたし、由紀。写真届いたよ」
「で、どうだった?」
「うーん、やっぱり今回もパス」
「…そうかい。いい人だと思ったんだけどねぇ。じゃあまた今度いい人が見つかったら電話するよ」
「あ、そのことなんだけどさ…」
「何だい?」
「あのね…」
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