サンタが窓からやってくる

松田 かおる

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「こら由加里、待たんか!」
後ろから呼び止める父の声を無視して、あたしはすたすたと廊下を歩いていた。
どうせ父が何を言おうとしているのかはわかりきっているから、今さら聞きたくもない。
後ろからは相変わらず父があたしを呼び止めようとしているけど、その声は一切無視、そのまま歩き続けて玄関に着いた。
けれども玄関でブーツを履こうとした時、ファスナーがうまく上がらずに手間取っているうちに、遂に父に捕まってしまった。

「由加里、どこへ行くんだ」
そう言って父は、あたしの肩に手をかけた。
やたらと力がこもっていた。
あたしはその手を振り切るような勢いで振り返り、
「買い物よ! 別に家出するわけじゃないんだから、いいでしょ?」
と言ってやった。
けれど父も、
「買い物に行く暇があったら、父さんの話を聞かんか」
と、負けていない。
「どうせいつものアレでしょ? 聞き飽きたわよ」
と言うと、父は
「だったら話が早い、なぜ父さんの言うことを聞いてくれないんだ」
と、さらに食いついてきた。
「いやなモノはいやだって、いつも言ってるでしょ」
「なぜいやなんだ?」
「どうしてもよ! だって恥ずかしいもん」
いつもと同じパターンのくり返しだ。
「何が恥ずかしいんだ? サンタの仕事のどこが恥ずかしいというのだ?」
いったいどこに文句があるんだ、と言いたげに、父が言った。
この歳になってサンタサンタと口に出すこと自体恥ずかしかったけれど、それ以上にそのことを恥ずかしくさせている原因があることに、父は気付いているんだろうか?
「ウチの本職は何よ?」
わざとあたしが言ってやると、父は『何を言ってるんだ?』とでも言わんばかりの表情で、
「寺じゃないか。 由緒正しい浄土宗だ。」
と、涼しい顔で言ってのけた。
…ダメだ。 やっぱり気付いてない…
「あのね、とーさん…」
あたしはこれ以上はないくらいに呆れ果てた口調で言ってやった。
「どこの世界に、寺とサンタを一手に引き受けているウチがあるって言うのよ。 それに、ちっちゃい頃から『寺っ子』とか言われてさんざんバカにされてきた身にもなってみてよ。 大学に行っても『実家がお寺』って言うだけで、もう相手にされないのよ? この上サンタもやってますなんて言ったら、恥の上塗りよ」
けれども父は、本職がお坊さんだけあって、
「言いたい者には、言わせておけばよい」
と、妙に達観している。
「大体なんで、寺とサンタをいつまでも一緒にやってなきゃいけないのよ」
「ウチは先祖代々『世界サンタ連盟日本支部 関東地域第13地区担当』だからな」
あまりにもあたりまえな口調で、父は答えた。
「じゃぁそっちだけにしたらいいじゃないの」
「バカ言うな、サンタはあくまでもボランティアだ。 ウチの本職はあくまでも寺だ」
と、きっぱりと言ってのけた。
…ダメだ、これ以上何を言っても無駄だ。
「…もういいわ… とーさんの言いたいことは、よくわかったわ」
あたしが力なく言うと、父は、
「おぉそうか、わかってくれたか」
と、うれしそうな口調で言った。
けれどあたしは、そう言いながらにこにこ笑っている父に向かって、
「でもこれ以上何を言ってもムダよ! いくら言ってもあたしは絶対、サンタなんかやらないからねっ!」
と、びしっと言ってやった。
それを聞いた父が、何か言おうと口を開いた時、
「和尚様ー、檀家の方からお電話ですー」
と、奥から父を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ほらほら、電話の相手を待たせちゃいけないわよ」
とあたしが言うと、父は、
「仕方がない。 あとでまた、じっくりと話し合おう」
と言いながら、廊下の奥の方へ引っ込んでいった。
「あっかんべーぇ」
あたしは小声でつぶやきながら、父の背中にあかんべをしてやった。
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