上 下
18 / 20

最終話 戦争終結~エピローグ

しおりを挟む
「同志諸君、ファシストの一員であっても日本が義理堅い事に変わりはない。我が国はそれに報いるべきだと思う」

 スターリンの言葉に出席者のほとんどが驚いた。外交的な信義を重視し対日戦に反対だったロゾフスキー外務人民委員代理すら驚愕の表情を浮かべている。

 表情を変えていないのはベリヤだけであった。彼はスターリンの心理を推し量ることに長けている。その言葉からスターリンがこの大戦の先に何を見ているかをベリヤは瞬時に理解していた。

「良きご判断だと思います。同志スターリン」

 ベリヤはすぐに追従した。

「ほう、同志ベリヤ、なぜそう思う?」

 スターリンが試すように問いかける。

「はい。我が国が参戦すれば確かに日本を下せましょう。領土も得られましょう。しかし国境の日本軍はほとんど消耗しておりません。最終的に勝利を得るのは間違いありませんが、我が赤軍も相応の損害を被ります」

 これは原子爆弾の開発遅延を挽回するチャンスである。ベリヤは堂々と考えをのべた。スターリンは黙って先を促す。

「そして日本を下した功労者は人民が血を流した我が国ではなく、ただ爆弾を落としただけの米国だと皆が考えるでしょう。つまり我が国は払った代償に見合った称賛を得られない事になります。こんな理不尽な話はありません!」

「ならば、どうする?」

 スターリンの表情が興味深げなものに変わった。

「慈悲です。大いなる慈悲を示すのです、同志スターリン。日本の望みどおり米英との停戦を仲介しましょう。もちろん相応の見返りを条件として。そうすれば我が国は何の損失もなく、利のみを得ることができます」

「米国や英国は日本に無条件降伏を求めていたはずだが?」

「汚い言葉をお許しいただければ『くそくらえ』ですな。交渉に応じなければ我が国は日本の側に立つとまで言ってやっても良いでしょう。どうせ彼らだって、さっさと戦争を止めたがっているのです。資本主義者どもには我が国と新たに事を構える度胸など有りません」

 そう言ってベリヤは笑った。スターリンも彼の物言いが気に入ったのか笑う。

「そ、それでは米英との信義が失われます、同志ベリヤ!」

 ロゾフスキーが慌てて異論を挟んだ。

「同志ロゾフスキー、それが何か問題とでも?どうせ戦争が終われば今度は米英が我が祖国の敵となるのですよ。早いか遅いかの違いしかありません」

 ロゾフスキーの言葉を笑い飛ばすとベリヤはスターリンに向き直った。

「ここはむしろ日本を取り込んだ方が得策です。資本主義者とはいえ我が祖国に友好的な国家が近くにある意味は大きいはずです。もちろん仲介の対価として相応の領土を割譲してもらうのは当然でしょう」



 こうしてソ連は日本に停戦の仲介を申し出た。条件は満州北部(ソ連は国家として認めていない)、南樺太、千島列島の長期租借(返す気など無い)である。さすがに北海道の割譲は日本も認めないだろうとして断念した。

 この提案はすぐにモロトフ外相から佐藤大使を通して日本側に伝えられ、同時にソ連は米英に対し日本と停戦するように『要請』した。

 日本は、停戦が本当に成ったならばという条件でソ連の提案を飲んだ。

 米英は当然ながらソ連の変節に怒り狂った。戦争が終わったはずのドイツでは、一度は手を握りあったはずの米ソの軍が一触即発の状態で睨み会う事態となる。

 だが今さら米英に欧州でしかも今度はソ連を相手に戦争を再開する気などなかった。ソ連が本気であることを知った米英は結局渋々ながら停戦を認めざるを得なかった。



 1945年(昭和二十年)9月2日サンフランシスコにおいて、ソ連のオブザーバー参加の下、日米英3ヵ国による停戦合意書の調印式が行われた。

 調印後に撮影された集合写真では、満面の笑顔のスターリン、無表情の東条英機に対し、トルーマンとチャーチルは苦虫を噛み潰したような表情をしている。それがこの調印式の意味を何よりも雄弁に物語っていた。

 なお、中華民国はソ連の反対により参加していない。どのみち中国国内で中華民国は支配領域と民衆の支持を大きく減らしており、すでに各国からも戦争当事者として認識されていなかった。



 結果的に枢軸3カ国の戦争は、その立ち位置によって大きく結末が分かれる事となった。

 ドイツは国土を完全に蹂躙され無条件降伏したのに対し、イタリアは政変により停戦に近い無条件降伏、そして日本はソ連仲介により条件付き降伏に近い停戦という結果となった。

 翌年の講和会議でもソ連は徹頭徹尾、日本の支持に回った。米英は当然ながら過酷な講和条件を主張したが、戦後に日本の国力が必要以上に低下することを良しとしないソ連が戦争をちらつかせて悉く反対する。

 結局米英は、開戦前の状態まで日本が占領地を返還すること、委任統治領の放棄、ある程度の軍縮、中国からの撤退、満州市場の開放を要求するに留め、日本もこれを認めた。

 ここにおいて第二次世界大戦はついに正式に終結した。



■1947年(昭和二十二年)7月
 米国コネチカット州ハートフォード
 プラット&ホイットニー本社

「お久しぶりです、ミスターウォード」

「やあミスター深尾、元気そうでなによりです」

「あれからもう10年ですか……お互い変わりましたね」

「ええ、白髪が増えた以外にも色々と」

 昨年に講和会議も一応はまとまり日米は通商を再開している。三菱の担当者が戦時中のライセンス費用の清算処理で渡米するのに同行して、深尾はウォードと旧交を温めるため米国に来ていた。

 既に役員となり現場の第一線を引いている二人は、事務手続きの些事などには参加せず屋外のベンチに座って近況を報告しあう。以前の様に笑いあう二人だが、日本と米国の関係は決して旧に復した訳ではなかった。



 日本ではソ連の要請で共産党が合法化されていた。だが不思議な事に政権与党に協力的であり政府を批判する事も少ない。過激な共産革命を目指す者はいつの間にか姿を消してしまう。そこにはどうやら日本を安定した資本主義国家に留めておこうというソ連の意思が大きく働いている様だった。

 この様に資本主義国家でありがなら共産圏に近い立ち位置となった日本に対して、米国は決して警戒を緩める事はなかった。通商や金融面でも様々な制約を日本に対して課している。

 事実、重要人物と見られている深尾には米国の地を踏んだ直後から四六時中あからさまな監視が付きまとっていた。そんな監視の黒服達を遠目に見ながら深尾とウォードは久しぶりの会話を楽しんでいた。 



「貴社の土星(サターン)エンジンには驚かされました。まさか日本があの様なエンジンを作るとは思いもしませんでしたよ」

「覚えていますか?あなたにR-2800の写真を見せて頂いた時のことを。私はあの時、あれを超えるエンジンを作ろうと思ったんです」

 事実、三菱の土星エンジンは排気量が違うだけでR-2800と瓜二つと世間では言われていた。もちろん使用されているP&W社の技術は正式な契約に基づいたものであり、開発も三菱単独で行っている。(感情面は除いて)誰からも後ろ指をさされる謂れも無い。

「その目的は達成されたようですね。米国人としては少々不謹慎かもしれませんが、ライバルを超えるエンジンを古くからの友人が作ったというのは個人的には嬉しかったですよ」

 ウォードが笑う。米軍のB-29やB-32にはP&W社ではなくライト社のR-3350が使用されていたが、それより土星エンジンは大きく出力も上だった。

「いやいや、御社もとんでもないモンスターエンジンを作ったじゃないですか。戦後にあれを知った時、正直いって私はちびりそうになりました」

 P&W社はR-4360ワスプメジャーというエンジンを開発していた。それは四列星型エンジンという過去に無い巨大なエンジンであった。

「そうですか、ミスター深尾を驚かせたのなら意味はありましたね。良かった良かった……」

 ウォードは笑う。だがそれはどこか寂しそうな笑顔だった。

「確かにR-4360は量産では最大最強のエンジンです。それは我が社の誇りでもあります。まだしばらくは売れもしましょう。しかしもう時代がね……」

「そうですね……時代はもうすっかりジェット一色ですからね……」

 二人はため息をついた。戦争後半から実戦投入されたジェットエンジンは日に日にその性能・信頼性を増している。

 いずれ航空機のエンジンは全てジェットエンジンになる。土星もワスプメジャーも、巨大化の末に絶滅した恐竜の様に時代に取り残され消え去るもの、二人はそう諦観していた。



 その後数年のうちに、二人が予想した通り航空機に巨大レシプロエンジンが使われる事はなくなってしまった。

 現在では、小型なものと乗用車用を転用したものだけが航空機用レシプロエンジンとして生き残っているだけである。大出力の星型エンジンという存在は、すっかり過去のものとなってしまった。



 だが世界には物好きな人間が必ずいるものである。

 米国ネバダ州のリノでは毎年9月に第二次世界大戦で戦った戦闘機で競うエアレースが行われている。

 そこでは、R-4360、R-3350、グリフォン、セントーラスといった名だたるモンスターエンジン達に交じって、土星エンジンも轟音を響かせ空を飛び続けている。



【後書き】

ソ連が無理やり仲介して停戦となったため、日本は東側寄りの資本主義国家として戦後を生きていく事になりました。

米国市場への参入は史実より相当厳しいでしょうが、ソ連を含む東側諸国の市場と資源が利用できます。西側と接点があるため技術面でも東側をリードしていく事でしょう。

もしかしたら、ソ連の戦車や戦闘機を魔改造してしまうかもしれません。日本海軍の影響でソ連海軍も史実よりずっとまともになっちゃうかもしれません。

さらに日本のお陰でソ連は延命してしまうかもしれません。

本編はこれで最終回となりますが、次話でちょっとだけ『おまけ』の話をお送りします。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴

もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。 潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

処理中です...