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『ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るー』
街はあちこちでクリスマス・ソングが流れている。
まるでこの時期にクリスマス・ソングを流さなければ犯罪者扱いされるみたいに、揃いも揃ってクリスマス・ソングを流している。
父の目から逃れるために買い物に出てきたはいいけれど、行く店行く店、どこもかしこもアベックばかり。
靴屋,洋服屋,アクセサリーショップ…
よくもまぁここまでアベックばかり集まったものだと、感心してしまったくらいだった。
街を歩けば歩いたで、アベックがあちこちでいちゃいちゃしている。
「みっち、何が欲しい?」
「たぁ君がいるだけで、わたししあわせぇ」
どうしようもなく腹が立ってきた。
そんな光景に腹を立てながら歩いていると、世間で有名な洋菓子屋が、店先でクリスマス・ケーキのかなり気の早い街頭販売をしていた。
ふん、どうせあんなケーキなんか、安物に決まってるじゃない。 あんなモノ買う連中の気が知れないわ…
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地で行くみたいに、まるでケーキの街頭販売があるからクリスマスが盛り上がるような感じでにらみつけながら歩いていた。
すると、よそ見をしていたせいもあったけれど、あたしは店の中から出てきた人に、真正面からぶつかってしまった。
「きゃ」
「あっ」
という声が同時にしたと思ったら、何か足元に当たった感触があった。
見るとブーツの爪先のあたりに、相手が抱えて持っていたケーキの箱が一つ落っこちてしまって、ブーツの先にクリームが付いてしまっていた。
「ちょっ…!」
と、少し大きな声で言いかけると、ぶつかった相手の方があたしよりも大きな声で、
「すみません!」
と、本当に申し訳なさそうな声で言った。
『そんなに謝っても、あたしの機嫌が悪い時にぶつかってしまったのが運の尽きよ』と、その男に思い切り文句を言ってやろうと、口を開いた。
「…としか付いてないから、大丈夫よ」
にらみつけたその相手の顔は、あたしの好みのタイプだった。
我ながら情けないとは思ったけれど、目の前にいるのが好みのタイプなのだから、それは仕方がないことだと思う。
「いえ、でも靴が汚れてしまいましたし、なんとおわびを申し上げればよいか…」
そんなあたしの気持ちに気付くはずもなく、彼は更に謝り続けた。
「あ、でもあたしがよそ見をしていたから…」
「いえ、でも靴を汚してしまいましたので…」
と言い合う形になってしまって、お互いに譲らなかった。
けれどもいつまでもこんな押し問答を繰り返している訳にもいかないので、
「わかったわ、じゃ、こうしましょ」
そう言ってあたしは、バッグからおサイフを取り出して、ケーキの代金を彼に手渡した。
「いえ、そんな事をしてもらうわけには…」
と彼は言ったけれど、あたしはあえてその声を無視して、下に落ちたままのケーキの箱を手に取ると、わざと足元に落として見せた。
「あらいやだ。 せっかく買ったケーキなのに、落っことしちゃったわ」
そう言って、目をぱちくりさせてる彼に向かって、ウインクして見せた。

その一時間後。
あたしと彼は、喫茶店のテーブルで向かい合って座っていた。
別に落とし前をつけさせる話をする訳ではなく、彼が誘ってくれたのだ。
「いくらなんでもこのままというわけには行きません。 お詫びというか何というか、せめてお茶くらいご馳走させてくれませんか?」
と言って譲らなかったのだ。
もちろんあたしとしてはその誘いを断る理由もなかったので(彼があたしの好みだったというのも大きいけれど)、結局その誘いを受けることにしたのだ。

「坂田 由加里です」
「あ、僕は木之本 雄治といいます」
なんだかお見合いみたいな自己紹介が終わると、開口一番、雄治は言った。
「さっきは本当に、すみませんでした」
あまりにストレートに謝ってきたので、あたしは少し驚いた。
「あ、いえ、こっちこそよそ見してたんだし…それに…」
「それに?」
まさか「好みのタイプだから」なんて言えるはずもないので、
「なんだかとっても苦労しているように見えたから、放っておけなかったのかも…あはは…」
と、でまかせを言って、その場をごまかした。
すると、
「それを言われると、つらいなぁ」
と、彼は冗談とも本気ともつかない表情で言った。
その表情が、また何ともいえずたまらなかった。
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