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第七話 火星エンジンの誕生
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「よし、次は大型の新エンジンをつくるぞ」
以前に述べたように、深尾は渡米前の1936年(昭和十一年)、十試空冷800馬力発動機が完成するやいなや、このエンジンを元に新型の爆撃機用エンジン、社内呼称A10a(後の火星11型)の開発を指示している。
その基本構想は、当初は単純に開発中のA8c(金星40型)のボアxストロークを十試空冷800馬力発動機と同じサイズに拡大するものであった。当然ながら燃料噴射装置を備え、前後列共通のカムを前方に配置する構成である。
確かにこの配置にはエンジン全体をコンパクトにできるという利点はあった。
しかし後列から前列気筒の間を抜けて前部に伸びるプッシュロッドはレイアウト上の大きな制約となる。特にバルブ挟み角が狭くなる点と吸排気管のレイアウトが厳しくなる問題は大きかった。これは当然ながら燃焼と冷却への影響が大きい。
また、この先さらなる高回転化を狙う場合、不等長のプッシュロッド、前後列共通カムは大きな足枷となる。
この辺りの問題点をP&W社の技術支援の中で強く指摘されていた設計陣は、素直にカムを前後独立としプッシュロッドも前列は前、後列は後ろに向かうデザインとすることにした。
こうしてA10aは極々普通のレイアウトを持つ空冷複列エンジンとして開発されることとなった。
■1937年(昭和十二年)3月
横須賀 海軍航空廠
完成したA10aの試作エンジンは、金星エンジンに次いで2機種目となる三菱自主開発のエンジンとして海軍にお披露目された。当然ながら今回も陸軍からは見向きもされていない。
とにかくそれは巨大なエンジンだった。160ミリという大ボア径のため直径がとにかく大きい。そしてカムを前後独立としたため全長も長い。重量もその巨大さに見合ったものとなっている。
◇A10a(後の火星11型)
形式:複列14気筒星型
ボアxストローク
:160mm×170mm
排気量:47.83L
全長:1,750mm
全幅:1,370mm
乾燥重量:840kg
過給機:遠心式スーパーチャージャー1段2速
特記事項:筒内燃料噴射、前後カム独立
「今回も金星に続いて自主開発の発動機となります。ところで……この大きさをどう思いますか?」
「すごく……大きいです……」
はじめてA10aの試作機を目にした海軍の技官は、そのあまりの巨大さに白目を剥いた。事前に受け取っていた書類でその寸法は理解していたはずだったが、実際に現物を見て常識外れの巨大さに圧倒されたのだ。その衝撃は民間企業の技術者相手に思わず敬語を使ってしまう程であった。
「はい、大きいです。ですが、それに見合った出力を保証します」
技官の様子を気にも留めず、三菱の技術者は自慢げに胸を張った。なぜならA10aは現時点で日本最大の出力を発揮していたからである。
◇A10a(後の火星11型)性能
離昇馬力:1,890HP / 2,450RPM +310mmhg
一速全開: 1,710HP / 2,350RPM +200mmhg 高度1,400m
二速全開:1,630HP / 2,350RPM +200mmhg 高度4,900m
高出力にもかかわらずA10aは非常に安定していた。燃料噴射装置は先に金星エンジンで熟成されてきており、カムを前後分離とした事で構造的にも余裕がある。
しかも現時点では回転数と過給圧は控えめになっている。まだまだ性能向上の余地はあった。例えば性能限界の目安である平均ピストンスピードは、離昇馬力でも13.88m/s (@2450rpm)と低めに抑えられている。
基本的に馬力をあげるには回転数を高くすれば良いが、回転数が高くなれば平均ピストンスピードも大きくなり、油膜切れからピストンの焼き付きにつながる。
この当時の技術では欧米でも16m/s強が限界だった。日本の技術では15m/s程度が精一杯である。つまりA10aにはまだまだ性能向上の余地があった。
このように十分余裕をもった(その分大きい)設計のA10aは海軍の審査を無事に合格し、同年8月に火星11型として制式採用された。
ただし海軍からは、振動が非常に大きかったため対策を行うよう指示が出されている。これについては既に渡米中の深尾よりP&W社のダイナミックダンパー、バランサーシャフトの情報が齎されていたため改善の目途が立っていた。
また懸念した通りケルメット軸受の耐久性に不安が出始めていたが、これはアジアケルメット社に依頼した銀すべり軸受の開発に期待することになる。
8月にちょうど帰国した深尾は、A10aの正式採用の報を聞くとすぐにA10bの試作を命じた。
A10aはあくまで出発点の様なものである。これの回転数・過給をアップし、ダイナミックダンパーと銀すべり軸受を備えたA10bが本命だと深尾は考えていた。
この同じ月、渡洋爆撃で九六式陸攻が大損害を受けた。
これを受け海軍航空本部は三菱に対し、『仮称十二試陸上攻撃機』の要求仕様を出すことになる。当然ながらその内容は九六式陸攻の『欠点』である防御力の強化を目指すものであった。
【後書き】
本作では史実より1年半早く火星エンジンが制式採用されました。しかも遙かにスケールアップしてます。でかいから出力が大きくて当たり前ですね。その分、無理はしていないエンジンです。これに史実火星20型相当の強化を行えば2000馬力に達する予定です。
こんな大きなエンジン、雷電にはとても載せられないでしょう(でも選択肢がないから結局載せる事になるかも……)
参考までに史実の火星の仕様は以下となります。
◇史実 火星11型エンジン
開発開始:1938年2月
制式採用:1939年2月
ボアxストローク
:150mm×170mm
排気量:42.1L
離昇出力:1,530HP
全長:1,575mm
全幅:1,340mm
乾燥重量:720㎏
燃料供給:キャブレター
カム配置:前部集中
軸受:ケルメット軸受
次話からはいよいよ零式陸攻の開発話に移ります。
作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想をお願いいたします。
以前に述べたように、深尾は渡米前の1936年(昭和十一年)、十試空冷800馬力発動機が完成するやいなや、このエンジンを元に新型の爆撃機用エンジン、社内呼称A10a(後の火星11型)の開発を指示している。
その基本構想は、当初は単純に開発中のA8c(金星40型)のボアxストロークを十試空冷800馬力発動機と同じサイズに拡大するものであった。当然ながら燃料噴射装置を備え、前後列共通のカムを前方に配置する構成である。
確かにこの配置にはエンジン全体をコンパクトにできるという利点はあった。
しかし後列から前列気筒の間を抜けて前部に伸びるプッシュロッドはレイアウト上の大きな制約となる。特にバルブ挟み角が狭くなる点と吸排気管のレイアウトが厳しくなる問題は大きかった。これは当然ながら燃焼と冷却への影響が大きい。
また、この先さらなる高回転化を狙う場合、不等長のプッシュロッド、前後列共通カムは大きな足枷となる。
この辺りの問題点をP&W社の技術支援の中で強く指摘されていた設計陣は、素直にカムを前後独立としプッシュロッドも前列は前、後列は後ろに向かうデザインとすることにした。
こうしてA10aは極々普通のレイアウトを持つ空冷複列エンジンとして開発されることとなった。
■1937年(昭和十二年)3月
横須賀 海軍航空廠
完成したA10aの試作エンジンは、金星エンジンに次いで2機種目となる三菱自主開発のエンジンとして海軍にお披露目された。当然ながら今回も陸軍からは見向きもされていない。
とにかくそれは巨大なエンジンだった。160ミリという大ボア径のため直径がとにかく大きい。そしてカムを前後独立としたため全長も長い。重量もその巨大さに見合ったものとなっている。
◇A10a(後の火星11型)
形式:複列14気筒星型
ボアxストローク
:160mm×170mm
排気量:47.83L
全長:1,750mm
全幅:1,370mm
乾燥重量:840kg
過給機:遠心式スーパーチャージャー1段2速
特記事項:筒内燃料噴射、前後カム独立
「今回も金星に続いて自主開発の発動機となります。ところで……この大きさをどう思いますか?」
「すごく……大きいです……」
はじめてA10aの試作機を目にした海軍の技官は、そのあまりの巨大さに白目を剥いた。事前に受け取っていた書類でその寸法は理解していたはずだったが、実際に現物を見て常識外れの巨大さに圧倒されたのだ。その衝撃は民間企業の技術者相手に思わず敬語を使ってしまう程であった。
「はい、大きいです。ですが、それに見合った出力を保証します」
技官の様子を気にも留めず、三菱の技術者は自慢げに胸を張った。なぜならA10aは現時点で日本最大の出力を発揮していたからである。
◇A10a(後の火星11型)性能
離昇馬力:1,890HP / 2,450RPM +310mmhg
一速全開: 1,710HP / 2,350RPM +200mmhg 高度1,400m
二速全開:1,630HP / 2,350RPM +200mmhg 高度4,900m
高出力にもかかわらずA10aは非常に安定していた。燃料噴射装置は先に金星エンジンで熟成されてきており、カムを前後分離とした事で構造的にも余裕がある。
しかも現時点では回転数と過給圧は控えめになっている。まだまだ性能向上の余地はあった。例えば性能限界の目安である平均ピストンスピードは、離昇馬力でも13.88m/s (@2450rpm)と低めに抑えられている。
基本的に馬力をあげるには回転数を高くすれば良いが、回転数が高くなれば平均ピストンスピードも大きくなり、油膜切れからピストンの焼き付きにつながる。
この当時の技術では欧米でも16m/s強が限界だった。日本の技術では15m/s程度が精一杯である。つまりA10aにはまだまだ性能向上の余地があった。
このように十分余裕をもった(その分大きい)設計のA10aは海軍の審査を無事に合格し、同年8月に火星11型として制式採用された。
ただし海軍からは、振動が非常に大きかったため対策を行うよう指示が出されている。これについては既に渡米中の深尾よりP&W社のダイナミックダンパー、バランサーシャフトの情報が齎されていたため改善の目途が立っていた。
また懸念した通りケルメット軸受の耐久性に不安が出始めていたが、これはアジアケルメット社に依頼した銀すべり軸受の開発に期待することになる。
8月にちょうど帰国した深尾は、A10aの正式採用の報を聞くとすぐにA10bの試作を命じた。
A10aはあくまで出発点の様なものである。これの回転数・過給をアップし、ダイナミックダンパーと銀すべり軸受を備えたA10bが本命だと深尾は考えていた。
この同じ月、渡洋爆撃で九六式陸攻が大損害を受けた。
これを受け海軍航空本部は三菱に対し、『仮称十二試陸上攻撃機』の要求仕様を出すことになる。当然ながらその内容は九六式陸攻の『欠点』である防御力の強化を目指すものであった。
【後書き】
本作では史実より1年半早く火星エンジンが制式採用されました。しかも遙かにスケールアップしてます。でかいから出力が大きくて当たり前ですね。その分、無理はしていないエンジンです。これに史実火星20型相当の強化を行えば2000馬力に達する予定です。
こんな大きなエンジン、雷電にはとても載せられないでしょう(でも選択肢がないから結局載せる事になるかも……)
参考までに史実の火星の仕様は以下となります。
◇史実 火星11型エンジン
開発開始:1938年2月
制式採用:1939年2月
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:150mm×170mm
排気量:42.1L
離昇出力:1,530HP
全長:1,575mm
全幅:1,340mm
乾燥重量:720㎏
燃料供給:キャブレター
カム配置:前部集中
軸受:ケルメット軸受
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