千物語

松田 かおる

文字の大きさ
上 下
7 / 57

Amnesia

しおりを挟む
「…記憶喪失?」
わたしがそう聞くと、
「はい、他に異常はないのですが、記憶だけが障害を起こしてまして…」
医者は頷きながらそう答えた。
「…それで、『彼』の記憶が戻る見込みはあるのでしょうか?」
わたしが更に聞くと、
「正直なところ、こればかりは何とも言えません」
医者は少し困った感じで答えた。

『何かの拍子に記憶が戻ることもありますから、慌てずゆっくり回復を待ちましょう』
診察室を出たわたしは、『彼』の病室に向かいながら医者の言ったことを思い出していた。
「…確かに急いだところで、どうなるものでもないしね…」
そう自分に言い聞かせながら、『彼』の病室に入る。

『彼』は部屋に入ったわたしに気が付くと、ベッドに身を起こしながら
「…失礼ですが、あなたはどなたでしょうか?記憶がないものでどうしても思い出せなくて…」
と、不安そうに聞いてきた。
病室の入り口の名札や身分証で自分の名前は認識しているようだけど、それ以外は本当に何も判らないようだ。
わたしは『彼』をこれ以上不安にさせないよう、
「ふふ…わたしはあなたの『とても大切な人』よ」
笑顔でそう答えると、『彼』は
「…そうなんですね…そんな事まで忘れてしまっていて、本当に済みません」
本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
わたしはそれにも笑顔で応え、
「記憶がないんだから、気にしないで。ゆっくり記憶が戻るのを待ちましょう?」
そう言ってあげた。

それからわたしは時間の許す限り、『彼』のお見舞いに通った。
しかし、『彼』の記憶が戻る気配は一向になさそうだった。

十日…半月…一か月…
いたずらに時間だけが過ぎていく。
やっぱり記憶が戻るには、時間がかかるのだろうか…
そんなことを考え始めたある日。
「記憶が戻られたようです」
『彼』が入院している病院から連絡があった。

わたしはすぐに病院に行き、担当の医者と一緒に『彼』の病室へと向かう。
その途中で、
「あ、そうそう、これはどうでもいいことかもしれませんけれども、念の為お話ししておきますね」
医者が口を開いた。
「…何でしょうか?」
わたしが聞くと、
「記憶をなくした人の記憶が戻ると、『記憶をなくしていた間の記憶』をなくしてしまうことがあるようです。ですのでもし普段と反応が違っても、あまり気にしないで下さいね?」
そう医者が言い終わるのと同時に、『彼』の病室に着いた。
わたしが病室に入ると、ベッドに身を起こした『彼』が口を開いた。


「…あんた、だれだ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...