Platinum EVE

松田 かおる

文字の大きさ
上 下
9 / 10

-9-

しおりを挟む
「…で、一体どういう事なの?」
誰もいない深夜の待合室に、二人は座っていた。
非常口の案内灯だけが薄緑色の光を放っていた。
見ようによっては一種幻想的な光に照らされて、二人は座っていた。
怒鳴り散らして気持ちに一段落ついたのと、すりむいたひざの手当てをしてもらっている間に気分が落ち着いたのとで、真菜が落ち着いた口調で、慎也の両手に巻かれている包帯を指差しながら聞いた。
「…実は、さっきひったくりに会ってさ、そいつを追いかけてたんだ」
「…で?」
「すぐに追いかけてとっ捕まえようとしたら、そのひったくり、ナイフを持っててね…」
「ふんふん」
「どうしてもひったくられた物を取り返したかったから、怖かったけどひったくりに立ち向かったんだ…」
「それでその時、ナイフで両手を怪我したの?」
「いや、その時に怪我したのは左手だけ。 ナイフをじかに握っちゃったから、結構派手にやっちゃって…」
「へぇ…」
真菜は、普段はまず見せないような慎也の行動力に少し感心して、
「じゃぁ、右手の怪我は?」
と聞いた。
すると慎也は少し照れたような表情を見せて、
「あ、これ? これは… ひったくりをぶん殴った時に、骨にヒビが入っちゃった…」
と表情とは裏腹にものすごい事を言った。
「…え? そんなに殴ったの?」
真菜がびっくりした口調で聞くと、
「まぁ、歯が2,3本折れてたみたいだけど、命に別状はないから…」
とあっさりと答えた。
「…」
あまりのすごさに真菜は言葉を失いかけたが、
「…で、でも、どうしてそこまで?」
と、かろうじて聞くことが出来た。
すると慎也は、少しはにかんだような表情になって、
「ぼくの大事な物をひったくろうとしたから…」
と言った。
「そこまでするほどの大事な物なの?」
真菜が聞くと、慎也は相変わらずはにかんだような表情のまま、けれどもしっかりとうなずいた。
真菜は慎也のその様子を見て、
「ねぇ、そこまで大事な物って、何? よかったら見せて欲しいな…」
と言うと、慎也は、
「いいよ」
とあっさりと返事をすると、上着のポケットをごそごそさせて、やがて小さな包みを取り出し、
「はい、これだよ」
と真菜に渡した。
「…あれ? 包装してあるけど?」
「あぁ、いいよ開けちゃって。 ほら、僕は今こんなだから…」
そう言って慎也は両手をぷらぷらと差し出した。
「いいの? じゃぁ開けるわよ」
そう言って真菜は包みを解き始めた。
やがて中から小さな箱が姿を現わした。
どうやらそれは宝石箱のようである。
真菜が目で『開けてもいいの?』と聞くと、慎也は黙ってうなずいた。
そして真菜が箱を開けた次の瞬間、真菜は一瞬言葉が出なかった。
「…慎也君、これ…」
真菜がやっとの思いで声を出すと、慎也はわざと向こうを向きながら、
「ほら、いつだったか『気に入った指輪があった』って言ってたじゃないか。 それで、さ…」
と言った。
「でも… こんなに高いのを…」
真菜が言うと、慎也はまだ向こうを向いたまま、
「まぁ、そのために会社にも内緒でバイトしたからさ」
と答えた。
「…バイト?」
「まぁ、仕事が終わった後だから大した仕事はなかったけど、半月以上だったからそれなりの金額にはなったよ。 バイト先もひとつじゃなかったし」
「そんなにかけもちしたの?」
「うん。 ケーキ屋の手伝いとかビルの掃除にビラ配り… まぁ、5,6個くらいだったかな?」
「そんなにしてまで…」
真菜は再び言葉を失ってしまった。
「ほら、この間電話で言ってたじゃないか。 『クリスマスには奮発してもらうわよ』って」
「…でも、まさかここまで…」
真菜がそう言うと、慎也はまた向こうを向いて、
「…好きな人に贈り物をする時は、値段とか苦労とか、そんなものは関係ないんだよ。 その人が喜ぶ顔が見られれば、それで十分なんだ… それに、今日はイブだし…」
と言った。
時計を見ると確かに12時を回っていた。
日付の上では、今日はもうクリスマス・イブだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...