Platinum EVE

松田 かおる

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病院に向かうタクシーの中で、真菜はさっき受けた電話の内容を思い出していた。
『病院!?』
『はい、松浦さんが先ほど刃物を持った男に襲われて、救急車で担ぎこまれたんです』
『襲われて、って… それで、怪我はどんな具合なんですか?』
『怪我自体は大した事はありません。 ご本人が連絡をとって欲しいという事でしたので…』
『本当に大丈夫なんですか?』
『はい、命に別状はありません』
電話で『大丈夫』とは言ったけれど、そんなものは実際にこの目で会って見てみないと安心できない…
真菜は電話を切ると身支度をするのももどかしく、玄関先でタクシーを拾って病院に急行した。
ところがそんな時に限って道が混んでいて、タクシーはのろのろとしか道を進まない。
それが余計に真菜のイライラを募らせた。
「運転手さん、なんとかならない? 急いで欲しいんだけど」
しかし運転手は真菜の気持ちなど微塵も気づかず、
「いやぁ、こりゃ無理ですねぇ。 ほら、ぎっちり車でいっぱいですからねぇ」
と、のんびりした口調で答えた。
「そこをなんとかならない? 急いでるの」
真菜がなおも言うと、運転手は相変わらずのんびりした口調で、
「そこまで急いでるんでしたら、歩いた方が早いですよ。 これじゃ当分動きそうもないですから」
と答えた。
「わかったわ。 ここでいいわ。 降ろしてください」
と言って、タクシーを降りた。
タクシーを降りると、歩道は人(特にアベック)でごった返していた。
夜もそれなりにふけてきた時間なのであるが、かなりの人たちがいる。
彼らに阻まれて、真菜も思ったように先に進めない。
『あぁもう、ほんとにジャマなんだからっ! あたしは急いでるのよっ!』
イライラを募らせながら、とにかく真菜は人ごみをかきわけながら前に進んだ。
やがて繁華街を抜けて人ごみも少なくなったので、真菜は今までの遅れを取り戻すかのように走り出した。
ここから病院はもう目と鼻の先だ。
-急がなくっちゃ-
そう思えば思うほど、自然と真菜の走るスピードも速くなってくる。
そして真菜の走るスピードが乗ってきたその時、脇の路地から酔っ払いが一人、ふらふらとしながら姿を現わした。
しかし二人がお互いの姿に気づいた時にはもう遅く、真菜は全力疾走に近いスピードで酔っ払いに突っ込んでしまい、真菜も酔っ払いも派手に転んでしまった。
ほんのしばらくの間、真菜は道端に転んだままでいたが、やがて、
「いったぁ…」
と言いながら体を起こした。
一方ぶつかられた方の酔っ払いは、もう完全に出来上がってしまっているのか、あれだけ派手にぶつかられたにもかかわらず、へらへらと笑ったまま仰向けに転がっていた。
真菜はそれを見て、
『まったくもう、酔っ払いはこれだから…』
そう思いながら立ち上がると、突然右足に痛みが走った。
思わぬ痛みに、真菜は一瞬顔をしかめた。
見ると、ジーンズの右ひざの所が転んだ拍子に破れてしまって、ひざが見えていた。
そしてそのひざからは、うっすらと血がにじみ始めていた。
真菜はまだ道に転がっている酔っ払いに、
「今度はちゃんと周りを見て歩きなさいよね」
とはき捨てるように言って、再び病院に向かい始めた。
さすがに全速で走る事は出来なかったが、それでも小走りで真菜は病院に向かった。
ほどなくして真菜は病院に到着し、夜間救急口から入って、受付で慎也の居場所を確認して、そこに向かった。
受付で教えてもらった診療室のドアを開けると、安っぽい丸いすに座って両手に包帯をした慎也の姿が、真菜の目に飛び込んできた。
慎也の方も真菜の姿を確認すると、
「やぁ…」
と言いながら立ち上がって、真菜の方に向かって歩いてきた。
真菜も慎也の方に向かって歩いて行き、
ぱぁんっ!
慎也の頬に、思い切り平手打ちを食らわした。
いきなりひっぱたかれた慎也が目を丸くしていると、
「この、おおばかぁっ!」
と、いきなり慎也を怒鳴りつけた。
「???」
慎也があっけにとられていると、
「電話もしないでずっとほっぽらかしにして! 久しぶりに名前を聞いたと思ったら病院からだし… 一体どういう事!? いいかげんにしてよっ! どれだけあたしが心配したと思ってるのよっ! お願いだから変な心配させないでよ…っ!」
真菜はぼろぼろと涙をこぼしながら怒っていた。
慎也は頬を押さえながら、
「…ごめん…」
と一言だけ、本当に申し訳なさそうに言った。
 
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