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23.作戦⑧:仲直りへ

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 さすがに図太い私でも気まずかった。
 全然眠れないし、早朝に起きちゃうしで。
 少し考えながら、メッセージを送った。

『ごめん。仕事が残ってるから先に行くね。』

 着替えと化粧が終わる頃、すぐに返信が来た。

『わかった。いってらっしゃい。』

 いつも電車で交わす一言。
 こんな自分勝手な私に対して優しすぎるんじゃないか。朝からじわりと涙が滲んだ。



 そんなかんやで火曜、水曜、木曜。
 坂之上くんと約束した金曜日がやってきたが、一向に晴とは顔を合わせていない。
 3日、例えそういう日があったとしてもメッセージや電話でやりとりをしていたから、久しぶりな気がする。
 あ、でもこの前出張してたか。

 お昼も仕事が立て込んでるから、とここ数日は光莉さんと百合さんの誘いを断った。
 2人を見ると必然的に晴を思い出すからなんとなく足を運べなかった。
 もちろん、隣の席の狛さんもいるんだけど、彼は非常に物分かりが良いせいか、余計なことを突っ込んでこない。あくまでも仕事の話だけ。

 でも、今の私にはそれが1番ありがたかった。
 昼休み、珍しく私がデスクでお弁当を開けていると、入口の方から呼び出された。振り返ると、坂之上さんが手を振っていた。

「こんにちは、九重さん。」
「うん。」
「店送っといたんで。お願いしますね。」
「忘れてないよ。でも、毎回律儀に来なくていいのに。」
「オレが会いたいだけなんで、そんなつれないこと言わないでください。」

 じゃ、と言うと彼は去っていった。
 私がデスクに戻ると、ずっと静観を決めていた狛さんが隣のデスクから顔を覗かせた。

「ねぇ、九重さん。さっきの人って……?」
「営業の坂之上くん。」
「何か約束してるの?」
「はい、今日は食事に。」

 ふぅん、と小さく呟いた狛さんはたぶん思うところがあるみたい。
 分かってるよ、言いたいことは。

「……はっきり聞くけどさ、八草くんと喧嘩中?」
「喧嘩、というか私が一方的に拗ねて八つ当たりのために捲し立てて、告白しました。」
「……え? ちょ、どういうこと?」
「ほら、仕事の時間ですよ。」
「いや、お弁当開けたばっかりだよね?!」

 頑なに詳細を話さない私に抗弁は無駄と判断したらしい。狛さんも私に倣ってお弁当箱を開いた。

「まぁ、君達が頑固なのは知ってるけどさ。ゆっくり話したほうがいいと思うよ。」

 どこか諦めたように忠告してくれる狛さんをじっと見つめてみる。彼はどこか居心地悪そうにしていた。
 そういえば、狛柴夫婦は喧嘩するのかな。

「……狛さんは喧嘩した時はどうしてます?」

 そもそも狛さん喧嘩、というか光莉さんと狛さんが喧嘩するところを想像できない。
 狛さんはうーん、と唸りながら記憶を遡っているらしい。

「僕は……そうだな、大概僕が謝っちゃうかな。でも、1回だけ謝らなかったことがあった。」
「どんな時ですか?」
「お気に入りの本のオチを言われた時、かな。」
「えっ、子ども。」
「聞いておいてそれ?」

 でも、思ったより可愛らしい理由でふっと笑ってしまった。

「君らは?」
「初めての喧嘩は、小さい時に初プレイの晴をスピードでボコボコにした時。」
「大人気ないね。」

 ただ、その数週間後には私と張り合えるほどに強くなっていた。

「他にもいろいろありますよ。晩御飯のおかずの取り合いとか、ゲームの勝敗とか、テスト勉強が厳しすぎるとか。」
「結構してるんだ。でも、その度に仲直りしてるんでしょ?」

 そうだ、そのたびにどちらかが謝って、仲直りする。
 それを繰り返してきて、今がある。

「まずは今回もそれでいいんじゃないかな。告白したとかしてないとかは置いておいてね。それからちゃんとお互いの気持ちを整理した方がいい。」
「……そうします。」

 狛さんの穏やかな声は、他の人たちとは違う。
 うん、お父さんみたいな感じかな。
 ちなみに狛さんはまだ何か心配しているような視線をこちらに向けてくる。
 分かってますよ、何が言いたいか。

「安心してください。ちゃんと、彼とも向き合って、2人きりのご飯は今日が最初で最後です。」
「なら、安心だね。」

 そんな話をしていると昼休みも残り半分。
 2人でそれに気づき慌ててご飯をかきこんだ。



 約束の時間にロビーに行くと、坂之上くんはすでに待っていた。
 数週間前のストーカー騒ぎがあった場所だけど、もうなんてことのないただのロビーだ。

「九重さん!」
「お待たせしました。」
「じゃあ、約束の店にーー。」

 なぜか坂之上くんは私の顔を凝視した。
 なんだろう、何かついてるかな。

「どうかした?」
「いいえ、いきましょうか!」

 坂之上くんは私に向かって手を差し出してくれた。
 私は坂之上くんに小さく微笑んだ。その手をとるつもりはないよ、と。
 坂之上くんは一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに手を引くとそのまま歩き始めた。

 結論から言ってレストランの料理は美味しかった。少しオシャレなイタリアンで、特に創作パスタが美味しかった。私は和食を作ることが多いからなぁ。
 それに坂之上くん自身は同僚というだけあってなかなかゲームに精通していた。彼自身は育成ゲームが好きらしく、畑違いな気は多少したけど、彼のプレイスタイルは案外好ましかった。
 本当、何であんな合コンという突拍子のないことを、と聞いてみると、あの広報の人たちがどうしても営業の素敵男子と合コンをしたいと迫ってきたらしい。後輩である坂之上くんは元より断りにくかったそうだが、気になっていた私を呼ぶと言われてつい乗ってしまったらしい。

「その節はほんっとーに申し訳ない。」
「乙ゲーとかゴール直前に選択肢間違うタイプだよね。」
「友情エンドが多いことは認めます。」

 ちなみに、と坂之上くんは私に尋ねてきた。

「オレ、はじめの選択は間違いましたけど挽回できそうですか?」
「今、友情エンドのフラグは回収したかな。」
「……友情エンド、ですか。」

 苦笑いした坂之上くんは頬杖をつく。

「でも、疑問。何で部署も、歳も違う私にそこまで構うの?」
「うーん、はじめはシステムエンジニアの女性が少ないから目に止まっただけなんですけどね。」

 確かに昨年、うちのチームは女性が私1人だった。
 しかも、高身長の人たちも多かったから尚更目立つかもしれない。

「仕事の時の真剣な顔と、狛柴さんや雑賀さんを笑顔にする笑顔のギャップ、ですかね。狛柴さんはともかく雑賀さんがあんな風に心開くってことは間違いなく優しい人ですからね。」

 確かに光莉さんは人当たりがいいけど、雑賀さんは基本的に業務的だ。
 そんなことを考えていると、目の前の坂之上さんは真剣な表情になった。


「改めて言いますけどオレは九重さんが好きです。チャンスは、ありませんか?」


 坂之上くんの告白に、まず思ったのが凄いっていう尊敬の念だった。
 私にはできない、誠実な告白。
 もちろん嬉しい。でも。

「ごめんね、私、どんなにしんどくても幼馴染くんが好きなんだ。たぶん、どこで会っても惚れてたし、結婚しちゃうまでずっと片想いしてると思う。」
「……ほんと、羨ましいっすね。」
「そうかな?」

 ほんの少しでも嬉しいって思ってくれてればいいけど。
 そもそもあんなついでみたいな告白で晴は気づいているだろうか。いや、晴は気づいてるな、きっと。鈍いけどあんな真正面からの言葉を聞き逃す人間じゃない。
 坂之上くんはわざとらしく背伸びをすると呟くように言い捨てた。

「あーあー、目の前にいるのオレなのに。」
「うぇ?! ご、ごめんなさい……。」
「冗談ですよ、今思えば合コンの時から九重さんはいっつも幼馴染さんのことばっかりですもんね。」
「……でも、ありがとう。告白してくれて。嬉しかったよ。」

 私がそう言うと、坂之上くんは下手くそな笑みを浮かべて手を横に振った。

「それなら良かったです。プレイヤースキル上がったらまたゲームしてくださいね。」
「そうだね。」

 私たちはそのあとデザートを食べて解散になった。
 とっても健全な時間での帰宅。ちなみにキャンペーンでミニボトルのワインを貰ったんだけど、坂之上くんは意外にも酒はあまり嗜まないらしく持ち帰ってと勧められた。
 これ見られたら、喧嘩とは別に晴から嫌味を喰らいそうだなぁと思いつつ、渋々持ち帰ることにした。



 帰る途中、ぼんやりと電車に乗っていると、珍しく藤島さんから連絡が来た。
 もしかして透子のことかな?
 アプリを開くと、メッセージが来ていた。

『八草くんとオンライン飲みしてたんだけど、落ちたっぽくて生存だけ確認してくれない?』

 晴が酒で落ちた?
 滅多に見ない光景であるが、晴は急に寝落ちする。吐けないタイプみたいで、その翌日は全く使い物にならないし、記憶があるらしいから大体反省会をしている。
 まぁその反省も年1くらいしてるけど。

『分かりました。この時間に潰れたんですか?』

 今は22時前、何時から飲んでるんだろう。

『いやね、飲み始めたのは8時半からなんだよ。』

 1時間半で潰れた、そんなの初めてだ。
 どれだけハイペースで飲んだんだろう。
 自分のしたことを棚に上げて、私はそんな疑問を抱いていた。

『とりあえず水持って行きますね。』
『よろしく!』

 可愛い猫ちゃんのスタンプが来たことを確認してスマホの画面を消した。

 途中のコンビニでお茶や水を買い、手荷物を家に置いてから晴の家のチャイムを鳴らす。鳴らしてみたはいいものの、中からはバタン、と大きい音が聞こえたっきり何も聞こえない。
 これは緊急事態だよね。
 私は合鍵でドアを開けると、中に入った。

「お邪魔しま……くっさ!」

 鼻につくほどのアルコール臭。
 これ、晴の人生で1番飲んだんじゃない?
 リビングに入ると家中の酒や買い足したであろう酒のビンや缶が無造作に並べられていた。当の本人は床に横になっている。

「晴? はーるー?」

 私が何度か揺すると、彼はむくりと起きた。
 完全に据わっている目だ。

 これで説教が始まったらやばい。
 帰ろうかと考えあぐねている時、晴は私の手を握ってぽつぽつと話し始めたのだ。
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