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「…で、一体どういう事なの?」
誰もいない深夜の待合室に、二人は座っていた。
非常口の案内灯だけが薄緑色の光を放っていた。
見ようによっては一種幻想的な光に照らされて、二人は座っていた。
怒鳴り散らして気持ちに一段落ついたのと、すりむいたひざの手当てをしてもらっている間に気分が落ち着いたのとで、真菜が落ち着いた口調で、慎也の両手に巻かれている包帯を指差しながら聞いた。
「…実は、さっきひったくりに会ってさ、そいつを追いかけてたんだ」
「…で?」
「すぐに追いかけてとっ捕まえようとしたら、そのひったくり、ナイフを持っててね…」
「ふんふん」
「どうしてもひったくられた物を取り返したかったから、怖かったけどひったくりに立ち向かったんだ…」
「それでその時、ナイフで両手を怪我したの?」
「いや、その時に怪我したのは左手だけ。 ナイフをじかに握っちゃったから、結構派手にやっちゃって…」
「へぇ…」
真菜は、普段はまず見せないような慎也の行動力に少し感心して、
「じゃぁ、右手の怪我は?」
と聞いた。
すると慎也は少し照れたような表情を見せて、
「あ、これ? これは… ひったくりをぶん殴った時に、骨にヒビが入っちゃった…」
と表情とは裏腹にものすごい事を言った。
「…え? そんなに殴ったの?」
真菜がびっくりした口調で聞くと、
「まぁ、歯が2,3本折れてたみたいだけど、命に別状はないから…」
とあっさりと答えた。
「…」
あまりのすごさに真菜は言葉を失いかけたが、
「…で、でも、どうしてそこまで?」
と、かろうじて聞くことが出来た。
すると慎也は、少しはにかんだような表情になって、
「ぼくの大事な物をひったくろうとしたから…」
と言った。
「そこまでするほどの大事な物なの?」
真菜が聞くと、慎也は相変わらずはにかんだような表情のまま、けれどもしっかりとうなずいた。
真菜は慎也のその様子を見て、
「ねぇ、そこまで大事な物って、何? よかったら見せて欲しいな…」
と言うと、慎也は、
「いいよ」
とあっさりと返事をすると、上着のポケットをごそごそさせて、やがて小さな包みを取り出し、
「はい、これだよ」
と真菜に渡した。
「…あれ? 包装してあるけど?」
「あぁ、いいよ開けちゃって。 ほら、僕は今こんなだから…」
そう言って慎也は両手をぷらぷらと差し出した。
「いいの? じゃぁ開けるわよ」
そう言って真菜は包みを解き始めた。
やがて中から小さな箱が姿を現わした。
どうやらそれは宝石箱のようである。
真菜が目で『開けてもいいの?』と聞くと、慎也は黙ってうなずいた。
そして真菜が箱を開けた次の瞬間、真菜は一瞬言葉が出なかった。
「…慎也君、これ…」
真菜がやっとの思いで声を出すと、慎也はわざと向こうを向きながら、
「ほら、いつだったか『気に入った指輪があった』って言ってたじゃないか。 それで、さ…」
と言った。
「でも… こんなに高いのを…」
真菜が言うと、慎也はまだ向こうを向いたまま、
「まぁ、そのために会社にも内緒でバイトしたからさ」
と答えた。
「…バイト?」
「まぁ、仕事が終わった後だから大した仕事はなかったけど、半月以上だったからそれなりの金額にはなったよ。 バイト先もひとつじゃなかったし」
「そんなにかけもちしたの?」
「うん。 ケーキ屋の手伝いとかビルの掃除にビラ配り… まぁ、5,6個くらいだったかな?」
「そんなにしてまで…」
真菜は再び言葉を失ってしまった。
「ほら、この間電話で言ってたじゃないか。 『クリスマスには奮発してもらうわよ』って」
「…でも、まさかここまで…」
真菜がそう言うと、慎也はまた向こうを向いて、
「…好きな人に贈り物をする時は、値段とか苦労とか、そんなものは関係ないんだよ。 その人が喜ぶ顔が見られれば、それで十分なんだ… それに、今日はイブだし…」
と言った。
時計を見ると確かに12時を回っていた。
日付の上では、今日はもうクリスマス・イブだった。
誰もいない深夜の待合室に、二人は座っていた。
非常口の案内灯だけが薄緑色の光を放っていた。
見ようによっては一種幻想的な光に照らされて、二人は座っていた。
怒鳴り散らして気持ちに一段落ついたのと、すりむいたひざの手当てをしてもらっている間に気分が落ち着いたのとで、真菜が落ち着いた口調で、慎也の両手に巻かれている包帯を指差しながら聞いた。
「…実は、さっきひったくりに会ってさ、そいつを追いかけてたんだ」
「…で?」
「すぐに追いかけてとっ捕まえようとしたら、そのひったくり、ナイフを持っててね…」
「ふんふん」
「どうしてもひったくられた物を取り返したかったから、怖かったけどひったくりに立ち向かったんだ…」
「それでその時、ナイフで両手を怪我したの?」
「いや、その時に怪我したのは左手だけ。 ナイフをじかに握っちゃったから、結構派手にやっちゃって…」
「へぇ…」
真菜は、普段はまず見せないような慎也の行動力に少し感心して、
「じゃぁ、右手の怪我は?」
と聞いた。
すると慎也は少し照れたような表情を見せて、
「あ、これ? これは… ひったくりをぶん殴った時に、骨にヒビが入っちゃった…」
と表情とは裏腹にものすごい事を言った。
「…え? そんなに殴ったの?」
真菜がびっくりした口調で聞くと、
「まぁ、歯が2,3本折れてたみたいだけど、命に別状はないから…」
とあっさりと答えた。
「…」
あまりのすごさに真菜は言葉を失いかけたが、
「…で、でも、どうしてそこまで?」
と、かろうじて聞くことが出来た。
すると慎也は、少しはにかんだような表情になって、
「ぼくの大事な物をひったくろうとしたから…」
と言った。
「そこまでするほどの大事な物なの?」
真菜が聞くと、慎也は相変わらずはにかんだような表情のまま、けれどもしっかりとうなずいた。
真菜は慎也のその様子を見て、
「ねぇ、そこまで大事な物って、何? よかったら見せて欲しいな…」
と言うと、慎也は、
「いいよ」
とあっさりと返事をすると、上着のポケットをごそごそさせて、やがて小さな包みを取り出し、
「はい、これだよ」
と真菜に渡した。
「…あれ? 包装してあるけど?」
「あぁ、いいよ開けちゃって。 ほら、僕は今こんなだから…」
そう言って慎也は両手をぷらぷらと差し出した。
「いいの? じゃぁ開けるわよ」
そう言って真菜は包みを解き始めた。
やがて中から小さな箱が姿を現わした。
どうやらそれは宝石箱のようである。
真菜が目で『開けてもいいの?』と聞くと、慎也は黙ってうなずいた。
そして真菜が箱を開けた次の瞬間、真菜は一瞬言葉が出なかった。
「…慎也君、これ…」
真菜がやっとの思いで声を出すと、慎也はわざと向こうを向きながら、
「ほら、いつだったか『気に入った指輪があった』って言ってたじゃないか。 それで、さ…」
と言った。
「でも… こんなに高いのを…」
真菜が言うと、慎也はまだ向こうを向いたまま、
「まぁ、そのために会社にも内緒でバイトしたからさ」
と答えた。
「…バイト?」
「まぁ、仕事が終わった後だから大した仕事はなかったけど、半月以上だったからそれなりの金額にはなったよ。 バイト先もひとつじゃなかったし」
「そんなにかけもちしたの?」
「うん。 ケーキ屋の手伝いとかビルの掃除にビラ配り… まぁ、5,6個くらいだったかな?」
「そんなにしてまで…」
真菜は再び言葉を失ってしまった。
「ほら、この間電話で言ってたじゃないか。 『クリスマスには奮発してもらうわよ』って」
「…でも、まさかここまで…」
真菜がそう言うと、慎也はまた向こうを向いて、
「…好きな人に贈り物をする時は、値段とか苦労とか、そんなものは関係ないんだよ。 その人が喜ぶ顔が見られれば、それで十分なんだ… それに、今日はイブだし…」
と言った。
時計を見ると確かに12時を回っていた。
日付の上では、今日はもうクリスマス・イブだった。
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