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10.思い出①:朝比奈視点

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 帰りの車。
 後部座席では九重と雑賀さんがぐっすりと寝ている。九重は体力がないから予想通り。雑賀さんが寝るのはイメージから意外だなって思ったけど、九重曰く、最近は寝不足だったらしい。たぶん彼氏と別れたことを引きずっていたんだろう、とのことだ。一方でオレはぐっすりだ。
 彼女の情が深いのか、はたまたオレが薄情なのか。それともどっちもか。

 オレこと朝比奈涼は助手席で頬杖をつきながら運転姿が様になる友人を見ていた。

「どうだった、今日? 気分転換になった?」
「おかげさまで。」

 この男、普段はガキっぽく振る舞ったりしているくせに急に落ち着いた大人の雰囲気になるから掴めない奴だ。

「雑賀さん、惚れてるでしょ?」
「……起きてたらどうすんだよ。やめろ。」
「図星かぁ。」
「お前の方は?」
「別に、変わらないよ。」

 嘘つけ。オレは気づいてるぞ。
 久々に会った九重の、お前をみる視線が恋する女性のものになっていることを。
 はじめは付き合い始めて、晴海が隠しているのだと思ったけど今日来て理解した。あくまでも九重が自覚しただけだということに。

 晴海の片想いは長い。故に物事に聡いこの男はその点に限り極限に鈍くなってしまっている。
 ただ、大学の時のスキー事件を聞いた限り、防衛本能が働いてしまうことは仕方ないと思う。オレだったら立ち直れない。

「でもさー、最近化粧してみたり料理してみたりって何かおかしいんだよね。……好きな人でもできたのかな。」

 珍しくしょんぼりとする晴海に、お前だよ! と言ってやりたい。
 だけどオレが言うことでもないし、言ったところで信じてもらえなさそうだから言わない。

「ま、どっちにしろ今のままでいいんじゃねぇの。お前がしんどくなければ。」
「スキー事件に比べたら余裕だよ。あー、涼にこんな話するとか気持ち悪。」
「慰めてやってんのにひでぇ言い草だな!」
「いつ慰めたよ?」

 ハッと鼻で笑う。
 コイツは良くも悪くも変わらねぇな。

 オレはふと窓の外を見て思い出を振り返る。
 オレが初めてコイツの片想いを知ったのはいつだったかな。



 あ、思い出した。
 アレは中学2年生の体育祭だ。

 オレは2人と3年間クラスが一緒だった。
 入学当初から2人は仲が良くて一時期揶揄われてたけど、あまりにも2人が顔色を変えないものだから周りも興味をなくしたらしい。気づけばハチキュウコンビって名前ついてたしな。
 次第に、顔が良くてスペックの高い2人はモテるようになった。でも、九重は必要ないからと断っていた。晴海に関しては呼び出しに応じなくなった。
 この頃の晴海は今ほど器用でなくて、わざと匂わせるなんてことはできなかった。だけど、存在だけで牽制できる程度には深い仲を保っていた。
 オレは2人とも友だちだったし、当時は恋愛なんて興味もなかった。ただ、付き合ったらいいのにとは少しだけ思った。

 そして問題の体育祭だ。
 オレは体育委員だったから、自分の種目以外は基本的に係の仕事をしていた。
 だから、借り物競走で判定員としても働く機会があったのだ。借り物競走のお題はピンからキリまで、つまりは帽子とかうちわといった物からクラスメイトや親友、もちろん好きな人など下世話なお題も含まれていた。

 お題は上位の人と『好きな人』の場合だけ開示される。青春時代の悪ノリの産物である。
 好きな人なんて引いた日には晒し者だからな。
 判定員で良かった~、なんて他人事のように思っていると競技が始まった。

 4クラスで男女8人でのレース。
 基本的に背の順だったから、うちのクラスの男女2番目に小さかった晴海と九重は並んで走ることになる。

 第一走者が概ね終わったところを見て、先生がスタートのピストルを鳴らした。
 もちろん晴海が1番最初に紙を拾った。

 が、紙を見た瞬間、いつもニコニコしていた晴海の顔から表情が一瞬抜け落ちた。オレ以外、誰も気づいた奴なんていないと思うほどに一瞬。
 続々と後続がやってくるのに微動だにしない。
 見守っていると、最後にやってきた九重が紙を拾った。彼女は見た瞬間、先ほどから微動だにしない男に近寄った。

「は、晴……。一緒に走って!」
「いや、オレも走者なんだけど!」

 戸惑う晴海と、目が合った気がした。
 それと同時か、晴海はにんまりと笑うと引っ張られていた立場を一転、急に九重の背中を押し出したのだ。

「ほらほら、早く行かないと日が暮れるよ!」
「暮れないし! とゆうか、速い!」

 無事に転ばずたどり着いた2人はオレのところに紙を持ってきた。
 九重から受け取った紙には、『親友』。
 実況席がそれを告げると、クラスメイトは盛り上がる。たぶん、九重のとばっちりで晴海も晒されんだろうな、なんてこの時は軽い気持ちで晴海の紙を開いた。


『好きな人』


 オレは晴海を二度見した。
 1位だとはしゃぐ九重の横で、走ったせいかはたまた別の原因か、顔を赤くした晴海が首を横に振っていた。
 そんな2人の手は握られっぱなしで。

『さて、八草くんの引いた紙は何だったんでしょうか?!』

 実況のその声に思わずオレは紙をぐしゃりと握りしめ、咄嗟に叫んでいた。

「おっ、『小学校が同じ人』だってよ!」
「そうだったんだ。」

 呑気に笑う九重の声にかぶり、実況はオレの偽った結果をそのまま伝える。
 オレが偽証したせいで、『好きな人』は出なかった。


 追及が来ないことに安堵していると、晴海に呼び出された。

「……その、さっきはありがとう。」
「や、まぁオレもあのお題どうだかって思ってたから。」

 珍しくしおらしいもんだから調子が狂う。
 ふと、オレは抱いていた疑問をぶつける。

「……告白しねぇの?」
「今はできればしたくない。」
「何で?」

 言えばすぐ付き合えそうだけどな。
 晴海から出た答えは想像と違うものだった。

「たぶん、断られないと思う。でも、もし付き合ったことで美里ちゃんが嫌な思いをしたり、別れたりしたら……。幼馴染にも戻れないじゃん。」

 正直なところ驚いた。
 中学生のお付き合いでは絶対に終わらせたくない意志を感じたし、それに思ったよりコイツは恋愛に臆病だったのだ。

「そうか。2人のことだし、オレは何も言わねーけど……。」
「言ったら殴る。」

 こわ。オレより一回り小さいくせして馬鹿力なんだよなコイツ。

「とりあえずこんなで腑抜けて次のクラス対抗リレー負けたら、オレこそ殴るからな!」
「はぁ~? どの口が言ってんの?」

 オレがわざとらしく挑発するとしっかり乗ってきた。
 ああ、やっといつもの感じだ。晴海と恋バナでしんみりするなんて気持ち悪い。
 こんなやりとりもあったおかげか、オレ達が揃って出たリレーは見事優勝。体育祭でクラスも優勝したのは記憶に新しい。



「オーイ、呑気に寝るな!」
「いってぇ!」

 耳元に響いた大声と頭に走る衝撃。
 どうやら、オレは寝ていたらしい。
 声の主は、おそらくぶっ通しで運転をしていた晴海だった。証拠に疲れ切った顔に青筋を浮かべている。

「わ、悪い……。」
「ほんとだよ、交代スキップしたんだから感謝してよね!」

 気づけば外は暗くなっており、いつの間にか晴海と九重を拾った場所に辿り着いていた。

「本当に悪い。何か奢る。」
「焼肉な。ほら、美里ちゃんも、雑賀さんも着いたよ~!」
「はっ、夜!」
「んぅう……。」

 寝起きが悪いらしい雑賀さんは唸っている。
 一足先に起きた九重は寝起きはいいらしく、状況をすぐに把握して謝り始めた。

「今日は付き合ってくれてありがとな。」
「まさか最後に君のいびきをBGMに帰ることになるとは思わなかったけどね。」
「楽しかったよ! くれぐれも百合さんをちゃんと送ってね。」
「了解。」

 じゃ、と帰る2人の後ろ姿は中学の時に比べてだいぶ変わってしまったように思う。
 でもその変化は決して悪いものではなくて。

 早く付き合っちまえばいいのに。

 中学の時に言えなかったその言葉を飲み込みながらオレはその姿を見送っていた。
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