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1.私のプロローグ

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 プロローグ。物語の発端、始まり。
 これは25年目の付き合いになる幼馴染を攻略する私の人生をかけたリアルなゲームの話である。

「あれ、ひっどい顔じゃないの。美里ちゃん。」
「開口一番にそれ?」
「ああ、おはよ。」
「……そういうことじゃない。」

 えぇ~、なんて全く反省の色を見せない幼馴染は暢気な声で笑いながら扉の鍵をかける。私はそれを横目で盗み見しつつ、それに倣って鍵をかけた。
 読者の皆さんはすでにお気づきであろう。
 そう、攻略対象は、この男。八草晴海やくさはるみである。


 私の名前は、九重美里ここのえみさと。25歳だ。
 社会人になって今年で4年目。とある有名ゲーム会社のシステムエンジニアとして勤めている。
 身長はぎりぎり150cm、寝癖を直さずとも済むようセミロングにした髪を1本に縛っている。他人からは童顔、とか学生かと思ったと言われる始末。
 運動はクラスでも後ろから数えた方が早いほど苦手。勉強は好きでないけど、ただ目的があれば頑張れるタイプ。
 好きなものはゲーム、嫌いなものは結構ある。
 性格は……よく面倒くさがり、とか、一点集中型って言われる。友達付き合いもあまり上手くはないけど、周りに恵まれているおかげか何人かの深い繋がりのある親友がいるから不自由していない。お節介を焼きたがったり、面倒見のいい人が多いと思う。晴もそうだ。

 私の好きな人。
 ここでは、普段通りはる、と呼ばせてもらう。
 晴は半年ずれて同じ病院で生まれた幼馴染だ。
 私より20cmくらい高い身長に、柔らかい茶髪を遊ばせている。彼もまた童顔と言われるが、たぶん整った容姿だと思う。よく女の子に告白されていたし。
 勉強は常にトップ、部活も入っていないのに運動神経は学年で指折り。あだ名は帰宅部のエース。実績だけは一切の弱点無し、である。
 でも、性格は付き合いの浅い人間からすれば難あり、だと思う。
 距離を保っていればただのいい人だけど、彼のパーソナルスペースに不躾に踏み入れれば一変する。にこにこ人懐っこい笑みから放たれる言葉は鋭すぎる正論、毒、嫌味。被害に遭った者からは捻くれ者、とも言われている。仲良くなったらなったで、悪戯や揶揄いをされることもあり、付き合う人間は限られる。
 だけど、逆に仲良くなることを赦した人間は何が何でも守るし甘い人だ。

 そんな彼と仲良くなったのはいつだったろう。
 気づいたらそばに居た。たぶん、幼稚園くらいからだっただろうか。
 腐れ縁、とはよく言ったもので、小中高の付き合いで大学はさすがに違う学部だったけどずっと同じ。クラスもよく一緒になった。
 家も隣同士、晴は片親だが、有名人らしくほとんど家にいない。でも、両親同士が仲が良かったせいか、よくうちに来ていた。いわゆる思春期故に揶揄われることもあったけど、晴は大人で聞き流すどころか正論で跳ね除けていた。
 大学は2人とも東京を目指していたが、うちの親は一人暮らしを猛反対ーー、していたが隣の部屋に晴が住むってなればあっさり許してくれたから、未だこうして同じマンションに住んでいる。実際、隣の家に晴が住んでいるのは嬉しいし、一緒にゲームもできるから楽しい。


「何ポーッとしてんの? 寝不足は分かるけどそんなで仕事大丈夫?」
「大丈夫だもん。」
「まぁ確かにいつもポーッとしてるけどさぁ。」

 電車を待つホームで晴は乾いた笑いを漏らした。
 家賃を抑えるために都心から離れたところに住んでいるため、いつも乗る少し早めの電車は数席空いている。決まって私を座らせて、晴は隣か目の前を陣取るのが習慣だ。今日は隣、スマホをいじる彼は私のことを横目で見てきた。

「でも、ゲームもしないなんて本当寝不足なんだね。全く夜な夜な何してるんだか。」
「なっ、何もしてないもん!」
「はいはい。そういえば今日金曜だけど、ご飯どうする?」
「今日はウチがいい~。」

 くぁ、と欠伸が漏れてしまう。

「少し寝るから起こしてね。」
「はいはい。」

 私は自然と落ちてくる瞼に抗うことなく息をついた。


 さて、眠っている間に私が彼のことを好きと気づいたきっかけを話そう。

 それは1週間前の金曜日のこと。
 新入社員の歓迎会時期。
 私たちはなぜか毎週金曜は一緒にご飯を食べるという習慣になっていた。もちろん私達は社会人であり仕事もあるため、残業の時やそれぞれの付き合いがあるときは開催されない。

 中学からの友人と久しぶりに食事を摂って遅くなった日のこと。
 最寄駅から帰ろうと改札から出ようとした時、たまたま晴が女の人と一緒にいた。咄嗟に隠れてしまったが、美人であるのは見てとれた。
 恐る恐る柱から顔を覗かせていると、女性は明らかに晴に気があり、腕を絡ませていた。晴も赤い顔で笑顔を見せている。
 恋人だろうか、なぜかこの時の私はモヤモヤしていた。

「ねぇ~、晴海くん。私帰りたくないなぁ。」
「何言ってるんですか、本当に終電無くなりますよ。」

 声を聞いてすぐに察した。
 ああ、晴は鬱陶しがっている。
 一瞬でも恋人と思ってしまったことを申し訳なく思う。
 ならば、逢瀬を邪魔するなんてこともない。私は遠慮なく改札を通り帰路に着こうとすると目敏く見つけた晴は手を振りながら、女性を振り切ってこちらにきた。

「美里ちゃ~ん。待ってたよ~!」
「嘘つかない。たまたまいただけでしょ。」
「つれないなぁ。」

 はは、と笑いながら私の頭に寄りかかってくる。
 目の前の美女からビシバシと視線を喰らう。正直巻き込まないでほしかった。居心地の悪い私は視線を落とすしか逃げ道がなかった。

「ね、ねぇ晴海くん。その子、誰? 妹さん?」
「んなわけないでしょ? 空気読んでくださいよ。」

 そう言った晴は自然と私の肩を抱いてくる。
 いつものこんな距離感、でもなぜか私の心臓は大暴れだった。こんなバグ知らない、私は俯いたまま口を閉ざすことしかできない。
 それが功を奏したのか、女性から舌打ちが聞こえた。

「こ、こう言ったらアレだけど、晴海くんとその子全然つり合ってないわよ? こう、晴海くんには、もっと綺麗系の方が。」
「は?」

 彼の手に力が入る。
 あ、やばい怒ってる。

「さっきから思ってたんですけど、晴海くんとか、馴れ馴れしくてやめていただきたいんですよね。あくまでも仕事上の付き合いですよね? それに、大体今日だってあなたが勝手に着いてきただけでしょ。」
「は……晴、言い過ぎじゃあ。」
「言い過ぎじゃないよ。事実だし。」

 ふん、と不機嫌そうに顔を背けると、行こうと私の身体をぐいぐい引っ張っていく。
 でも、涙目になって拳を握る彼女を放っておけなくて。

「あ、あの!」
「……何ですか。」

 私はティッシュと未開封のペットボトルの水を渡した。

「お、お互いにお酒が入って感情的になってるだけだと思うんです。えと、その、き、気をつけて帰ってくださいね!」

 元よりコミュニケーションを苦手にする私はそれが精一杯だった。
 でも、何でこの時に恋人であることを否定しなかったのか、応援できなかったのか分からなかった。

 私が追いつくと、いつのまにか機嫌を直したらしい晴が愉しげに目を細めた。何を企んでいるんだろう、私が並ぶと手を引きながら帰路についた。

「いやぁ、ナイスタイミングだったよ美里ちゃん。本当困ってたんだよね。」
「……大きい胸押し付けられてデレデレしてたくせに。」
「あれ、そんなこと気にしてんの?」

 遠回しに私の小さな胸を揶揄っているのか。ちょっと苛立った。
 仕返しをしてやろうと私が露骨に視線を逸らすと、その怒りが伝わったらしい晴は珍しく声を上擦らせた。

「別に今赤いのは酒飲みすぎたせいだから。大体あの人もオレや周りの人の言葉聞かずに勝手に着いてきただけだし~。」
「どーだか。」
「……オレが今まで誰かと付き合ったことないの知ってんじゃん。」

 あらぬ疑いをかけられた晴は酒のせいで気が緩んでいるのかしょんぼりと落ち込んでいた。
 その姿が珍しく可愛く見えて、ふふ、と笑いを漏らしてしまう。
 それでやっと揶揄われていることに気づいた彼は、ぐっと悔しげにした。

「なーんだよ、美里ちゃんのくせに生意気!」
「はいはい。」

 それからは互いの飲み会の話だとか、他愛のない雑談を交わして帰った。
 きっとどちらかに恋人ができて、いずれは結婚したらこんな日々は終わりになってしまうんだなぁ。そう思うと知らない気持ちがむくむくと自分の中に生まれてきた。

 いつのまにか私たちは家に着いていたみたい。
 オートロックの鍵が開く音でハッと気づいた。

「あのさ、美里ちゃん。」
「どっ、どしたの?!」
「……ふっ、不審すぎ。」

 私の反応がおかしかったのか、眉間に皺を寄せてケタケタと笑う。すると、彼は目を細めるとどこか嬉しそうに微笑んだ。

「何でもないよ。また明日ね。」

 おやすみ、と言うと彼は部屋に入っていった。

 だが、このやりとりは私に衝撃を与えた。
 彼がいる明日が当然となっていて、彼もまた当然のように受け入れてくれている。そして、他人にはあまり見せない気の緩んだ笑顔を向けてくれる。
 彼がいない日々なんて考えられないと思っている自分がいることに気づいたのだ。

 これが、私にとっての恋だってことに気づかないほど私は鈍くない。

 熱くなる頬に冷えた手を当てつつ私もまたのそり、と部屋に入った。


「おーい、美里ちゃん。もう少しでオレ降りるよ。」
「ハッ。」
「涎なんか垂らしちゃって。社会人として恥ずかしくないの。」
「うそ?!」
「うっそー!」

 口元に手を当ててみたが濡れている気配はない。
 騙されたらしい。私が隣にいる彼は思ったより近い距離でにまにまと笑っていたので、つい目を逸らしてしまう。
 
「はい、じゃあまた夜ね。」
「うん。いってらっしゃい。」

 晴はここで乗り換え。私はもう1駅。
 手を振ると彼は降りていった。私も手を振り返すと彼は幼い笑みを見せていく。
 こんな風に好きな人に気を許されて嬉しくない人間がいないわけない。
 それと同時に1mmも自分の気持ちは通じてないんだろうな、と肩を落とす。


 これは、こんな近くて遠い彼を攻略する物語なのです。
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